「では、ラム、レム、留守中頼んだよ。特にレム、彼の一切は君にお願いする」
そう言って、ロズワールはエミリアとともに、王都に出発した。ラムは、彼らを乗せた竜車が見えなくなってから、件の薬の瓶をレムに手渡した。
「姉様、これは……」
レムの反応は予想通りだった。一連の出来事に疑問もあるが、そこはあえて口にはしない。
「まぁ、そう言うわけだから、バルスの面倒はレムがしっかりなさい。知っていて黙っていたラムの責任も少しだけあるから、ちょっとは手伝ってあげるけど」
「ね、姉様。あの……」
「それにしても、あんな男のどこがいいのかしら。可愛い妹とはいえ、その趣味には若干の……いいえ、大きすぎる疑問を感じるわ」
半分は牽制、でも、残りの半分は本気だ。
——さて。
これから数日、もしかしたら一週間以上、マナと体力の使用をかなり絞らなければいけない。ただ息を吸って吐いているだけでも、かなりのマナを消費してしまうこの体を、どうにかして保たせなければ。
と言っても、結局のところレムに頼るほかない。おそらく全てを任せると言えば、なんの躊躇もなく、全てを一人で片付けてしまうだろう。だが、自分はレムの姉だ。そして今レムは、スバルのことで頭がいっぱいのはず。それが良いか悪いかは、また別の話だ。
廊下を歩きながら、思いに耽っていると、
「双子の姉」
声がかかった。ベアトリスだった。彼女から声をかけてくるのは、なかなか珍しいことだった。
「ベアトリス様。どうかなさいましたか?」
「お前に頼みたいことがあるのよ。このくらいの小瓶は、屋敷にあるのかしら?」
小さな手で、大きさを示しながら、ラムに尋ねる。
「そうですね、おそらく厨房に。たしか、スパイスやオイルを入れる小瓶があった気がします」
「じゃ、案内するかしら」
ラムは戸棚からいくつか小瓶を出して、調理台の上に並べた。
「これが良さそうなのよ。あとこれ。こんなところかしら」
「ベアトリス様、これはバルスの薬を入れるために?」
「残念ながら、その通りなのよ。そもそもこんな薬あってもなくても、どっちでもいいかしら」
ベアトリスはすました顔でそう言った。その一言で、ラムの疑念が形のあるものになった。
「ラムはこれから独り言を言います。独り言ですので、お気になさらないでください」
ん? と、ベアトリスが眉をひそめた。
「きっと、ベアトリス様のお作りになる薬は、バルスの病気の薬とはちょっとだけ違うのね。きっと、何かこう、惚れ薬? 媚薬? そんなのに近いものかもしれない、とラムは思っているわ」
「ふん。お前は何を言いたいのかしら。ま、妹の方に薬は渡しておくのよ。あとは二人の問題かしら」
「ベアトリス様、色々ありがとうございます」
嫌味でもなんでもなく、ラムはベアトリスに、静かに頭を下げた。
「ベティは頼まれたからやってるだけなのよ。姉の方も、色々頑張るかしら」
小瓶を手にしたベアトリスは、厨房からトコトコと出ていった。
——ベアトリス様も変わられた。
この屋敷に来てから十年ほど。ベアトリスの方から自分に声をかけてくるのは、数える程だった。それが今は、食堂にもよく姿を現し、レムにもよく声をかけているようだった。これも良くも悪くもスバルのもたらした変化だった。
——さて。とりあえず、新しいシーツをバルスのところに持って言ったほうがよさそうね。
気づくと少しだけ胸がドキドキしていた。おそらくレムがスバルのところに行っているのだろう。リネン室に立ち寄って、新しいシーツやタオルを手に取ると、ラムも客室へ向かった。
「バルスはどう?」
部屋に入りながらレムに声をかけた。レムが何かから、慌てて手を離した。見るとスバルがおむつ一枚の姿になっている。
「いえ、変わりありません、姉様」
「それにしても、面倒な男ね。傷が治ったと思ったら、今度は……」
身体中が傷だらけだった。腹部の大きな傷以外は、先日の魔獣騒ぎのものだった。まあ、この傷に関しては、自分たち二人が原因の部分もある。そこは素直に感謝しておこう——。
「ね、姉様……そのことなんですが……」
「いいわレム、それ以上言わなくても。起こってしまったことは仕方がないし、今はロズワール様とエミリア様が戻ってこられるまで、きっちりと世話をしましょう」
ラムは、それ以上レムには何も言わせず、彼女がさっき手を離した部分に手を伸ばした。二日ほど、血だらけのものを垂れ流していたものの、もうすでにその状態からは脱している。
「血の塊はもう出ていないわね。ま、ラムも少しだけ焦ったけど、もう大丈夫なんじゃない?」
「は、はい、姉様。このまま良くなるといいのですが……」
「さっさと綺麗にしてしまうわよ」
レムが躊躇して手を伸ばさなかった部分に、さっと手を伸ばす。レムの手前、平気な顔でつまみあげているが、本当はこの事件が起こるまで、ラムも男性のその部分を直接見るのは初めてだった。
正直興味は、ある。このまま触り続けるとどうなるのか、見てみたい。でもその役目は自分ではなく——。
気づくとレムがちらりちらりと自分の手元を、いや、スバルのその部分に目をやっていた。
「レム、気になるのなら、もっと堂々と見て触ってもいいと、ラムは思うわ。どうせバルスの意識はないのだし」
「ね、姉様!」
「レムもそういう年頃だし、興味があるのは当然だわ。いい機会だから、いろいろと……。バルスも涙を流して喜ぶんじゃないかしら」
赤い顔をしたレムが自分の顔をじっと見ている。顔が熱くなっているのに気づいたラムは、そこからパッと手を放した。
「さあ、ラムは汚れ物を片付けてくるから、あとはレムに任せるわ」
そういって、汚れた布を取りまとめる。顔が赤いのは、レムの動悸が伝わって来たからだろう。ずっとドキドキしている。レムさえ構わなければ、もうすこし色々見てみたい気もするのだが。
「ラムも……いえ……。とにかく、上手くやりなさい」
「ね、姉様!」
——バルスはレムのお相手。ラムの相手は……ラムは五里霧中ね。
ドアを閉めて、ため息を一つついた。洗濯物を抱えて、窓の外を見る。いい天気だ。今日も洗濯物が早く乾きそうだ。そうして外を眺めているうちに、胸の鼓動が大きくなっていくのを感じはじめた。
——今、あの場所でどんなことが起こっているのかしらね。
ラムは、再び大きなため息をつくと、気を取り直して、浴場へ向かった。