「スバルくんの様子が変なんです」
夕食の準備中、暗い顔をして、レムが話し始めた。
「どうしたの? レム」
野菜を切りながら、ラムが尋ねる。
「体を綺麗にしたがらないんです」
「それは、あまり綺麗な話じゃないわね」
刻んだ野菜を鍋に入れながら、ラムは呑気に答えた。
「お手洗いは、その、大丈夫になってますけど……やっぱり体は綺麗にしないとダメだと思うんです」
「そうね。ダメね」
味見をしながら、他人事のように答える。
「上掛けを離そうとしないし」
「上掛けを?」
ようやくレムに顔を向けて聞き返す。
「そうなんです。姉様。レムがスバルくんの体をいつものように綺麗にしようとしても、タオルケットをお腹あたりでまとめて、離さないんです」
へえ。そんなことが。でも一体なんで——。
「浴場に運んで行って、投げ込んでしまったらどうかしら?」
「そ、そんな! そんなことをしたらスバルくんが溺れてしまいます!」
「じゃあ、レムも付き添いで一緒に入ってあげたらどう? バルス、鼻血を出して喜ぶわ」
「ね、姉様!」
「冗談よ、レム。ラムの可愛い妹が、バルスと一緒にお風呂だなんて、想像もしたくないわ」
レムは赤い顔をして、でもまんざらでもない様子だ。
「レム。冗談よ。ほんの冗談」
どちらを冗談と受け取ったかしら——。
「ところで姉様」
レムが急に真面目な顔をラムに向けた。
「なあに?」
「ロズワール様が王都にお出かけになって、もう一週間以上です。その、姉様の……」
もちろんレムは、ラムとロズワールの毎夜の施術を知っている。その時間に合わせて、お茶まで用意するという献身ぶりだ。
「ああ、大丈夫よ。心配しなくても。レムがいろいろやってくれているおかげで、まだ保っているわ。食後のお茶の効能もあるし……」
あまりこの話を長引かせると、レムに今の状態を知られてしまいそうだった。
「そうね、レムの心配に甘えさせてもらって、今日は部屋でゆっくりしていてもいい?」
「も、もちろんです! 何かあったらすぐに教えてください」
「夕食は、部屋でとるわ。レムはバルスの世話があるでしょうから」
「——無理しないでください、姉様」
部屋に戻って、食事をすませ、読みかけの本を手にベッドに横になる。やはり体が怠い。痛みもかなり大きくなっている。ここまでロズワールと離れている時間が長いのは初めてだった。マナの循環を良くする特製ブレンドのこのお茶の効果も、こうなっては望みが薄いだろう。そのことから意識を切り離すように、本に集中する。
——いつの間にか眠っていたらしい。何か違和感を感じて目が覚めた。胸がドキドキしている。ふと気づくと、自分の指が、股間に伸びていた。体を丸めて、ちょうど手を挟み込むような格好で、その部分に指が触れている。
「な……」
指に濡れている感触があった。確かに、マナ補給の施術の後、同じことをしたことは何度もある。だが、寝ている間に、というのは流石に初めてだ。それに、その部分を中心に、体の奥がほんの少しだけ暖かくなっている。これはまるで——。
一度離した指を、再びその部分に這わせる。くすぐったさと、なんとも言えない心地よさが、その部分から湧き出してくる。少しだけ尿意を感じるような、その感覚を追いながら、優しく、ゆっくりとした指使いで、その場所の往復を繰り返す。
その淡い感覚の中、ラムは再び浅い眠りについた。
昨晩のあれが一体何だったのか、ようやく理解したのは翌日のことだった。
「レム? レム? 大丈夫?」
珍しく厨房で惚けているレムに、声をかける。
「あ、なんですか? 姉様」
「どうしたの? 朝からぼーっとして。バルスと何かあったの?」
何気なく聞いただけだったが、この一言が、今朝のレムには効果覿面だった。顔に火がついたような赤い顔で、レムが慌てて答えた。
「え? え? い、いえ、な、な、なんでも……なんにも、あ、ありません!」
——それは何かあったって、わざわざ言っているようなものよ、レム。
近くに寄って、レムの顔を覗き込む。レムは、真っ赤な顔をして少しだけ目を潤ませながら、何もないと首を横に振っている。
「ま、いいわ。詳しいことは聞かない。もし話したくなったら聞かせてちょうだい」
「は、はい。姉様……」
素直にハイと言ってしまうところが、ちょっとだけ可笑しく、また可愛らしい。
「じゃ、バルスの朝食、お願いするわ。ラムも後で行くから」
「わかりました。じゃあ、レムはスバルくんに朝食を持っていきますね」
ワゴンを押しながら、レムが厨房から出て行った。
あの一言を言った時、レムの心臓が跳ね上がったのを感じた。今もレムの嬉しいような恥ずかしいような気持ちが、伝わってきている。
——いいわね、レムは。
ラムは、レムが出て行ったドアを見ながら、微笑んだ。
——さあて、今日も一日……どうやって、体力を温存したものかしら。そう言えば。ロズワール様に頼まれていたことを一つ忘れていたわね。まあ、でも。それは、レムにお願いするのが良さそうね。
二人分の食器を片付けて、スバルが寝ている客室へ向かう。
ちょうど階段を登りきった時だった。昨日の夜感じたあの感覚が、今度はもっと明確にラムの体に流れ始めた。
「あっ……」
突然のことに膝の力が抜けて、座り込みそうになる。
「あっ、あっ……」
下半身が震えはじめる。昨夜と同じ場所が強烈にムズムズしてきて、自然とそこに手が伸びそうになる。
——な、な、なに? これ? い……今はお屋敷の廊下よ、ラム! だめ! 絶対にだめ!
自制心が勝った。なんとか足に力を入れて、部屋の前にたどりつく。その瞬間。
「んんっ、んっ!」
今度は腰がガクガクと震えた。歯を食いしばり、なんとか声を押さえ込む。一瞬、何かが漏れ出た感じがして、その後、その感覚はスーッと消えていった。
——い、一体何が?
知らないうちに、下腹部を手で押さえていた。ほんのりと体の奥が暖かい。体の痛みも少しだけ和らいでいる。かきむしってしまいたい衝動は消え去り、さっきまでの動悸だけが体の中に残っていた。
恐る恐る周りを見渡して、誰も廊下にいないことを確認すると、ラムはそっとスカートの中に手を差し入れて、ショーツの状態を確かめた。漏らしてしまったかと思ったが、大丈夫だった。ただ、漏らしたかのように、その部分が濡れていた。
考えられる原因はただ一つ。この部屋の中で何かが——いや、レムとバルスが、男女の何かをしていたに違いなかった。そしてもう一つ……。
——今ドアを開けても大丈夫だろうか? もしかしたらタイミングが悪いかもしれない。でも、何があったのかを知りたい。困った……。
結局、知りたい方が勝った。ラムは、ドアをノックをしてからドアを開けた。
「レム? バルスの食事は済んだの?」
何も知らないし、何も知らなかったかのように、声をかける。
「い、いいえ、姉様。今ちょうどお薬の効き具合をみていたところです。食事はこれから——」
ちょうどレムが、スバルに朝食を食べさせようとしているところだった。
「え? ええええ?」
スバルだけが、きょとんとした表情で、自分とレムとを見比べている。
特に変わったことは見当たらなかった。ただ……。
「一体何に驚いているのかしら? 今更二人の顔を見比べても、ほとんど同じよ、バルス。それよりも、仕事があるのだから、レムにあまり世話をかけさせないで頂戴」
「い、いや。わ、わかった。わかってるよ。もう一人で食べられるから、大丈夫だ、レム」
「だそうよ。適当なところで、こっちに来てちょうだい」
「わかりました、姉様。すぐに行きます」
廊下に出て、深呼吸をする。何があったのか詳しくはわからない。ただ一つ、レムも自分が感じたのと同じ、いや、もっと強い何かを感じていたことだけは確かなようだった。なぜなら——。
かちゃりとドアが開いて、レムが出てきた。ラムの姿に気づいたレムは、驚いたように言った。
「ね、姉様、ず、ずっとそこに?」
——レム、お願い。そんなに驚かないで。聞きたかったことが聞けないわ……。
「……もういいの?」
「は、はい。姉様」
聞きたかったことを聞きそびれ、仕方なく、仕事の割り振りをレムに伝える。自分の体調のこともある。なるべく力を温存したい。ロズワールに頼まれていた資料室の整理はレムに頼んだ。それに、レムのいないところで、スバルの様子も見てみたかった。
——さて。今このレムの状態をどう伝えたらいいのかしら。ストレートに言った方がいいのかもしれないけど……。本人は気づいているのかしら?
「そうそう、レム」
話は変わるけど、と、ラムはレムを呼び止めた。
「……個人的なことにあまり口を出すつもりはないけど、姉として一つ言っておくわ」
一瞬レムの表情が固まったのがわかった。
「そのストッキング、着替えてから仕事をしたほうがいいと、ラムは思うわ」
——だめよ、レム。今、こっそり確認したわね。それ、バレバレだったわ。それに、その様子だと、おそらく下着も、ね。
「ね、ね、姉様、あの……その……」
「何があったのか今は詳しくは聞かないわ。ラムは、レムが幸せなら、それでいいの。でも……」
真っ赤になって、固まっているレムに、ラムが言った。
「でも、本当に、よりによって、なんであんな弱そうなのがいいのかしら……? 機会があったら、今度ゆっくり聞かせてちょうだい」
——レムのことを言える状態じゃないのは、ラムも一緒ね。それにしても、あれは……どうしたらああなるの?
そう思いながら、ラムも一度部屋に戻っていった。