「バルス、食事はもういい?」
ラムは、一度自室に戻った後、スバルの寝ている客間へ足を運んだ。食事の片付けとリネンの交換をやってしまわなければ。
「あ、うん。食べ終わった。サンキュ」
食器を下げるついでに、スバルの近くに顔を寄せて、ふんふんと匂いを嗅ぐ仕草をする。いきなりラムの顔が近くに寄ってきたので、スバルは驚いて叫んだ。
「な、なんだよ、いきなり!」
「ああ、レムが昨日、バルスが体を奇麗にしたがらない、って言ってたのよ。でも、いい匂いしかしないわね。レムに体を拭いてもらったの?」
「あ、ああ。うん。昨日の夜、かな? 寝てる間にキレイにされてた……」
——眠っている間に、ね。なるほど。なかなかやるわね、レム。
「で、どう? すっきりした?」
「す、すっきりって、おまえ、それ……」
「え? 何をそんなに慌ててるの? ラムが何か変なことを言った?」
「あ、いや、なんでもない。なんでもないんだ」
顔を赤くして、ゴニョゴニョ言うスバルに、
「タオルとかシーツとか取り替えたいんだけど、まだ起きられないのかしら?」
と言って、タオルケットを取ろうとした。
「あ、今日は交換はいいよ。昨日レムが取り替えたと思うし」
スバルはそう言って、そのタオルケットをお腹のあたりで掴んだまま、離さなかった。
——これね、レムが言っていたのは。いまさら一体何を……。
「なに? バルス。 今更恥ずかしいの? できるなら、日が高くなる前に洗濯を片付けてしまいたいと、ラムは思っているわ」
スバルは赤い顔のまま沈黙していた。ラムはその様子をしばらく見てから、ため息をひとつついた。
「はぁっ。バルス、それ、レムも困っていたわ。一体なんなの?」
「いや、その、あの……」
「ま、いいわ。食器は片付けるけど……」
スバルはホッとした様子で、両手顔を拭った。ラムはその瞬間を見逃さなかった。タオルケットの端をつまむと、ばっとタオルケットがスバルの体から取り去る。
「はっ!」
「わわわっ!」
とっさに体をひねってうつ伏せになるスバル。
「バルス……そんなに動けたの? ならもうほとんど大丈夫じゃない?」
「あ、ああ、そ、そうだな。そうかも」
「それにしても……そんなにラムに見られるのが恥ずかしいなら、ほら、これで」
大きめのタオルをスバルの体にかぶせると、
「今のうちにお手洗いに行ってちょうだい。その間に全部取り替えておくから」
そう言ってスバルの体に手を差し込もうとした。
「あ、なんとか歩けそうだから、自分で行くよ」
スバルはそう言って、タオルをお腹のあたりに抱え込んだ。そのままベッドから降りて、まるで老人のように前かがみになると、客室に備え付けてある洗面所によたよたと姿を消した。
「一体なんなの?」
ベッドのリネンを全て交換して、スバルが出てくるのを待つ。待つ。かなり待った。
「バルス? 大丈夫?」
ノックをして声をかける。
「あ、ああ、ほぼ大丈夫だ」
「はぁ? ほぼ大丈夫って……」
洗面所のドアが開いて、スバルが顔を出した。
「本当に大丈夫なの? 顔色は悪くなさそうだけど」
「ああ、平気。心配かけて、悪い」
先ほどに比べてかなり姿勢も良く、割と普通に近い歩き方でベッドに戻るスバル。
「じゃ、またお昼に来るけど……」
「わ、わかった。ありがとう」
スバルの様子に釈然としないまま、ラムは部屋から出ると、ドアを後ろ手に締めた。その途端に、目眩がして、一瞬目の前が真っ暗になった。
——バルスの心配より、いよいよ自分の心配をしないと、ダメね。
しばらくして視界が戻ると、ラムは気力を絞って、仕事に取り掛かった。
その後、昼食を持って行った時も、スバルの反応は一緒だった。ドアをノックして部屋に入ったのが、自分だとわかった瞬間に、なんだかがっかりした表情になるのだ。
「バルス、レムとなんの約束があるのか知らないけど、今日は夕食までラムしかここに来ないわよ」
ただでさえ体力的に辛い状態なのに、その上スバルのこの表情を見せられるのは、いくらなんでも……。
「そんながっかりされると、さすがにラムもちょっと傷つくわね」
「違う! 違うんだ、ラム! あ、ご、ごめん。俺が悪かった……」
——何が違うのかしらね。
「ラム、本当にごめん。その……」
「いいわ。ラムにはよくわからないけど、ひとつ貸しにしとく」
ひと間あって、
「どのみちバルスもそろそろ大丈夫そうだし、いつまでも惰眠を貪ってないで、早めに復活してもらえると、ラムも助かるわ」
「ああ、わ、わかった。なんでもするよ……あ、で、できる範囲で」
「ええ。遠慮なくお願いするわ。じゃ、夕食もラムが持って来る予定だけど……ラムでいいかしら?」
「も、もちろん! いや、お願いします……。あの、ラム、さっきは本当に、ごめ——」
「もういいのよ、それは」
——絶対レムと何かあるのね。それにしても……。
それにしても。レムが資料室に入ったまま出てこない。あの子にしては珍しい。今までこんなことはなかったのに。もしかしたら、バルスの病状を調べていたりするのかしら? あの子のことだから、本当は何があったかなんて、考えもしていないと思うけど。
結局、レムが資料室から出てきたのは、スバルの夕食が済んだ後だった。ちょうど厨房へ戻ったとき、慌てた様子でレムが、小走りでやってきた。
「ね、姉様」
「ずいぶんかかったのね。なにか興味のある本でも見つかったの?」
そう言った途端に、レムの顔が赤く染まった。
「……ね、姉様はすべてお見通しなんですね」
——バルスと、何か約束事がある、ってことはね。だって、バレバレだもの。でもそれは言わぬが花、ね。
とぼけた様子で、ラムはこう答えた。
「んー。なんのことかしら。まぁでも、レムのことはおおよそわかるわ。だって、ラムはレムの姉様ですもの。それに……」
「そ、それに?」
「今、脇に本を抱えているわ」
「あ、あの……」
「バルスの食事は終わったわ。洗い物を任せてもいいかしら。ラムは疲れたから、お風呂に入って、もう休むわ。じゃ、おやすみなさい」
——バルスが首を長くしてあなたを待っているわよ。
部屋に戻って、パタンと扉を閉じた。レムの前ではもちろん、スバルの前でも気を張っていたが、今日もかなり辛かった。お風呂に入って早めに寝てしまおう。
そう思った時だった。
「ごほっ! ごほっ!」
いきなり咳き込んで、膝から力が抜けた。
「げほっ」
片膝をついて、口に手を当てる。血を吐いていた。ここまでのことは、初めてだった。
——これは、本格的にまずいことになりそうね。
ラムは脱いだばかりのエプロンドレスで口を拭うと、ふらつきながら下着姿でベッドに横たわった。そして痛みに耐えるように、両腕で体を抱きしめるように体を丸め、彼女はそのまま意識を失った。