※この作品はR-18です。

紫紺の夢   作:Kuro Maru

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赤の章・9

 ノックの音がした。振り向くと、ドアからレムが部屋に入ってくるところだった。

 

「おはよう、レム」

 

「お、おはようございます。姉様。あの、今朝は——」

 

 レムのその表情に、若干の後ろめたさを感じるのは気のせいだろうか。

 

「ええ、今朝は少し調子がいいの。レムこそ、今朝は寝坊したの?」

 

——あ、今のはちょっと意地悪だったかしら?

 

「あ、は、はい。昨日は遅くまで本を読んでいて……」

 

「そう。でも、レムが寝坊するなんて、珍しいわね」

 

 レムは赤くなったまま、ラムの身支度の手伝いをしようと、手を伸ばした。ラムはその手をとって、レムを自分に引き寄せると、その自分と瓜二つの顔をじっと覗き込んだ。

 

「ね、姉様?」

 

「んー。相変わらず可愛い顔ね、レム。やっぱりラムと瓜二つなだけあるわ」

 

——経験したからといって、そんなすぐにはいろいろ変わったりしないのね。

 

「え? え?」

 

「いいえ、なんでもないの。さ、体調がいいうちに——」

 

 レムが口を挟む。

 

「そのことなんですけど、姉様。やっぱり、王都に、ロズワール様に連絡をした方が……」

 

 それを考えていないわけではなかった。だが、あのロズワールのことだ。理由なく放置されているというのは考えにくい。竜車を飛ばして、助けを求めるという答えを、彼は良しとしないだろう。と、なると。今この時点で、答えはおそらく一つ。

 

——それは、その方法を模索すること、もしくは、探し出すこと。文字通り死ぬ気で。そして、その答えが、もしあれなら……。

 

 ラムはしばらく考えて、レムに言いかけた。

 

「ねえ、レム?」

 

「なんですか? 姉様」

 

「あの……」

 

 だが、ラムはさすがに躊躇した。いくらなんでも、その考えは自分に都合が良すぎる。レムの気持ち——そう、レムがスバルを見つめる時の、嬉しくて、そして胸が痛くなるような、あの感覚。そして昨夜のあの……。それを知っていて、その上で、そんなことを口には出せない。

 

「いいえ、なんでもないわ。さっきも言ったけど、今は調子はそれほど悪くない。でも、やっぱり様子を見ながらお仕事をさせてもらってもいい?」

 

「も、もちろんです!」

 

「そういえば、バルスなんだけど……」

 

「は、はい。す、スバルくんが?」

 

 レムは赤い顔のまま、すこし強張った表情をラムに見せた。

 

「もうほとんど回復しているんじゃないかしら? レムはどう思う?」

 

「そ、そうですね。ゆっくりなら歩けましたし、もうじきお仕事にも戻れるんじゃないでしょうか?」

 

「あと、レムが言っていた通り、上掛けを体から離さなかったわ。あれはなんなのかしらね?」

 

「さ、さあ、なんでしょうか……」

 

 またあの後ろめたい感じが、レムからラムに伝わってくる。昨日二人がそう言う関係になったのはもうわかっている。だが、それとあのスバルのタオルの一件はどう言う関係があるのだろう。

 

 ラムは、それをレムに聞きたい衝動を抑えると、

 

「今日のバルスの世話は、レム、あなたに全部任せるわ」

 

「え? は、はい。あの、姉様?」

 

「ああ、昨日のことなんだけど、ラムが行くたびに、なんだかがっかりしたような顔をしてたの。レムが世話をした方がいいみたいだから」

 

「あ! いえ、姉様、スバルくんは、そんな……」

 

「いいのよ。レムだって、その方がいいでしょう? じゃ、行きましょう」

 

 そう言って、仕事に取り掛かった。

 

「ところで、レム? なんだか歩き方がおかしいわ。どうしたの?」

 

「え? 姉様。き、気のせいじゃ……」

 

「気のせいじゃないと思うけど……。なにか調子でも悪いの?」

 

「い、いえ。そんなことは」

 

「レム。レムもラムに遠慮しないで、なんでも言ってちょうだい」

 

「は、はい。姉様。ありがとうございます」

 

——自分で気づいていないの? レム、なんだかガニ股になってるわよ。

 

 そのガニ股のレムと、いつものように屋敷の仕事を片付けていく。だが、ラムの体からは、朝の調子よさが、どんどん消えていった。途中何度かスバルの部屋へレムが消えると、ラムは、その都度椅子に座り、意識をそこから遠ざけた。

 

 今日はまだ、レムからは例の感じは伝わってきていない。このまま一日が終われば、遠からずまた、血反吐を吐くことになるだろう。それが二人の前だったら。もしレムの前だったら……。彼女が一体どうなるのか、目に見えている。

 

 レムにきちんと話をしなければ。レムに話をして……でも、レムに何をどう話せばいいのだろう。そんな思いが顔に出ていたのか、レムが心配そうに声をかけた。

 

「姉様? 大丈夫ですか? もし調子が悪ければ、お部屋でお休みになっていてもいいですよ」

 

「ううん。大丈夫。レム……あの……」 

 

 レムが眉をひそめた。ここ数日、体の調子が悪いことを差し引いても、今日のラムはおかしい。そう感じているのだろう。

 

「……そうね。そうさせてもらってもいいかしら」

 

「じゃあ、夕食はお部屋にお持ちしますね」

 

 結局、ラムはレムに自分の考えを話すことができずに、就寝時間を迎えてしまった。体調はどんどん良くない方向に向かっていた。

 昨晩は入ることのできなかった風呂で、ゆっくり体を温めながら、考える。今から自分がやろうとしていることは、レムの、大切な妹の思いを壊してしまうことなのだ。だが、このままでは——。

 

 ラムは、やっと覚悟を決めた。

 

——ごめんなさい、レム。ラムはどうしても知りたい。そして、この体のことをなんとかしたい。まずはきちんとレムと話をしてからね。

 

 そう思って、隣のドアをノックした。返事はなかった。そっとドアを開けて中を覗くと、レムは部屋にはいなかった。一体どこにいるのかは、言うまでもない。

 

 少しの間考えて、階の違う客間へ向かう。レムの反応に体が呼応しているのだろう。心拍数が上がっていくのがわかる。そして、体の奥がジンと、熱を持ち始めている。その部分が、むず痒いようなあの切ない感じを、体全体に広げ始めている。

 

 部屋の前に立ち、ノックをしようとして、一瞬迷った。中の二人は今、どんなタイミングなのか。それはさすがにわからない。

 

——頼むわよ、バルス。

 

 一つ大きく息を吸い込んで、ラムは客間のドアをノックした。

 

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