「はい?」
少し間をおいてドアが開いた。その隙間からネグリジェ姿のレムが顔を出した。
「ね、姉様!」
レムは、驚いた表情でラムを見て、大きくドアを開けると、ついで部屋のスバルに顔を向けた。
「レム、ここにいたのね。バルスの具合は——」
一旦言葉を切ってから、続ける。
「聞くまでもないわね」
スバルは上半身裸でベッドに体を起こしていた。二人が一体何をしていたのか、想像に難く無い。そんなスバルも、予想外の訪問者に驚いている。
「お取り込み中悪いんだけど。レム、バルス、二人に話があるわ」
そんな二人をよそに、ラムはそう言いながら部屋に入り込んだ。レムがその後ろで静かにドアを閉める。スバルは上半身裸のまま、ラムとレムに交互に視線を送った。
ラムは、ベッドの上のスバルの様子をもう一度確認すると、静かに口を開いた。
「率直にいうわ。今、ラムは切羽詰まってる。バルスの、レムとバルスの力を借りたい」
ただでさえ白い肌が、いまは透き通るほどになっている。その色のなさにスバルは驚いた。
「い、一体、どうしたんだ?」
ここ、いいかしら? そう言って、ベッドに腰掛ける、ラム。
「ね、姉様、もしかして!」
レムがラムの隣に駆け寄った。ラムはレムに顔を向けて、ゆっくり静かに頷いた。
「ラムの、体の崩壊が始まっているわ。痛みとだるさで、体がかなりきつい……」
「ほ、崩壊って、あ、あの……」
訳が分からない、そんな口調でスバルがラムとレムに問いかける。その言葉を受けて、ラムは、レムの手を取ってベッドの上に引き上げると、自分もそのままレムの隣に座りなおした。そして、
「前に、角なしって何か、って聞いてたわね」
スバルに向かって、突然話し始める。
それは、レムを助けに森に入った時のことだった。スバルはラムにそのことを聞いた。その時はちょっとしたいざこざで無くした、とだけしか言っていない。
「角は……」
レムがラムのネグリジェの袖をギュっと掴んでいる。
「鬼族にとって、角はなくてはならないもの。マナを吸収し、鬼族の鬼たる力を発揮させる唯一無二の器官……」
静かに語るラム。横でそれを聞いているレムの顔が青ざめている。スバルもそれに気づいているようだった。
「ずいぶん昔の話よ。ある日、ラムたちの村が襲撃されたわ。とある狂人の集団に」
レムが震え始めていた。それを知ってか知らずか、ラムが続ける。
「気づいた時には、村の全員が殺されていた。最後に残ったのはラムとレムだけ。それでも、なんとかその集団のほとんどを始末して……でも、一瞬、気が抜けたところを——」
ラムが手刀で、自分の額のあたりを切る仕草をした。震えるレムの唇が紫色になっている。
「お、おい、れ——」
スバルの言葉を遮るように、ラムが続ける。
「ちょうどそこを、ロズワール様に助けられた。そして、今日に至っている。ただ……」
「ただ?」
スバルがおうむ返しで聞く。
「さっきも言った通り、鬼族にとって唯一マナを吸収する器官が角。その角がないと、マナを吸収できず、そのうち枯渇して、死に至るわ」
「死に……。じゃ、じゃあ、その角がなければ……。いや、おまえ、それ……」
ラムが静かに頷く。ロズワールの手によって救い出され、ロズワールの手でしか生き永らえない身体。
「そうね、普通ならそれほど影響がないかもしれない。ただ、ラムは……ラムのこの体は、普通以上にマナを必要とするの。だから、毎晩ロズワース様に……。もしそれがなければ、長くて……長くてどのくらいもつのかしらね」
「……」
初めて知る事実に、スバルが沈黙する。
「でも」
ラムが続けた。
「たまたま拾ってくださったのが、ロズワール様だった。そしてロズワール様にはラムにマナを補給する力があった。それだけでも儲け物だと、ラムは思っているわ。そんな人、ほかには知らないもの。それに……」
ラムは、青い顔をしたままで震えるレムに向かって、優しく微笑むと、
「あの時、角をなくしたのを後悔はしていないわ。そのおかげでレムと二人で、こうして生きていられる。もしあの時、レムを失っていたら……たった一人の妹を失っていたら、ラムもきっと生きていこうとは思わなかったでしょうね」
本音だった。そうなっていたら、おそらく全てを道連れにして、死を選んでいただろう。
「ね、姉様……」
「レム、あなたが無事だったらそれで良かったの。あの時、ラムはそれだけを思っていたわ」
「姉様、あ、あの……」
「もういいのよ。何も言わなくていい。だって、ラムはレムの姉様ですもの。たった一人の愛する妹のために命を落としたって悔いはないわ」
その言葉を聞いて、レムの顔が一気に崩れた。
「れ、レムは……レムは、あ、あの時……」
大粒の涙が、ぽろぽろと、青い瞳からこぼれ落ちる。
「あの時、ね、姉様の、つ、角が、やっと、やっとなくなったと思って、ホッとして……」
涙を零しながら、レムが続ける。レムの告白を聞くラムの瞳にも、光るものがあった。
「そ、そんな自分が許せなくて……つ、角をなくすのは、レ、レムでよかったのに……」
そこまでなんとか言い切ると、レムは、ラムの胸で泣き崩れた。
「お姉ちゃん! お姉ちゃん! ごめんなさい! ごめんなさい! レムは、レムは……お姉ちゃん!」
号泣するレムの肩をラムはそっと抱きしめた。
そんな感情が多少なりともあっただろうと言うことは、とっくにわかっていた。人は誰しも、そういう部分を持っている。もちろん自分自身も同じような感情がないわけでは、ない。ましてや、当時の二人は一体幾つの子供だったの言うのか。
だが、今ここで、レムにそれをわざわざ言わせるつもりはなかった。
村を襲撃されたショックと、ふと感じてしまった感情。その二つが長く長くレムの枷になっていたという事実を改めて知ると、二人にのしかかった運命の重さを恨まずにはいられなかった。
そして、どんなことがあろうとも、レムが自分のたった一人の愛する妹であることに変わりはない。それを伝えたかった。
「レム。もうそれ以上何も言わなくていい……。大丈夫。ラムはここにいるわ」
自らも頬を濡らし、優しく微笑んでそういうと、ラムもまたレムの肩に顔を埋めて、自身の肩を震わせた。