カチャリ。
小さな音が聞こえた。顔を上げてドアの方を見ると、スバルがそっと部屋を出ようとしているところだった。
部屋を出る寸前、何かに気づいたのか、ハッとした顔で再びベッドに戻ってくる。スバルはそーっとベッドに手を伸ばすと、自分が着ていたはずのローブに手を伸ばした。そこで、ラムと目があった。
「あ……」
バツの悪さで固まるスバル。おそらく気を利かせて、二人だけにしてくれようとしたのだろう。その目にうっすらと涙が浮かんでいる。パンツ一枚のスバルは、ローブを片手に、苦笑いしながらそっと後ずさった。
——今はバルスのその気遣いに、素直に感謝するわ。少しだけ間が抜けているけれどね。レムも、バルスのこう言うところに惹かれたのかしらね。
ラムは涙をさっと拭うと、
「ごほん」
咳払いをして、スバルにこう言った。
「そ、そういうわけで。バルス。バルスさえ良かったら手を貸してもらいたいと、ラムは思っているわ」
ううん——今のセリフを否定するように首を横に振ると、こう言い直した。
「いいえ。レムも、ね。訂正するわ。もしレムが嫌じゃなければ、バルスを、バルスの力を借りてもいい?」
その言葉に、腕を掴んでいた手にぎゅっと力が入る。そして、レムはラムの胸に顔を埋めたまま、何度も頷いた。
「で、で、でも、俺が、お前のマナの補給と、どう……」
戸惑うスバルに、ラムが続ける。
「お互い、今更隠し事は無しにしましょう。昨晩のことよ。バルス、レムを抱いたわね」
「な……!」
直截簡明な一言だった。レムの体が、ピクリと反応した。スバルもそのラムの言葉に凍りついたままだ。
「な、なんで……ど、どうして……」
ようやくスバルの口から言葉が溢れた。
「隠し事は無し、よ。それに関してはラムは何も言わない。でも怒ってるわけじゃないわ。個人的なことだし、お互いに好き同士ならいいんじゃない?」
「わ、わかった……」
で、とラムが続ける。
「その時、いいえ、そのほんの少しだけ前かしら、レムが……レムから強い共感覚が伝わってきた」
流石に言いづらいのか、ラムが一瞬言葉に詰まった。
「……レムに、何をしたの? レムはその時どうなったの?」
スバルは顔を真っ赤にして、
「え、あ、そ、その……な、なんでそんな、こ、ことを」
その問いに答えることが出来ず、スバルは顔を真っ赤にした。そもそも、個人的なことと言いながら、その実ものすごいことを聞いているという自覚も、今のラムにはなかった。
「おね……姉様」
レムが口を開いた。
「あの時、レムは……スバルくんは……」
「れ、レム、あの……」
「大丈夫です、スバルくん。レムはもう大丈夫。レムはスバルくんのことも、姉様のことも大好きで大切です。だから——」
ようやく泣き止んだレムが、スバルの顔を見て、頷いた。レムはもう何かに気づいているようだった。
「姉様、あの時スバルくんは……」
レムも真っ赤になって、でも一生懸命伝えようとする。
「レムをいっぱい……いっぱい優しく触ってくれたんです……」
ラムの視線がスバルへと向けられた。
「そ、それが、とっても気持ちよくって……」
レムの言葉を聞きながら、ラムの色気の失せた顔が少しだけ赤くなった。
「あ、あと、その、し、下着を……脱がせてくれて……」
流石に恥ずかしいのか、言葉に詰まる。スバルはお腹のあたりを抑えるように前かがみになっている。ラムはスバルのその様子を横目で見ながら、続きを静かに待っていた。
「れ、レム、そ、それ、もういいんじゃないか——」
「だ、ダメです。スバルくん。隠し事は無し、です」
度胸がいいのか、何も考えていないのか、自分も恥ずかしさで真っ赤になりながら、レムが続ける。
「れ、レムの、は、裸を、全部、スバルくんに……」
ラムとレムの二人は、いつの間にか女の子座りになって、両手を股に挟み込んでいた。スバルもいつの間にかしゃがみこんでいる。
「そ、そのあと、スバルくんが、レムの、そこに……キス……してくれて……」
ラムはレムに視線を戻して、黙ってその続きを待っていた。
「あ、あとは、レムにも、よ、よくわかんなくて……でも、とっても気持ちよくって……」
レムが上目遣いで、ちらりちらりとスバルを見ている。
「それで、気づいたら、レムは、全身が痺れるような感じになって、そのあと、全身が、ガクガクって震えて……」
——ああ、その感覚が……。
「何も考えられなくなって、真っ白になる感じで……す、スバルくんが、その、色々してくれて、とっても嬉しくて、気持ちよくて、で、でも、あんなことを覚えてしまったら、レ、レムはスバルくんから離れられなくなってしまいます……」
最後はなぜかおのろけ発言になってしまっていることに、誰も気づかず、二人は顔を赤くして、ラムは少しだけ赤みの差した顔で、そして三人とも俯いたままだった。
「ご、ごほん」
ラムは咳払いを一つして、平静さを主張すると、
「おそらくその時だと思うわ。ラムは少しだけ苦しさから解放されたわ。あれはまるで……」
「ね、姉様? そ、それ……」
レムの方を向いて頷く、ラム。
「レムが感じたことが、共感覚で伝わってきたのね。おそらく、その、真っ白になる感じが特に強く。でも、そのおかげで……」
「じ、じゃあ、もしかして……」
ラムは再び頷いて言った。
「そうね。それが、今、ラムがラムにできる唯一のことじゃないかしら」
いきなり二人が真面目に話し合う。
「レム、そのあと、レムとバルスは……。ううん。流石にそれを直接聞くのは無粋の極みね。でも、レム、もし、もしレムが嫌じゃなかったら、その、ラムも、そのレムと同じことを……最後まで……いい?」
静かに、何度も頷くレム。だがスバルは二人の話がよくわかっていないようだった。
「い、一体何の……」
「バルス、そのレムが感じたそのことが、ラムのマナの供給に影響があるってことらしいの……だから……」
ラムはスバルに向き直ると、首を垂れた。
「ラムがかなり非常識なことを言っているのは、ラムも十分すぎるほどわかってるわ。その上で改めてお願いしたい。ラムに、レムにしたのと同じことを、試して——いいえ、ご、ごめんなさい。その、して欲しい……の……」
三人の間に沈黙が流れた。
スバルはラムが初めて自分に頭を下げたことに、驚きを隠せなかった。いや、命に関わることなら、そして自分ができることなら、もちろんなんでもしてあげたい。ただ、内容が内容だけに、迷う部分もあった。レムの目もある。いや、この件に関して言えば、レムは賛成の立場だ。あとは自分の気持ち次第だった。
「——と、バルスは思っているんじゃない?」
「いやいや、そんな簡単なことじゃ、って、勝手にモノローグつけるのやめてね!」
スバルが慌てて否定する。
「よく考えた上で、ラムがそれでいいなら、っていうより、切羽詰まってるところに付け込んで、男の欲望を、って感じになっちゃってない?」
「その心配はご無用よ。体は許しても、心は許さないから」
「ぐっ」
いいのか悪いのか、戸惑った様子でスバルは、レムに問いかけた。
「レム? お前は——」
言い終わる前に、
「レムは大丈夫です。姉様を助けてあげてください。姉様とスバルくんの体が繋がっても、レムがスバルくんのことも姉様のことも大好きな気持ちには変わりありませんから!」
「お、お前、言い方がストレートすぎ……」
「それに、スバルくん……」
レムがちょっと言いづらそうに続ける。
「スバルくんのそこ、かなり大きくなっている気がします」
さっきのレムの回想で、昨日のことを思い出したのか、スバルのその部分はかなりまずいことになっていた。
「げ! あんまり注目しないでくれる? 恥ずかしいから!」
レムはにっこり笑って、スバルに手を差し伸べた。スバルが前かがみになりながら、ベッドのそばに近づいて、その手を取る。ちょうど円陣を組むように、三人がベッドに陣取る形になった。
お互いの顔をそれぞれ見比べる。レムは赤い顔はしているが、なぜか嬉しそうに、ラムは、どこか戸惑いつつ緊張気味に、スバルはと言えば、赤い顔でやや困ったような表情を見せている。そのまま三人の沈黙が続く。
「あの」
スバルが口を開いた。
「昨日言おうとして、ちゃんと言えなかったことを、今言うよ。レム」
レムに真剣な眼差しを向けるスバル。レムも、一体何を言われるのか、と、やや緊張した表情でスバルを見つめ返している。スバルは一つ大きく息を吸い込んでこう言った。
「お、俺、レムが好きだ。レムのこと大好きだ。あ、あの、そ、ここを大きくしたまま言っても、その、説得力ゼロかも、だけど」
「す、スバルくん……」
「本当だ。嘘じゃない。本当の気持ちなんだ、レム。俺、レムが好きだ」
「で、でも——」
その言葉を遮って、スバルはゆっくり首を振った。
「違うんだ、レム。エミリアのことが好きな気持ちと、レムのことが好きな気持ちとは、全然違うんだ。俺、レムのことを思うと、その、なんっていうか、大切で、守ってあげたくって、あ、いや、どっちかっていうと守られちゃったりしてるけど、でも、こう、あったかい気持ちになるっていうか」
うまく言えない自分がもどかしい、とでも言うように、
「と、とにかく。俺、レムが大好きだ!」
そう言い切った。レムは真っ赤な顔をして、スバルを見つめていた。
「どうしても、それをきちんと伝えておきたかったんだ」
——レム。大切な大切なたった一人の妹——可愛い可愛いレム。これがレムの欲しかったもの? これがその答えなら、本当に羨ましいくらいだわ。
今、自分が抱いている感情をうまく整理できない。ラムは目を伏て、ゆっくりと下を向いた。
「ラム」
スバルはそのままラムに顔を向けた。
「俺、レムが好きって言う気持ちとは、ちょっとだけ違うけど、ラム、俺、お前のことも大好きだよ」
それを聞いたラムが、ハッと顔を上げた。
「だから、俺がラムにしてあげられることなら、何でもしてあげたい、って思ってる」
ラムは、スバルのストレートな眼差しに、顔が熱くなるのを感じていた。
「そ、それでラムが、その苦しみから少しでも解放されんなら、あの、いなくならないで済むなら……いや、俺の、俺とレムの前からラムがいなくなるのは、嫌だよ」
スバルは、一瞬言葉に詰まった。そしてこう続けた。
「あ、さ、さっきも今も、ちんちん勃てて、こ、こんなこと言っても、かっこ悪いんだけど、そこはちょっとだけ、見なかったことにしてくれると、嬉しい、って言うか、その……」
「大丈夫ですよ、スバルくん」
レムが優しく言う。
「姉様も、レムも、そんな風にスバルくんを見たりしてません。そんなことを思ったりしてませんよ」
目に涙を浮かべて、でも満面の笑みでこう言った。
「やっぱりスバルくんは、優しくて、素敵です」