スバルの手が、二人のお腹から下腹部へ滑っていった。手のひら全体で円を描きながら、優しくお腹を温めるようにマッサージしていく。香油のいい香りが、部屋いっぱいに広がっていた。
ここまで終わったら、秘密兵器の登場だな。そんなことを思っていると、ふと、スバルの目が二人のある場所に止まった。
——へええ。二人とも、へその形までおんなじだ。まあ、いろいろ全くおんなじだったから、今更驚かないけど……。でも、ちゃんと見るのは初めてだな。縦長で細くて。へその形に綺麗とかあるのかどうかは知らんけど、二人ともやっぱ、綺麗だ。
スバルは何も考えずに二人のへそに人差し指を入れて、同時にクリクリと
その瞬間。
「ひゃぎいぃぃっ!」
「ぎゃひぃぃぃっ!」
意味不明の叫び声が二人の口から飛び出し、二人は同時にベッドの上にガバッと跳ね起きた。
「な、何? 何っ?」
スバルはスバルで、二人の突然の反応に驚いて、後ろに尻餅をつく格好になった。
「す、す、す、す、スバルくんっ!」
「ば、ば、ば、ば、ばるすっ!」
「え? え? え?」
二人とも真っ赤な顔をして、お腹を両手で押さえている。
「な、な、な、な!」
「ど、ど、ど、ど!」
「え? なに? 何をしたの、俺?」
「なんてところを触るんですかっ!」
「どこを触ってるのよ! バカッ!」
「えええっ? なに? まさか、へそ?」
——へそ? そんなところが? うっそー。思ってもみなかった! へそ禁止なんて! そんな、言っといてくれないと……。
「あー、ごめん! ごめん! まさかへそが二人ともダメだなんて、知らなかった! ごめんごめん」
手を合わせて二人に謝るスバル。二人はまだ顔を赤くしたまま、へそを隠している。
「あの、とにかくごめん。あの……」
——とにかく今は、何か違う話題にしなくては!
膝立ちをしている二人の姿をじっくりと見て、スバルが言った。
「その、二人とも、おっぱい綺麗だな」
「ひゃっ! ど、どこを見てるんですかっ!」
「わわっ! ど、どこを見てるのよ!」
慌てて片方の手で胸を隠す二人。
「いやいや、待った待った。へそ触ったのは俺が悪かったけど、それ、ちがくね?」
二人は、まだ赤い顔のまま、今度はふくれっ面でスバルを可愛く睨んでいる。さっきまでは大胆にさらけ出していたのに。女の子の恥ずかしいポイントが、いまいち理解できない。
「と、とにかく、悪かった。も、もう触らないから。で、マッサージはどうする? もうお終いにした方が良ければ——」
「ま、まだ続きがあるなら、や、やらせてあげてもいいわ」
「ま、まだ続きがあるなら、や、やってもらいたいですっ」
スバルが言い終わる前に、二人の声が重なった。
「でも——」
「でも——」
「わ、わかった。大丈夫だ。絶対触らないようにするから。じゃあ、二人とも、もう一度横になってもらいましょうか。あ、今度はちゃんとタオルで隠しておくからな」
スバルは、横になった二人の胸をタオルで隠すと、改めて二人のお腹に手を当てた。その途端、二人の体に緊張が走って——。
「す、スバルくん。レムは信じています……」
「バルス、次触ったら……わ、わかるわね」
「だ、大丈夫だって!」
そこまで言われると、逆にもっと触りたくなってしまうのが人情。が、それをやったら、確実に命取りになるだろう。嘘偽りなく、本当の意味で。
スバルは注意しながら、手のひらだけで、お腹のマッサージを開始した。ようやく二人の体から力が抜ける。そのまま二人の下腹部、ショーツギリギリのところまでマッサージをして、
「とりあえず、香油のマッサージは一旦終了な。でだ。お二人さん、ちょっと腰を浮かせてもらえませんかね?」
「こうですか?」
二人はお腹を突き出すように、背中と腰を反らせた。そこへ、
「ほい!」
スバルがタオルを筒状に丸めたようなものを差し込んだ。
「なんですか! これ! す、すごくいい感じなんですけど!」
「へっへー。だろ? ラムはどうよ?」
「こ、これは、一体なんなの?」
「さっき二人が風呂に行ってる間に、作ったのさ。んー、俺も正式名称は知らない。名前をつけるとしたら、そうだな。ぽかぽか腰枕? とか?」
「ぽかぽかこしまくら?」
「バルス、これはどうやって……」
「よくぞ聞いてくれました、おねえさま。倉庫に残ってた火の魔鉱石のかけらを集めて、庭石に混ぜたんだよ。それを筒状にタオルで巻いて、出来上がり、ってわけ」
この手のあったかグッズは前の世界に溢れるほど種類があった。ただ、そのほとんどは中の石を電子レンジで温めるものだ。残念ながら、電子レンジはこちらにはない。だが、その代わり魔鉱石という便利なものがある。
その魔鉱石の中で、熱を発する火の魔鉱石の小粒のものと石を混ぜたら、簡単なカイロのようになるのではないだろうか——。それがうまくいった。細かいクズなので、おそらく発火の心配もないだろうと、スバルは考えていた。
「ちょうど二人とも腰が痛いって言ってたし。大きさも高さもちょうど良かったみたいだな」
「す、スバルくん。素晴らしすぎます! 素敵すぎです! もっと早くこういうのが欲しかったと、レムは心の底から思っています!」
「お褒めの言葉、ありがたく頂戴いたしましょう。で、おねえさまはいかがでしょうか?」
「くー」
「って、おい! もう寝てるんじゃない! 早い! まだ早い!」
そう言いながら、二人の肩とお腹にそれぞれ、形の違うスバル特製ポカポカ枕をあてがった。
「はぁぁっ……なんて素敵なんでしょう……スバルくん、このお礼はどうしたら……」
「いや、お礼なんて、そんなのいいって。単なる思い付きだったし。ま、うまくいってよかったけど」
「でも、でも、このままじゃ、レムの気が晴れません。あ、やっぱり、その、出すのをお手伝いするとか……」
「え? いや、それはいいから!」
「でも、でも、でも、スバルくん。スバルくんのそこ、ずっと大きいままですよ」
「あ、あ! あの! これは、もう仕方ないんだよ! 自分じゃどうしようもないんだって!」
突然無言になる二人。ただ、レムはそっとそこに手を伸ばしかける。
「だ、大丈夫だ! ちゃんと約束は守るから! だから、あの、見なかったことに、その、気づかなかったことに……してくんない?」
レムはにっこり笑うと、
「レムの前では我慢しなくてもいいんですよ、スバルくん。でも、スバルくんが約束を守ろうとするその意思を、レムは尊重します」
「う。うん……頑張る……」
——素直にして欲しいって言えばよかったかな。
そう思った瞬間。
「レム、甘やかしてはダメよ」
やや冷たいセリフがラムの口から発せられた。
「ねえさま、いつ目が覚めたんだよ……」
「ラムはずっと起きていたわ」
「それ、絶対嘘だろ……口元によだれの跡があんぞ!」
「えっ?」
パッと口元を拭うラム。もちろんそんなよだれの跡など、何もない。
「くっ……」
ラムが悔しそうに顔を背ける。その様子を見たスバルは、一人ほくそ笑んだ。
——ようやく一矢報いたぜ!
「さ、仕上げに参りましょうかね」
「え? まだ続きがあるんですか?」
「まあ、な」
そう言って、二人に大きなタオルケットをかける。
「じゃ、ちょいと失礼」
二人の足だけをタオルケットから出して——。
スバルの記憶では、テレビの中で芸能人がよくやられていたのがこれだ。かなり痛いようだが、適度な強さでやれば、すぐ寝てしまうくらい、気持ちがいいらしい。
再び香油を手にとって、小さくて可愛い二人の足裏をマッサージする。
「あ、あ……す、スバルくん、そ、そこは……あっ!」
「あ……ば、バルス、ど、何処を触って……あ、あっ」
——あ、足の指もダメだった。そうだった! ってか、ラムもか。女の子っていろんなところがダメなんだな……。
「ああ、ごめんごめん。じゃあ、指は無しにするから」
二人の足裏を——指抜きで——マッサージする。程なく二人から寝息が聞こえてきた。それでも両方の足が終わるまで、丁寧に、丁寧に、優しく、優しく。
——これで終了だぜ! 我ながらよくやった! 頑張った、よく頑張った! 俺!
スバルは自分で自分の肩を揉みながら、二人を見下ろすと、にっこり笑った。
あとは、問題の……。
——レムがああ言っていたし、そっちも頑張るぜ! 見ててくれ、レム! あ、あんまり自信ないけど……。と、とりあえず風呂入ってから、水でもぶっかけて、冷ましてくるか。それまで、二人はここで寝かせとこう。
そして。
風呂から上がってきたスバルを待っていたものは、二人仲良く手を繋いで眠っている、可愛い双子の姿だった。もちろん彼女たちは、スバルがいくら揺すっても、全く目がさめる気配はなかった。
「ちぇっ。こうなると思ったんだ」
スバルは、リネン室から余分に持ってきたシーツとタオルケットに包まって、一人寂しくベッドの下で丸まった。
翌日。
「ラム、レム! おはよう……へ、へくしっ!」
厨房の扉を開けると同時にくしゃみが出た。
「おはようございます。スバルくん」
「おはよう。バルス」
「スバルくん、やっぱり風邪をひいたんじゃぁ……」
朝、一番最初に目が覚めたのがレムだった。ラムが隣でスヤスヤ眠っているのを見て、一体どこで寝ているのか、思い出すまでにしばらくかかった。ハッと気づいてスバルの姿を探すと、床で縮こまって寝ているのが目に入った。そのスバルをひょいとお姫様抱っこで抱き上げ、ベッドに戻したのだった。
「バルス、バカは何とかって言うけど、大丈夫なの? 熱はあるの?」
最後の最後まで、スバルが起き出した後まで、彼のベッドでガーガー眠っていたのはラムだった。
「優しいの? 優しくないの? どっちなの? べっくし! いや、熱はないよ。たぶん。体の調子もそれほど悪くないし、何か俺の噂話でもしてた?」
「あ……今ちょうど姉様と」
「ん? ラムと、何か話、してたのか?」
「は、はい!」
何だか嬉しそうに、レムが言った。
「す、スバルくん、もしかして王都で、その、マッサージュ屋さんを始めたら、行列ができるんじゃないでしょうか?」
「それは、ラムも少しだけ思うわ。バルスにあんな才能があったなんて、ただのスケベな男じゃなかったのね」
「あ、でも、スバルくんが他の女の人の体に触るのは、レムはちょっと嫌かもしれません」
「あら、ラムはいいの?」
「ね、姉様は特別です! だって……その、ね、姉様はいいんです!」
「嬉しいわ。じゃあ、こうしましょう。バルスはラムとレムの専属の、いえ、専用にしましょう」
「いやいや、まってまって。人をモノのように言っちゃってますけど! そこのお二人! 俺は赤いつ——っ、いや、何でもない……」
「なに? 言いたいことがあるなら、はっきり言ったらどう? バルス」
「どうしたんですか? スバルくん。急に黙って」
「あ、いや、ほんと何でもないんだ。あ、あの、マッサージは、言ってくれれば、いつでもやるから。うん。ほんと」
——あっぶねー。つい、赤い角の専用モビル何ちゃらとか、言うとこだったー。赤で角とか、役満に振り込むとこだったぜ……。いや、レムのこともひっくるめると、ダブロンだった! 馬鹿か、ナツキスバル! ようやく二人、それを乗り越えたんだし、俺がちゃんと気を使ってあげないと。二人に、ずっと笑顔でいてほしいんなら、絶対、絶対に俺が守ってやらないと……。
そんなことを思っていると、
「レムレム、バルスはいつでもマッサージュをしてくれるって言っているわ」
「姉様姉様、レムは早速、今日の夜もマッサージュしてもらおうと思います」
——え?
「レムレム、それは名案ね、でももっといい考えがあるわ」
「姉様姉様、それって、一体どんな考えなのでしょうか?」
——え? え?
スバルの顔から血の気が引いていく。
「レムレム、これから毎月、ラムとレムが始まって終わるまで、毎日マッサージュしてもらうのはどうかしら」
「姉様姉様、これから毎月、姉様とレムが始まって終わるまで、ですか? それはとっても素敵すぎです!」
「バルスバルス、そう言うことだから、とりあえず今夜、よろしくお願いするわ!」
「スバルくんスバルくん、あの……姉様とレムのことを、よろしくお願いします!」
——せっかく、あんなかっこよく覚悟を決めたのに、なんか違う話になってるんですけど……。ま、そのくらいなら、それでこの二人が笑顔でいられるんなら、い、いいのかな。
「ね、ねえさま、れ、レムさん、そ、そんなことでよろしければ、よ、喜んで……」
そこまで言うと、ふと、あることに思い当たって——。
「そ、そういえばさ、あの、二人とも体調は? 大丈夫か?」
「え? スバルくんのおかげで、体が軽いです!」
「そうね、バルスのせいで、体が少しは楽だわね」
「内容に若干の違いと毒を感じる……。いや、大丈夫ならいいんだけどさ、ほら、いま、その、出血してるだろ? マッサージって、基本的には血行を良くしてコリをほぐすためのものだから、その、大丈夫なのかな、って」
「んー、そう言われてみると、そうかもしれませんが、レムはいつもと変わらないですよ」
「ラムも変わらないわね。でも、バルスの言うとおりかもしれない。じゃあ、始まる三日くらい前からマッサージュを始めて、後は様子見ながら、終わるまで計十日ってことでいいんじゃない?」
「十日も! レムは、レムはとっても幸せです!」
「あ、いや、そう言う意味で言ったんじゃ……」
「男に二言はない、そうよね? バルス。 それに……」
「そ、それに?」
「レムのことを本気で思ってるなら、ひと月に十日くらい、どってことないわ。そもそもその程度のことを嫌がる男に、ラムの可愛いレムはあげられ——」
「わ、わかった! わかりました! 前後合わせて十日! やらせていただきます! いや、是非やらせてください!」
若干涙目のスバル。逆に、その言葉を聞いたラムとレムは、顔を見合わせてにっこりと笑った。
「あ! その前に! ラム! あれ、無しな! わざとやるの、絶対無しな!」
「わざと? なんのことですか?」
そう言うスバルとレムに、ラムは、
「さあ、何のことかしらね? バルスはやっぱり熱でもあるんじゃない?」
白々しくそう言った。
「あ。あの、あと一つお伺いしてもよろしいでしょうか——」
そう言った瞬間。
ギロリ。
ラムの目が、それ以上語ることを許さなかった。
「わ、わかった。は、話は終了、ってことで……。じ、じゃあ、今日の仕事を始めますか、おねえさま、れむさん……」
——もしかしてもしかすると、十日間、アレも禁止ってことになっちゃってる? まさか、そうなってる? おねえさま?
がっくりと肩を落としたスバルとは対照的に、軽い足取りで仕事に取り掛かる、二人の可愛いメイド。
今日もメイザース領はいい天気だった。
※ ※ ※ ※※※※※※※※※
この一週間後——。スバルの例の約束が解禁になったあとで、何がどうしてどうなったのかは、この三人だけの秘密。
KuroMaruです。こんにちは。
紫紺の夢・番外篇、あと一話あります。どうぞ最後までお付き合いください!