例のあの件から約一週間。約束をしたとはいえ、彼の我慢は本人が思っている以上に限界に達していた。そして、それを知った双子のメイドは――。
「紫紺の夢・番外篇」で起こったある出来事の、その後の三人の様子をこっそり教えるEX.ストーリー。
※本篇と、ちょっとだけ
目が覚めた。
知ってる天井は目に入っていなかったが、枕の向こうに薄暗い部屋と見慣れた机があった。
何か夢を見ていた。かわいい女の子が、青い髪と赤い髪の子が出演していた気がする。何だかとっても気持ちのいい夢。
うつ伏せのまま、頭を窓に向ける。カーテン越しに、雨が窓を叩く音が聞こえる。
——まだ明け方前か?
もう少し寝ていよう——そう思って、ちらりと壁を見た。この世界に時計はないが、刻を知らせる魔刻結晶がそれぞれの部屋に備え付けられている。その色が、スバルの寝坊を静かに知らせていた。
いきなり意識がはっきりする。
「げげっ! やばい!」
あわてて飛び起きようとした瞬間。妙な感覚を下半身に感じてスバルは固まった。なんとなく濡れているような気がする。
「え? あ……」
寝る前にちゃんと小用は済ませたはずだ。絶対にありえない。だが、濡れた下着の感覚が、それを肯定している。
「ま、ま、まさか……。この歳でオネショとか……」
すかさず手を伸ばして確認する。冷たい感触がパジャマがわりのジャージとシーツに広がっている。だが、何かおかしい……。
スバルは、掛かっていたタオルケットを恐る恐るめくった。その瞬間、嗅ぎ慣れた匂いが彼の鼻腔を直撃した。
「あ……」
あの約束から六日目の朝だった。
スバルが例のマッサージをし始めて、昨夜で五日が過ぎた。もう、最初にしていたほどに入念なことも行われず、その施術もそれぞれの部屋でネグリジェの上から背中と腰回りだけと、随分と軽いものとなっていた。
ただ、寝間着の上からとはいえ、柔らかい女の子の体に触れただけでスバルのその部分は意図せず反応した。ありがたいことに、二人はそれに気づかないフリをしてくれていたし、初めての時のように、わざと見せつけるようなことも行われなかった。
だがスバルは若かった。その年頃といえば、毎日、日によっては幾度も処理をしてもおかしくない。そこにあの禁欲の約束。半ば一方的とはいえその約束を絶対守ろうと思っていたし、実際、何とか我慢をしていた。そんな矢先——。
「なんでこんな……」
どんな夢を見ていたのか、徐々にその記憶が蘇ってくる。そして、その結果どうなったのかは、ぐっしょりと濡れたこの股間が全てを物語っている。自分ですることを先に覚えてしまっていたスバルは、初めて体験したこの事実に困惑した。
——そんなに溜まってたのか、俺……。
気持ち悪さと罰の悪さが入り交じる。唖然としたままベッドに体を起こしたまま、どこを見るともなく壁に顔を向けると、結晶灯の光が再び目に映った。その瞬間。ハッと我に返って、ベッドから飛び降りた。
——やばい! 時間が! レムはともかく、ラムに絶対怒られる!
汚れたジャージパジャマと下着を脱ぎ去り、新しいパンツに履き替えて、再びハッと気づいた。
——これ、洗濯の時に、絶対バレるじゃん! まずい! まずい! どうする? どうする、俺?
「と、とりあえずまとめて……」
——あ! シーツ! タオルケット! やばい! やばい! 早く取っ替えないと!
この豪華絢爛なロズワール邸。使用人とは言えど、あてがわれた個室のベッドも二人くらいは余裕で寝られるくらいの大きさがある。その真ん中あたりが、何となくシミになっている気がする。
慌ててタオルケットをまとめて、シーツを剥がそうとした——ちょうどその時だった。
「バルス! いつまで寝ているの?」
ノックの音と同時にドアが開いた。振り返る間も無く、聞き慣れた声がする。
「げ!」
ラムだった。思った通り、やや不機嫌そうな顔で——あのことがあってから、彼女はスバルに、あからさまな態度をあまり取らなくなった。それでも、あれはあれ、これはこれ、と、きちんと自分なりのけじめをつけようとしているようだった——腰に手を当てて、スバルを軽く睨んでいた。
「今何時だと——」
そう言いかけて、今初めてスバルの姿に気づいた様子で、
「ば、バルス……なんで、下着一枚なの? それはあれ? ラムに見せたいの?」
「ば、ち、ちがう! ちがう!」
スバルは顔を赤くして声をあげた。
「い、いや、ね、寝坊しちまって、い、今起きたんだよ! そ、それで、その、着替えてたらお前が……」
「着替えって……それに……」
スバルは、今自分が何をしているのか、そのことをどう説明しようか、頭を巡らせ——
「なに? シーツを替えたいの? この雨じゃ今日は洗濯はお休みよ。この感じだと、おそらく今日明日は洗濯は無理ね。一日二日くらいがまんしたら?」
先に言われてしまった。
「まあでも、そこまで剥がしたんなら取り替えてしまう? ラムも手伝うわ」
ベッドに近づいてくるラムを牽制するように、
「いや、いい! もういいんだ! だ、大丈夫だから!」
焦って、半分ほど剥がしたシーツを元に戻そうとする。
「なに? どうしたの? バルスがいいなら、ラムは別に構わないけど」
「な、あ、いや、いいんだ。うん。もう取り替えなくても!」
「ならいいけど……で、ひとつ聞いてもいいかしら。何でここにレムが作ってくれたパジャマが落ちているの?」
スバルが以前から愛用していた
その時は、こんな男のためにそんなものをわざわざ作るなんて、と思っていたラムも、今ではそんな妹の気持ちが痛いほどよくわかっている。
そのレムが作ったパジャマがわりのジャージを屈んで拾い上げようとするラムを、スバルは慌てて止めようとした。
「あ! あー! そ、そのまま置いといてくれ! 汚いから! そ、その、汗で汚れてるから!」
「一体何をそんなに焦っているの?」
が、その叫びも虚しく、
「もしかして、バルス……その歳で漏らしちゃったの?」
クスッと笑いながら、ラムがジャージパジャマを拾い上げた。
「え? あ……ちがうちがう!」
そのラムの表情が一瞬曇る。
「ん? ば、ば……その……ぬ、濡れてるわ……まさか、本当に……」
「え! いや、あの……その……」
次の瞬間。何かに気づいたのか、ちょっと驚いた表情で、
「バルス、臭いが……。これ、漂白剤をこぼしたの? でも、なんで漂白剤なんて……」
「あ、いや、ちがう……いや、そ、そう! ひょ、ひょっ、漂白剤っ……」
しどろもどろになるスバルの目に、濡れている部分をまじまじと見つめるラムの姿が映って。
「わ! わ! や、やめっ……」
そんなスバルの様子もお構いなしに、ラムが人差し指をのばして、その濡れている部分を拭おうとした瞬間。レムがひょいと顔を出した。
「どうしたんですか? 姉様、スバルくん」
姉妹揃って、登場するタイミングが絶妙だ。
「聞いてちょうだい、レム。バルスが……」
「わっ! わっ! あ、あの……いや、天気が! あ、ちがう! ひょ、漂白が! いや、その、あの……」
慌ててその場を繕おうとするスバル。だが、奮闘むなしく、ラムが手にしているジャージパジャマをレムに手渡した。そのジャージを受け取った瞬間、レムがスンスンと鼻を鳴らした。そして、途端に顔が赤くなった。
「す、スバルくん……もしかして、もしかして……。や、やっぱり我慢が……」
そう言いながら、中に
「こ、こんなにたくさん……。あ、あの、レムに言ってくれれば、ね、姉様に内緒でお手伝いを……」
それを横で聞いたラムがちょっと驚いたようにスバルに顔を向ける。
「え? ええっ? これ……そうなの? バルス、まさか……あの約束を?」
「ちがうって! 守ってます! ちゃんと守ってます!」
「でも、今のこの状況は、バルスの言うことを全否定しているわよ」
「ちがーう!」
「でも……」
そんなスバルの姿を見て、ちょっとだけ涙目のレム。それに対して、
「何も違っていない気がしなくもないけど?」
と言うのは、ラム。そこでスバルは観念した。大きく一つ息を吐き出して、しぶしぶ告白する。
「ふ、二人とも、絶対笑わない……か?」
え? と、二人は顔を見合わせて、同時にスバルに向き直った。
「絶対笑いません」
「絶対わら……わないわ」
「姉様、ちょっと怪しい……けど。ぜ、絶対の絶対……だからな……」
スバルは直立すると、両手で握りこぶしを作って、声を絞り出した。
「じ、実は……」
「実は?」
「む、む……」
「む?」
「む?」
「夢精してしまいました……」
「ム……?」
「……セイ?」
顔を見合わせる二人。
「そ、その……ね、寝ている間に……知らないうちに出ちゃってました……あ、あの……ごめん……なさい」
「え? そんなことが……」
「あるんですか?」
もう一度顔を見合わせる。笑うどころか、何かまずいことが起きているかもしれない。二人の表情が、さっと曇った。
「そ、そうみたいだ……。お、俺もこんなこと初めてで……」
そんな二人の顔を、スバルはまともに見ることができずに、真っ赤になって俯いた。
「待ってちょうだい、バルス。あの、アレはその、し、刺激を与えないと出ないんじゃないの?」
珍しく心配そうな表情でスバルに話しかける、ラム。
「それに……レムに最初にしてもらった時も、その……何日も出していなかったと聞いているわ。もしかして……」
ラムの口から、自分の赤裸々な過去を直接的に言われたのにも関わらず、スバルはそれに応える事なく、うなだれたままベッドに腰を下ろした。その様子を見たラムは、半ば確信を得たように続けた。
「バルス、病気……なの?」
「す、スバルくん……だ、大丈夫ですか? ま、まさか、本当に病気に……」
腰を下ろしたスバルの前に膝をつき、レムがスバルの手を取った。スバルはうなだれたまま、泣きそうな声で、
「あ、いや……ち……違う。病気じゃない……よ」
ここまで落ち込んだスバルの姿を見るのは、二人とも初めてだった。
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こんにちは。Kuro Maru (黒丸)です。お久しぶりです。初めましての方は、はじめまして!
「紫紺の夢」EX.ストーリー、結局書いちゃいました。個人的に、綺麗に終わった(つもりの)物語に、後出しじゃんけんみたいな続きを書くのは不粋とは思っていたのですが……。
実は、なんとなーくメモ書き程度にちびちびと書いてはいたのです。でも、ちょっとだけリクエストをいただいたことで、それらをきちんと物語にする決心がつきました。それから4ヶ月くらい。ようやくある程度形になったので、アップを開始します。
少々長くなりそうですが、再びお付き合いいただけるととても嬉しいです。展開は本篇同様スローテンポなので、その辺も含めて楽しんでいただければ……。
感想を書き込んでいただいたり、メッセージを送ってくれた皆様、本当にありがとうございます。
あと、今回は不定期更新になっちゃうと思います。ごめんなさい。でも、ちゃんと最後まで書き切ります。「絶対の絶対」です。
それではどうぞ、よろしくお願いします!