肩まで湯船につかったスバルが、ふーっと体を伸ばす。こんな朝から風呂だなんて、ある意味、ぜいたくな事だ。
確かに下半身が気持ち悪かったのは事実だった。二人がきれいにしてくれたとはいえ、臭いも多少は残っていただろう。思いがけない提案のおかげで、気分もすっきりする。
浴槽の縁に頭を乗せて、高い天井を見上げる。それにしても、この屋敷の浴室は本当に銭湯のようだ。天気のいい日には、少しだけ高い位置に配置された窓から、日差しが気持ちよく差し込むだろう。今日はあいにくの雨だが、今度、時間のある時の昼間に、日差しを感じながらひと風呂浴びるのも悪くないかもしれない——。
困った事に、厨房で変化を遂げたその部分は、レムのあの姿をみた時のまま、その状態を保っていた。だから、こうやって少しでも違う事を考えれば、やがて元の大きさに戻るはずだった。
はずなのだが、ここに来ると、どうしてもあの日の事を思い出してしまう。
レムとの初めての夜。そのあと二人でこの場所でした事。レムがどんな表情を浮かべて、一体どんな反応をスバルに見せてくれたのか。そんな彼女が自分にしてくれた事。そして、目に焼き付いたばかりの、さっきのあの姿。収まるはずのスバルのそこが、さらに力を増していく。
スバルの右手が、自分の固くなった部分へと伸びる。人差し指は裏の一番気持ちのいい部分にあてがい、他の指も、いつものようにやんわりと添えられている。自然にその手が上下に動き始める。空いている左手は、二人にお手玉と言われた柔らかな部分を包み込み、その柔らかさを確かめるような動きで、快楽の手助けをする。もう何年も変わらないスバルのお気に入りのやり方。
「レム……」
意識せず、一番好きな女の子の名前がスバルの口から漏れる。
「あぁ、レム……っ」
少しずつ握る手に力が入る。そして徐々に右手の動きが早くなって——。
「レム、バルスがレムを呼んでいるわよ」
突然声がした。
「えっ⁉」
とっさに両手を股間から離し、頭に乗せていたタオルでその部分を隠すと、スバルは恐る恐る声のした方へ振り返った。
あろうことか、タオルを体に巻いたラムが扉をあけて浴室に顔を出していた。その後ろから同じくタオルを巻いたレムの姿も見える。
「な! な、な、な……」
慌てて前に向き直って、口元までお湯につかるスバル。
「お邪魔するわ」
「失礼しますね」
二人はスバルの正面にゆっくり回ってしゃがみ込むと、浴槽の縁に腰かけ、足を湯船に付けた。
「たまにはこういう時間のお風呂も悪くないわね」
「そうですね、悪くないです。姉様」
タオルが巻かれているとはいえ、二人の体のラインがはっきりわかる。そんな二人がスバルの真正面に座っている。
「あ……」
真正面の二人の、閉じられている足とタオルの三角形の隙間が否応なしにスバルの視界に入り込んでいた。もうすでにそこから目が離せない。そして、さらに自分がどういう状態なのか、それが二人にバレないようにするので、パニックになりそうだ。だが、そんなスバルをよそに、二人はニコニコしながら話をしている。
「三人だと、こっちの浴槽は少し狭いわね」
「いえ、ちょうどいいんじゃないでしょうか」
「ど、ど、ど——」
突然のことで、言葉にならない。スバルは股間のタオルがずれないよう、両手で押さえると、二人の三角の隙間から視線を外した。
「どうして? とでも聞きたいの?」
そんなスバルを見下ろしながら、ラムが答える。
「こんな天気だもの。今日は洗濯どころか、お屋敷の空気の入れ替えもできない。そもそも普段から仕事は毎日きちんとこなしているから、どうしても済ませておきたい事も特にはないし……」
きちんとこなしているのはレムなのだが、その辺は譲れないポイントらしい。
「たまにはこんな日もあっていいと、ラムは思うわ」
「そ、そ、そっか?」
「そうですよ、スバルくん。たまにはこういう日があってもいいんじゃないでしょうか?」
そう言いながら足を上げて、楽しそうにパシャパシャと水面を打つ、レム。タオルの隙間から、レムのあの部分が見えそうだ。知らず知らずのうちに、自分がレムのその部分を注視してしまっていることに気づいたスバルは、なんとかそこから目線をそらせようと頑張っていた。だが、そんなスバルをよそに、
「そういえば、スバルくん」
レムが屈託のない口調で話しかける。どうやらお風呂の神様は、どうしてもスバル顔を二人の方へ向かせたいらしい。やっとの思いで横を向いた努力は、再び風呂の泡となって消え失せた。
「な、なに?」
仕方なく、再びレムに顔を向ける、スバル。
「さっきレムを呼んでました?」
このタイミングで、痛恨の一撃。
「う……。あー、いや、ど、どってことないことで……。いや、その、石鹸の予備はどこかな、って思って——」
スバル、瀕死状態からの、決死の言い訳で弱々しく攻撃。
「そうですか? 何かご用がある時は、いつでも遠慮なく言ってくださいね!」
スバルの慌てぶりにも関わらず、いつものようにレムが答える。 それ以上突っ込まれなかったことに、心底安堵するスバル。本当にレムは優しい。まるで天使のようだ。
隣のラムが、なんとなくニヤニヤしているような気がするが、おそらく気のせいだろう。きっとそうに違いない。
——ああ、お願いです。お姉様。お願いですから、話題を元に戻さないでください!
「ねえ、バルス、あのね——」
——げげげっ!
思わずラムの顔を見上げるスバル。
「な、なに? どうしたの? ラムが何か変なこと言った?」
「あ、いや、なんでもない。うん」
一体なに? と言った表情を浮かべるラム。そんな二人の会話をレムが引き継いだ。
「スバルくん、さっき姉様と話をしたんですけど」
「うん?」
「今日はこれから、姉様と二人でスバルくんにお礼をしようと思うんです」
「え?」
「そうそう。さっきレムと話したの。今日はこれから一日、バルスのしたいことをしてあげる。こんな日、もう二度とないかもしれないわよ」
頬を染めた二人は、お互いに顔を合わせて頷いた。
「ちょ、ちょっとまて。なに? お礼?」
慌てて二人を見くらべるスバル。
「はい! この一週間、スバルくんが姉様とレムにどれだけ色々してくれたか、感謝の言葉もありません。女の子の日があんな素敵だったのは、レムは初めてです!」
「そうね、レム。今までで一番快適に過ごせたわね」
「そ、そっか? そりゃよかった……。だ、だけど、それとその……」
したいことをしてあげる、というラムの言葉が頭の中で繰り返し再生されている。何とか収めようとしていた股間のタオルは下から大きく突き上げられたままだ。
二人の視線からそこを何とか隠そうと、ひざを抱え込んで座り直すスバル。二人はそんなスバルの様子を、にこにこしながら見つめている。
「とりあえず、お湯につからせてもらってもいい?」
そう言って、二人がゆっくりと湯船につかる。右にレム、左にラム。二人は互い違いにスバルを挟んで、「ふぅ」っと艶のある声をあげた。
「スバルくん、顔が真っ赤ですよ? 少しお湯が熱いですか?」
「バルス、もしかして、のぼせちゃったの?」
二人の視線が、ゆっくりと下へ移動する。その視線に気づいたスバルの姿勢が、さらに丸くなる。
「スバルくん。足を伸ばしても構いませんよ?」
「レムレム。もしかして、バルスには足を伸ばせない事情があるんじゃない?」
「あ、いや、これは、その……」
そんなスバルの状態に気づいているのか、それとも気づいていないのか、
「あ、あのですね、スバルくん」
スバルの言葉を遮る、レム。
「姉様は実は——」
「それはまたこの次でいいわ」
そんなレムの言葉を、さらにラムが遮った。妹に顔を向けたその頬は、お湯の暖かさとは違う理由でほんのりと染まっていた。
「な、なに?」
スバルは二人の顔を見比べながら、しっかりとタオルの位置を気にしていた。このままだと、湯船から上がる事が出来ない。今朝だって、よく考えればかなり恥ずかしい醜態をさらしているのだ。これが男の生理とは言え、またしてもそんな状態を二人の目にさらすのは、さすがに男としてどうかと思う。
「なんでもない。それより、ラムとレムにバルスは何をしてほしい?」
「何でも言ってくれていいんですよ?」
「そ、そ、そうだな……」
顔を赤くしたまま、スバルが言葉に詰まる。こんな会話を続けていたら、それこそのぼせて倒れてしまいそうだ。
「言いづらい? なら、そうね、背中を流してあげる。あと、他のところも洗ってあげてもいいわ。もうレムにはしてもらったことがあるのでしょうけど。可愛い女の子二人から、っていうのはなかなか魅力的なんじゃない?」
「あ、う、うん。背中流して欲しい、かな……」
「他にはないの?」
「他にはないんですか?」
「してほしい事……。な、なんでもいいのか?」
もうほんと、勘弁して欲しい。勘弁して欲しいのだが、体はスバルの意思とは関係なく、その欲求に正直だ。もう負けを認めるしかなかった。
「なんでもいいわ」
「なんでもいいですよ」
「あの、さ……」
「はっきり言いなさい。男でしょ?」
「なんでも言ってくれていいんですよ?」
「じ、じゃあ、言うけど……。あの、さっきまで——」
「それはダメ!」
「それはダメです!」
最後まで言い終える前にぴしゃりと二人にハモられるスバル。
「いや、まだ最後まで……」
「ダメです」
「ダメだわ」
「う……。なんでもって言ったのに……。そもそも最後まで——」
さらに顔を赤くしたスバルは、やや拗ねたようにつぶやいた。
「なんでもいいとは言ったけど」
「流石にそれはダメです!」
ラムが続ける。
「さっきから思っていたけど、あ、さっきって言うのは、今朝の夢の話の事だけど」
「も、もういいだろ! その話は!」
慌てて発言を打ち消そうとするスバルをよそに、冷静な言葉が続く。
「人それぞれ性癖はあるとは思うけど、バルスは匂いで興奮する手合いなの?」
「へ?」
「えっ?」
その言葉に二人は即座に反応した。若干狼狽気味のスバルに、レムはその大きな青い瞳で、〈そうなんですか?〉と、暗に聞いている。そんな彼女の視線にスバルは慌てた。
「そ、そんな事ない! ない! いや……そうなのかどうか、自分ではわかんないけど——」
顔を赤くして、何とか答えようとした。
「ほ、他には? 他にしてほしい事はないんですか?」
レムが話題を変えようと、そんなスバルを優しくフォローする。彼女の頬は、姉同様にいつもよりも色づき、青い瞳が熱を帯びたように潤み始めている。
「……エッチな事いっぱいしたい、かも」
もう正直に言うしかない。スバルが二人の顔色を窺いながら、ぼそぼそと口にする。その言葉を聞いた瞬間。レムの頬がぱっとばら色に染まった。そして何かを言いかけたその時。
「わかったわ。いっぱいしてあげる」
ラムが先に返事をした。
「ラムの大事な大事なレムが、ね」
「大事なレムが、って……」
ラムの言葉に、思わずレムの顔を見る。当の本人はまんざらでもない様子で、頬を染めてスバルを見つめ返していた。
「いやいやいや。それって——」
そう言いかけて、スバルはちょっとだけ考えた。この間の事は、本当にラムが心配だったからだし、それしか方法がなかったからそうなっただけで……いや、好きか嫌いかといわれれば、そりゃ好きに決まってる。でも俺が本当に好きなのはレムの方で。そしてこれは想像だが、ラムの想い人はおそらく……。
「うん。そ、そうだよな。俺、レムといっぱいまたエッチな事したい」
「そ、そうね。いっぱいしてちょうだい」
が、ラムの口から出たのは、若干気落ちしたようなトーンの返事。
「ん?」
思わずラムに向き直るスバル。
「な、なに?」
ラムは『何か変な事でも言ったかしら?』とでもいうような表情を浮かべている。そんな二人をレムがニコニコしながら見つめていた。そして一言。
「姉様」
「なあに? レム」
「そろそろ、例のマナの補給をスバルくんにお願いしたほうがいいんじゃないですか?」
優しい目をラムに向けて、レムがそう提案した。
「あ、そ、そうね……」
ラムが少しだけ顔を赤らめながら、続ける。
「バルス、あれ、お願いしても、い、いい……かしら?」
「あ、いや……。も、もちろんだ。うん。その、えーと、今日の夜、とか?」
股間のタオルを気にしながら、しどろもどろのスバルが答える。
「もしできるなら、その……」
ラムはちょっと躊躇して、覚悟を決めたような表情になった。
「以前ここでレムにしてあげたこと、ラムにもしてほしいの」
「え? 風呂でしたこと?」
ちょっと人には言えない、あの秘密のマナ補給。その話をしていたはずなのに、突然全く違う話題を振られて、スバルは若干困惑した。
——んんんっ? お風呂でしたことといえば、あれか?
「ああ、背中流してほしいのか?」
あの時のことを、全てレムが話しているとは知らず、スバルは、ラムの言っているのとは全く違う事を想像した。
「そ、それもあるわね……」
え? ちがった? と、スバル。珍しくモジモジしているラムの顔が、赤い。
「あ……あれか?」
スバルが何のことかを言う前に、さらに顔が赤くなるラム。
「髪を洗って欲しいの、か?」
その瞬間、レムがくすっと笑った。ラムは赤い顔をしたままちらりと隣のレムを見て、改めてスバルに顔を向けた。そして、その瞳を少し潤ませて、軽く睨みつけた。
「それ、わざとなの?」
「え? あ?」
そんな表情のラムは初めて見る。その顔を見て——。
「わかった。あ、あれだ。足だ。足を洗って欲しいのか! 気づかなくてごめん!」
「くっ……。も、もういい!」
ふくれっ面でふいっと横を向くラム。レムもそんな姉を見るのは初めてだ。
「スバルくん、あの、違うんです」
「え?」
「姉様は——」
「レム、もういいわ」
「あの、スバルくんのお口で——」
「もういいったら!」
「あ……」
初めて聞くラムの口調にちょっと驚きつつ、スバルは彼女が何をどうして欲しいのか、ようやく気がついて。
「あー、あの、ごめん。わかった、今わかった。ほんとごめん! そこまで言わせて気づかないって、ほんと、俺って……」
顔を半分お湯に沈ませたまま、顔を赤くしてむくれているラム。その隣でなぜか楽しそうにニコニコしているレム。
「ごめんって! 俺が悪かったから!」
ラムはちょっと涙目になったまま、スバルを無視している。
「姉様、スバルくんが姉様にもしてくれるそうですよ?」
そっぽを向いて、珍しく拗ねている姉に、優しくレムが言う。ラムはようやくスバルの方に顔を戻すと、
「その……」
恥ずかしそうに、消え入るような声でラムが口を開きかけた。
「わ、わかったから! もうわかってるから! 全部言わなくてもいいから!」
慌ててスバルがフォローする。ラムは、真っ赤な顔をしたまま、再び鼻まで顔を沈めて、かすかに頷いた。