タオルを絞る音がしていた。ときおりレムの「んんっ……」という声もする。自身を拭き終わったスバルは、聞くともなしに聞こえるその声に、ちょっとだけ興味をそそられながら後ろを向いたまま静かに待っていた。
「さあ、すっかり綺麗になったわ。もう大丈夫。ゆっくり休みなさい」
「姉様……その、ありがとうございます……」
恥ずかしそうにしているレムの顔が、スバルの頭に思い浮かぶ。
「バルス、もういいわ」
「お、おう……」
朝から続いていた下半身の緊張がようやく解けたスバルは、一部始終をラムに見られていたこと、それ以上にそこにラムがいること自体、恥ずかしくなっていた。それを隠すように腰のタオルを巻き直しながら、ぶっきらぼうに答える。
「なに、それ……。ああ、あれね? 賢者がなんとかってやつね? とにかくまあ、ようやく落ち着いたようね」
ベッドから離れ、ワゴンから手に取ったタオルケットをレムにふわりと掛けながら、さっき初めて聞いた言葉を口にするラム。
「ま、その……なんだ、う、うん……お、落ち着いた」
「それはよかったわ。さ、レムのそばに来てあげて」
「うん……あの、レムは……レムはその、大丈夫か?」
小さく頷いて手を出し出すレム。スバルはその手をとりながらレムの横に腰をかけた。レムは幸せそうに、にっこりと微笑むと、ゆっくりまぶたを閉じた。
「レム?」
「眠いのよ。そのまま眠らせてあげて」
「そっか……うん、わかった」
小声で答えるスバルに、ラムがティーカップを手渡した。
「バルスは、眠くはならないのね」
なんの疑問もなく、ラムからお茶を受け取るスバル。実に用意がいいはずなのだが、今のスバルはそれに気づくこともなく、ただただ、満足感とほんの少しの気怠さに支配されていた。
「んー、その時によると思うけど、今はそうでもない、な」
カップに口をつけながら視線を落とすスバルの目に、自分の左手を握ったままの、レムの可愛らしい寝顔が映っている。その顔を見ているだけで、心が暖かくなる。そして同時にその心のどこかが、ギュッと締め付けられる。
——レム……。
気づくと、いつの間にか椅子に座ったラムがふたりをニコニコしながら眺めていた。
「な、なんだよ」
小声で抗議の声を上げるスバルに、
「ううん。なんでもない……いいえ、その……バルス、レムを好きになってくれて、ありがとう」
少しだけ頬を赤くしながら、ラムが続ける。
「レムのこと、これからもよろしくお願いね」
「ん。わかってる……そんなことより、お前……」
「何か思い違いをしているようだけど、別にラムは死なないし、死ぬつもりも、姿を消すつもりもないわ。ただ、バルスにちゃんと言っておこうと思っただけ」
「そ、そっか……うん。わかった」
ラムに頷いたスバルは、お茶を一口すすって、微妙になりかけたこの空気をなんとかしようと試みる。
「それはそうと、さっきレムになんかやっただろ」
「なんのこと?」
「しらばっくれてもむだだっての。さっきレムが……レムがその、イった時……ばったり倒れて、マジで心配したんだからな。一体何やったんだ」
「ああ、それ。ちょっと手を出しなさい」
ワゴンに手を伸ばして、タオルをまとめていた紐を一本解くと、さっき会得したばかりの小さな魔法をスバルの目の前でやってみせた。
「本当はバルスを縛っていた紐を解こうと思って準備していたのよ。でも、そのまえに、その……レムに使ってみたらどうかしらと思って……」
差し出したスバルの掌の上で、細かい振動と回転を繰り返しながら赤い紐が踊った。
「う……これは……これを、あ、当てたのか……そりゃ、ああなるよ、な……。いや、でもそもそも俺の、俺が——」
「勘違いしないで。別にバルスが何とか言ってないわ。ちょっとした悪戯、ってとこよ。それに……」
「ん? それに?」
「それに、レムと一緒にいけて、レムにいっぱい出せて気持ちよかったでしょう?」
「あ、あー、うん。正直にいうと、その、びっくりするくらい気持ちよかった」
スバルもレムも気付いていないようだが、例のあの強精剤は、おそらく二人が同時にそれを感じることで効力を失うような、そんな効果があったのではないか、とラムは考えていた。あまりにもタイミングが良すぎるし、二人のあの姿を見ていたら、そう思わざるを得ない。服用者の精神的な満足感に左右される、特別な効能。惚れ薬とはよく言ったものだ。
「そ、そっか……あ、でも、お前は……その、共感覚は大丈夫だったの、か?」
他のことを考えていたラムは、スバルがなんのことを言っているのかよくわからなくて。
「え? ああ、それはなんとかなったわ。少なくともレムのそれに引き込まれないように……んー」
ラムは一旦言葉を切ってから、改めてスバルの顔を正面から見据えた。
「ねえ、バルス、正直に答えて欲しい。今日、こんなことの後だからこそ聞いておきたいんだけと、あの時、レムの前でラムを……好きな女の子の前で他の子を抱いたこと……後悔してる?」
スバルは、一瞬目を大きく見開くと、今度はその目を閉じて首を横に振った。
「なあ、ラム。それ気にしてんのか? あの時言ったけど、俺、ラムのことも好きなんだぜ。そりゃレムのことを好きな気持ちとは違うけど、そんなの、そんなこと全く後悔してないし、それ、レムも一緒だぜ?」
「……」
「それいうんだったら、それこそ、ラムの、その、初めてが俺でよかったのか、って話だ」
「そ、それは……」
「だってさ、その、ラムの好きなのって……あ、いや、なんでもない。とにかく、そんな後悔なんて少しもないし、あの時何もしないでラムが倒れた方が、俺もレムもよっぽど後悔したと思うぜ」
「……あの、ご、ごめんなさい」
時折見せる、素直なラムの表情。
「もしかしたらこの先、お前は後悔する時がくるかもだけどさ、少なくとも俺は——」
「違うの、バルス」
俯き加減だった顔を上げて、ラムは正面からスバルの顔を見据えた。
「そうは見えないかもしれないけれど、バルスには本当に感謝しているのよ。その、あの時バルスにしてもらわなければ、もしかしたら一生そんな機会がなかったかもしれないし」
「いや、いや、そんなことないだろ!」
「どうかしら。人生は複雑なの。少なくとも、ラムはそう思っているわ。だから、生きるか死ぬかは置いといて、あの時バルスに抱かれたことは、ラムも後悔はしていないし、本当に嬉しく思っているの。多分一生忘れないわ」
「う……そ、そんなこと、そこまでのことじゃ……って、あ、いや、そこまでのことかもだけど、あの……あー、こういう時、なんて言っていいのか、わかんねー」
頭をかきながら、スバルも顔を赤くしている。ラムはこほんと咳払いを一つすると、
「まあ、違う意味でどうしても必要になったら、またお願いするかもしれないけれど……その時はレム立会の元でお願いするわ」
いつもの口調。
「う、うん。もちろん。いつでも……あ、その」
「ばかね、わかっているわ」
お茶を啜って、でもお互いに言いたいことは伝えられて。
照れくさいのか、微妙な沈黙に耐えられなかったのか、スバルが斜め後ろを向いてレムの頭をそっと撫でる。ぐっすり眠っていたレムは、そのスバルの手に反応するように、壁の方に寝返りを打って、再び寝息を立てた。
その様子を見たラムがぼそっと呟くように、
「それにしても、レムが鬼族でよかったわね。もしレムが普通の人間だったら、あんなに出した……時点で……」
「時点で……なんだよ」
「ん? んー……」
途中で口を閉じたまま、考えこむラム。スバルの後ろでは、レムがこちらに背中を向けてすやすやと眠っている。そんな妹の姿を見ながら、考える。
ラムの知る限り、ラムとレム、二人が育った鬼の里は、唯一無二、正真正銘最後の鬼族の集落だったはず。他を寄せ付けず、自らも積極的に外に出なかった、排他的な大人たち。それゆえに、血の濃くなった鬼族が子孫を残せなかったのは当然の運命だ。もちろんそれだけが理由ではなかったかもしれない。ただそれは確固たる事実として、そこに存在していた。
だが、もし相手が普通の人間だったら? いや、少なくとも他の種族となら、子孫を残せた可能性があったのではないか。そして目の前のレムの相手は、どこからどう見ても普通の——普通すぎるという問題点はさておき——「人間」だ。それなら、その可能性が少なからずあるのではないか?
——だとしたら……これは、本当に気をつけなければならないのでは?
眠っているレムから目を離すと、ラムは真剣な表情をスバルに向けた。
「待ちなさい、バルス……前言撤回よ。やっぱりダメ。これから二週間以上は、いいえ、できればちゃんとするまで、レムの中に出すのはヤメにしてもらえるかしら」
「ぜ、前言って、ど、どれ? それにダメ、って……ちゃんと? ちゃんとって?」
「ちゃんとはちゃんとよ。バルスが一人前の執事になって、レムを責任持って迎えられるようになるまで、レムの中にはなるべく出さないでって言ったの」
「お、おれ、最終的には執事なのか?」
「それ以外の何があるの?」
「いや、ほら、無限の可能性が……」
「何ばかな……」
言葉を切って、言い改める。
「ううん、なんでもない。とりあえず、それなら、それでもいいわ。その無限の可能性とやらで、そうね、ロズワール様の半分くらいで認めてあげる」
「は、半分って?」
「半分は半分よ」
「もしかして、この屋敷の半分もある豪邸を建てる、とか?」
「それだけじゃないけど、まあ、それもありね。肝に銘じて、粉骨なんとかなさい」
「——さ、砕身します……」
「ところで、その、は、話は変わるけどさ……」
と、言い辛そうにスバル。
「なに?」
「あ、あのさ……こ、コンドームって、その、売ってたりしないのかな、って……」
「こん……なに?」
「う、薄いゴムで出来てて、その、被せて使うっていうか、なんっていうか……」
「薄いゴム? ん? なんのこと?」
一体何を言っているのかと、一瞬訝る表情を見せるラム。だが、すぐにそれに思い当たって、
「——それ、避妊用具のことね? ラムもよくは知らないけど、その類は王都だったら手に入るかもね。でも……」
んー、とラムは一瞬考える。
「でも、アーラム村ではそんなのを売っているのを見たことがないわ。仮にあったとしてもそれを買うのはラムはちょっと……レムだって恥ずかしいと思うけど……」
「お、王都に近々行く用事なんかがあったり——」
「ま、しばらくはないわね」
「そ、そっか……いや、その……」
「バカね、バルス。そんなことでラムはバルスを蔑んだりしないわ。二人が、その、せっくすをするのは自然なことだって思っているし、それを禁止にするつもりはないわ。ただ、気をつけて欲しい、ってだけよ」
すっかり「姉様」の顔つきで続ける。
「どこかで手に入るようだったら、それはそれでいいけど……どうかしらね。まあ、それまではちょっと気を遣って頂戴。まあ、中に出せない分、その……おなにーをしてもいいわ。むしろそれで満足なさい」
「お、お、おまえ、その、お、お……」
「なによ、内緒でしているでしょう? 思い出しながら」
「お、お、おも……って……」
「そうね、ついでだから確認しておくわ。一体レムの何を思い出しているのか、教えなさい」
「だ、だから! それは……」
「教えてくれたら、今度王都で買ってきてあげる」
「いや、あの……」
ちらりと後ろを見るスバル。
「わかっているわ。レムは眠っているから、話すなら今よ」
「絶対レムに言わないか?」
「言わないわ」
「絶対の絶対だな?」
「絶対よ。ロズワール様に誓って」
「そこを持ち出すとは……あ、いや、まあ、その、だな……」
「レムの何を想像するの?」
「——おっぱい」
「ああ、やっぱり。男の子は大きな胸が好きよね」
「いや、ら、ラムの胸もきれいだと思うけど……」
途端にラムの顔が染まる。
「ら、ラムのことはどうでもいいわ。他にはあるの?」
「レムのお尻とか、その、足とか……」
「他には?」
ラムのジト目が突き刺さる。
「わかった! わかりました! 正直に言います! その、レムの大きくてきれいなオッパイを揉んでるとことか、レムの白いお尻とかを思い出しながら、自分でするんだよ! これでいいか?」
「それだけ? それを思い出して、レムの名前を呼びながらするの?」
「あとは、手でしてもらったり、 レムに口でしてもらったこととか……え! な、な、なんで? どうして? なんでそんなこと……」
「そりゃ知ってるわよ。お風呂でもそうだったし、部屋の中でも……」
「う……」
「で、他には何を思い出しながら、レムの名前を呼んでいるの?」
「……その、レムのそこに入れてるのを想像して……あの、な、レムの名前のことは、その、多分無意識で……」
「ふうん……」
「も、もういいだろ!」
「なるほど、わかったわ。まあ、無理に我慢しろとはもう言わないけれど、あんまり大きな声を出していると、そのうちバレるわよ」
「え? そんな……その、本当に聞こえてたこと……あった?」
「ま、危ないところだったと言っておくわ。ラムがうまいことごまかしておいたけどね」
「あ、そ、そっか。助かったよ、さんきゅ……って、は、恥ずかしすぎだろ、これ!」
「まあ、人に知られたくない恥ずかしい行為っていうのはわかっているけど、はい、どういたしまして」
ラムは、伏せていた目でレムをちらりと見てから、
「あのね、バルス。もう一つ聞いておきたいことがあるわ」
「まだあんの?」
「レムの中とラムの中と、どっちがいい感じなの?」
「え?」
「聞き返さないで、答えてほしいわ。その、バルスのそこの……お、おちんちんの気持ち良さは二人一緒なの?」
「……」
一体何を聞きたいのか、なんと答えればいいのか、スバルは頭を巡らせた。
「それ、知りたいのか?」
「そうね、正直なところを知りたいわ」
「わ、わかった……。その、だな。気持ち良さってか……あの、してる時の感じは……二人とも一緒、かな」
「そうなの?」
「その、ラムとしたのは一回だけだけど……、うん、同じっていうか、二人とも……か、可愛いし……」
ラムがスバルを見つめたまま、その続きを待つ。
「い、入れると、ほんとに……あったかくて、溶けてしまう感じで……ずっとこのままでいたい、ってか、でも、その、たくさん出したくなるっていうか……」
顔を赤くしたままスバルが続ける。
「ほ、本当に二人とも一緒なんだ。なんだけど……」
「……けど?」
「……怒んないか?」
「怒らないわ。絶対の絶対よ」
「……その、だな……レムとすると……れ、レムの中でいくと、すごく……じゅ、充実感ってか、満足感っていうか……あの……」
「幸せな感じ?」
「あ、うん……そう、だな。幸せな気持ちになるっていうのが、一番あってるかも……」
「そう……」
「あ! 違う! 違う! だから、ラムも——」
その言葉を遮るように、ラムの人差し指が伸びてスバルの口を縦にそっと塞いだ。
「大丈夫よ、バルス。わかっているわ」
ラムに口を閉じられたスバルは、顔を赤くしたまま黙っていた。
「それでいい……。それでいいのよ、バルス。何も間違えていないわ」
指を離したラムは微笑んだまま、
「さっきも言ったけど、バルスがレムを好きになってくれて、ラムは嬉しいの。だからいろいろ……お願いね」
「うん……わかった」
スバルが後ろ手にレムの頭を撫でる。
「さて……」
ラムがそっと椅子から立ち上がった。
「ラムは後片付けをしてくるわ。夕食まで時間があるし、レムの目が覚めたときに、そばにいるのはバルスじゃないと、レムはきっと寂しいから……それまでそばにいてあげて」
「ん。わかった……わかってる。俺も、レムが目が覚めたら一番最初に目に入るのが俺であって欲しいから、さ」
「それ、ラムにじゃなくて、レムに言ってあげて頂戴。じゃ、よろしく頼んだわよ」
ワゴンを押しながら部屋を出ようとしてふと振り返ると、ちょうどスバルがパンツを履くところだった。
「な、なんだよ、いきなり振り向くなって!」
「そうそう、言い忘れていたわ。おなにーをするのはいいとして、でも、想像するのはレムだけにして頂戴。それで足りなかったら……そうね、何か考えておくわ」
「な……ば、ば、ば……」
「ハッ! なにをいまさら恥ずかしがっているの?」
「……って、な、なんだよ、口調と真逆の、その笑いは!」
「ううん。なんでもない。じゃ、お願いね」
ラムは改めてワゴンを廊下に出すと、後ろ手にそっと部屋のドアを閉めた。
——くすっ。
どうやら表情に出ていたらしい。ドアを閉めた瞬間、再び笑いがこみ上げてきた。
——まあ、二人が幸せなら、結構なことだわ!
クスクスと笑いながら、ラムはワゴンを押して部屋から遠ざかる。
振り返ったラムの目に入ったものは、着替えの途中のスバル——だけではなかった。
それともう一つ。
それは……、
耳を真っ赤に染めながら
EX.22話です。
ようやくここまで来ました。次回、紫紺の夢 EX.「ナントカの夢のナイショの話」最終話です。
最後までどうぞよろしくお願いします!
※年内アップ予定です。
※20210504)気になっていた部分を改訂しました。