朝から降り続いている雨はその強さを保ったまま、いまだに屋敷の窓を叩いていた。廊下の結晶灯はすでに月の明かりほどになっていて、今日一日の終わりを知らせている。あと少ししたら自動的に光が消え、本格的な夜が屋敷に訪れるはずだ。
もう直ぐ終わりを迎える今日という日は、本当にいろいろあった。いや、ありすぎだ。身を焦がすほどの欲求で眠れない夜——そんな時は大抵、自分でそれをおこなって、スッキリしてから眠りにつくのだが、禁止を言い渡されてからは、悶々とした日が続いていた——も多かったここ一週間だったが、雨音が耳につくような夜でも、さすがにぐっすりと眠れるだろう。
寝る前のトイレタイムでそこを確認したところ、普段よりもかなり小さく、そしてふにゃふにゃしていて、しばらくはどんな刺激にでも耐えられそうだった。実際、今日一日のことを細かく思い返してみても、ピクリとも反応しない。それだけ、溜まっていたものを思いと一緒に、最後のひとしずくまで出し切った、ということだろう。
大きなあくびをしながらスバルが自室に戻ると、ドアの前に人影があった。
レムだ。やんわりと、きれいな体型を映し出している水色のネグリジェが、とてもかわいらしい。
「スバルくん、お手洗いですか?」
「そ、そうだけど……な、なんだ? どうした? さっきおやすみは言ったけど……」
そのレムの視線が、下に移動する。
「な、なんだよ! もう大丈夫だから! もう今日は大きくならないから!」
レムの口から、ふふっ、と、小さく笑みが溢れて。
「あ、あのこれ……」
小さくたたまれたうす水色の布を、恥ずかしそうに手渡す、レム。
「ん? なに? ハンカチ?」
渡されたものを広げようとしたスバルの手を上から慌てて握っておさえると、レムは真っ赤になって首を振った。
「あの、スバルくん。レムがその、用事で留守の時とか、お手伝いできない事があるかもしれません……」
「へ? 手伝いって——」
「そ、そんな時に、どうしても我慢できなくて、つらくなったら……もしよかったら、その……は、恥ずかしいですけど、使ってもらっても、か、かまいませんよ?」
レムはなんとか言い切ると、こう続けた。
「あ、その……レムは全然変に思いませんし、よ、汚れているのは、やっぱりちょっと無理ですけど……レムが普段使っているものがお役に立てたら、とっても嬉しいですし……あと、使い終わったら、その、レムが内緒で洗って、また違うのを用意しておきますから……」
そう言って、それをもう一度ぎゅっとスバルの手に握らせると、くるりと後ろを向いた。スバルはレムに渡された手のひらのものを、恐る恐る両手で広げた。
「あ……」
それを目にした瞬間、みるみる顔が赤くなるのが、自分でもわかった。そして、そして……。
「どうしたの? レム、バルス」
スバルの後ろから声かかった。
「いや、あの……」
その声のする方に振り向きざま、スバルはレムに手渡されたものをとっさにポケットに押し込んだ。振り向いた視線の先には、ラムがそのきれいな眉毛をひそめて立っていた。
「なに? いまポケットに手を入れたわね……その、まだ出し足りないの?」
「あ、いや、これは、あの……そ、そうじゃない! ちがう! ちがう!」
「レ、レムは、スバルくんに、もう一度、その、おやすみなさいを言いに……じゃ、じゃあもうお部屋に戻りますね。おやすみなさい、スバルくん、姉様」
顔を赤くして、そそくさと階の違う自室に戻る、レム。ラムはその後ろ姿を見送ると、
「バルス、ちょっと手を出しなさい」
少しだけ頬を染め、スバルに向かって言った。
さっき手渡されたものをポケットの中で握りしめたまま躊躇していると、ラムが反対の手を半ば強引にとって、スバルの手の中に、小さく畳まれた、うす桃色の布を押し込んだ。
「こ、これ……」
ラムの頬がさらに赤みを増している。スバルがそれ気づくと、ラムはふいと横を向いて顔を背けた。だが、スバルが手の中のものを確認しようとしたとたん、ラムの小さな手が、広げようとした手にパッと伸びた。
「あ、あとで、部屋で見てちょうだい!」
少しだけ間があって、
「そ、その……れ、レムがお相手できない時とか、あの、ラムに言ってくれたら、少しは協力はしてもいいけど……二人が忙しい時とか、あるかもしれないから、よかったら、それ、使ってもらって構わないわ……」
ラムはいったん言葉を切って、さらに続けた。
「よ、汚れているのはさすがに無理だけど、それは、普段ラムが使ってるやつだから。それにその、絶対からかったりしないし、役に立ったら、少しだけラムも嬉しいし。使い終わったら内緒で洗って、また違うのを貸してあげるから、何も心配しなくていいわ……」
「い、いや、あの……」
「じゃ、ラムは寝るわ……おやすみなさい」
ラムはスバルが何かを言い終える前に、くるりと体の向きを変えて、早足で戻って行った。一人残されたスバルは、半ば呆然とその後ろ姿を見送った。
すでに部屋に戻っていたレムは、ベッドの中で隣の部屋のドアの閉まる音を聞いていた。ちょうど入れ違いの形になってしまったが、姉の目的も、おそらく自分と同じだろうと思っていた。
一方、ドアを閉めたラムは、そそくさとベッドに潜り込んで、先にスバルの部屋の前にいたレムの目的を想像した。
——多分レムも……考えることはやっぱり同じね。
——きっと姉様も……やっぱり姉様は優しいです。
一人は嬉しそうに、もう一人は満足げに。そして二人とも頬を染めたまま、タオルケットを頭まで被って目を閉じた。
※ ※ ※ ※※※※※※※※
二人が眠りについた頃、自室のスバルは——。
一人眠れずに、ベッドの上にあぐらをかいて腕を組むと、赤い顔をして「ムムム」と唸っていた。
「こ、こんなの渡されたら、我慢したくても、出来なくなるって……」
とっくになるようになってしまっているスバルの視線の先には、リボンとフリルで飾られた小さくて可愛いらしい
あとがき
Kuro Maruです。紫紺の夢EX.「ナントカの夢のナイショの話」に最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。例によってちょっとだけ語らせてください(今回は活動報告ではなく、こちらの後書きスペースに書きます)。
初めて書いた「紫紺の夢」ですが、嬉しいことにお気に入りに入れてくださったり、高評価をいただけたりと、ハーメルンにアップしてよかったな、と思うことが多々ありました。その中で、続きのリクエストを頂いたことが、今回のエクストラストーリーの執筆に繋がった、と言うことは既にお伝えした通りです。本当にありがとうございます!
今回このEXを書くに当たって、最初から決めていたことがありました。
●一話を五千字前後にする
●ストーリーの流れ的に不自然でなければ、一話に必ず一回以上、えちえちシーンを入れる
●女性でも楽しんでもらえる(?)内容や表現にする、等々
まあ、そう決めたところまでは良かったのですが、結果的にこれらがかなりの枷になってしまい、途中何度も書き直したり、挫折しかかったり、さらに例のコロナ騒ぎで公私共々てんやわんやの大騒ぎになったりで、更新どころか、書くこともままならない状況になってしまいました。それでも待っていてくれた皆様には、ほんとうに感謝の言葉しかありません。
また、これまでの作り順として、「最初」と「最後」を先に考える(思いつく?)、と言う物語の作り方も、ちょっと原因があったのかもしれません。EXに関して言えば、こうしたら(スバルが我慢できなくて漏らしてしまったのがバレた)→こうなった(最終的に二人からあるものをもらって嬉し困った)という感じです。
途中まではまあ、最初に考えていた構成をなぞりながら、鼻歌まじりにキーボードを打っていたのですが、書いている端からどんどん描きたい他の描写が増えていき、そうこうしているうちに、だんだんと設定やストーリーに矛盾が生じ始め、決めていた最後にどう着地させたらいいのか、わからなくなり……と、そちらでもいろいろ悩みました。
特定の何かを指しているわけではありませんが、エタるって、こういうこと? と、ちょっとゾッとしたのは本当です(そもそも、5〜6話で終わる予定が、気づけばトータル23話、文字数にして12万文字。紫紺の夢の本篇といい勝負というオチがついてしまいました……)。
ですが、感想をいただいたり、評価をいただいたり、何よりもこの物語にアクセスしていただいた皆さんのおかげで、なんとかラストまでたどり着けました。本当に感謝、感激です。
そしてその自分の苦労が、この物語に1ミリも表れていないことを願うばかりなのですが、どうでしたでしょうか?(苦笑)
さて、書いているうちに、他の物語が頭に浮かんできてしまい……というのは活動報告にも書いたのですが、もう少し内容が固まったら、きちんとした形にしてまたここにアップしたいなぁ……などと考えています。そんなわけで、もう少しお気楽に、変なルールとかを決めないで、ぼちぼち書き続けていきますので、よろしければまたお付き合いください。
では、また!
P.S. みなさま、どうぞ良いお年をお迎えください!
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