……のおまけのお話
のさらにおまけのお話……
——これは夢だ。
自覚があった。明晰夢。これはそう呼ばれる類のものだと。
『現実としか思えない夢から覚めなかったら、その夢と現実の世界の違いをどうやって知り得るのだ?』とは、あちら側で観たヒット映画のセリフだが、今この状況は絶対に夢なのだ、と、スバルにはわかっていた。
その夢の中で今、女の子が一人、一糸纏わぬ姿で立っていた。
短く切り揃えられた髪。愛くるしい顔立ち。片手で胸元を、もう片方の手はそっと股間を隠し、恥ずかしそうに目を伏せている。
彼女が一体誰なのかは、その髪の色が答えだった。艶やかで透きとおるような、爽やかな青い色。この世界では自分のような黒髪の方が珍しいと聞き及んではいたが、こんな鮮やかな青髪の持ち主を、スバルは一人しか知らない。
世界で一番大好きで、世界で一番大切な女の子——レム。
だが、目の前に立っているこの女の子は、いつもの彼女とは様子が違っている。
まず背が低い。普段より頭一つくらい、低い。そして、あの起伏に富んだ女の子らしい体つきとはやや遠い、スリムな体つき。くびれの少ない腰回りは、まるで男の子のようにストンとしている。
何より、腕で隠しきれないはずの二つの膨らみが、いまはその細い腕の下にしっかりとおさまっている。彼女の姉も、彼女に比べるとかなり小ぶりではあるのだが、それよりもずっと小さい。
見た感じ、少女、と言うのがぴったり。もちろん、普段の彼女も十分少女と呼べる年齢なのだが、目の前の女の子は、それよりも五つほど年下のように見える。
「ど……どうですか?」
生まれたままの姿で佇むその少女は、女の子の部分を隠していた両腕をそっと体の後ろに回すと、頬を赤く染めたままスバルを見つめた。
△▼△▼△▼△
暖かく、柔らかい感触で目が覚めた。自身の左側で、誰かがぴたりと寄り添って寝息を立てている。こんな時間に自分の布団に潜り込んでくるのは、たった一人だけ。その彼女にそっと腕を回して、再び眠りにつく。
次に目が覚めた時、スバルは背を向けて丸くなっているレムを後ろから抱き抱えていた。ふんわりといい匂いがすばるの鼻腔をくすぐっている。その彼女が身に纏っている香りだけで、すぐに股間が充血を始めてしまう。
許されるのであれば、そのまま後ろから繋がりたい。レムの下着をそっと脱がせて、寝ている彼女に自分のものを挿入してみたい。
だが、明け方からというのは問題がありすぎる。仕事にも支障が出るかもしれない。そもそもレムの同意がない。
それ以上に彼女の姉であるラムの視線が怖い。仮にそれをしたとして、二人がしらばっくれていても、なぜだかラムにはバレてしまうことが多いのだ。それは例の共感覚のせいもあるかもしれないし、優れた洞察力のせいかもしれなかった。もちろん、二人どちらかの顔に書いてあるのがバレバレだ、という線も大いにあり得た。
スバルは、ちょうどいい位置にある彼女の臀部からそっと腰を遠ざけた。ジャージとパンツの中で歪に膨らんでいる部分に手を伸ばし、ポジションを整える。それから、硬くなっているのがバレないように、やや遠目からレムを後ろから抱きしめようとして——違和感があった。
普段の彼女より、肩が細い。いや、肩がというより、体全体が細い。もっというと、体全体が小さい。先ほど引いた自分の腰を恐る恐る突き出してみても、レムの形のいい臀部に触れる気配すらない。
——どういうこと?
確かめるようにそっとレムの胸に手を伸ばしたスバルの手が、空を掻いた。そこにあるはずの、あの豊かな膨らみが見当たらない。ようやく触れたのは、自分の手のひらにすっぽりと収まるほどの、ささやかなもの。
——だ、だれ?
そこからゆっくりと手を離したスバルは、掛布をそっとめくって、それが一体誰なのかを確かめた。まだ眠っている青いネグリジェの背中だけをみると、まだ子供のような大きさだ。部屋はまだ薄暗かったが、そのくらいは認識できる。
——ベ、ベア子? な、訳ないか……。
もしこれがベアトリスなら、豪華に巻かれた例の金色の髪が目に飛び込んでくるはずだ。眠る時は二つに結えてある巻き毛を解いているにしても、今、目の前の子は、どうみてもあの輝く金色の髪の色はしていない。
第一、ベアトリスが自分のベッドに潜り込んでくる理由が——少なくとも、この時点ではだが——全くない。
スバルはそのまま体を起こすと、ベッドの上で正座をした。そして腕を組んで、その小さな背中をまじまじと見つめた。
しばらく座ったままでいると、背中を向けて丸くなっていたその子がこちら側に寝返りを打った。すやすやと眠っているその顔を覗き込んでみる。
——レム、だよな、これは……。
短く切り揃えられたその青い髪は、どう考えてもレムだ。だが、その顔立ちは もともと幼い顔立ちの彼女をさらに幼くしたようだ。見た感じは十代前半といったところか。中学生、いや、もしかしたら小学生くらいかもしれない。もちろんこちらの世界に小中学、という概念ははないのだろうが、年齢的には多分そのくらいだろう。
そのままその幼顔を見つめていると、その小さなれむが目を瞑ったまま大きく息を吸い込んだ。次いで両手を頭の上に上げて、大きな伸びを一つ。そしてゆっくりと開かれたまぶたから、あの綺麗な青い瞳が現れた。
「……おはようございます。スバルくん」
普段よりやや高めの幼声が、小さな口から発せられる。
「お、おはよう……」
「目が覚めてたんですね」
ベッドの上で体を起こした彼女は、少し寝ぼけたような口調でそういいながら、可愛らしい笑顔でそう答える。
「あ、うん……」
そのスバルの口調に違和感を感じたのか、
「——えっと、どうしたんですか?」
「れむ……だよな?」
「え? れむ、ですよ? どうしたんですか? いきなり……」
きょとんとした表情を浮かべて、不思議そうに首を傾げるれむ。その目線がカーテンのひかれた窓に向けられる。
「もう直ぐ明け方ですね。れむは一旦お部屋に戻って、朝の支度をしますけど……」
一瞬躊躇ってから、続ける。
「えっと、スバルくん。最近、あの……し、していないので、ですね……そ、そろそろ……あの……す、スバルくんの体調のことも考えると、ですね……、あの、い、いちど出したほうがいいんじゃないかと、れむは思うのですが……」
その小さな口から飛び出した言葉に、スバルの顔が赤くなる。
「我慢しすぎるのも良くないと思いますし……あ、そ、それとも、じ、自分で出しちゃいましたか?」
「い、いや、その、し、してない。してないけど……」
「じゃあ、今、出しますか? そ、それとも、あ、あの……す、スバルくんさえよかったら、ですね……あの、これから、れ、れむと、その……」
そう言って恥ずかしそうに俯いた瞬間だった。
「えっ?」
普段ならすぐに目に入るはずの膨らみが見えないことに、驚いたのだろう。咄嗟に胸に手が伸びる。
「す、すばるくん、大変です! れむは……れむの、その……あの……む、むねが……」
自身の胸を弄りながら、困惑した表情を浮かべるれむ。スバルはと言えば、女の子が自ら自身の胸を触っている情景に、目が釘付けになっていた。
「あ……え……?」
そうこうしているうちに気づいたのだろう。今度は両方の手のひらを大きく広げて、それが実際に自分のものかどうかを確かめている。小さな手を表裏交互にひっくり返すその様子は、まるで幼児が——もちろんそこまで幼少には見えないのだが——何かの遊戯をしているようだ。
次にれむが取った行動は、スバルの目に全てスローモーションに映った。
咄嗟に立ち上がろうとしたれむは、いつもよりもぶかぶかになっていたネグリジェに足を取られた。その結果、ベッドの上で盛大によろけたうえに、後ろ向きのまま頭から床へとダイブした。彼女の青い目が驚きで見開かれ、その小さな口は「あ」と言う形のまま、固まっている。
「ばか! あぶない!」
慌ててれむに飛びついたスバルは、その小さな体をひったくるように抱き寄せたまま、体を反転させて背中から床に落ちた。
「ぐはっ!」
受け身を取れずに床に叩きつけられたスバルの息が、一瞬止まる。
「だ、だいじょうですか⁉」
「大丈夫……だ。れむは大丈夫だったか?」
ようやく息をついたスバルは、小さな体をしっかりと抱きしめたままで、れむにそう聞き返した。
「は、はい。スバルくんに抱えてもらったので、れむは全然……あ、あの、ごめんなさい」
「そっか。よかった」
そう言ってスバルがそっと小さなれむをそっと抱きしめると、れむもまた、それに呼応するようにスバルの胸にぴたりと頬をつけて、目を閉じた。
「す、スバルくん……なにがあったんでしょう……もしかしてこれは夢ですか?」
「夢……か、な……よくわからん……」
スバルは小さいれむを抱きかかえたまま、その軽さにも戸惑っていた。しばらくそのままでいると、小さなれむがスバルの胸の上でもじもじし始めた。
「スバルくん……あの……」
「ん?」
「い、一度手を離してもらってもいいですか?」
「ん? どした?」
「あ、あの……お……」
スバルが頭をもたげると、小さなれむが少しだけ顔を赤くして困った表情を浮かべていた。
「どうした?」
「お手洗い……」
「ん?」
「お手洗いに行かせてもらっていいですか? あ、その、か、鏡を見たくて……」
「あ、ご、ごめん」
非力なスバルも、さすがにこの小さいれむなら、軽々と抱き抱えられる。ゆっくり体を起こしながら、小さなれむをお姫様抱っこしようとするスバル。が、
「す、スバルくん、大丈夫です。れむは一人でちゃんと歩けますから」
れむはそう言いながらスバルの腕から抜け出すと、まるでカーテシーをする時のように引きずっていたネグリジェの裾を少しだけ持ち上げて、ドアに向かった。
その途端。
「ひゃあっ!」
突然、小さなれむがしゃがみ込んだ。
「ど、どうしたんだ?」
「な、なんでもありません! なにもありません!」
その言葉とは裏腹に、れむは顔を赤くしてしゃがみ込んだまま、何やらモゾモゾ腰のあたりを触っている。
「何もないようには見えんけど——なんだよ?」
急いで立ち上がろうとしているれむを、スバルはひょいと抱きかかえた。
「ああっ!」
その声にスバルの表情も強張る。
「な、なに? なんかまずかった?」
「す、す、スバルくん……」
「は、はい……」
「し、下を見てはいけません」
「は?」
条件反射のように足元を見る。と、
「下を見ちゃダメですっ!」
腕の中のれむが、スバルの頭を抱え込むように抱きついた。
「な、なに? なになに?」
「し、しかたないですね……と、とりあえずこのまま洗面所に連れて行ってください」
「いや、いや。前が全然見えないんですけど——そもそも何が仕方ないんだよ」
「あ、いえ、あの……そ、そうですね……」
れむはスバルの顔から体を離すと、こんどは首に腕を回してしっかりと抱きついた。
「こ、これならいいですか?」
「あ、あー、うん。とりあえずトイレに行けばいいんだよな」
「は、はい……」
「大丈夫か? もう、漏らしそうか?」
「な……ど、どうしてそんな無神経なことを言うんですか!」
「ご、ごめん……」
「もう!」
さらに顔を赤くして抗議する小さなれむは、ぷ、と頬を膨らませて可愛らしく睨んでいる。スバルはスバルで、そのれむの愛らしさに顔が緩みそうになるのを、必死で堪えていた。
そうしてふと床に視線を落とした時だった。薄青色の何かが目に入ったのは。
「なんだ?」
「ああああっ!」
この時ばかりは、れむの反応が遅れた。気づいた時には、すでにその布はスバルの手によって拾い上げられていた。れむは咄嗟にそれに手を伸ばしてひったくると、両手で抱えるようにそれを隠そうとした。
「なになに? なんだよ」
「わ、わらわないですか?」
「ん? よくわかんねーけど、そもそも笑っている状況じゃないだろ、これ?」
「ぜったいの、ぜったいですよ?」
「わかったから! どうしたんだよ?」
「あ、あの……し、下着が……」
「んん? パンツがどしたんだ?」
「その、いきなりずり落ちてしまって……」
「あ、そっか、なるほど……。いや、笑い事じゃないだろ、それ。足に絡まってまた転んだりしたら危ないだろ!」
「そ、そうかもしれませんけど……」
「そんなことで大騒ぎしてたのか?」
「で、でも、だって……」
「そもそも俺、レムのパンツ……見たことある……ってか、い、今、その、か、借りてるし」
そう言うスバルの顔が途端に赤くなった。
「いや、あ、あれだ、まだ使ってないから! まだそのまま……いや、ちがうちがう! そうじゃなくて——」
「その……れ、れむは、あの……それは、その、え、遠慮しないで使ってくれてかまいませんよ?」
「あ、いや……」
「我慢しないでいんですよ……で、でも……ですね、洗っていないのはダメです」
「洗ってないのって……」
二日も三日も履いたままだったのなら、言っていることも理解できる。だが、少なくとも寝る前に入浴して、きちんと着替えをしてまだ——正確な時間という概念がないこちらの世界ではどう表現するのかはわからないが——数時間、洗濯したてと言ってもいいのに、それほどまでに拒絶するのはなぜなのだろう。この辺はスバルが理解できない女の子の部分の一つだ。
そもそも、縦にうっすらと濡れた下着を目にしたことも、それを脱がせたこともあるはずなのに——。
「スバルくん」
小さなれむの口から、少しだけ低い声が発せられる。
「は、はい」
「今何か、変なことを考えてませんでしたか?」
「か、考えてません」
「本当に?」
「ほ、ほんとうです」
「本当に、ほんと——」
さらに問い詰めかけようとしたれむの体が、小さくぶるっと震えた。
「あ……」
その震えがなんなのか理解したスバルは、れむを抱きかかえ直すと、ドアを開けて小走りで洗面所に向かった。
「こ、ここで大丈夫です。あとは一人で……」
そう言ってれむが扉の向こうに消えてから、少しの時間が過ぎたころ、洗面所のドアが開いて、小さなれむが顔を出した。
「お待たせしました、スバルくん……」
「間に合ったか?」
「——で、ですから、そんな、む、無神経なことを……そんなにギリギリじゃなかったです!」
先ほどと同じように、れむがちょっとだけむくれる。本当のことを口にしてしまったことには気付いていないようだ。
「あははは……」
わざとらしく笑うスバルに、〝もう〟と言った表情を浮かべてから、彼女は少しだけ妙な顔つきになった。
「今鏡を見たんですけど……やっぱり小さくなってました……」
「そうだよな、うん。小さくなってる」
改めて見ると、村娘のペトラと同じか、ちょっと年下。ざっくり言うと、ベアトリス以上、ペトラ未満、と言ったところだろうか。スバルは一人っ子だが、もし妹がいたらこんな感じなのだろう。
「そうですね……ちょうどロズワール様のところで働き始めて一、二年過ぎた頃に近いでしょうか」
「そうなのか?」
「はい……おそらく。れむと姉様は八歳の時に雇われたので、この感じだと、ちょうど十歳くらいですね」
れむは自分の胸のあたりに手を添えながら、そう答えた。一方、そんなれむの様子を目に映しながら、スバルは彼女の思惑とは違うことを思い浮かべていた。
「うーん……」
幼少期にロズワールに拾われたとは聞き及んでいたが、聞くと見るとでは大違いだった。かつてスバルがいた場所では、このくらいの年齢から働く、ということは基本的にはない。いわゆる戦前で、さらに地方の田舎でなら、もしかしてあり得たのかもしれないが、スバルの知る限り、そんな人間は現代の日本には一人もいない。
「ということは……」
次にスバルの脳裏に浮かんだ情景。それは故郷が襲われ怯えるレムと、立ち向かうラムの姿。ラムの角はその時に折られたと聞いた。まさかこんな幼少期にそんな目に遭っていたとは……。
スバルはしゃがみ込むと、れむを優しく抱きしめた。
「れむ……」
「はい!」
「れむ……よかった」
レムだけではない、姉のラムとともに、生きていてくれて本当によかった。そう思いながら——
「はい! スバルくん! これでれむの中にいっぱい出せますね!」
「は?」
意味のわからない言葉に、抱きしめていた腕が緩む。
「まだ出血を迎えていないと思うので、姉様が心配しているようなこともありません!」
「はい?」
一体何を言ってるのかと訝しがるスバルをよそに、小さなれむはニコニコして続ける。
「えっと……このままスバルくんのお部屋でいいですか?」
「れむ、お前一体何を——」
れむの顔を見ようと、体を離しながらそう言いかけたスバルに、小さなれむは、
「お部屋までお姫様抱っこがいいです」
期待に満ちた表情を浮かべ、今度は自らスバルの腕の中に飛び込んだ。
お久しぶりです!黒丸です!
ずっと「連載」のままほったらかしにしててすみません!「おまけのおまけ」、一年半ぶりくらいにアップしました……。
ご想像通りのスバルバージョンなのですが、姉様篇のときみたいにホイホイ書けると思ってたら、これがなかなか難儀しまして……。もう、どうせならアニメ三期O.A.に合わせてアップしようと密かに思っていたのです。本当は。
でも、先日、本家第八章が完結となったので、このタイミングでアップすることにしました。3話構成です!
お楽しみいただけたら嬉しいです!
この短い物語を愛すべき太陽姫に捧ぐ——