※この作品はR-18です。

愛され過ぎた少女達   作:ウルハーツ

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【ライザ】 ライザリン・シュタウト

 ハクが訪れた新しい世界の新しい場所。そこは住んでいる者達にクーケン島と呼ばれる島であり、そこに住む住人達の殆どが島の外へ出る事を良しとしなかった。

 

 ある日、新婚の夫婦に拾われたハクは自分が人に成れる事実を隠しながら日々を過ごしていた。島の住人に欲望を満たす相手は居らず、唯一出ている行商の船を使って島から出ても、行ける場所と言えば稀に話で聞く王都のみ。だが1度行ったら最後、戻って来れる確証は無い。そして、ハクの中の小さな予感が告げていた。……この島に、欲望を満たす相手は必ず居ると。

 

 やがて夫婦の間に新しい命が誕生する。ライザリン・シュタウトと名付けられたその少女は子供の頃からお転婆で、夫婦は我が子に手を焼きながらも愛し育て続けていた。そしてライザが10歳を超えた頃、ハクは彼女の中に満たすべき欲望を感じる事になる。長い時の間、ずっと待ち続けた対象。生まれた頃から一緒に居た事もあり、ハクからしてもライザは子供の様な、妹の様な存在に感じていた。

 

 それから数年、ハクはライザの前に人の姿で接触する。自分が彼女の家で飼われている猫である事を偽って。だがお転婆で気になった事があれば、答えを知るまで行動するライザはハクの周辺を探り始める。幼馴染の様に育った友を巻き込んで。……そして、彼女はこの島で初めてハクがただの猫とは違う特異な存在である事を知る事になる。

 

 

 

 

 

 

「さぁ、冒険に出かけよう!」

 

 クーケン島、ラーゼン地区。望郷岬と呼ばれる場所で、17歳になったライザリン・シュタウト……通称ライザは声高らかに宣言する。彼女の指差した方角には広大な海が広がっており、彼女の被った帽子に身体を半分入れた状態で顔だけを出したハクは目を細める。

 

 島の住人は皆、外へ出る事を嫌っている。だがライザはあれも駄目、これも駄目と言われる生活の反動で島の外へ出る事を。冒険をしたいと常日頃から考えていた。島の皆と同じ平凡な人生を送りたくは無い、外へ出て色々な物を見たいと。

 

「ちょうど良い小舟を見つけたから、行ってみよー!」

 

『……』

 

 この日のライザは今まで以上に行動力が高かった。幼馴染の2人はそれぞれの都合でこの場に居らず、1人で過ごす事になってしまったライザは1人で島の外へ出ようとしたのだ。この世界には魔物がおり、島から出れば危険が沢山ある。そんな場所へ1人で行くのは危険であり、ハクは彼女を止めようと猫の姿のまま頭から飛び降りて彼女の靴を引っ張った。……だが、猫の姿で出来る事など高が知れている。意図も容易く、抱え上げられてしまった。

 

「ハクも、島の外なら自由に過ごせるでしょ?」

 

『……』

 

 ハクの正体を知るのは、ライザのみ。共に周辺を探っていた幼馴染の2人はライザの終了宣言で探りを中断したため、不完全燃焼のままハクの正体を知る事無く今も過ごしているのだ。故に彼女の傍で他の誰にも見られていない状況でのみ、人の姿と成る事が出来たハクは彼女の言葉で少しだけ揺れる。島の住人達は外から来た者達を余り歓迎もしない為、下手に人の姿で歩けば目立ち嫌がられるのである。

 

「じゃじゃーん! 中々立派だと思わない?」

 

 心が揺れる間にライザは歩き、やがて小舟の浮かぶ地区から離れた場所へ到着する。漁師が使っていたのであろう、ボロボロの小舟は下手に使えば沈みそうにも見える。だが人を乗せて島の対岸へ渡る程度なら、問題は無さそうにも見えた。

 

「レントとタオも一緒にって思ったけど、ハクを連れてだと2人っきりじゃ無いとね」

 

『……』

 

 それはハクに対するライザの気遣い。そこまで言われてしまえば、ハクも止めようとは思わなくなる。だが島の外が危険である事には変わりない。何かがあれば迷いなく力を使うと決意して、ハクは人の姿へ変わる。場所が場所だったため、ライザ以外に人の気配は一切無い事を確認してからである。

 

「……行こう」

 

「! ありがとう!」

 

 ハクが賛成した事が嬉しかったのか、笑顔でお礼を言ったライザは小舟に乗り込む。ハクも同じ様に乗り込み、ライザは島と小舟を繋ぐロープに手を掛けた。……やがて繋がりを失った小舟は浮かびながら島から離れ、ライザは置かれていたオールを手に取って漕ぎ始める。

 

「うぅ~……重ぉい!」

 

「……頑張れ」

 

 腕相撲をすれば、ライザの方が圧勝出来る程度に2人には力の差があった。自然とライザが漕ぐ様になり、だが彼女は思った以上の重労働に悲鳴を上げる。ゆっくり、着実に進み続ける小舟。水面越しに見える魚や空を飛び回る鳥を眺めながら、ハクはライザを応援した。

 

 

 

 

 

 

 

 ライザと過ごす日々はある日を境に彼女が思う以上に刺激的な、平凡とは程遠いものとなる。クーケン島へ行商人のバレンツ親子が訪れた時、ライザは娘のクラウディアと友達になる。そして同じ日に訪れた旅の錬金術師、アンペルとリラに危機的状況を助けてもらい、錬金術という島では見た事の無い技術に惹かれた。

 

 錬金術に魅了された彼女はアンペルに教わり、見る見るうちにその才能を開花させる。やがて師となったアンペルをも唸らせる錬金術師としての才覚を見せつけ、遂には仲間達と共に島へ迫る脅威にも立ち向かう事になった。……そして彼女は島の対岸にある森、小妖精の森にある自分のアトリエで1人、錬金釜を前に目を閉じる。その裏に映ったのは、幼馴染や友達。師のアンペルと、彼と共に旅をするリラの姿。

 

「何か、凄く静かになっちゃったなぁ……」

 

 命を掛けた戦いへ挑む前までは、誰かがアトリエに居た。常に騒がしいそこは彼女にとって大きな居場所であった。……だが、何時までも一緒には居られない。幼馴染達は自分達の目的を果たす為に島を出て、クラウディアは行商人の父親と共に別の場所へ。アンペルとリラも本来の目的を果たす為、また旅へ出てしまった。

 

 次に会える時が何時かなど、誰にも分からない。静かになってしまったアトリエを見回し、ライザは何処か悲し気な溜息をついた。

 

「……ただいま」

 

「あ……お帰り、ハク」

 

 そんな時、アトリエの扉が開かれる。そしてそこから背中にリュックサックを抱えたハクが姿を見せた。他の誰も居ない場所へ現れた存在に、ライザは一瞬驚いてから笑顔で出迎える。ハクはライザの悲し気な表情を見るが、それを指摘する様な野暮はしない。だが、ハクはそれを見てしまった為に言い出し難くなってしまう。

 

「これで……足りる?」

 

「ちょっと確認してっと……うん、大丈夫そう。ありがとう!」

 

 小妖精の森で取れる草木や果実等が入ったリュックサックをライザへ渡したハクは、お礼を言いながら自分の頭を撫でるライザの顔を見つめる。彼女が生まれた頃から共にいた事もあり、彼女への情は深い。だからこそ、自分がこの世界から去る(・・・・・・・・・・・)事を告げられなかった。しかし、何も言わずに居なくなる訳にはいかない。

 

「……ライザ」

 

「ん?」

 

「……」

 

「?」

 

 共に居た人達が離れてしまった彼女へ追い打ちを掛ける様に告げる事が、彼女にとってどれ程に酷な事か……分からない筈が無い。ハクはライザへ声を掛けるが、何も言えずにやがて首を横に振ってしまう。何も言わないハクを見て不思議そうに首を傾げながらも、ライザは再びリュックサックの中身を整理し始めた。

 

 

 

 夜を迎え、アトリエにあるベッドで横になったライザは猫の姿で同じベッドに丸まるハクの身体を徐に抱きしめ始める。優しい抱擁から、少しだけ力が強くなった事でハクは顔を上げてライザと目を合わせた。

 

「ハクは……何処にも行かない、よね?」

 

『っ!』

 

 ライザは比較的、物事を察しやすい。だからこそ、ハクの様子と今までの出来事から感じてしまったのだろう。その言葉が卑怯だと分かっていながらも、口に出してしまった事でライザはハクの答えを待ち続ける。幼馴染、友達、師。居なくなってしまった者達よりも、生まれた頃からずっと共に居た(家族)の答えを。

 

 

 

 

 

 

 幼馴染のレント、タオ、ボオスの3人が島を出て行って、クラウディアとアンペルさん達も居なくなってしまった事で、私は胸にポッカリと穴が開いてしまった様な気分だった。そんな時、あたしが子供の頃からずーっと一緒に居たハクが何処かへ行ってしまう様な予感がして……それが怖くて堪らなくなってしまった。

 

 皆、自分の夢や目的があって島を出て行った。あたしは島に残ったけど、それだって自分で決めた事。だから皆が決めた事に、あたしが口を出そうだなんて思わない。だけど生まれた時から一緒に居るのが当たり前だった彼女にだけは、居なくなって欲しく無い。これからもあたしの傍に居続けて欲しくて、それを考えて初めてあたしは彼女の存在がどれ程自分にとって大きいのかに気付いた。

 

 お母さんとお父さんみたいに、何時だって迎えてくれる。でも2人と違うのは、あたしが何処に居たってハクは一緒だったって事。それがどれ程安心出来て、どれ程癒されて、どれ程心の支えになったのか。それが分かった時、もうあたしはこれからもハクと一緒じゃなきゃ駄目だと悟った。多分、皆と違ってハクはあたしの一部みたいなものだから。居なくなってしまったら、半身が無くなる様な……そんな気がした。

 

「アガーテ姉さん!」

 

「っ! ライザ!」

 

 小妖精の森。魔物を前に剣を構える島の護り手、アガーテ姉さんの姿を確認して急いで駆け寄る。そして錬金術で作った爆弾で一気にドカン! 簡単に魔物を倒す事が出来て、アガーテ姉さんは驚いた様にこっちを見てから優しい笑みを浮かべてくれた。あたしの実力を認めてくれてる。そう思えて、嬉しさが込み上げる。

 

「助かった、ライザ」

 

「アガーテ姉さん、怪我は無いよね?」

 

「あぁ。掠り傷一つな。……ライザ、何か良い事でもあったか?」

 

「? どうして?」

 

「いや、その……なんだ。あいつらが居なくなって、大分落ち込んでいたみたいだったからな。それが今日はどうにも機嫌が良さそうだ」

 

「そう、かな? うん。良い事、あったよ。詳しくはアガーテ姉さんにも言えないけどね。……ただ……」

 

 島への帰り道、言われた言葉にあたしは思わず自分の頬を触ってしまう。顔に出してるつもりは無かったんだけど、簡単にばれちゃうくらいには出てたらしい。

 

 

 アガーテ姉さんの言う通り、あたしには良い事があった。それも飛び切り飛び上がれるような、嬉しい事。……それは昨日の夜、あたしのアトリエで一緒に寝ていたハクとした会話。居なくなるかも知れないハクに対する言葉としては聊か卑怯な質問をあたしはしてしまった。そしてそれを聞いたハクの目が動揺で揺れたのをあたしは見逃さなかった。やっぱりハクは、皆と同じ様に居なくなってしまう。そう確信して、思わず言ってしまった。

 

『居なくならないで……このままずっと、あたしの傍に居てよ……』

 

 自分でも情けないと思うくらい、あたしの声は弱々しかったと思う。だけどそれは心の底から出た本心で、ハクが消えてしまったら耐えられないと分かった自分自身の心を守る術。ハクは真っ赤な瞳を揺らしながらジッとあたしと顔を合わせて、どれだけ時間が経ったのか分からなくなってしまう程に長い無言が続いて、突然腕から離れる様に動いてしまったハクにあたしは頭の中が真っ白になった。ハクも結局、私の傍から居なくなってしまうと思ったから。

 

『……』

 

 だけどハクは何も言わずに人の姿になって、ベッドの外で膝を突きながらあたしの頬に触れた。お母さんとも違う、家族の温もり。あたしよりも小っちゃいのに、まるで大きく感じる彼女の暖かさを感じて、冷たくなってた心が温められる。気付いたら流れてたあたしの涙をハクが親指で拭って、彼女は優しく……笑った。

 

「……ライザ」

 

「ハ、ク……?」

 

「……泣かないで……私が、傍に居る」

 

 はっきりと、彼女は言ってくれた。今まで殆ど変わらなかった表情が確かに笑ったのを、あたしは見た。途端にゆっくりと込み上げる喜びの感情。今すぐにでも飛び上がりたい様な、そんな気持ちを抑えてあたしはハクの頭を抱きしめる。さっきまでとは違う、嬉しさに流れる涙をハクは受け止めてくれた。そして、あたし達は約束した。

 

 

「あたしには今までも、そしてこれからも一緒に居てくれる人が居るって分かったんだ」

 

「……そうか」

 

 アガーテ姉さんは深く聞き出そうとはしない。ハクの事はあたしだけの秘密だから、聞かれたって誰にも教えないけど。

 

 無事に島へ帰る姿を見送ってから、一度お父さんとお母さんの顔を確認する為に家へ帰る。アトリエがある今は向こうで泊まる事が殆どだけど、ちゃんと元気な顔は見ないとね。気分も良いし、何時もは嫌な農作業でも手伝っちゃおうかな!

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ~、づがれだぁ~」

 

「……お帰り」

 

 機嫌が良いからって勢いに任せて農作業を手伝ったら地獄みたいに忙しくて、ヘトヘトになりながらあたしはアトリエに帰る。そうすると、人の姿で出迎えてくれたハクにあたしは思わず飛びつく様にしてダイブしてしまった。ベッドの上に足を出して座って居たから、驚きながらもハクは倒れて尚受け止めてくれる。一応、家で汗は流してから戻って来たから臭くは無いと思うけど……もしそうだったらやだなぁ。にしても、こうして抱き着いて分かるハクの匂いはすっごく良い。こんな感じの香水、作ったら欲しい人は居るかも。

 

「……動けない」

 

「あ、ごめんごめん」

 

 もっと嗅いでいたかったけど、言われてしまったので仕方なく横へ転がりながら退く事にした。もう外は夕日も沈む頃合いだから、多分外に出る事も無いだろうし……何より疲れたから今日は錬金術をする気も起きない。こうなったら、早いけどもう寝ちゃおうかな。

 

 ベッドで転がったまま、目を閉じようとしたあたしの身体に何かが乗る。まぁ、何かって言ってもハクしか居ないんだけど。人の姿なのに全然重さを感じないから、もっと食べた方が良い気が……あれ? 食べる?

 

「……ご飯」

 

「あ、あはは……実は家で食べて、来ちゃったり?」

 

「……」

 

 あたしの身体に馬乗りになったまま、ハクは見下す様にジトっとした目を向けて来る。非常に、ヒッジョーに不味い。これは確実に怒ってる。食べ物の恨みは恐ろしいと言うけど、ハクの場合は下手すると数日は口を聞いてくれなくなる可能性も……。何とかしないと!

 

「あ、それじゃあ今から錬金術でパパッと作っちゃおうか! 多分、出来ると思う!」

 

「……ん」

 

 何とか挽回出来たらしい。ハクはあたしの上から降りて、錬金釜の方へ歩き始める。正直、もうちょっと乗ってくれてても良いとか思ったのは秘密。見下してくるジト目にちょっと胸が高鳴ったのは、もっと秘密。

 

「何が食べたい? この錬金術師、ライザリン・シュタウトに何でもお任せあれってね!」

 

「……プディング」

 

「了解! 最っ高に美味しいのを、あたしが振る舞ってあげよう!」

 

 ハクが「どの口が」とでも言いたげにまたあたしをジト目で見つめるけど、取り敢えず気付かない振りをしてプディング作りを開始する。機嫌を直す為にも、美味しいのを作らないと!




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