「やぁライザ、今日も元気に駆け回ってるのね?」
仲間達が島を去って以降、ライザは困っている島の住人達の手助けをする為に錬金術を使って日々を駆け回っていた。すると、クーケン港を通り掛かったところで彼女は声を掛けられる。それは度々島へやって来る商人のロミィであり、彼女はライザと同じかやや小さな慎重ながらも、ライザより年上で気さくなお姉さんであった。
「誰かの為に動き回るのは素晴らしい事だけど、偶には休憩も大事だと思うよ? 特に頭の上に乗ったその子なんて、揺られてばかりで大分参っているみたいだしね」
「あ……ごめん、ハク。でも急がないと……」
「全く。ならここはロミィお姉さんが人肌脱いであげよう」
彼女は急ぐライザの困った様子を前に、少し背伸びをしてライザの頭に乗っていたハクを抱え上げる。突然の事に驚いたライザだが、「急がないと駄目なんでしょ?」と告げたロミィを見て彼女へハクを預ける事に決める。そして遠ざかるライザの姿を眺めながら、ロミィは真っ赤なハクの瞳と自身の瞳を合わせた。
「実は前からライザが大好きな君に興味があってね。……人に成れる事も知ってるのよ?」
『!?』
ロミィの言葉に猫の姿のまま驚き目を見開いたハク。その様子を確認して、ロミィはその場から移動を始めた。やがて辿り着いたのはライザが魔石の森と呼ばれる場所を超えた浅瀬。人気の無いその場所で、ロミィはハクを足元へ降ろした。
「色々話をしたかったんだよねー。人に成ってくれないかな?」
『……』
知られてしまっているのなら、隠す必要も無い。ハクはそう判断して、ロミィの目の前で人の姿へと変わった。すると何処か目を輝かせ、ウキウキした様子でハクの周囲を歩き回り始めたロミィ。やがてハクの目の前へもう1度立つと、何かに納得した様子で繰り返し頷き始めた。
「なるほどなるほど……うん、やっぱり良いね」
「?」
「ちょっと気になって調べたら君の姿を見かけてね。それからこう、何というか……引き込まれる様な感覚になったから確かめたかったんだよ」
「……それで?」
「うん。やっぱり、欲しくなっちゃうなー……ってね?」
その言葉と同時にロミィはハクの背中へ手を回して、その身体を自分へ寄せ始める。急接近するロミィの顔に驚き戸惑ったハクの顔を見て、彼女は可愛らしい笑みを浮かべると……ゆっくりと目を閉じて顔を近づける。自身の体質が影響しているのか、他の何かがあるのか、それはハクにも分からない。だがこのままでは良くないと思ったハクは彼女の胸に手を当てて距離を取った。
「むぅ、残念だなぁ。でもこれからはガンガンアタックしちゃうから、覚悟してね?」
「……」
ロミィは無理矢理ハクとキスをするつもりは無かった様で、ハクの拒絶を前に言葉通り残念そうな表情を浮かべながらも何処か楽しそうだった。そしてハクの手を握ってクーケン港へ戻り始める。当然周囲からは視線を向けられ、島の外の住人であるロミィが連れて歩く子供の姿は注目の的となった。
その日からロミィは忙しそうなライザを見る度に、ハクを預かると提案する様になった。余りハクを預ける事に乗り気では無かったライザだが、自身の頭で揺さぶられて苦しそうと言われてしまえば、ハクの為にも降ろすべきだと考える。ロミィへの信頼もあり、ハクが人の姿に成れる事を知っているのは自分だけという認識も後押しして、ライザはロミィへ預ける事が多くなった。……だがライザは知らない。
「これは王都で最近流行り始めたお菓子だよー」
「……美味しそう」
懐から取り出したお菓子をハクへ見せびらかす様に掲げ、欲しがる姿を堪能してから今度は食べる姿を楽しそうに眺めるロミィの姿を。それは正しく餌付けであり、ハクはそれが分かっていながらも彼女の見せる食べ物に釣られていた。島の対岸へ行く事はあれど、殆ど他の街や村へ出た事が無かったハクにとって、この世界でしか見れないお菓子や食べ物を教えてくれるロミィは正しく良い人であった。
「それじゃあ、約束通り抱きしめさせてねー」
「ん……」
当然、商人であるロミィを相手にタダで食べ物を貰える訳では無い。だが
そんなある日、何時もの様にライザからロミィの元へ預けられたハク。そしてこれもまた何時もの様に見た事の無い食べ物を見せるロミィを前に、だが彼女は中々与えてはくれなかった。支払い方法に悩んでいる様で、彼女は唸る様に悩みながらハクをチラチラと確認する。
「……ロミィ?」
「うーん。実はこれ、中々手に入らない貴重な果物でねー。頬っぺたが落ちる程に美味しいらしいんだけど、今までの感じであげるのは流石にこっちも厳しいのよ」
「……」
「つまり、それ相応の対価が欲しいって訳ね?」
「……何、すれば……良い?」
ロミィの言葉は嘘では無く、それを信用したハクは自分に何が出来るのかを考えながら質問する。彼女が美味しいと言った物はその殆どが言葉通りに美味しい物ばかりだった。つまり『頬っぺたが落ちる程に美味しい』という彼女の言葉は、ハクに期待を持たせるのに十分な説明。だからこそ、是非食べたいと思う反面。しなければいけない事に不安も覚える。だが、今までの出来事から多少はロミィに対して心を許す様になったハクのハードルは明らかに下がっていた。……それは、ロミィの狙い通りである。
「ちょっと進んだ事をしてくれないかなー?」
「……進んだ、事……?」
「そう、例えば……最初の時、させてくれなかった事。とか?」
「……」
覚えていたハクにそれが何かを聞く必要は無かった。あの頃はハクにとってライザの知り合いの商人でしか無かったロミィも、印象が変わった事で、今では色々な食べ物をくれる優しいお姉さん。そんな彼女とキスをするだけでそれを食べられるなら。そんな風にハクは思う様になっていた。簡単に許して良い行為では無いが、彼女なら別に……と思う様になったのも、ロミィがして来たアタックの影響なのだろう。
「……ん」
「おぉ! それじゃあ、すぅーはぁー ……良し……!」
ハク自身の許可が出た事で目に見えて喜び飛び上がったロミィは、逸る気持ちを抑える様に深呼吸をしてからハクの両肩へ手を置いた。最初と違って距離を取ろうともせず、受け入れる様に目を閉じたハクの姿にロミィはゆっくりと顔を近づける。そして、触れ合った唇越しに感じたハクの柔らかさにロミィの胸は更に高鳴った。
「んっ……ふぅ。ふふっ、ごちそうさま。はい、どうぞ。そのまま食べられるから、カプッといっちゃって」
「……ん……はむっ。っ! 美味しい……!」
まだその時では無いと、舌を入れたい気持ちを抑えてロミィは優しいキスで終える。その後、対価として約束通りに商品をハクへ渡せば、生のまま食べられると聞いてハクは被りついた。その途端、ハクは今までに感じた事の無い味わいに目を輝かせながらロミィへ告げる。無表情ながらも分かるハクの喜ぶ姿にロミィは満足そうに頷くと共に、今度はどんな食べ物で更に進んだ事をしようかと考える。物事には順序があり、その段階を決めていたロミィの次の目標は……深く求め合うディープなキスであった。
彼女がライザを出し抜き、ハクと結ばれる時が来るのか。それは彼女が仕入れる商品次第。本来の商人としての日々に合わせ、ハクが興味を示そうな食べ物を求めて、彼女は再びクーケン港を後にする。