その日、ボ二―海賊団の船に何かが落下した。優雅に航海を楽しんでいたクルー達は轟音と共に何かが船内の屋根を突き破って落ちて来た音に驚き、それを確認する為に駆け付ける。何があってもおかしくは無い海の上、各々武器を持って警戒しながら。
「……子供?」
「これ、生きてるのか?」
崩れた木から立ち上った煙の中に混じって倒れて居たのは子供であった。少々身体は汚れているものの、服装に大した乱れは無い。生きているのか死んでいるのかも分からず、ゆっくりと近づいたクルーの1人がその身体を剣先で傷つけない様に突いた。途端、子供は目を開けて起き上がる。突然動いた子供を前に一斉に距離を取ったクルー達。そんな彼らの様子を眺め、やがて子供は呟いた。
「……お腹……空いた」
「は?」
そう言って再び倒れてしまった子供。再び静寂が支配し始める中、やがてこの船の船長が現れた事で事態は更に動く事となった。
「がぶっ、んぐっ。じゃあ何か? ガツガツ。腹が減ってゴクッ、食い倒れたってか?」
「もぐもぐ……うん。はむっ、3日間……食べふぇ無かっふぁ」
≪食うか喋るかどっちかにしろよ!!≫
テーブルに置かれた肉やピザをマナーも無しにがっつくのは、ボ二―海賊団船長、ジュエリー・ボニー。そしてそんな彼女と話をしながら食事をするのは、この船に落ちた子供、ハク。前者は勢いを持って、後者は静かにだが決して手を止める事は無く食べながら話をする光景にクルー達は心の中で思いを一つにする。
この世界で行く当ての無かった無垢は島から島へ色々な方法を使って渡り歩いていた。欲望を満たす相手を探して時には海賊船に紛れ込み、時には街から出る民間の船に紛れ込む。だが乗っていた船が海に生きる海王類と呼ばれる生き物に破壊され、羽の力で空を飛んで命からがら逃げ延びた先は木も何も無い無人島であった。そこで助けが来るのを待ち続けるも、やがて来ないと諦めたハクは最後の賭けとして羽の力を使用。何処かで船を見つけられる事を願って飛び続け……この船へ落下したのであった。
「なるほどね。まぁ、ここに居たいってならウチは構わないよ。但し、働いてはもらうからな」
「ん……ありがとう」
一応雑用などを熟した経験はある為、船に乗って食事が出来るならそれだけで良かったハクはボニーの言葉に頷いて答える。それからしばらくの間、2人で食事を続けた事でクルーの料理人たちは大忙しとなった。幸いだったのは、ハクがボニー程に食べはしない事であろう。食事は好きだが、無限とも言える胃袋を持っている訳では無かった。
それからハクはボ二―海賊団のクルー見習いとして、同じ船で過ごし始める。海賊という生き方をしているせいか、ここに乗るクルーの殆どは男性。荒くれ者も居る中で、ハクは嘗てノーネームで過ごしたメイドの仕事を思い出して掃除や洗濯を熟す。結果、ボ二―海賊団はハクが来る前と比べて自然と綺麗な船に変わっていた。
「メェェェシィィィィ!!!」
「急げお前ら! 絶対に間に合わせろ!」
「ハク、これを船長に持ってけ! 絶対に落とすなよ!」
「分かった」
ハクは山盛りに重ねられたステーキの乗った皿を両手に持ち、ボ二―が食事しているテーブルへ運ぶ。そして空いている皿の上に重ねて置けば、次を取りに向かう……事をボニーが許さなかった。まるで猫を持ちあげる様に首の後ろを掴み、軽々と持ち上げたボニーは自分の隣に空いていた席へ強引に座らせる。突然の事にハクが首を傾げれば、骨の付いた肉を片手にボニーはニヤッと笑った。
「食べな。この前一緒に食った時、不思議と何時も以上に美味かったからな」
「……」
まさかの言葉にハクは料理を運んでいたクルーに視線を向ける。彼らの手伝いをしていた筈が、彼らを更に追い詰める事になってしまいそうな現状。だが「船長命令だからな」と続けられた事で、ハクは断る手段を失った。クルー達もそれを言われてしまえばもう、ハクに文句を言う事は出来ない。ボ二―と同じ左右に骨の飛び出た漫画肉を手に取り、ハクも齧りついた。
「ガツガツ、大分ガツ慣れたガツ?」
≪到頭会話と食事を纏め始めた!?≫
「……ん。悪く無い」
少なくともこの船に来てから嫌な目に遭う事は殆ど無かった。海賊船故に危険が無い訳ではない。時には他の海賊と戦いになる事もあるが、基本的にハクは猫の姿で端っこに隠れているため問題は無かった。1度見つかって物珍しさに連れ去られそうになったが、その時はボ二―が相手を強烈な蹴りで海に落として救い出した事もある。
「まぁ、んぐっ……次に何処かの島へ着いたら、船を降りるか決めな。ウチは歓迎するけどな」
だがハクはまだ正式に海賊になった訳ではない。故に何処かの街か村で降りる事も選択肢にはあった。少なくもボニーは数日共に過ごした中で、ハクが欲望を満たす相手では無いと分かった。このまま彼女と共に居ても、元の世界へ帰る事は出来ないのだ。
数日後、ハクが決断する時は訪れる。大食漢のボ二―が満足する食事を取る為に、大量の食糧が必要となるボ二―海賊団は訪れた街で数日を過ごす。そして大量の食糧を買い占めてまた海へと出るのだ。訪れたその街はとても平和な様で、余程の事が無い限り危険には出くわさないだろう。
「よし、まずは飯だぁ!」
「飯屋を探せ! 出来るだけ大きくて船長が満足出来る店だ!」
クルーを数人引き連れて船から降りて行くボニーの姿を眺めながら、無垢は今後について考え始めた。だがしばらくして、足音が近づいて来ると同時にクルーの1人が血相を変えた様子でハクへ視線を向けた。
「おいハク! 急いで船長のところへ行ってくれ!」
「?」
「船長が店の飯が不味いって騒いでんだ! でも皆は美味いって思ってるし、この前お前が一緒だと美味いって言ってただろ? 多分お前が居ないと船長は満足出来なくなっちまったんだ!」
自分にご飯を美味しくする力があるとは到底思えないハクだが、余りにも必死なクルーの言葉に取り敢えずボ二―の元へ向かう事にした。
街の中にあったお店の席で、不機嫌そうにムスッとしたボ二―がチビチビとピザを齧る。普段の食べ方とは明らかに違うそれは、まるで嫌いな物を頑張って食べている様にも見えた。だが何時爆発するか分からず、他の客やクルーも気が気では無い様子。そこへクルーに連れられて現れたハクの姿に街の住人は戦慄した。
「……ボ二―」
「あぁ!? って、ハクか。ここの飯は不味いよ。ったく、この街で一番美味い店だって聞いて来たってのに」
「はむっ…………美味しい」
「はぁ? んな訳……!?」
子供が気性の荒い海賊の船長に近づいていた事に怯えていた住人達。そんな彼らの不安を知りもせず、無垢はボニーの前に置かれていたピザを齧る。少々冷めてしまってはいたが、トマトソースとチーズの絡んだサラミを口に入れたハクは素直に味の感想を告げる。すると更に不機嫌そうに持っていたピザを齧ったボニー。その目が見開いた途端、目の前にあった飯を掻き込み始めた。
「なんだこれ、さっきまで不味かったのに何でこんな……」
「?」
信じられないものを見る様な目で、ハクへ視線を向けたボニー。彼女はやがてハクを以前の様に自分の隣へ座らせると、食べる様に命令する。言われた通りに食事を始めれば、静かだった店内が一気にボニーの食べる音で満たされ始めた。瞬く間に減って行く料理に固まっていた厨房が大忙しになり始める中、ハクを連れて来たクルーは予想通りとばかりに満足した様子で頷いた。
ボ二―海賊団が街から離れるその日、ハクは船長室でボ二―と向き合っていた。
「で、お前はこれからどうするつもりだ?」
「……分からない。でも、探さないと」
「誰かも分からない相手を探す、ね。まぁ良い。ハク、ウチと来な」
「!」
「どうせまだ迷ってんだろ? ならここに居てウチと飯を食いな。それだけで良い。海を渡ってれば、その探してる相手も見つかるかも知れないんだろ?」
「……ん」
ボ二―の言葉に頷いて、ハクは今まで通りこの船でお世話になる事を選んだ。途端、船長室の扉が開いて大量のクルーがなだれ込み始める。
≪新たな仲間だぁ!≫
「!?」
「お前ら!? ったく、好きにしな」
今までと違って何日か一緒に過ごしたハクが正式にこの船の仲間になった事で、クルー達はその小さな身体を胴上げし始める。無表情を僅かに崩して驚き戸惑うハクと、目の前の光景に驚きながらも笑みを浮かべて告げるボニー。やがて船が出航すれば、再びボ二―海賊団は海へ。新たな島を目指して、波乱万丈な船旅が始まった。
「なぁ、結局ハクには飯を上手くする力があるのか?」
「でもよ、俺らは別に普通だったぜ?」
「馬鹿だなぁ、お前らは。そんなの決まってるじゃねぇか」
≪?≫
「全く。にしても、あの女っ気のない船長がねぇ。本人も気付いて無さそうだし、どうなることやら。まぁ俺は応援するぜ。例え女同士でもな」
全てを察した様に1人、頷いて告げるクルーが居たとか居ないとか。