トールズ第Ⅱ分校。その屋上にて、ベンチに丸まり陽の光を浴びながら眠る白い翼猫の姿があった。まだ午前であり、生徒達は一様に勉学に勤しんでいるであろう時。翼猫は一度顔を上げるが、すぐに大きな欠伸をし乍らもう1度顔を伏せ始める。
屋上のベンチに座る白い翼猫。その姿は学生たちの間でも有名な存在であった。何故ならその猫の保護者は灰色の騎士と呼ばれる有名な存在だからである。だが実際は少し違い、飼い飼われる関係では無い事を一部の者達は知っていた。そしてその猫が普通の猫では無い事もまた、一部の者達が知る事実である。
突然響き渡るチャイムの音が、授業の終わりを知らせ始める。静かだった学院内に微かに聞こえ始める声。やがてそれは広がり、生徒数は少ないながらも先程よりは間違い無く賑やかになる。が、屋上に居る翼猫には余り関係の無い事であった。ベンチから降り、何処かへと向かい始める翼猫。通り過ぎる度に生徒達の視線に晒されながらも、動かす足は向かう先へ到着するまで止まらない。
歴史の授業を教えていた灰色の騎士事リィン・シュバルツァーは授業の片づけを行っていた。生徒達が徐々に部屋から出て行く中、ふと席に座ったまま外を眺める1人の少女の姿を気に留める。長い銀色の髪とまだあどけない少女の姿にすぐ別の人物を一瞬連想し、普段の光景を思い浮かべてその少女が何を【待って居る】のかに気が付いた。既に生徒達によって閉められてしまっている扉では入って来れないと思い、何気なく部屋の扉を開け放った時。リィンは足元に黙座する猫と目が合った。
「中で待ってるぞ」
『……』
リィンが猫に告げれば、頷きながら部屋へと入室する翼猫。やがて外を眺めていた少女の傍に近づいた時、何か仕草や声を出すよりも早く少女がその存在に気が付いた。
「来ましたね。今日はユウナさん達と食事をする事になってます……少々強引ではありましたが」
『……』
抑揚の無い声で淡々と、だが最後に少しだけ呆れた様に喋る少女。翼猫は黙ってそれを聞いた後、頷いて了承を示す。すると少女は立ち上がり、翼猫の両脇に手を入れて頭の上……被っていた帽子の上に翼猫を座らせた。気付けば見慣れた光景にリィンは少しだけ笑みを浮かべながら、部屋を出る為に近づく少女とその上に乗った翼猫とすれ違う。その際、リィンは少女に声を掛けた。
「アルティナ。ハクの事、よろしく頼むな」
「問題ありません。失礼します」
少女……アルティナはリィンの言葉に半身振り返り、答えた後にハクが落ちない様に注意しながら僅かに頭を下げる。そして去って行く後姿を前に、リィンは少しだけ和みながらも目を瞑った後に片づけを終えて部屋を後にするのであった。
ハクが唯の猫では無く、人に成れる事を知る人物は学院内に数人だけ。そして今現在、ハクを頭に乗せたまま廊下を歩くアルティナはその数少ない者の1人であった。時間は午前から午後に切り替わる頃。本来であれば食事を取る為に食堂に集まる生徒達だが、アルティナが向かう先はグラウンドに置かれた倉庫。……その裏であった。そこには既に2人の女子が待っており、アルティナの姿に気付くと笑顔で迎える。
「あ、来た来た!」
「ふふ、お待ちしておりました」
「お待たせしました。ユウナさん。ミュゼさん」
『……』
アルティナとハクを迎えた2人、ユウナとミュゼは言葉と共にアルティナの頭の上で目を一度瞑りながら頷く様にお辞儀をするハクの姿を見て笑う。余り食事を取るのには相応しく無い場所だが、ハクの正体を知る者が少ない故にそれは致し方ない事であった。そしてそれはつまりこの場に居る全員が知っているという事であり、ハクはアルティナの頭から飛び降りると人の姿に成り始める。小さな身体、長い白髪。違う場所は多々あれど、アルティナと微かに似たその姿にユウナ達は頷くとバスケットを取り出した。中に入っているのは当然食べ物であり、ハクは取り出されたそれに視線が固定される。
ハクはアルティナの傍で座り、ユウナとミュゼも向かい合う形で2人の傍に座る。足元にはシートを敷き詰め、取り出したバスケットから更に取り出したサンドイッチを手に始まった昼食は基本的に元気良く話すユウナが話をする事が多かった。物静かなアルティナと同じ様に静かなハクは小さく齧りながら、ミュゼはユウナの話に時折微笑みを浮かべながら時間は経過していく。そこでふと、ユウナはアルティナとハクが静かに並んで食事をする姿を見て一時嬉しそうにしながらもすぐに肩を落とした。
「ねぇ、アル。やっぱりハクの事は皆に教えたくないの?」
「教官は隠す必要が無いと言っていますし、お2人を誘う度に隠れて居ては何れ怪しまれますよ?」
「って言うかもう既に怪しんでいる人多いから、時間の問題かも」
元々ハクは最初からアルティナの傍に居たのではなく、リィンやその仲間達と共にこの世界を過ごして居た。だが既に出会ってから数年。アルティナは一時リィン達の敵として現れ、その経緯でハクとも出会う。やがて様々な経緯を経てリィンの傍に居る様になったアルティナはその傍に居たハクと話す機会が必然的に多かった。敵対していた際にハクが人型に成れる事も知っており、最初は敵同士だった故に存在していた気まずさも時の経過と共に消え去った。
ハクとアルティナはリィンも含め、既に1年半以上の付き合いがある。とある理由で自らの心すらも勉強中なアルティナと感情の機微が分かり難く、同じ様に静かなハクがすぐとは言わずとも仲良くなるのは難しい事では無かった。
リィンが教官となった第Ⅱ分校で生徒として在籍するアルティナ。2人が居る以上、その2人の傍に居たハクがこの場所に居るのは当然の事であった。だがハクは生徒という立場で無く、リィンが飼っている猫としてその傍に居続けた。
リィンが担任となったⅦ組。その人数は最初アルティナを含め3人と少なく、場違いに猫を連れるリィンの姿に疑問を持った残りの2人……ユウナとクルトが質問をした時、リィンは長い付き合いになるからと当然の様にハクを紹介した。驚くのは必然として、それでも何とか受け入れた2人。だがその時、リィンは背後から感じる冷たい視線に冷や汗を感じずには居られなかった。そして補足する様にアルティナが2人に告げたのだ。
『ハクの正体は他言無用です』
たった一言。リィンからすれば隠す必要など無かったが、静かに告げられたその言葉の中に含まれる得体の知れない力に3人は頷かずには居られなかった。その後、Ⅶ組に新たに2人の生徒……ミュゼとアッシュが入って来た際には自らが飼い主としているにも関わらずアルティナに許可を求めてしまうリィン。説得の末に同じクラスである事からアルティナは了承。ミュゼは第Ⅱ分校では無くその傍にある街の中で人型のハクと遭遇したことがあり、アッシュは驚きながらも飄々としたまま、無事に受け入れる事が出来た。
今、ハクの正体を知っている生徒はⅦ組の生徒達とリィンを含めた教官達のみ。アルティナは基本的にハクの正体を晒すことに反対しており、ハクと共に居る事が多い為に彼女を誘う際には必然的にハクが付いて来る事となる。その逆も同じであり、そしてハクが人型になって食事を取る為には、今の様に隠れる事をアルティナは決めていた。が、既に出会って数か月。ユウナは今の状態を余り良いとは思えなかった。他の生徒達にも怪しむ者は増え、隠し続けるのも限界が近づいていると悟る。
「……」
アルティナはユウナの言葉にサンドイッチを齧るハクに視線を向けた。その視線に気付く事無く食べるハクの姿を前に、アルティナ自身も隠し通せないと理解はしていた。だが自分でも分からない何かがそれを拒み続けているのだ。
過去にも同じ様にハクの正体を学院の生徒達に教える様、進めた事があるユウナ。普段なら間も無く『駄目です』と答えられていたが、アルティナ自身が限界を感じていた為に今回はそれをしなかった。そしてその姿にユウナは可能性を感じ、説得を開始する。ミュゼも加わり、ハクは自分の事でありながらも余り興味を示す事無く食事を続けるのであった。
ユウナとミュゼによるアルティナの説得は実を結ぶ結果となる。しばらく考え続けていたアルティナだが、露見されるよりも暴露した方が幾分かは良いだろうと結論したのだ。ユウナ達は思い立ったが吉日とばかりに昼食を終えてすぐ、アルティナとハクを連れて担任であるリィンを探す事を決める。話を聞いたリィンは自分が保護者である様に広まっている事もあり、アルティナと共に自由時間を過ごして居る生徒達の元に1人1人赴いて紹介をし始めるのだった。生徒数は少なくとも、探して紹介をするだけでその日は終了。驚くべき事ではあるが、一般人に比べれば様々な事を経験して居る故か幸いにも大混乱になる事は無かった。
そしてハクの正体が知れ渡ってから数日。授業の終わりを告げるチャイムが響いた時、ユウナはアルティナを昼食に誘おうと考えて座って居るであろう席に視線を向けた。既に隠す必要が無くなった今、堂々と食堂などで昼食を取る事が可能な事もあり、少しだけワクワクしながら向けた視線の先……既にアルティナの姿が無かった。
「あれ?」
「? どうかしたのか?」
「いや、アルに話しかけようと思ったんだけど……もう居ない」
ユウナの不思議そうな声に反応したのは同じⅦ組の生徒である、クルトであった。ユウナの話を聞き、同じ様に視線を向けたクルト。既に誰も居ない席の光景に一瞬驚き、何時の間に居なくなったのかと思案する。チャイムはまだ余韻すら残っており、授業の終わりを示す号令が終わったばかり。今から部屋を出る者が多い中、既に居ない事は明らかに可笑しかった。
「しっかり授業は受けていた。それは僕も見ているが……流石に早すぎないか?」
クルトの言葉を聞き、誰も居ない席を見つめるユウナ。まだ残りの時間は存在するため、次の授業の終わりにでも話しかける事を決めて時間は過ぎて行く。……そして待ち望んだ時間がやって来た時、号令で下げた頭を上げると同時にアルティナに視線を向けて声を掛けようとした。だがその時、ユウナはその光景を目撃する。半透明になりながらも存在するアルティナの戦術殻と呼ばれる武装、クラウ=ソラス。それがアルティナの前を囲う様にすると同時に、その姿が教室から消え去ったのを。何故気付かなかったのか不思議でならないユウナだが、それよりもアルティナが消えてまで何処へ向かったのか? 話を聞いていたクルトも見ていた様で、ユウナと共に考え始める。だがその時、2人の話を前の時間傍で聞いていたミュゼとアッシュが既に分かっていた様で声を掛けた。
「あの兎が向かうところなんて、1つだろ?」
「最近はずっと見守っているみたいですね。ずっと」
答えは言わずともその言葉だけで全てを察したユウナ。クルトも同様であり、ユウナはそれでも誘う事を諦める気は無い様で拳を握りながら覚悟を示す。基本的にアルティナが見守っている存在が何処に居るのかは既に学院内では知れ渡っており、3人に声を掛けると同時にユウナは駆け出すのだった。
数日前。
「わぁ~! 本当に人に成れるんですね!」
「……はむっ」
『……』
ハクの正体が知れ渡った翌日、ハクはアルティナともユウナ達とも違う生徒に昼食に誘われた。何時もならアルティナの元に真っ直ぐ進むハクだが、その道中で正体を知ったが故に誘われたのだ。だがハクやハクと話す生徒、そしてその周りに居る者達の誰もが気付かない。完璧に気配を消し、姿を消し、ハクの後ろでその光景を見つめるアルティナの姿を。その目に浮かぶ感情が何なのか、それは分からない。しかしアルティナに取って大きく変わった事がある。それは何時まで待ってもハクが自分の元へ来ず、剰え別の誰かと今を過ごしているという事。
その日から、アルティナは確実にハクの傍に居る様になった。気配に敏感なハクが気付けぬ程に気配を消し、誰よりも早くハクが時間を基本的に過ごしている屋上に赴く。誰も居なければ声を掛け、誰かが居れば唯傍でその姿を監視する。リィンを初めとした5人の教官達の中には、気配を消してもアルティナの姿に気付く者が3人居た。リィンはアルティナからの冷たい視線に恐怖を感じて止める事が出来ず、1人はその姿に触らぬ神に祟りなしとばかりに気にしない事を決め、1人は面白そうに事の成り行きを見守る。結果、アルティナの行動を止める者は誰も居なかった。
時は今に戻り、ユウナは屋上に到着すると同時にベンチに座って膝の上にハクを猫のまま抱えて撫でるアルティナの姿を見つける。今日はまだ誰も来ておらず、故に話し掛けてその体勢になったのだろう。ユウナはようやく話し掛けられる様になったと思い、近づこうとする。だがアルティナがポツリと呟いた小さな言葉が、その足を止めた。
「最近、身体が可笑しいんです」
『?』
「ここ数日。……厳密にはハクの事を皆さんに伝えた翌日辺りから、胸の辺りが痛くて苦しくなる時があります」
膝に座るハクを見つめ乍ら、片手で胸を抑える仕草をするアルティナ。その姿を見上げる形で顔を上げ続けていたハクの目は、心なしか驚いた様に見開いていた。だがその事に気付かないアルティナは言葉を続ける。
「反対に、胸の辺りが暖かい様な……そんな感覚になる時もあります。今もそうです」
『……』
「心の病気、と言われても私にはそもそも心が何なのか分かりません。ですが、貴女が関係している。……それは、確かな気がします」
断言するアルティナ。その姿を前にハクが動こうとした時、学院内に響き始めるチャイムが授業の始まり5分前を告げる。所謂予鈴であり、アルティナは膝の上からベンチの横にハクを移動させると立ち上がった。そして戻ろうと動き出す姿にユウナは焦りながら気付かれない様に校舎の中に入ろうとする。その時、アルティナは一度足を止めてハクに振り返った。そこに居たのは猫では無く、1人の少女。
「……今日のお昼……一緒」
「!……約束です」
ハクからの言葉に一瞬驚きながらも、微かに見せた笑みと共にアルティナは頷いて答える。戻ろうとしていたユウナはその会話を聞き、この日アルティナを誘う事は諦めるのであった。
その日、放課後を迎えた学院の屋上で何時も通りに時間を潰していたハク。すると突然その身体は何かに捕まれた様に浮き上がり、驚く本人を他所に何処かへと向かい始める。空を飛ぶ猫の姿を見る者は余り無く、やがて到着した場所は以前隠れて食事をする際に使っていたグラウンドにある倉庫の裏であった。現在その倉庫の目の前ではテニスウェアを着用して部活をしているユウナ・ゼシカ・ルイゼの3人が居り、何かがゆっくりと降りる姿を視界の端に捉えたユウナ。だが一瞬であり、不思議がっているところにゼシカからの声が掛かった事でそれ以上気にする事は無かった。
倉庫の裏に到着したハクはコンテナの上に優しく降ろされる。そして突然、目の前にクラウ=ソラスと共に現れたアルティナの姿に納得いった様に目を細めた。何も言わず、唯ジッと見つめ続けるハクを前に同じ様に何も言わずに視線を合わせるアルティナ。やがてユウナ達が部活を開始したことで響くボールの音が聞こえ始めた時、静かにアルティナが口を開いた。
「以前お話した胸に感じるもの。……その正体がやっと、理解出来ました」
アルティナはクラウ=ソラスを背後に胸の前へ手を当てて告げる。ハクに話をしてからずっと、考えていたのだろう。ハクは本来知り得ない方法でその原因を知ってしまっていた為、アルティナの言葉を聞いて猫の姿から人の姿へと形を変えた。そしてコンテナの上で座ったまま、静かに話を聞く為に視線を向け続ける。一瞬驚きながらも、それがハクなりに話を聞く上での大事な事だと理解したアルティナ。胸に当てた手をゆっくりと握り、覚悟を決めて話を始める。
「知っての通り、私は細胞レベルで人と同じです。しかし人とは違う方法で生まれました。そして心を持つ様、作られたとは思いません」
「……」
「ですが私は私が感じる思いを嘘だとは考えません。ユウナさん達との絆を大切にしたいと思うのも、リィン教官を監視と言う理由とは別に助けたいと思うのも、貴女が好きだと思うのも」
ハクはアルティナの中に先日、大きな変化が起きている事を知った。それは彼女の中に今まで存在しなかった欲望が生まれた事である。ハク自身、今までの出来事からアルティナに心が無いと思ったことは無い。だが今回ハクにしか分からない形で見えたアルティナの心の一片がその存在を証明した。だからこそ、ハクはアルティナの言葉に静かに頷くと同時にコンテナから飛び降りる。するとアルティナは目の前に降りたハクに1歩ずつ近づき始めた。
「貴女と一緒に居る時は嬉しく感じ、貴女が誰かと居る時には嫉妬する。この胸に感じる思いの正体……それは恋なのだと、私は思います」
「……ん」
やがて手を伸ばせば届く程に距離が無くなった時、アルティナは自分よりも少し小さいその身体を抱きしめる様に腕を回した。クラウ=ソラスはそんな2人を包む様に動き、ハクもアルティナの背中へ手を回す。
「未だに心が何なのか、私には分かりません。……ですが今、嬉しいと思っているのは確かです」
抱きしめ返された事で感じる嬉しさにアルティナが告げた時、ハクは少しだけ身体を離してアルティナと向かい合う。そして何方からという訳でも無く、近づいた2人。既に夕焼け空になっている空の下、倉庫に浮かびあがる2人の影はその顔から再び重なるのであった。
ハクが唯の猫では無いと知られる前から、アルティナとユウナの部屋にハクが泊まる事は少なく無かった。だが本来ハクはリィンの飼い猫として知られて居たため、リィンの部屋の小さな一角がハクの場所となっている。そして正体が知れ渡った後もそれは変わらず、リィンは幼女と一緒に過ごして居たという少々不名誉な真実が学院内に流れているが、アルティナとハクには知らぬ話であった。
自由行動日。それは学院に行かなくても良い休日に近い日の事である。朝から学院に赴く事も無く自由に過ごせる1日。アルティナも当然その1人である。そしてそんなアルティナの朝は早かった。ユウナがまだ眠りに付いている頃に起き、普段の制服に着替えて帽子を被った後に部屋を出たアルティナ。その足が向かう先はリィンの部屋であった。ノックをすれば帰って来るリィンの声。ドアノブを捻り、中に入ればそこには更に早くから起きていたリィンとまだ眠っているハクの姿があった。
「おはよう、アルティナ」
「おはようございます。リィン教官。今日は1日、ハクと約束していますのでお借りします」
「あぁ。と言ってもハクはハクだからな。俺の許可は何て要らないだろ?」
「……そうですね。ですが
「そ、そうか。ならハクの事、よろしく頼むな」
「はい。……それでは、失礼します」
入ると同時に挨拶された事で、アルティナもそれに返した後にハクへ視線を向け乍ら告げる。するとリィンは頷きながらも少し笑ってハクを見ながら告げた。しかしその言葉の何処かに……いや、この現状に気に要らない部分があったのか、アルティナは一部の言葉を強調しながらジト目でリィンに向けて話す。何が気に障ったのか分からず、とりあえずリィンは冷や汗を流しながらハクの事をアルティナに任せる様に言う。っと、アルティナは頷いた後に眠るハクを起こさない様に腕の中に抱いて頭を下げ乍らリィンの部屋を後にした。朝から大仕事を終えた様にリィンは1人、部屋の中で息を吐くのだった。
ハクを腕にリィンの部屋から退出したアルティナは最初に1階へと降り、そのまま生徒達が全員座れる広いラウンジの一角に座り込む。腕に抱いて居たハクをテーブルへと移動させれば、木の冷たさを感じたのかハクは目を覚ました。目の前にはアルティナの顔があり、周りは寝ていた場所とはまったく違う場所。ハクは何度か視線を彷徨わせた後、再びアルティナに視線を戻した。
「おはようございます。今日は約束の日です。ですがその前に、朝食を取りましょう」
普段通り無表情のまま抑揚の無い喋り方で告げるアルティナ。だがハクを始めリィンやユウナ達の様にそこそこ親しくなった者達なら気付くだろう。何処か彼女がソワソワしている事に。そしてその理由をハクは知っており、アルティナの言葉に頷いて人の姿に成ると同時にテーブルから地面へ足を付ける。その姿にアルティナも立ち上がり、朝食を取るには最適な店……ベーカリーカフェ『ルセット』へと向かう。
約1時間後、朝食を終えて店から外に出たアルティナとハクはお互いに視線を合わせると頷いて歩き始める。そして到着した場所はトールズ第Ⅱ分校であった。校舎を目の前にアルティナはクラウ=ソラスを出現させると、周囲を警戒。誰も居ない事を確認した上で、ハクに一度猫になって貰うと同時にクラウ=ソラスに指示を出す。
「ステルスモード、起動します」
クラウ=ソラスに包まれる様にしてその場からハクと共に姿を消したアルティナ。それは以前、ハクを監視する際に使っていた
「恐らくここが一番気付かれ難い……と思います」
普段から使っている場所でありながら、これからしようとしている事が事の為に警戒し続けるアルティナ。幸いグラウンドでテニスをするユウナ達の姿は無く、今現在グラウンドに居るのは2人だけ。誰かに見つかる心配は少なかった。
「恋人になって数日。休み時間、放課後では出来る事に限度があった為に出来ませんでした。しかし今日は……」
「……出来る……する、の?」
「はい。約束ですから。一応、ステルスモードで気配とある程度の声は隠せますが……大きな声は抑えてください」
その言葉と同時に再び掛け直す様に姿を消した2人。倉庫の裏には傍から見れば誰も居らず、しかしハクやアルティナはお互いに相手の存在が見える様になっていた。そしてクラウ=ソラスが抱きしめる様に作り上げる円の中、アルティナとハクはお互いの背中へ手を回す。後はもう、惹かれ合う様に2人を唇を合わせた。
「不埒な事も、恋人同士なら問題ありません。予習はしておきましたので、身を任せてください」
「……予習?」
アルティナの何気なく告げた言葉に首を傾げた時、ハクは身体を抱きしめられたまま持ちあげられる。そしてそのままコンテナに背中から近づかされ、アルティナの身体と挟み込まれてしまう。左右にはクラウ=ソラスの腕があり、抱きしめていたアルティナの手は顔の横へ。アルティナとクラウ=ソラスに二重で壁ドンをされるかの様な体勢にハクは本能的に身の危険を感じる。が、既に
「んっ!」
再び口元に感じるアルティナの感触。舌が入り、お互いの舌を絡め合う度に聞こえる音は2人の頬を赤くする。スイッチが入ったかの様に息が荒くなる2人は普段であればそこで授業があったり明日の準備があったりで止めるが、今日は誰にも何にも時間を縛られない自由行動日。故に止める理由が無かった。口付けを続け乍らアルティナは両手でハクの服に手を掛け、ゴソゴソと動かせばすぐにその服装は淫らなものとなる。何時でも戻せる様にか完全に脱がすことは無く、肩や胸を出したままお腹周りに集められる布地。スカート部分も捲るだけですぐにその下が見える為、反対に言えば固まった布地を戻すだけで普段の恰好に戻すことが出来る状態となる。そして今、ハクはお腹周りに布地を固められた為、腕を通した袖が同じ様に腰回りに引き寄せられて拘束される。
「それでも、始めます」
「あ……」
他の生徒達などに比べれば明らかに低い身長のアルティナだが、それよりも更に低いハクは簡単にアルティナの片手で抱きすくめられてしまう。背中を壁に片手を身体に回され、空いている片手で髪を撫でられながら三度唇を合わせる。今までと違い、アルティナに大事に扱われている事が良く分かる様なその行為はハクの心を奪おうとする。やがて髪を撫でていた手はアルティナとハクの間に入り込み、晒された胸へと向かう。何処で覚えたのかは分からないが、その腕はかなりのものだった。
「感度良好、ですね。続行します」
「ぅんっ!」
口付けは続けられながら、今度は胸を刺激されるハク。抑揚の無い声で淡々と告げるアルティナだが、その声の中に喜びに近い感情が混ざっているのをハクは見逃さなかった。だがそれを指摘する余裕も無く、ハクは口を塞がれたまま声を抑えられて喘ぎ続ける。すると突然、倉庫の反対側の扉が開かれる音に2人の熱は急激に下がった。今まで以上に気配を消し、アルティナは抱きすくめた手に力を籠める。何も話す事が出来ず数秒、やがて聞こえて来たのはユウナの声であった。
「ネットは……あ、あった! よし、ゼシカ! ルイゼ! 準備しよ!」
どうやらこれから自由行動日でありながら部活のテニスをしようとしている様で、アルティナはハクに視線を向ける。何も言わずともそれが様子を見ようとしているのだと理解したハクは了承する様に頷き、ユウナ達が準備をしている間その状態で固まり続けた。……やがて、以前と同じ様に掛け声とボールの打ち合う音が聞こえる様になった中、ハクはどうする気なのかとアルティナに視線を向けた。少し考える様に目を瞑って数秒、アルティナは頷いて答える。
「続けます」
「!? んんっ!?」
「先程も言いましたが、ステルスモードは気配を隠す事は出来ても声は完全ではありません。ですので抑えてください」
アルティナの言葉に驚き目を見開いたハク。何かを言うよりも早く、アルティナは再びハクに口付けを行う事で言葉を塞いでしまう。胸に伸びていた手は再び動き出し、先を摘んだり膨らみを撫でたりと攻めは更に激しくなり始める。当然攻めが激しくなれば塞がれていても響く喘ぎ声は大きくなり、倉庫の裏には微かに響き始めてしまう。すると突然、アルティナは口付けを止めてハクの胸から手を離した。息を荒くしながら攻めから一度解放され、火照った頬のまま涙目にアルティナを見つめるハク。
「! これは……」
その姿を見た時、何かに衝撃を受けた様にアルティナは驚く。そしてもう1度ハクの身体を強く抱きすくめると、胸に伸ばしていた手を下へと降ろし始めた。スカートを捲り、ゆっくりと近づくアルティナの細い指はやがてハクの濡れた下着を突く様に触れる。
「ひぁ!」
「あれ? 今何か聞こえた様な……?」
「!」
口付けを止めていた事もあり、大きく響いたハクの嬌声はゼシカとルイゼが練習して居るのを見ていたユウナの耳に届いてしまう。そして独り言の様に呟いたその言葉がアルティナの耳に届いた時、アルティナは一瞬振り返るとハクの口を手で押さえて静止した。近づいてくる足音に息を飲む2人。やがてユウナが倉庫の裏には到着した時、誰もいないコンテナを見て首を傾げた。
「気のせい、かな?」
「ユウナ! 交代よ!」
「あ、うん! 今行くわ!」
姿を消していた為に気づかれる事は無く、ユウナは不思議に思いながらも掛けられた声にグラウンドへと戻って行く。安心した様に息を吐くハクとアルティナ。ハクは口を解放されると同時に少しだけ非難を込めた目をアルティナに向けた。
「……やり過ぎましたか」
「……ん。……優しく……して」
ハクの言葉にアルティナは頷くと、再び口付けを再開しながらスカートの下へと手が伸びる。その後、声を押し殺しながら攻められるハクと必死に耐えながら悶えるその姿をジッと見つめながら攻め続けたアルティナ。やがて足に力が入らなくなり、立てなくなってしまったのを合図にアルティナはクラウ=ソラスに命令を出した。両腕の様な場所とは別に存在する胴体の様な部分。両腕が柔軟に曲がるのなら、そこが曲がっても何の不思議も無かった。
空を飛びながらは大変危険な為、この場所で少しだけ浮くだけに留めることして。ハクをその後胴体の身体側に寝かせると同時に下側にアルティナが跨り、細いながらも簡易的なベッドが完成する。そして今度は覆い被さる様にアルティナがハクの上に身体を寄せ、その日午後になるまでの数時間を倉庫の裏で淫らに過ごす2人。
この日以降、自由行動日を始めとした長い自由な時間。アルティナとハクの姿を見る者が少なくなるのは当然の事であった。