ライトブラウンの髪を揺らしながら、椅子に座ってパソコンの前でジッとその画面を見続ける少女。画面に映るのは青年と言うには比較的幼い容姿をした女の子であり、画面下側に表示されたテキストには少女を『妹』として扱う地の文が映し出されていた。
表示される選択肢。妹が喜ぶ様な選択をすれば、その好感度が上がる。嬉しそうに画面越しで微笑みかける女の子の姿を前に、画面を見ていた少女の顔はだらしなくなる。
長い時間を掛けて続けられた選択の数々。それを乗り越えた末、最終的に映し出されたのは『HAPPY END』の文字と笑顔の女の子が顔の写らない誰かと腕を組む一枚絵。物語が終わり、少女は大きく伸びをして満足気な表情を浮かべる。
「ふぅ、終わっちゃったなぁ……」
満足感と損失感を同時に味わいながら、少女は座っていた椅子から立ち上がるとベッドへダイブする。その拍子にそこで丸くなって眠っていた猫の身体が浮き上がり、目を覚ました。何処か文句を言いたげに見つめる猫と目を合わせて、少女はゆっくりと手を伸ばす。
「良いなぁ……妹」
少女、高坂 桐乃を周りが一言で表すなら完璧である。容姿端麗、運動神経抜群、成績優秀。モデルとして活躍しているため、高校生ながらにお金もある。何においても成功して来た桐乃だが、不満や悩みが無い訳では無い。
彼女の趣味は妹モノの美少女ゲームを遊ぶ事だ。世間一般にオタクと蔑称される事もあり、彼女はその趣味を周りには明らかにしていない。憧れの妹、可愛い妹。例え妹が欲しいと願っても、親が簡単に生んでくれる訳では無い。彼女に居るのは両親と、余り関わりを持たない兄。そして子供の頃に拾った猫だけである。
「ハクが妹だったらなぁ……って言っても無理か。はぁ……」
両脇に手を入れて仰向けになりながら抱え上げた桐乃は、真っ赤な瞳で自分を見つめる猫を眺めながら呟いた。美少女ゲームにはエッチな要素を含むものが無い訳ではなく、果たして本当に彼女の前へ妹が現れた時、手を出されないとは限らない。しかしその心の本音とも言える声は妹を欲していた。
「他のやろ」
桐乃はベッドから起き上がると、椅子に座り直す。そして今度はハクを自身の膝に乗せて、別の美少女ゲームを始める。内容は当然妹を攻略するものであり、既にクリアした事があった彼女は迷いなく妹が喜ぶ選択を取り始めた。
『……』
画面の中で喜ぶ妹。その姿を眺めてから、ハクは興味無さげに桐乃の膝上で眠りについた。
ある日、桐乃は不思議な光景を目の当たりにする。とある用事で外出していた時、彼女は1人の小さな少女を目撃したのだ。真っ白な髪に真っ白なワンピース。更には麦わら帽子と、まるでコスプレの様にゲームやアニメの中から出て来た様な恰好をした少女。その愛らしさもあって、通り過ぎる人々の視線は少女へ吸い込まれていた。
桐乃もその1人だった。だが彼女が視線を吸われた理由はその恰好や容姿だけでは無い。確かにそれも原因ではあったが、彼女は少女を見て不思議な感覚に陥った。初めて見た筈の彼女をまるで自分が知っている様な、そんな感覚に。一度出会ったら忘れ無さそうな容姿だが、思い出す事は出来ない。モヤモヤした感情に彼女は放置出来ず、少女を追い掛ける事にする。……その結果、彼女は尾行の末に知る事となった。
「……ぇ」
少女が隠れる様に入った建物の隙間から現れた、見覚えのある猫。人の目で猫の姿を見分けられる訳では無いが、その姿に桐乃は確信する。それが自分の家に住む家族の1匹、ハクである事を。
帰宅すれば、先に帰っていたハクが普段通りに部屋のベッドで自分を出迎える。初めて拾った時、世話をすると両親に約束していた桐乃の部屋がハクの居場所だった。
「……」
『?』
桐乃はジッとハクを見つめる。理由が分からず、ハクは猫の姿のまま首を傾げる。ハクが人の言葉を分かる程に利口な事は高坂家周知の事実だ。だからこそ、面倒事を嫌った桐乃はベッドへ座り込んでハクと対面する。
「ハク、さっきまで何処に行ってたの?」
『……』
「あたし、見たんだから。ハクが街で路地裏から出て来るとこ。それに、そこへ入って行った女の子も。……まさかとは思うけど、あり得ないとは思うけど、あれって……ハクだったり、する?」
徐々にその声音には不安が混ざる。だが言い切った桐乃の姿にハクはジッとその姿を眺めてから、頷いて肯定した。そして桐乃の前から移動してベッドの下へ降りたハクは、姿を変えた。気付かれてしまったのなら、隠す必要が無かった為に。
「……」
「……私は……猫じゃ、ない」
実際には猫だが、人であろうとするハクが心から思いたい言葉。それは同時に自分が普通では無い事を桐乃へ自白しており、彼女はもうここには居られないと既に覚悟を決めていた。この世界は魔法も剣も存在しない。猫が人に成る訳もなく、そんな存在が傍に居る事を気味が悪いと思わない方が不自然。故に家から出る必要があると考えていた。……だが、桐乃は呆けたままハクを見つめて動かない。
「……桐乃」
「っ! ちょ、ちょっとストップ!」
名前を呼ばれて正気に戻った桐乃が片手を前に出しながら必死に告げる。そして視線をハクから外して深呼吸をすると、改めてその姿を眺めた。
最初に目撃した際にも思った通り、ハクの姿はまるでゲームやアニメの世界から出て来た様な姿をしている。幼げな見た目も相まって、桐乃の目線から見ればそれはまるで年の離れた小さい『妹』の様。だがハクと一緒に居た年月がハクが見た目ほど幼く無い事を証明しており、そもそもハクの実年齢を桐乃は知らない。
「つまり、えっと……合法ロリって奴? 合法妹? マジ? 最高じゃん!」
「!」
桐乃は突然ハクの前へ近づくと、その両手を掴んで手を握りながら喜び始める。
「ねぇ、『お姉ちゃん』って言ってくれない!?」
「……お姉ちゃん」
「ふぁ! も、萌ぇ……やっば、興奮して来たっ!」
「……」
目の前で感極まった様子を見せる桐乃の姿にハクの目がジトっとした物へ変わる。だが健気な妹、クールな妹、完璧な妹にドジな妹。数々の妹モノを攻略して来た桐乃からすれば、その程度の視線は寧ろご褒美だ。ハクが無口でクールな妹だと認識して、桐乃はキス出来そうな程に顔を近づけて告げる。
「ハクっ! 今日からあんたはあたしの妹ね! 拒否権は無いから!」
「……」
猫が人に成るのはあり得ない事だ。だが妹を欲していた桐乃にとってはその事実よりも、今まで家族だったハクが妹になった事の方が大きい様であった。少なくとも出て行く必要は無くなった事が分かり、ハクは安心する。しかし姿を知られた以上、彼女が求める妹になってしまった以上、面倒事は避けられない。それに桐乃が知ったところで、彼女の家族には伏せたままだ。
以後、ハクは家族の誰かや友達が桐乃の部屋を訪れれば、猫の姿になって何時も通りに。それ以外の桐乃と2人だけの時は人で居る事を求められる様になった。
「ここ、どっちが良いと思う?」
「……こっち」
妹の様な存在が出来たからといって、桐乃が妹モノの美少女ゲームを辞める理由にはならない。普段通り家族には内緒で趣味を楽しみながら、ハクを膝に乗せて一緒に選択肢を選ぶ姿が彼女の部屋にある。
「次はこれっしょ!」
「……」
パッケージが可愛らしいものの、明らかに成人向けの妹モノを手に告げる桐乃の姿。
その後。彼女の膝上が定位置となりつつあったハクは、自分の後ろで妹のエッチなシーンに興奮する桐乃の手が自分に伸びる不安を感じて気が気で無かった。