【原神】 蛍
【原神】 モナ
モンドの外、大自然の中でハクは1人の女性に相対していた。
「っ!」
「遅い!」
この世界で手に入れた普段使う武器……では無く、稽古の様の木剣を手に女性へ立ち向かったハク。だが彼女の一撃は軽々と女性の持つ木で出来た大剣に遮られると共に弾き飛ばされてしまう。スピードは適わず、威力も弱い一撃。弾き飛ばされたのは剣だけで無く、空中を舞い上がるハクがやがて地面へと落下する。しかし直撃する前に直前で下へ入り込んだ女性がそれを横抱きで受け止めた。
「その程度じゃ、私を支えるなんて無理ね」
「……まだ」
女性の腕から降りたハクが地面に転がった木剣を拾う。そんな姿に溜息をつきながら、女性は武器を手に再びハクの攻撃を受け止めた。
『波花騎士』の異名を持つ彼女の名はエウルア。モンドの住民達からは『罪人の末裔』と蔑称されており、モンドを守る西風騎士団の遊撃小隊隊長という立場に居る者だ。彼女を見る周囲を視線は様々。彼女の生まれや血統から蔑まれる事もあれば、彼女を認める者も居る。
そんな彼女の欲望を満たす為に、ハクは行動し続けた。この世界における過去の出来事など、ハクは知らない。何もしていない彼女に対する印象に良いも悪いも無く、それはエウルアにとって幸いとも言える事であった。だからこそ0から彼女の事を知りながら力になろうとして……彼女の戦いに加勢出来る程の力を求める様になり、稽古をつけてもらう様になっていた。
「以前、何処かの星占い師にも言われたらしいわね。貴女は戦うのに向いて無いわ」
「でも……必要」
「街で籠っていれば良いのよ」
「……一緒に、居たいから」
「んなっ!」
欲望を満たす為にも、出来る限り共に居るのが望ましいハクにとって強くなるのは必要な事。そんな理由を込めて端的に告げれば、武器を握るエウルアが僅かに動揺した。そしてその隙を突く様に近づいたハクだが、僅かな隙程度で戦力の差は埋らない。軽々とエウルアは身を躱した上に、ハクの背中を押して草の生い茂る地面に倒す。更には地面に転がった木剣の刀身に武器を突き立て、その模した刃部分を折ってしまった。
「甘いわね。えぇ、甘いわ!」
「……」
「私と一緒に居たら、周りがどう見るか分かってるでしょ? まだ貴女は旅人と同じ外来人。でも私の傍に居れば、何時の日か罪人の仲間になる」
「……平気」
「どうして。旅人といい貴女といい……」
エウルアはこれまで出会った人々の大概に拒絶されて生きて来た。彼女を受け入れる者も居たが、殆どはその流れる血に対して負の感情を抱いている為に。そんな彼女の前に現れた
「あの子もあの子ね。どうしてハクを私に預ける事を許可したのよ」
「私が……頼んだ」
「だとしても、そう簡単に預けるなんてどうかしてるわ」
『ハクをお願い』。そう告げて特に嫌がる素振りも無く、不安な様子も無く、信頼した目でエウルアにハクを託した蛍の姿を思い出して彼女は頭を抱えながら横に振る。
ハクは折られた木剣を拾い上げる。唯一の装備と言っても過言では無かった武器が壊された以上、稽古はお終いにするしか無い。尖った部分で怪我をしない様にそれをしまって、ハクは猫の姿に成ると器用にエウルアの足から彼女の肩へと昇った。急な事に驚きながらも、肩に乗る重みに彼女は溜息をつきながらその場を後にする。
「何時か、彼女にも貴女にも復讐してやるわ」
『……』
夜、エウルアは眠るハクを横に彼女への復讐方法について考える。復讐といってもその方法は様々だ。自分に良くしてくれる相手にすら、彼女は復讐を考えている。だがそれは決して命を奪う様な行為では無い。
「
ハクがヒルチャール族に捕まって危なかった話は、彼女を知る者達の間で既に有名な話となっていた。ハクを大切にする者達にとって、その事実は余りにも衝撃的な内容。中には怒りからヒルチャール族を絶滅させようと外へ飛び出した者もおり、エウルア含めて大事に至らなかった事を心から安堵していた。
「私に付いて来るって事は、茨の道を歩む事になる。それがどれ程危険で大変な事か、分かっていないのね」
誰かが何時も傍に居る。それに慣れないエウルアは元の1人に戻ろうとしていた。そしてその為にハクを飼い主の元へ返す方法を模索する中で、彼女は長い思考の末に至極単純な結論に辿り着く。
「下手に考える必要なんかない。正々堂々、勝負すれば良いわ」
結論を出したエウルアは覚悟を決めて、明日を迎える為に眠りについた。
翌日。騎士団としての仕事を熟しながら、暇な時間を手に入れたエウルアはハクを連れて外へ出る。普段はハクから稽古を申し出るのだが、この日エウルアは積極的に稽古を始めようとしていた。……しかし、彼女がしようとしているのはただの稽古では無い。
「今日は1つ、勝負をしましょう?」
「……勝負?」
「私に一度でも攻撃を出来たら、貴女の勝ちで良いわ。これからも一緒に居る事を受け入れる。……だけど今日の稽古の間、それが出来なかった場合。旅人の元に帰りなさい」
「っ!」
何度かエウルアと戦って来たハクだが、嘗て彼女に攻撃を当てられた事は一度も無かった。突然の今後を左右する内容に戸惑う中、エウルアはハクの答えを聞く事無く地面に差した木製の大剣の柄に手を掛ける。負ければエウルアの傍を強制的に離されてしまう。そうなってしまえば、使命を果たす事も難しくなる。
「……」
ハクは覚悟を決めて木剣を握る。そして今まで以上に本気でエウルアに立ち向かったが、その結果は惨敗でしか無かった。今の今まで稽古として手加減を多分にしていたエウルアが本気でハクの攻撃を受け止めると決めれば、その戦力差は絶対に埋まらない。前日の様に宙を舞ったハクの身体はエウルアに受け止められる。木剣はぶつかり合った際に折れ、勝敗は完全に決した。
「これで終わりね。約束通り、本来の飼い主の元へ帰りなさい」
半ば強制的にされた約束。だが敗者であるハクにそれを断る術は無い。エウルアはハクを立たせた上で、蛍の元へ帰る様に告げて離れてしまう。追い掛ける事も出来ず、ハクは悲しさと自らの非力を感じながら何処かに居る蛍を探して行動を開始した。
……だが、エウルアは気付いていなかった。彼女が騎士団や住民による自分への差別、偏見に巻き込まない様にしようとした事。それは既に手遅れである事を。
「おい、あいつ……」
「あぁ。あのスパイと一緒に居る奴だ。怪しい旅人とかいう奴にもくっついてたよな」
「代理団長はあの女を受け入れてるらしいが…………なぁ、良い事思い付いたんだが」
エウルアを受け入れず、差別する者達。その悪意が既にハクへと向けられてしまっていた事を。
エウルアは愛剣を手に、真剣な表情で一つの扉の前に立つ。街の片隅に存在するその場所は人影が周囲に殆ど無く、エウルアは大剣を大きく上へ掲げた後に力強く目の前の扉を破壊した。
途轍もない破壊音が響き渡る中、破壊されて瓦礫と化した扉の残骸が上げる煙の中からエウルアが姿を見せる。中へと入った彼女の目の前には、椅子に座ったハクの姿が。しかしその様子は明らかに以上とも言える光景であった。両手を椅子の後ろで縛られ、目には布が巻かれ、口もテープで塞がれたその姿は正に囚われた少女。その姿を前にエウルアは眉間に皺を寄せて、周囲を警戒。
「……どう言う事……誰も居ない」
「! えぅ、るぁ……?」
ハクと自分以外には誰も居らず、警戒しながらもハクを解放する為にエウルアは近づき始める。
彼女がここへやって来た経緯は至極単純。『お前が大事にしている子供を預かった』という誘拐をほのめかす内容の手紙が彼女の元へ届いたからだ。続けて『無事に返して欲しければ指定した場所へ来い』と書かれており、それがこの場所。ハクを探しても見つからなかった事や、自分に対する街の人々・騎士団の悪い印象がハクに悪意として向かった事を察したエウルアは助けに来た事で、今に至る。
「怪我は、無いわね?」
「ぅ、ん……ありがとう」
「貴女を誘拐した奴どころか、その仲間と思わしき奴の姿も無い。一体、何をしたかったの……とにかく、ここを離れるわよ」
「ぁ……」
ハクの拘束を全て解いた後、エウルアは当然の様にハクの身体を横抱きに抱えてその場を離れる為に足を進め始める。
そんな離れ行く2人の姿を陰から見守る者が数人。その中には蛍や騎士団の代理団長であるジンといった者達の姿も含まれていた。
「ふぅ、問題解決だね」
「あぁ……すまない。私の監督不行き届きだ」
「ジンは悪く無いだろ? 悪いのはあいつらだからな!」
「そう、悪くない。……それに、これでもっと2人は仲良くなれると思う」
「彼女と共に過ごす様になって、エウルアが少し変わったのは知っている。勿論、良い方にだ。……だが、それで良いのか? 君は彼女の事を」
「一緒に居たい、とは思ってる。だけど、ハクのしたい事を私は邪魔しない。だから私はハクに協力する。これはきっと、点数稼ぎみたいなもの」
「何時かハクの奴が自分から『一緒に居たい』って思う様になれば、万事解決だもんな!」
エウルアを呼び出す為にハクを誘拐した者達は既に彼女達の手で倒されていた。蛍がハクの危険を傍に居らずとも察知して、確信を持ちながらジンの元へと向かったのだ。最初は半信半疑だったジンも、まるで全てを分かっている様にハクの場所を突き止めた蛍に連れられて現場に遭遇。瞬く間に下手人は静かに無力化され、動機を聞き出した彼女は蛍の提案で安全になった事に気付けないハクをそのままにした。
「これで、分かったわね。やっぱり私と居れば、貴女は危険に晒される」
「……」
「明日になったら、旅人の場所に帰りなさい」
「……嫌」
「はぁ……こんな事があって、まだ懲りないの?」
「私は……エウルアの、傍に……居たい」
「っ!」
「怖かった……でも、助けてくれた……から」
真相を知らないハクからすれば、エウルアは自分を助けてくれた存在だ。だからこそ、彼女への信頼は大きくなっていた。そして真っ直ぐに以前にも増して伝えられるハクの想いを聞いて、エウルアは何も言えずに黙ってしまう。
「っ!?」
「どうしたんだ?」
「なんか、墓穴を掘った気がする……」
思った以上に進展する2人の関係に、遠くで蛍が嫌な予感を感じている事等知る由も無い。
その後、エウルアが普段寝泊りする部屋。そのベッドへ運ばれたハクだが、彼女はエウルアの腕から離れようとしなかった。何度か引き剥がそうとするも、弱い力でしっかりと腕を抱くハクの姿にエウルアは頭を悩ませる。
「いい加減、離れなさいよ」
「……嫌……離れたく、ない」
「っ!……何時まで、こうしてるつもり?」
ハクの我儘にエウルアは限界だった。それは苛々や怒りとは違う感情の限界。主にハクに対する劣情に近い感情であり、自分を求めて唯々純粋な目を向けるハクの姿を前に必死で我慢し続けていた。元々、ハクの事を悪く思っていなかった彼女は今回の件で余計に守りたいと思う様になっていたのだ。……多少の邪な感情も混ぜて。
蛍の作戦は成功した。但し彼女では無く、エウルアに特別な感情を抱いたハクは彼女を求める。そしてハクに対する想いを刺激され続けたエウルアは遂に耐え切れなくなり、ハクを押し倒す様にベッドへ両手を突いて見下ろし始めた。
「貴女が求めたのよ」
「ん……来て」
ハクの求める姿にエウルアの最後だった理性の欠片が消失する。それは守りたい少女を危険に晒さない様に遠ざける事を決めた彼女がこの日、自分の傍から離さずに自らの手で守る事を決意した瞬間でもあった。