大よそ三千年前、私はハクと出会いました。外で眠っていた彼女に話しかけたのが出会いで、その時にお互いを意識する事は全くありません。
二千年前、気付けば親しくなった彼女と深い友人関係になりました。長く生きる者の宿命である度重なる別れの中で、数少ない何時までも一緒に居てくれる存在として。
千年前、私は心に募った思いをハクへ打ち明けて、私達は友人を超えた関係になりました。ハクは何か遠く、途方もないモノを見ているのに気付いていました。私がその中に含まれていた事も。けれど、何処か諦めている様にも見えたんです。何かが彼女の心を支え、それが途方もない年月を重ねた事で脆く崩れようとしていたんです。私はその、支えになりたいと思いました。
そして、現在。
「甘雨……起きて」
「ぅ、ん……ふぁ~。おはよう、ございます……ハク」
「ん、おはよう」
私は身体を揺らされながら、聞こえて来る声で目を覚まします。視界に移るのは私を見つめるハクの愛らしい姿。もう千年以上も眺めて来た光景だとしても、その安心感に飽きは来ません。でも残念な事に、こうして起こされたのにはちゃんとした理由が。私は私の立場から、日々しなくてはならない事があります。その為にも、一日中寝ている訳にはいかないんです。
「ご飯、出来てる」
「ありがとうございます。……ハクは今日、何処かへ?」
「……旅人と、約束」
旅人。それはここ最近、私達の前に現れた方。金色の髪を揺らす女性で、何でも行方知れずのお兄さんを探して旅をしていると聞きました。私は派遣として何度か彼女と同行したことがあり、彼女の友達だというパイモンさんに色々と話を聞きました。ハクと何処で出会ったのかは分かりません。ですが、あの目は確かに……。
「浮気したら、許しませんからね?」
「? しない」
ハクにその気がない事は分かっています。私と同じ様に長い時の中で別れを数多く経験して来たからこそ、誰かと深い関係になる事を怖がる。確かに私以外にも長命な種は居ますが、少なくとも今のハクにとって長く付き合いながら心を許せるのは私だけの筈なんです。例えハクに近づこうとも、種による命の差は変えられません。杞憂かもしれませんが、念のため釘は刺しておきましょう。
「……今日は、遅くなる?」
「そうですね……夜中にはなってしまうかと」
「……そう」
何処か残念そうにするハクを見て、ふと思いました。そういえば、私達が最後にシタ日は何時だったか。頻繁にしようとは思っていませんが、しばらく間があると不安になる事はあります。もしかすると、ハクも……。昔に比べれば、ハクと一緒になってからは身体の調子が殆ど毎日の様に良好なので、仕事も捗って残業時間は減りました。それでも毎日の様にある以上、それを放置する訳にはいきません。
『甘雨、最近ハクと上手くいってないの?』
『え?』
『何か、最近はハクが違う誰かと居るのをよく目撃されてるのよ。甘雨自身、殆ど毎日ここに居るじゃない。貴女達、大丈夫なの?』
蘇る、過去に刻晴さんとした会話。私が契約の元に仕事をする間、ハクは何をしているのかを知りません。それは私が彼女と出会った頃から、何も変わらない事。食べる事は好きな筈のハクでさえも、一時は食べる事すら必要ないと放棄していた時期があります。その間は本当に抜け殻の様で、それを見ていられなかった事も覚えています。……何かしなければいけない事がある訳では無く、気ままに過ごす彼女ですが、思い返せば私達の時間が当たり前過ぎて最近は取れていない様にも感じます。私達の関係を知る刻晴さんから見れば、心配になるくらいに。
「近い内に、開いた時間を作ります。なんとしてでも」
「……甘雨?」
「ふふっ。その日は一日中、一緒に居ましょう」
「……ん」
きっと、旅人さんには分かりません。付き合いのある刻晴さんでも気付けないかもしれません。ですが、私にはしっかりと分かります。私の決意を聞いて嬉しそうに笑みを浮かべている事。ハクは喜んでくれているんです。
その日の仕事はその日の内に湧いてくるものです。ですが予めあると予測する事も出来ますし、決まっている事なら速めに済ませる事だって出来ます。刻晴さんにはハクとの約束を包み隠さず教えました。ハクと偶に顔を合わせる事もあり、私と同じ様にその癒しを味わった事のある刻晴さんはハクの為になるならと協力してくれました。
一日で出来る事は少ないですが、何度も繰り返す事で遂に仕事を昼過ぎに終える事の出来る日が。刻晴さんにお礼を言えば『早く帰ってあげなさい』と言われ、私はハクの居るであろう家へと速足で帰ります。その日、早く終われる可能性が高いと分かっていた事でハクは誰とも約束をしていない筈。家に到着して中へ入れば、キッチンに立つハクの後ろ姿がそこにはありました。
「帰りましたよ、ハク」
「っ! 甘雨……お帰り」
「ふふっ」
「……料理、出来ない」
まだ外が明るい内からこうして一緒に居られる事が堪らなく、私は思わずハクの身体を背中から抱き締めてしまう。幸い刃物は持っていない様ですが、それでも料理をしているハクの邪魔にはなってしまいました。でもハクの声音で怒っていないのは分かります。
「……お昼は?」
「まだ食べてないです」
「ん……それじゃあ、一緒に」
これから半日以上、私とハクは自堕落な時間を過ごすでしょう。昼食を共に食べた後は、もう外に出ないからと早い段階でお風呂に入って、後は普段二人で眠っているベッドに入ります。別にえっちな事をするつもりはありません。今はまだ、ですが。ハクも私がしようとしなければ、自分からする事は殆ど無いです。ただ、お互いの肌が触れ合うだけで。相手の体温を感じられるだけで幸せなんです。
「最近、こうして一緒に何もしない時間を過ごす事はありませんでしたね」
「ん……前は、一緒に昼寝もした。初めて、会った時も」
「そうですね。これから少し寝るとして、その後はどうしましょうか?」
「……これで良い」
「ぁ……ふふ。そうですね」
小さな身体が私にしがみついてきます。私もそんなハクの身体を覆う様に抱き締めて、温かさを感じながらまずは襲ってくる眠気に身を委ねる事に。私達が初めて会った時の事を、ハクが昼寝をしているところを私が見つけた時の事を思い出しながら。
目を覚まして最初に見たのは、すやすやと眠るハクの穏やかな寝顔。その姿が愛らしくて、手の届く範囲にある事が幸せで、私はそんな彼女の額に口づけをします。すると少しもぞもぞと動いてからゆっくりと目を開けたハクが私を見上げて来ました。起こしてしまったのか、最初から起きていたのかは分かりません。ですが、私のした事には気付いているみたいですね。
「……ん」
ハクは唇を突き出し、目を閉じて何かを待ち始めます。何を求めているのかは流石に分かります。求めて来たからには、答えてあげないといけませんよね。
「ん、はむっ……じゅるっ!」
「は、むっ……かん、う……もっと……」
するつもりは無かったのですが、こうも濃厚な接触を求められてしまうと歯止めが利かなくなってしまうかもしれません。一応明日は明日の仕事があるのですが……お互いに始めてしまうと、体力の続く限りシテしまうので、結局早く帰ったのに寝不足なんて事になりかねません。ですが一度火が付いてしまった以上、もう止まる事も出来なさそうです。
「ふぁ~」
「昨日はやっと早く帰れたのに、眠そうね?」
「ぁ……えっと……結局夕方頃から、その……夜通しだったので……」
「…………」
翌日。案の定刻晴さんに寝不足な事を指摘されてしまったので、直接的な表現は避けながら答えましたが、その顔は真っ赤に染まってしまいました。