【原神】 蛍
「正直、信じられないわね」
「信じられなくても、本当の話。疑うなら試してみればいい」
その日、蛍は刻晴と話をしていた。ハクはそんな蛍の頭に乗っかっており、パイモンは話の内容が理解出来ずに頭の上に『?』を浮かべて首を傾げている。
「確かにその話が本当なら……そうね。なら、彼女を数日借りようかしら」
「うん。ちゃんと返してくれるなら、大丈夫」
「なぁなぁ、よく分かんないけどハクに関する話なら本人の意見も聞いた方がいいんじゃないか?」
「あ、そうだね。ハクはそれで良い? 勝手に話、進めちゃったけど」
『……』
2人が話す内容。それはハクを刻晴が貸りる、というものであった。
話の始まりは刻晴の相談。彼女は共に仕事をする仲間に甘雨という名の女性が存在する。趣味が仕事と告げる程に仕事ばかりをする甘雨だが、誰でも疲労はするもの。刻晴もそれなりの立場にいる為日々忙しく、だが日に日に仕事は増える為に慰安する暇が無い。そんな溜まる一方の疲労を回復するのに良い手は無いかと蛍に話をしたのだ。自分よりも多くの人々と接して旅をする彼女なら、何かしら思い付くかも知れないと期待をして。その結果、蛍が上げた方法。それがハクを数日貸す事であった。
蛍曰く、『抱いているだけで自然と疲れが取れる』との事。その真偽を疑う刻晴だが、蛍の真剣な表情に。そして試したところで損が無いという事から、刻晴はハクを借りる事とした。
殆ど話が決まったところで、パイモンに言われて蛍は思い出した様にハクへ確認する。蛍にとってハクとは殆ど以心伝心出来ている様な存在であったが故に、言葉で確認する事を忘れていたのだ。ハクも刻晴や甘雨に満たすべき欲望を見ているため、蛍の提案は渡りに船と言えた。そしてハクは蛍から刻晴に渡され、数日彼女の元で生活する事に。
「あ、一つ気を付けて欲しい」
「何かしら?」
「疲れが取れるのは本当。傍に居て癒されるから。……でも適度にした方が良い」
「適度……? どういう意味よ?」
「やり過ぎると、自分が自分じゃ無くなっちゃう……から? 言葉にするのは難しい」
謎の警告。刻晴は訳が分からなかったが、蛍自身の説明も曖昧で結局は分からずじまいで終わってしまう。腕に抱いた暖かく柔い感覚を感じながら、その後刻晴は蛍と別れて仕事をする為に行動を開始。甘雨と合流した彼女は蛍からハクを借りたと説明した上で、適当に部屋で寛がせる事となった。
仕事に集中する2人の邪魔を決してしない様に、ハクは部屋の何処かで適当に猫の姿で丸まっていた。彼女達の手伝いで出来る事は非常に少ない。外へ出て厄介な存在を追い払う時、多少力を貸せる程度だろう。だからこそ、室内では下手に手を出したりはせずに眠る事も多い。だが、時折彼女はその効能を求める様に名前を呼ばれる。
「ハク、ここに来なさい」
刻晴に呼ばれ、彼女が叩きながら導くのは膝の上。椅子に座った彼女の膝へ飛び乗る様に移動したハクはそこで丸くなった。軽くも確かな重みを膝に感じながら、毛並みを撫でてその存在が傍に居る事を認識する。……それだけで、刻晴は間違い無く癒しを感じていた。
「本当に癒し効果があるのね。何かやってるのかしら?」
『……』
「何もしないで効果が出るなんて……これが日常になると、返せなくなりそうで不味いわね」
「それなら、旅人さんに定期的にお願いしてみてはどうでしょうか? 私はともかく、刻晴さんは気に入ったみたいですから」
「甘雨。貴女、私が居ないところでハクを可愛がってるわよね? 知ってるわよ?」
「な、なんの話でしょうか?」
「別に悪いとか思って無いわよ。そもそも、貴女の為に呼んだんだから。けど、私を理由するのは止めなさい」
『……どっちもどっち』
猫の姿のまま、会話する2人に思った事を呟いたハク。当然人の姿では無い為、それは鳴き声として発された。
2人の仕事は夜遅くになるまで続いた。ハクを愛でる時間の分、終わりの時間が遅くなりそうだが、寧ろ適度な息抜きによってスムーズに仕事を熟せる様に。一日二日仕事が終わらない日も少なくない2人が夜中とはいえ、やる事を無くすのは大きな進歩である。そして終わった時点で感じる疲労が普段より少ないのは、蛍のいう効果がハクにある事を証明していた。
「ふぅ、終わりね。帰りましょうか」
「そうですね。ハクさん、今日はどっちに来ますか?」
「……刻晴」
人の姿になり、帰宅する2人の何方かに着いて行く事になるハクはその日その日で選ぶ必要があった。求められる時もあるが、基本的にはハクの意見を尊重。そしてハクは気分で何方かを選ぶ。……この日ハクが選んだのは、刻晴の元で一夜を明かす事であった。
「それじゃあ、行きましょう。甘雨、また明日ね」
「はい、お疲れ様でした。ハクさんも、また明日」
「ん」
甘雨と別れ、刻晴の後をついて彼女の家へ向かったハク。今日一日を働いた刻晴と、そんな彼女や甘雨の上で丸まっていたハクでは疲れの差は歴然。だからこそ、ハクは何方の家へ行ったとしても夕食等を自分が作る様にしている。蛍との旅で様々な料理を覚えたハクは自然と料理の腕も上がっていた。
「うん、美味しいわね」
「そう……良かった」
「……」
「?」
ハクの手料理を食べて満足気に告げる刻晴を見て、ハクも食事をする。……そんな姿を刻晴は手を止めて見つめ始める。自分が見られている事に気付いて首を傾げるハクを前に、刻晴は感じていた。何時の間にかハクの居る日常が当たり前になっている、と。何時かは蛍の元に返さなければいけないのに、その時が来てしまった時の事を考えて刻晴はその思考を振り払う様に頭を横に振った。
「さて、明日も仕事よ。早く寝ましょう」
「……ん」
食事を終えた刻晴は明日の為にも寝ようとする。ハクは使った食器を片付けて同じベッドへ向かい、猫の姿に成ろうとした。しかし変わる寸前で刻晴が待ったを掛ける。
「この前、出来れば人の姿で居たいって言ってたわよね?」
「ん……言った」
「なら、そのまま寝ても良いわよ。貴女なら一緒に寝てもそんなに幅も取らないわ」
猫の姿で寝る主な理由。それは1人用のベッドに2人で寝るのは狭いと思った上での配慮だった。だが刻晴からすれば小さなハクが一緒に寝たところで、幅を取る様な事は殆ど無い。そして猫では全体を抱きしめられないが、人の姿であればそれも可能であった。明日の仕事で前日の疲れを残さないためにも、良い判断だと刻晴は思う。
ハクは言われた通り猫へは姿を変えず、人のままベッドへ入り込む。自然と刻晴に抱きしめられ、お互いの温もりを大きく感じながら2人は眠りについた。