その日、空から一筋の光が落ちる。とある研究機関が所有する建物の天井を突き破り、落下して来たその存在は研究者たちに動揺を与えた。
現れたのは真っ白な毛並みに小さな翼を付けた猫。途轍もない衝撃と建物への衝突をまるで気にしない様に、その猫はゆっくりと起き上がる。そして猫が最初に見た景色。それは1人の少女に群がる白衣を着た大人たちの姿だった。
場を静寂が包む中、大人達の手にある物を猫は見る。注射器や貼り付ける様な四角い何か。まるでそれは実験の最中であり、先程まで泣いていたのか少女の目元は赤く涙を流した後も存在した。……やがて、場は騒々しくなると共に突如現れた猫を捕獲しようと大人達は動き出した。
状況は全く分からないが、少なくとも捕まって良い事は無いと確信した猫。素早く軽い身の熟しで白衣の大人達から逃げると、テーブルや棚を足場に駆けまわる。その結果、置かれていた薬品や機材が落下して壊れ、大人達は悲鳴を上げた。
「……たす……け、て……」
『!?』
捕まらない様に必死で逃げる最中、ハクの耳には確かにその声が聞こえた。白衣の大人達は捕まえるのに必死で聞こえておらず、耳が良いハクにだけ聞こえた少女の声。そして、ハクの頭には使命を果たす為の条件が浮かび上がる。少女の名前、満たすべき欲望。放っておいてはいけない存在である、と。
「なっ!?」
「……眠って」
それが分かった時、ハクは迷わずに人の姿へ変わる。そして過去に訪れた世界の人物から力を借りて、大人達を全員無力化した。突然倒れ始める大人達を尻目にハクは少女に近づくと、その身体を拘束していた数々の拘束具を解除して行く。
「……歩ける?」
「……」
何も言わずに黙って頷いて答える少女の手を引いて、ハクは歩き始めた。何処かも分からない場所で、とにかくこの場から逃げる事だけを求めて。
道中、数々の白衣を着た大人達が現れる。だがそれをハクは無力化し続け、やがて建物の外へ。しかしそこでハクの限界が訪れてしまう。途轍もない疲労感に倒れてしまう身体。少女は動揺しながらも、大人達から気付かれない様にハクと共にその身を隠した。
その後、動ける様になったハクは少女と共にその場を後にした。新たに訪れた世界でいきなり危険に巻き込まれ、欲望の対象を見つけ出したハク。そんな彼女に待っていたのは、少女との宛の無い流浪の旅であった。
「……ろ。ハク、起きろ」
「ぅ……ん……?」
「ようやく起きたか。夕食の支度が出来た」
「ん……」
「どうした?」
「……何でもない」
聞き慣れた女性の声でハクは目を覚ました。まず最初に映るのは、女性の顔。それは先程まで夢に見ていた少女の面影を残しており、自分が過去の出来事を夢に見ていたのだとハクは分かった。美味しそうな香りを嗅ぎながら、ハクはゆっくりと身体を起こして女性を見つめる。
少女……セルベリア・ブレスはハクがこの世界に訪れた最初に出会ったといえる存在であり、欲望を満たす対象であると共に結果として苦しむ彼女を救う事になった。
研究機関から逃げる事が出来たセルベリアと、逃がす事になったハク。2人の旅は決して楽な道程では無かった。だがハクは元の世界へ帰るという目的の為に。そしてセルベリアは自分を救ったハクの為に、心を折らずに日々を過ごし続けて……気付けば数年の月日が経ち、少女だったセルベリアも立派な女性に。ハクは成長せず、出会った頃のままであった。
「ん……美味しい」
「そうか。ふっ、なら良かった」
弱ったセルベリアが徐々に元気を取り戻す中で、ハクへの感謝を感じていた彼女は敬う様にハクと接する。だが堅苦しいとも言えるその言動や様子にハクはそれを止めて欲しいと願い、何度か繰り返した末に今の形にセルベリアは落ち着いた。今でも何よりハクを優先する事は変わっていないが、その言動や接し方は対等な存在。が、傍から見れば年の離れた姉妹の様である。勿論、姉はセルベリアだ。更に言えばハクが猫の姿に成っている間、セルベリアは自然と飼い主になる。
「……」
「何か不安でもある様だな。浮かない顔をしている」
「……この先……どうしよう……」
今まで何の道標も無く、只管旅を続けて来たハクとセルベリア。だがそれで年単位の月日が流れてしまい、気付けばセルベリアも大人に。そう思った時、ハクは今後の事について悩み始める。何時かこの世界を離れた時、セルベリアを連れて行けるとは限らない。何処かの村や街に住めれば外を旅するより安全だが、それには元手が必要となる。……ハク達には今、先立つものが無かった。
「貴女が行く場所が、私の行くべき場所だ」
「……」
例え口調や言動を止めて貰ったところで、セルベリアの中にあるハクの絶対は揺るがない。その決意が込められた目を見れば、嫌でもそれがハクには伝わった。きっと死を望めば迷わずに選ぶ様に、全てをハクが望むままに生きようとする。
「……空き家」
「空き家?」
「ん……探す」
人の使っていない家を探して、そこに住み付く。過去にも何度か行って来た行為だ。何も分からない現状、ハクに出来るのは安心出来る場所で落ち着くだけ。セルベリアはそれに反対する様子も無く了承して、2人はそのまま一夜を明かした。
今の世界で満たすべき欲望を持つ相手はセルベリア以外に見つけられず、気付けば何年も立っていたハクは遂に探す事に疲れて住む場所を見つけてしまう。決して元の世界へ帰る事を諦めた訳では無い。だが、長い旅を続けた反動でしばらく探す旅をする気力が無くなってしまったのだ。
「この村なら、静かに過ごせるな」
「ん……良い人、多い」
ハクとセルベリアが訪れた村。そこで家を探していると話した時、女性と小さな子供という構成に憐れんだのだろうか。村人は2人に空いていた家を使って良いと歓迎してくれる。どうしてそこが空き家だったのかなど、村人に話すつもりも無ければハク達に聞く気も無い。ただ安心出来る平和で静かな場所で住める事に、ハクは内心で喜んだ。
突然だが、セルベリアは美人だ。村に居る男達にとって彼女は砂漠に咲いた一輪の花の様な印象を持っていた。そして女性達からしても、小さな妹を守り支える優しい姉という印象を持たれていた。ハクの存在も村に居た子供達と同様に優しく見守り、2人は受け入れられていた。
「平和なのは良い。だが、いざという時貴女を守る為にも……鍛錬は欠かせないな」
旅には危険が付き物であった。ハクは時折力を借りて、セルベリアは幼い頃から戦う力を自然と身に付けながらそれに立ち向かって来た。セルベリア自身、武に関して才能があったのだろう。彼女の戦闘力は日に日に上がり、今ではハクが動く前に全てを終わらせてしまう程に強くなっていた。が、それでも彼女はハクを守る為に決して気を抜かない。平和な場所で心を休めても、何時だってハクを見守っている。
「……セルベリア」
「なんだ? ……っ!?」
それはハクに取ってありがたい話ではあるが、今求める事では無かった。セルベリアを呼んで手招きをして、近づいて来た彼女をしゃがませてから抱きしめる様に抱擁。小さな身体に頭や顔を包まれて、セルベリアは思わず動揺しながらも暴れない。力の強さには大きな差があるため、下手に暴れればハクに怪我をさせる恐れがあったからだ。
「……今は、休む……ずっと、大変だった……から」
「だ、だがんむっ!」
身体を休めて欲しいと願うハクの言葉に反論しようとするセルベリア。しかしハクが抱擁を強くする事で何も言えなくしてしまう。セルベリア程では無いが、確かに存在するハクの胸に顔を埋める形となってしまった事で柔らかい感触に挟まれたセルベリアの表情は少しだけ緩くなる。
「一緒に、休む……分かった?」
「むぅ……」
「返事」
「……それが、ハクの望みなら仕方ない」
「ん……約束」
「ぁ」
「?」
「い、いや。なんでもない」
セルベリアは半ば強制的に休む事を約束させられた。ハクがその返事を聞いて満足した事で抱擁を止めた時、セルベリアは何処か寂しそうな声と共にハクを見つめる。それはまだセルベリアが子供だった頃、恐怖を拭えずに夜な夜な魘される彼女をハクが抱きしめていた時と似た様子。
「……別に、甘えても……良い」
「何を言っている。私は何も言っていないぞ」
「……甘えない?」
「……」
子供だったセルベリアはハクの温もりを恋しがり、くっ付く事が多かった。だが何時の間にか大人になった彼女はハクを守る様にはなったものの、ハクに甘える事はしなくなっていた。嘗てはセルベリアが自分に甘えていた事を思い出した時、ハクは同じ様に受け入れようとする。ハクの言葉に再び動揺しながらも断ろうとするセルベリアだが、両手を広げて首を傾げながら待つハクの姿を前に、やがてゆっくりとセルベリアは頭から自分を預けた。
セルベリアがまだ幼い頃。研究機関によって実験台にされ続けていた地獄の日々から解放された彼女は、自分を救い出した存在しか頼れる者が居なかった。それがこの世界において偶々ハクであっただけであり、他の人物が彼女を救う未来があったならば彼女はその相手を敬いながら生きていただろう。
まだ子供といえる年端もいかない少女が自分と同じ程に小さなハクと共に旅をする。それはとても過酷な事であり、信頼出来る唯一の存在に対して彼女は甘える事もあった。大きくなり、立派な女性となった今では殆どしなくなってしまったが、ハクに対する感情は時が経っても変わりない。
「私は、この温もりが好きだ」
「……ん」
小さな身体に自身の頭を預けて、その温もりを感じるセルベリアはとても穏やかな表情を見せていた。普段知らない相手と接する時の無表情を唯一崩して見せるのはハクだけ。そして当時から自分を頼り、彼女を守ろうと世界を共に旅し続けたハクにとってもその温もりは大事なもの。サラサラな銀髪を優しく撫でながら、ハクはセルベリアを抱きしめる。
「生涯、私は貴女の為に生きると誓おう。貴女は私の全てなんだ」
「……セルベリア」
「だがもし一つ、私の我儘が許されるのなら……貴女を愛したい」
胸に預けた頭を上げて、強い瞳で告げるセルベリアの言葉にハクは驚かない。彼女の言った『愛したい』が親愛の類で無い事は当然ハクにも分かっていた。この世界に訪れてから数年、ずっと一緒に居続けた存在。例え彼女の満たすべき欲望に愛する事が含まれていなかったとしても、ハクはそれを断る気は無かった。……ハクもまた、セルベリアを特別な存在と思っていたのだから。
「……んっ」
「っ!? ぁ……ん、ぁ」
彼女の言葉へ答える様に、ハクはセルベリアに口付けをした。突然の事に目を見開いて驚いたセルベリアだが、それが受け入れてくれたという意味であると理解した時、彼女は押さえ込んでいた思いを吐きだす様に深く長い口付けをし始める。ハクの身体を抱きしめて触れ合う唇から舌を伸ばして絡め合う。今度はハクが目を見開いたが、拒絶する様子も無く全てセルベリアの望むままに彼女はそれを受け入れた。
そこからはもう、言葉は不要とばかりにセルベリアがハクを横抱きに抱えてベッドへ移動する。嘗て疲労で倒れてしまったハクを運んだ時には半ば引きずる様な形で苦労したそれも、大きくなって武器を持つ様になった今のセルベリアには軽々持ち上げる事が出来た。
ベッドの上。小さな身体に覆い被さる様にして、少女と美女が生まれたままの姿で愛し合う。お互いの指と指を絡め合う様に握り、何度も繰り返し口付けをする。セルベリアの大きく実った乳房とハクの乳房が触れ合えば、柔らかそうに互いのものが形を歪ませながらその温もりと擦れる快感に身悶える。
「好きだ……大好きだ、ハク」
「ん……私、も……好き」
「!」
お互いの好意を確かめ合う度に、その動きは激しさを増していく。自然と足も擦れ合い、もどかしさから徐々に2人の大事な部分が無意識に近づき始めた。
「くぅ、あぁ!」
「ひぁ!」
遂にその秘部が触れ合った時、身体に走る電気の様な刺激に2人は声を上げる。だが絶対に止めないとばかりに口付けをセルベリアは再開した。ハクはもうされるがままに彼女を受け入れるだけとなり、だが自分を求める姿に。愛する人が幸せを感じている姿に満たされる。
「ぅあっ! この、身体の奥底から来る、感覚は……なん、だ……!?」
「んぁ! 気持ち、良い……ぁ!」
「そう、か……これが気持ち良い、なんだな……もっと、気持ち良くなってくれ!」
今まで感じた事の無い快感にセルベリアは最初困惑して見せるが、ハクの言葉でそれを受け入れる様になる。寧ろその感覚を更に求め、ハクにも感じて欲しいとばかりに行為は激しくなる。秘部から流れる互いの愛液が潤滑油となり、ベッドのシーツへ流れ落ちる程の量が下半身を濡らす。
「ひっ、あっ! もう、来ちゃ、う……っ~~~~!」
「何が、来るんだっ! ……一体、何が……あっ、んああぁぁぁぁぁ!」
やがて2人は同時に絶頂を迎えた。既に経験のあるハクと、初めて絶頂を経験するセルベリア。全く違う絶頂の仕方を見せた2人はそのまま身体に力を入れられないままベッドに倒れ伏す。元々倒れていたハクは仰向けのまま、セルベリアはハクの隣へ少し転がる様にして横に。
「はぁ……はぁ……今のが、絶頂か」
「……ん」
幸せな余韻を感じながら、セルベリアはハクの身体を抱きしめて目を閉じる。小さな身体に最初と同じ様に頭を預けて、その柔肌を感じながら落ちる意識に彼女は抗わない。そんなセルベリアを同じ様に抱きながら、ハクもまた意識を落とす。
セルベリアと愛し合ってから数日、行為に嵌ってしまったセルベリアは毎晩の様にハクを愛する様になった。
「まだ高揚が収まらない。もっと、もっとだ……!」
「もう、無理……」
時には戦う事もあり、セルベリアはその後昂った身体の高揚を収める様にハクを求める事もある。初めて絶頂した時には慣れていなかった事もあって一度しか出来なかった行為も、元々体力のあるセルベリアなら慣れれば連続で出来る様に。そして彼女を受け入れるハクは当然、セルベリアが満足するまで愛されるのだが……体力の差や激しさもあり、ハクは終ぞ限界を迎えてしまう。
「安心しろ。私が全てやろう。貴女はただ、一緒に気持ち良くなってくれればそれで良い」
「そういう、事じゃ……んぁ!」
しかしハクに限界が来ても、セルベリアは止まらない。昂った身体を沈められるまで、または自分が満足出来るまで、ハクを愛する事が彼女のしたい事。
ハクはその後も繰り返し絶頂を迎えた。セルベリアも絶頂を迎えてはいるが、彼女が迎えるまでに複数回絶頂する事を余儀なくされる。意識を失っても身体は反応してしまい、それだけでも良いと続けられれば強い刺激で強制的に目を覚まさせられる。
明るい内や何もしていない時に『やり過ぎ』と文句を言っても、その時は謝るセルベリアだが、一度昂ってしまえば抑えが効かないのだろう。一度受け入れた事もあり、セルベリアを愛している事もあり、ハクは悩んでも止められない。疲れ切ると分かっていても、セルベリアと過ごす夜の時間を求める自分が確かに居るのだから。
欲望を満たす相手が見つからないまま数年。目的を果たす事が出来ず、元の世界へ帰る事も絶望的な中。ハクはセルベリアと共に生きる。例え何かしらの悩みがあったとしても、それはきっと幸せな事であった。