「トリックオアトリート!」
「あら?」
10月31日。カナデはシャーレを訪れていた。その格好はハロウィンという事もあり、魔女っ娘の仮装をしている。屈託のない笑顔を浮かべながら籠を手に入って来る彼女に気付いたのは『先生』とその作業を補佐している生塩 ノアの二人。
「お菓子ちょうだい、先生!」
――――――そっか、今日はハロウィンだったね。
「うん! お菓子が沢山もらえる日だよ!」
普段からお菓子を好んでいるカナデにとっては、好きな物を沢山もらえるチャンス。彼女は思いつく人物の元へ片っ端から訪れており、お菓子をもらっては家へ戻って小動物の様に貯めこんでいた。因みに提案者は本人ではなく、お菓子を食べてる姿を見るのが大好きな彼女の友達である。
――――――ノア、休憩にしようか。
「そうですね。それでは珈琲を入れますね」
「ねぇねぇ、お菓子は?」
「ふふ。勿論ありますよ」
「やった!」
確認したカナデはそのまま部屋にあったソファへ許可も貰わずに座って待ち始める。先生とノアは行っていた作業を一時中断してカナデと共にお菓子を食べる休憩の時間を始める事にした。ノアが持ってきたのはマドレーヌであり、それは先生がこうなる事を予期して用意していた物である。誰かはお菓子を貰いに来ると思っていたのだ。
――――――今日はホシノと一緒じゃ無いんだね?
「むぅ? べふに、いつふぉいっふぉって訳じゃないふぉ?」
「食べながら話しちゃ駄目ですよ。はい、飲み込んで」
「んぐ。ふぅ。私だって一人で行動する時はあるよ!」
先生の言葉にマドレーヌを口に入れた状態で反応したカナデだが、口に物を入れたまま喋る姿をノアが注意しながら飲み物を差し出す。因みに先生には珈琲だったが、カナデにはジュースを用意していた。それを受け取って飲んだ後、答える姿に二人の表情は明らかに和む。
「そうですね。カナデちゃんは一人でも行動出来ますよね」
「うん。? ノア、近くない?」
「ふふっ、気のせいです♪」
――――――いや、どう見ても明らかに……
「ふふっ、何ですか先生?」
――――――な、何でもない。
ソファに座るカナデの隣に座ったノアはその距離を徐々に詰め始めていた。気付けば腕が当たるくらいの距離であり、普段ホシノとくっついているカナデは相手が違う事から若干気にしながらも、離れる様な事はしない。しかし見ていた先生からしてもあまりにくっ付いているノア。それを指摘しようとするも、カナデから視線を外して自分を見つめる笑顔なノアの目に圧された先生はそれ以上何も言わなかった。
それから30分程の間、休憩を満喫した先生は次の作業を確認する。先程まではデスクに向かってする作業だったが、次の工程はシャーレから外へと出る必要があった。ノアに限らず誰かが先生の補佐をする事は常だが、外出についていくまではしない事も多い。
――――――少し外に出て来るね。
「お仕事?」
「分かりました。先生の留守は私とカナデさんにお任せください」
「あれ? 私も?」
「少しの間ですから、ね?」
「うーん。うん、わかった! 任せて、先生!」
――――――それじゃあ、行ってくるね。
「行ってらっしゃい、先生」
「気を付けてねー!」
先生の外出を二人で見送った後、カナデは残っていたお菓子を食べ始める。一方で先生の姿が見えなくなるまで見送ったノアはお菓子を再び食べ始めるカナデを見て、彼女が先程まで持っていた籠を見つける。そしてそれを手に、カナデへ告げた。
「カナデちゃん。トリックオアトリート、です」
「?」
「お菓子をくれないと、悪戯してしまいますよ?」
「え!?」
籠の中は空っぽ。勿論、今までもらったお菓子は家に回収してしまったからだ。貰う事だけを考えていたカナデは自分が言われる側になると全く予想出来ていなかった。彼女の手にあるのは先生からもらったマドレーヌ……の食べ掛け。ノアに渡せるお菓子は何処にも無い。
「ふふっ、お菓子は無いんですか?」
「あ、えっと……うん。何にもない!」
「それじゃあ、悪戯ですね♪」
「わわっ!」
勿論、全てを理解していたノアはカナデはお菓子を渡せないと分かった上でお菓子を求めた。それはお菓子を貰えなかった場合、悪戯をして良いという名目でカナデを好きにするため。お菓子を渡せないとカナデが答えた瞬間、待っていたとばかりに籠を置いて動いたノアはカナデの身体を持ち上げて自分の膝上に座らせた。腹部に手を回し、魔女っ娘のコスプレで被っていた帽子を外し、その髪に顔で触れる。
「しばらく、私の抱き枕になってもらいましょうか」
「あははっ! くすぐったいよ、ノア!」
カナデの身体を抱きながら、ノアはその姿を観察する。カナデの魔女っ娘コスプレは本格的とは言えない。とんがり帽子にマントを羽織ってはいるが、その中には普段着ているアビドスの制服。下もスカートと、膝下までのニ-ソックスでコスプレというには少しお粗末な格好。因みに制服の着方は砂狼 シロコと殆ど一緒であり、違いはマフラーが無い他にもう一点。
「あら、ネクタイはしてないんですね?」
「ネクタイって首が苦しいんだもん」
「駄目ですよ。ネクタイの緩みは気の緩みとも……カナデちゃんの場合、それで合ってるかもしれませんね」
注意しようとして、常に気が緩んでいる様にも見えるカナデの姿を思い出したノアはそれ以上言うのを止める。代わりに抱き締めていた腕を少しだけ強くして、更に密着した。
「暖かいですね、カナデちゃんは」
「ノアもあったかいよ?」
少しずつ寒くなり始めるこの頃、年が近いとは思えない程に子供の様な体温を持つカナデの暖かさを知ると、中々離れられなくなってしまう。冬は彼女の周りにいつも以上に人が集まるが、その暖かさも要因の一つなのかもしれない。
それからノアに抱き締められ続けたカナデ。時折、身体を抱く手が少しだけ撫でる様にカナデの太腿や腕に触れるが、ノアが直接的に何かをしてくる事は無かった。マドレーヌを食べ終え、ジュースを飲み終え、本来であれば他の場所へお菓子を貰いに行くカナデ。だが先生の留守番をノアと一緒にすると決めてしまった為、帰って来るその時まで彼女の腕に抱かれながら時間を過ごした。
――――――随分機嫌が良さそうだね?
「ふふ、そうですね。とても有意義な時間でしたので。……次はもっと進んでも良さそうだと分かりましたし」
「ホシノー! お菓子、一杯だよ!」
「おぉー、本当に沢山だね~。ところで、誰から貰ったの?」
翌日、アビドスで手に入れた大量のお菓子を持ってきたカナデはそれを広げていつでも食べられる様にする。沢山ある事に幸せを感じていたカナデはホシノの質問に答え始めるが、始めは知っている名前だったものの、その内ホシノの知らない人物の名前が沢山挙がり始める。
「へぇ~、カナデって意外と顔が広いんだね~。……絶対その中には危ないのが混じってるよねぇ」
自分の仲間でも明らかにカナデを狙う者が居る様に、カナデと交流のある者達の中には確実に危ない存在が居るとホシノは察する。一人で行動する事を止めさせる訳にはいかないが、出来る限り傍に居ようとこの日改めてホシノは心に決めた。