「ぅ、ん……? あれ、ここは……?」
見覚えの無い場所でミカは目覚める。明らかに自分の知らない場所であり、置いてあるのはテレビやお菓子の沢山入っている棚。その他にもキッチンが部屋の端に備わっていて、唯一そこから外に出れそうな扉には投函口と張り付けられたメモ用紙の束があり、開ける為の取っ手は存在していない。
「えっと、最後は確か……」
自分が最後に何をしていたのかを思い出しながら、ミカは眠っていたベッドから立ち上がる。夢の中にまだ居るのではないかと頬を抓ったりもするが、目覚める様子が無いので今の状況が寝ている訳では無い事を確信。外へ出ようと扉に近づいても、開け方が分からないミカは……握り拳を作って壁を容赦なく殴る。
「っ! いったぁぁい!」
残念ながら容易く壁を破壊する事の出来る彼女の怪力でも傷一つ付かない頑丈な謎の壁。それだけで今いる場所が普通の場所ではないと確信したミカはもう一度周囲を見回し……何時の間にか自分の横になって居たであろうベッドに誰かが眠っているのに気づいた。そして彼女はそれが誰かを知っていた。
「カナデちゃん?」
「すぅ……すぅ……」
最初に出会った数年前、出会って第一声が自分へ向けた『可愛い~! 天使みたい!』というのをミカは忘れない。思った事をそのまま口にしてしまうミカだが、カナデも似た様な性格だったのだろう。その邪気が無い笑顔や話は沢山の人を知らぬ内に虜としていた。今となっては少し性格が幼いところもあるが、それすらも愛されていた。
「ぅん……ミカぁ~……」
「……あはは。どうして、そんなに私の事を慕ってくれるのかなぁ~?」
だがそんなカナデが誰よりも慕っていたのは、他の誰でも無いミカだった。何かしらの目的をもって近づく者もいる。しかしカナデは誰が見ても分かるほど、何も考えずに自分が一緒に居たい人と共に行動して話をするタイプの人間だった。自分が気に入られた理由を分からないまま、それでもミカは他の誰かが羨む程にカナデに懐かれ、自分もまた彼女と居る居心地の良さを好んでいた。
「流石に起こさないとだよね。カナデちゃん、起きてー!」
「ん~……ミカぁ~? ふぁ~!」
「おはよう、カナデちゃん」
「おはよう、ミカ。……あれ? どうしてミカが居るの?」
「ぐっ……えっと、私も分からないんだよね~。カナデちゃん、最後に何してたか覚えてる?」
「? 最後は……先生の所に行って、ノアが居て……」
悪意のない疑問に少しだけ心に傷を負いながら、ミカはカナデが最後に何をしていたのか確認する。この場へ自分を連れ去ったのがカナデではない事をミカは確信していた。そんな事をする理由も、力もカナデには無いと分かっているからだ。つまりカナデも自分と同じでここへ連れて来られただけであり、彼女の最後に何か手掛かりがあるかもしれないと期待していた。だが、結果的に分かったのはカナデが違う女と居た事だけ。
「ふーん。因みになんだけど、何かされたりした? こう、触られたとか?」
「抱き締められたよ!」
「抱きっ!?」
「後ろから抱き締められて、膝に乗せられて、それからお菓子を一緒に食べて……あ、多分そこで寝ちゃったのかな?」
「へぇ~。ふーん。膝に乗せられて抱き締められながら寝ちゃったんだ~。へぇ~」
話を聞いたミカは面白くなさそうな様子でカナデがされていた事を想像する。もう誰が相手だったというのは関係なかった。自分に懐いている可愛い妹の様な子が、知らないところで自分ではない誰かに可愛がられていた事がミカは面白くなかった。それは嫉妬なのか独占欲なのか。話を聞いている内に、そんな感情でいっぱいになってしまったミカはカナデに近づいて突然その身体を持ち上げる。
「こんな感じかな?」
「んひゃ! うん! そういえば、ここ何処?」
「あ、あはは……今更気付いたんだ。私も分からないんだよね。目が覚めたらここに居て」
「そうなの? ……あ! あそこにお菓子が一杯ある!」
「あ、ちょっ! もぅ……」
カナデが話した様に後ろから彼女を膝に乗せて抱き締めていたミカだが、お菓子を見つけてしまった事でカナデは自ら降りて棚へと行ってしまう。温かな温もりが無くなってしまった事を残念に思いながら、ミカもカナデを追って棚の傍へ。扉を開けてお菓子を物色していたカナデは、何かを見つけて首を傾げながらミカへそれを差し出した。
「何か書いてあるよ?」
「ん~?」
『ここはHしないと出れない部屋です』
「……へ?」
「えっと、
「あ、えっと、その……えぇー!」
それは一枚のカードに書かれた一文。Hをそういう意味と捉えられないカナデの純粋な疑問を前に、ミカは頭が混乱していた。どうしてお菓子の中にこんな物が埋もれていたのか、彼女には分からない。カナデが居る事で、必ず見られると仕掛けた誰かが思ったのかもしれないが……本人が分からない以上、それを説明するのは傍に居るミカの役目になってしまう。顔を真っ赤にしながら言葉を考える中、カナデはミカの持つそのカードを裏側から見た事で、別の文字が書いてある事に気付いた。
「裏にも何か書いてあるよ! えっと」
『尚、出れるまで食事等の心配は要りません。キッチン、テーブルへ自動的に必要なモノが用意されます。※プレイに必要な道具はメモに記して扉へ投函してください』
「……」
もうミカには正常な判断が出来ず、しばらく彼女はカナデの声を遠くに聞きながら思考を停止してしまった。
「つまり、私達はここに閉じ込められちゃったんだよ。食べ物とかは全部出て来るからお腹が空いて死んじゃう~! なんて事は無いみたいだけど」
「出るにはえいちをする必要があるんでしょ? えいちって、何するの?」
「うぐっ。カナデちゃんはそっちの知識が無いとは思ってたけど、こういう時は困っちゃうなぁ~あはは」
何とか冷静になったミカだが、Hの説明をするのはとても恥ずかしい事で簡単には出来ずにいた。カナデは興味を持っている様だが、ミカは頬を掻きながら困り……棚の中にあったお菓子を目にする。
「と、取り敢えずお菓子でも開けよっか☆!」
「あ、うん! えっと、どれにしようかな~」
「ふぅ~」
気を逸らす事に成功して安堵のため息を吐いたミカは、カナデが開けたお菓子を一緒に食べながらこの先どうしようかと考える。
しないと出る事が出来ない部屋。何もしなくても食事や欲しいモノは手に入るらしいが、外に出れない不自由は大きいだろう。カナデと二人きりでここに居続ける事を考えて、ミカはふと思う。
「もしかして、少しはこの状況を楽しんでも良かったりする……?」
「?」
この場所から解放されたら最後、ミカにはやるべき事がある。カナデと一緒に居られる時間は先の話であり、カナデが別の女と一緒に居た事を思い出したミカは自分の腕の中でお菓子を食べる無垢なカナデとここに居るのが悪くないのではと考え始めた。やる事の中には頭を使う様な事も多く、ミカはそういった類があまり得意では無いのも輪をかける。
「出なきゃいけないのはそうなんだけど」
「ミカ、はいっ! あーん」
「あーん。ん~☆! この状況、意外と悪くないかも~!」
それからどれ程の時間が過ぎたのか。そもそも外の時間とこの空間の時間が同じ速度で流れているのか、何もかもが謎だった。しかし確かにカナデとミカが世界から消えた時間が存在し、その後再び戻って来ている。それが意味する事を知る者は、当人しかいない。
ある日のモモトーク。
『カナデちゃん、次はいつ頃空いてるかな?』
『私、結構楽しみにしてるんだ!』
『今忙しいかな? あ! お昼寝中とか?』
『まだ寝てるのかな?』
『先生の所には居ないんだね?』
『また別の女のところ?』
『次はもうちょっと激しくしよっか☆☆☆』
『もしかして、通知だけみてスルー……とかしてないよね?』
『ねぇ』
『そんな事、しないよね?』
『カナデちゃんは私の事が大好きだもんね?』
『私も大好きなんだよ?』
『今から、会いに行くね』
『もう場所は教えなくても大丈夫だよ』
『ちゃんと……わかってるから』