「ティーちゃぁん! えへへっ、今日のご飯はなぁに?」
「あぅ……今日は、酢豚」
束様はとても楽しそうに、ティアさんの背中に抱き着きました。ティアさんはラボにあるキッチンに立っていて、小さなその身長では届かないからと束様の作成した移動式の踏み台で料理をしていました。私も束様も料理はそれほど出来ないので、私達の食事は何時もティアさん任せです。
私が束様に拾われる前から、ティアさんは束様を支えていました。何でも子供の頃から一緒だったとか。赤ちゃんだったティアさんを抱いた事があると束様は言っていましたね。逃亡する身になってから数年は、会いたくても会えなかった様ですが。
ティアさんはその見た目だけなら小学生にも見えますが、実際の年齢はもっと上だと聞いています。話によると織斑 一夏と共に居たところを巻き込まれる形で誘拐され、その目的には不必要だったからと早期に流された先で施された人体実験によって身体が成長しなくなってしまったのだとか。姉であるブリュンヒルデ、織斑 千冬が駆け付けた時には既に行方は知れず。ですが束様がそれを知って場所を突き止めて救い出してから、ここに。後半は私と似た境遇と言えますね。
「美味しく、出来たよ」
「ティーちゃんの料理は何時だって美味しいよ!」
「ありがとう。でもまだ、届かないの。鈴の酢豚、もっと美味しい、から」
束様に救出された事は既に織斑 千冬に伝えられています。ですが人体実験の影響で普通ではなくなってしまったティアさんを元の生活へ再び戻すのは簡単な事ではなく、束様はそのまま自分のところに居させると決めました。ティアさんには織斑 一夏を始めとした友人が居た様ですが、今どのように過ごしているのかは知る由もありません。偶に聞く『鈴』という方は、その頃の友人なのでしょう。頻繁に頭を撫でられていたとも言っていますので、可愛がられていたのは確かですね。
「ティアさん。何か手伝える事はありますか?」
「うん。それじゃあ、お皿。並べて、くれる?」
「分かりました」
「ありがとう。束お姉ちゃん。少し、離れて」
「えぇー! やだ! もっとティーちゃんをぎゅーってするもん!」
「フライパン、熱いから。危ないよ?」
「それなら、こうしちゃおう!」
何かを思いついた様にそう言って、ティアさんの腹部に左右から手を回した束様。そのまま軽々と抱き上げれば、当然フライパンも上がります。何をしたいのかは分かったので、急いで下のスイッチを止めます。すると束様はそのままフライパンを持ったティアさんを抱えて移動。少し戸惑いながらも、ティアさんはやり難そうに予め用意していた大皿に移し始めました。
「すんすん。はぁ、良い匂いがする!」
「あぅ、くすぐったい……」
束様はティアさんの頭に鼻を突っ込んで吸い始めました。今日の匂いはよくあるせっけんの香りではなく、フローラルな花の香りだと思います。昨日、一緒にお風呂に入ってお互いを洗いましたので間違いありません。シャンプーに備わった香りだと言われればそうですが、ティアさんの髪から香るそれはやはり違うものだと思います。
「くーちゃん! 酢豚よろしくね!」
「分かりました」
「このまま、行くの?」
「勿論!」
この流れはもう、食事の時も自分の膝に乗せて解放しないパターンですね。そうなると束様かティアさんの何方かが食べられなくなってしまうので、ここは私がティアさんに食べさせるのが良さそうです。
食事が終わったらお風呂です。束様の性格から、お風呂の時間を削って研究などに勤しむイメージはありました。実際、ティアさんと一緒に住むまではそうだったみたいです。ですがティアさんは人体実験の副作用によって五感が常人より鋭くなってしまっているらしく、『くさい』と言われた事が相当ショックだったのか、それから毎日の様にお風呂は入る様になったみたいです。それも常に一緒で。しかし私がここに来てからはティアさんと入る事が多く、その不満を束様本人から言われた事は何回かあります。
「クロエの髪。いつも、綺麗」
「ティアさんも十分綺麗だと思いますが」
「そうかな? やっぱり、長いと大変、なの?」
「そうでもないです。ティアさんが毎晩、手入れしてくれますから」
自分でする事は勿論ありますが、濡れた髪を拭くのも乾かすのも、ティアさんに委ねる事が殆どです。なので私自身が手間だと思う事は殆どありません。ロング、というには短く、ショートと言うには少し長いティアさんの薄水色の髪。サラサラで触り心地の良いその髪は身体と同じく成長しないため、伸びる事はありません。長いのに憧れても変えられず、一度短くすれば戻す事が出来ないのです。
「髪、お終い。次は背中を、洗うよ?」
「お願いします」
見た目は幼いかもしれませんが、私にとってティアさんは姉と呼べる存在だと思います。似た境遇で同じ人に助けられ、その人のサポートをする事が今の自分の居場所となっている。生まれ方が同じ別の存在もいますが、私にとって姉妹はティアさんだけです。
「背中、流すね」
「はい。んっ……次は前もお願いします」
「前も? ……うん、分かった」
最初は自分で洗う事も出来ず、こうしてティアさんのお世話になりっぱなしでした。今では自分で全て出来ますが……それでもこうしてお願いをするとやってくれて、ついつい甘えてしまいます。それに始めて会った時、ティアさんは言ってくれました。
『束お姉ちゃん。いつも忙しい、から。私がなんでも、してあげるよ』
ティアさんの交友関係の中に、自分より子供な人は居なかった筈です。私も見た目ならティアさんより大きいかもしれませんが、助けられてすぐは手を貸してもらわなければ何も出来ませんでしたから、私が今姉と思う様に姉として振る舞いたかったのだと思います。だからティアさんも甘えて欲しいと思っている……筈です。
「……」
「? どうしましたか」
「……クロエは、おっぱい。大きくなるの?」
「…………はい?」
私の胸をジッと見つめるティアさんの様子がおかしいと気になって声を掛ければ、想像すら出来なかった質問に思わず聞き返してしまいます。ティアさんが胸について聞いてくるなんて、考えもしませんでした。
「鈴がね、気にしてたの。……いつかきっと、大きくなる。一緒にきょにゅう? に、なろうって」
「きょにゅう……巨乳ですか」
「でも私は。もう、なれないから」
自分の身体が成長しない事を悲観していないと思っていましたが、やはり何も感じていない訳では無かったみたいですね。子供は大人に憧れますが、もう大人に成れないティアさんは自分が成長しないと改めて思い、成長出来るかもしれない私を羨ましく思った、という事なのでしょう。
「あ……ごめんね」
「いえ。……確かにティアさんはもう、巨乳にはなれないかもしれません。ですが、大丈夫です。女は愛嬌、だそうですので」
「あいきょう?」
「にこやかで、可愛らしく。相手を喜ばせたいと思う優しい心。ティアさんは全て持っていますから」
「そう、なのかな? あいきょう……」
「そうです。私が保証します。束様もきっと、保証してくれます」
「うん。ありがとう、クロエ」
「っ!」
何とか慰める事は出来ましたが、その後の儚くも優しい笑顔を見てしまいました。普通は姉に思うべきではない様な、愛らしさを超えた感情が湧き上がってきます。守らなければいけない、絶対に傷つけてはいけない。決して穢す事は許されないその笑顔を。
『ティーちゃーん! クーちゃーん! お風呂長くなーい?』
「時間を掛け過ぎてしまいましたね。束様が痺れを切らせている様です」
「お湯、流すね。私も、洗わないと」
「私に任せてください。後ろも前も、私がやります」
「? 時間、掛かっちゃう、よ?」
扉越しに聞こえる束様の声で長い時間浴室に居る事を思い出しました。ですが、例え急ぐ事になってもティアさんの身体を洗って流すのだけは省略出来ません。もう少し、束様には待っていてもらいましょう。一緒に入れる者の特権ですので。