マリー・ローズにとって、エスティという存在は友人以上の存在である。だが自分と同じ年でありながらも、自分よりも16㎝程度大きい身長や全体的に豊満な身体を理由に妹の様に扱われる事があり、鬱陶しく思う事も偶にはある。
「よっ、待ったか?」
「あ、エスティ! 大丈夫、さっき来たばっかりだから」
彼女は仕える主の元でサーバントとして日々を過ごしているが、暇をもらう時もある。そんな日は自由に過ごすのだが、エスティと一緒に過ごす事は少なくない。寧ろ多い方であり、マリーの暇が出来た日はエスティも殆ど断る事無く一緒に過ごしていた。
「で、今日はどうする?」
「うーん。特にこれと言ってしたい事は無いから、エスティにお任せするね」
「またかよ。まぁ、良いけど。……何時も思うけど、俺の趣味全開になるのに楽しいか?」
「勿論! そうじゃなかったら、マリーは何度も約束しないから」
暇が出来た。だからエスティと約束をした。マリーはそんな自然な流れで今、こうしてエスティと街中で合流している。何かしたい事がある訳でもなく、貴重な暇の全てをエスティに委ねる事になっても。
エスティはどこへ行こうか迷いながら頬を掻いてから歩き始め、マリーは当たり前の様に腕がぶつかりそうな程に近い距離になっても構わずに横へ並ぶ。
「取り敢えず、時間早めでも何か食うか? 何が食いたい?」
「うーん」
「大抵の飯はこの街の何処かにあるだろうし、好きなのでいいぞ。金なら気にすんな。俺が払ってやるから」
「っ! もうっ! だから、子供扱いしないでってばぁ!」
マリーは仕えている主人がそれなりの存在と言う事もあり、給金も多くそれ程お金には困らない。だがそんな事を知っている筈でありながら、払わせる気はないとばかりにマリーの頭に手を置いて少し乱暴に言い切るその姿に、言われたマリー自身は納得がいっていなかった。
「今日はマリーが払うから! いっつも、そうやって払わせてくれないし!」
「良いじゃんか。お前、いっつも仕事の時は忙しいんだろ? だったら、こういう時ぐらい甘えとけ」
「むぅ……」
「あ、そうだ。せっかくだから、THE・癒しって感じの場所に行くか! 飯はその後って事で!」
「? あ、ちょっと!?」
突然何かを思いついた様に、エスティは有無も言わさずマリーの手を掴む。急に手を掴まれてビックリしながら、引っ張られるマリー。彼女の力があればそれを振り解く事は赤子の手を捻る程に容易い事だが、それをしようとはしない。マリーはそのままエスティに引っ張られて、街の中を二人で駆け抜けた。
「うわぁ~!」
マリーは目前の光景に目を輝かせる。そこに広がる多くのもふもふな存在に、見るだけで癒されていた。
エスティに連れられてやってきたのは、猫カフェ。店内限定で放し飼いにされた猫達と触れ合えるお店である。動物と戯れる事は癒しを得る上で常套手段と言っても良いだろう。アレルギーなどの関係で出来ない者もいるが、幸いマリーには無かった。
女の子座りで佇むマリーの膝上に、三毛猫が自ら寄って来る。その目当ては人の温もりを欲したのか、はたまたマリーの手にある餌を欲しがったのか。徐々にマリーを中心として数匹の猫が囲み始める中、確実に癒しを得て楽しんでいるマリーの姿を見たエスティは満足げにそれを眺めていた。
『にゃー!』
「ん? って、のわぁ!」
「エスティ!? はぁ、何やってるの?」
「いや、急に飛びかかって来るから。って、顔に乗るなっ。んぶっ~!」
「やれやれです、ね?」
『んにゃ~』
癒されるマリーを眺めていたエスティは、自分に飛び掛かって来た白猫に転ばされる。壮大な転がりを見せた事で周囲の視線が一瞬集まるも、そのまま白猫数匹に集られる姿を見てマリーは少し呆れた様子で三毛猫に喋り掛けた。
何故かマリーの元には毛色が数種類ある猫ばかりが集まり、エスティの元には白猫と黒猫が集まっていた。転がったエスティも頭や肩に乗られながら身体を起こして猫と戯れる中、マリーは手元の餌が無くなった事で一旦猫を愛でるのを止める。
「ふぅ……」
「顔に、乗るなって! 頭に集まるなっ! ぐぐぐっ」
穏やかに餌をあげるマリーとは対照的に、猫に好き放題されるエスティ。そんな姿に思わず笑みが零れる中、突然店内に音が鳴り響く。それは猫達の食事時間。お客が来ればご飯を食べる事も出来るが、決まった時間にもちゃんと食事する事は決められているのだろう。一斉にマリーやエスティの傍に居た猫たちが離れ、愛らしく集まって食事をする光景が今度は眺められる様になる。
「はぁ、酷い目にあった」
「大丈夫?」
「あぁ。……どうだ? 癒されたか?」
「うん、すっごく」
「なら良かった。今度来る時はほのかも誘うか」
共通の友達として真っ先に浮かぶ、同い年の少女。マリーはここへ連れて来たらきっと喜ぶであろうその姿を想像して少し笑みが零れ、それと同時にほんの少しだけ水を差された様な気分にもなる。
「エスティ、顔が凄い事になっちゃってるよ」
「んぁ? あぁ~、取り敢えず拭くモノを……」
「仕方ないなぁ。動かないでね」
「お、おい。んぶっ」
猫に集られて、エスティの顔にはそれなりに汚れが付いていた。そんな時の為にウェットティッシュはお店に常備されており、取ろうとするエスティを抑えてマリーは先に動くと、そのままエスティの顔を拭き始める。自分でも出来ると最初は僅かな抵抗を見せるも、すぐに諦めてマリーのされるがままとなる。
「はい、これで良し! エスティはマリーが居ないと駄目なんだから」
「いや、自分で出来…………まぁ、良いか」
否定しようとするも、満足気な様子の見てそれ以上エスティが言う事は無かった。マリーのサーバントとしての血が騒いだのだろうと納得して。
猫カフェでの時間も終わり、続いて最初に提案した食事をする事になった二人はお互いの食べたいモノを食べれる様にファミレスへ足を運ぶ。
「やっぱ綺麗だよな~」
「へ? と、突然どうしたの?」
「いや、お前の食べ方。やっぱテーブルマナーとか、習ったんだろ?」
「あぁ、そっち……うん。エレナ様に仕えてる以上、恥になる様な事は出来ないもん」
マリーが綺麗な動作でパスタを食べる姿を眺めながら、エスティは感心した様子でハンバーグを口に運ぶ。最低限のマナーはあれど、やはりそれなりの地位に居る人物のサーバントともなれば、一挙一動が見入ってしまう程に綺麗であった。何度か見た事があったとしても、思わず眺めてしまう程に。
「そ、そんなに見られると、恥ずかしいんだけど……」
「あぁ、悪い」
ジッと見つめられている事に気付いて気恥ずかしくなったマリーは、少しだけモジモジとしながらエスティに抗議する。友達であろうと家族であろうと、見つめられ続けるのは誰だって恥ずかしい。エスティはそれに気付いて止めると、そのまま残りのハンバーグを大口で頬張った。
ご飯の後も荷物にはならない程度に買い物などをして時間を共に過ごした二人。だが空が茜色に染まり始めた頃、楽しい遊びの時間にも終わりが来る。
「今日は楽しめたか?」
「うん。それに今日だけじゃなくて、いつもマリーは楽しんでるよ?」
「ははっ、なら良かった。また、時間が出来たらいつでも誘えよ?」
「……ねぇ、エスティ」
「ん?」
「いつもありがとう。マリーの為に、こうして時間を割いてくれて」
マリーが暇をもらった時、エスティを誘う事は本当に多い。そしてエスティは断る事無く、何時だって誘われれば一緒に過ごす。それは嬉しい事でもあり、それと同時に気を使われていると感じてしまってもおかしくは無かった。マリーの立場を知るが故に、尚更。
「別に、お前の為って訳じゃない。マリーと一緒に過ごすのは、楽しいしな。割くって程大変でもないし」
「でも、マリーが誘ったら絶対ってくらい一緒に居てくれるから」
「そりゃ……お前だからな」
「ぇ……あの、それって」
一瞬真っ直ぐな言葉に狼狽えたマリーだが、すぐに冷静になる。エスティの中で自分は友人であり、妹の様に接して来る事からそれなりに近しい存在に思われているのは見て分かる。つまり『意識する程大切な存在だから』ではなく、『妹の様な友人の為なら』と言いたいのだろう、と。
「マリーはそんな事分かって」
「…………」
「……へ?」
分かってる。だから自分も変に意識したりしないと思いながら返そうとして、マリーはそこでようやくエスティの顔を見た。頬を掻きながら明後日の方向とマリーを交互に見つめるその表情はさながら、意識して恥ずかしい事を言った後、反応を確認したいが羞恥でジッとは見ていられない気まずさを感じているかの様。……マリーが一瞬期待して違うだろうと否定した前者が、答えだったかの様に。
「じゃ、じゃあな! また、遊ぼうぜ!」
「え、えっと。うん、またね!」
友人以上だと思ってそれなりに特別な意識をしていたマリーはこの日、自分もまた相手に意識されている事を図らずも知ってしまった。
逃げる様に去っていくエスティを呼び止める勇気は無く、マリーは手を振って別れを告げる。また暇が出来れば、エスティを誘うだろう。だが次は友人として共に時間を過ごすのか、意識し合ったまるでデートの様になるのか……それは二人にも分からなかった。
因みに他人から見れば、今日の一日も普通にデートである。