リ【アズレン】 ラフィー&ユニコーン
炎天下とも言える暑い日差しに照らされながら、ハクはテニスのラケットを手に疾走する。近づいて来るボールの元へ辿りつけば、何時か振るった剣の様にラケットで撃ち返す。向かいに佇む女性はそれを見て口元に笑みを浮かべながら、同じ様にボールへ一直線。
「それっ!」
「っ!」
「やぁ!」
「!」
何度もラリーが続く中、二人の額には汗が滲む。だがその戦いも終わりは突然であった。人の身体であっても猫の特徴とも言える俊敏性を活かして追いついていたハクだが、暑い日差しと激しい運動によってスタミナをかなり消耗しており、遂には走り出そうとしたところで足に思った以上の力が入らずに転倒。少々鈍い音を立てて、彼女の持つラケットが転がった。
「ちょっと! 大丈夫!?」
「……平気……」
壮大な転倒を目撃した事で、対戦相手の女性はネットを超えてハクの元へ駆け寄り始める。疲れ切った身体で起き上がるのも少々辛かったハクは、仰向けに転がりながら空を見上げる。雲一つない晴天を前に、ハクの思考は徐々にボーっとし始めていた。
「はい。汗を掻いてるんだから、しっかり水分は取らなきゃね」
「ん……ありがとう」
ハクが動かないのを前に、一旦その場を離れた女性は両手にペットボトルを持ってハクの元へ。日陰になる様に立ったまま見下ろせば、ハクの視界には暗くなったその姿がしっかりと映り込む。白の生地に青のラインが入った
「偶にはこうやって汗を流すのも良いでしょ?」
「……疲れた」
「ちゃんと日常的に動いてれば、体力にも余裕が出て来るわよ。ハク、寝てばっかりだから」
女性はハクが過ごす港へ大分前に建造された艦船……ブレマートンであり、ハクの生活を知って運動する事を進めた張本人でもある。基本的には寮舎で昼寝をして、適当に何かを食べて艦船達と過ごす。そんな平和な日々を送っていたが、過ごす方法も昼寝といった内容ばかりで殆ど動く事をしていなかったのだ。
純粋な人間はこの港に存在しない。艦船の中には体型を気にするものも居るが、基本的には食事の量も気にせず、運動をするもしないも自由である。しかしブレマートンは比較的運動が好きなタイプであり、相手として寝てばかりのハクを誘うのは自然な事でもあった。
「どうする? 休憩したら、もう少しやる?」
「……ん」
「なら、ちゃんと座って休憩しましょ。ほら、立って」
ブレマートンの差し出す手を掴んで立ち上がったハクは、彼女と共にコートの端にあるベンチへ。因みにこのテニスコートも港にある施設の一つであり、ブレマートン以外にも使う艦船は大勢いる。だがこの日は珍しく貸し切り状態であり、まだまだテニスを楽しむ時間はあった。
「よし、それじゃあやりましょうか!」
「……負けない」
「ふぅん? なら、今度は本気で勝負しよっか? 負けた方は今日一日、勝った方の言う事をなんでも聞くってのはどう?」
勝気な笑みを浮かべて告げるブレマートンの言葉にハクは了承する様に頷いた。先程の敗北に多少の悔しさは感じていたのだろう。炎天下の暑さに試合としての熱さも加わり、ハクは深く考えもせずにブレマートンの誘いに乗る。
「アタシが勝ったら、なにして貰おっかな~?」
「……取らぬ、狸の……皮算用」
「何それ?」
ハクの言葉にブレマートンは首を傾げ、自分専用の端末を取り出して言葉を調べ始める。そして諺として出て来たその意味を知った時、『絶対に勝ってやる』と更にブレマートンの笑みは深まった。
試合の結果はブレマートンの勝利であった。先程の戦いは真剣ではあっても本気では無かったのか、勝者には報酬があると決まってからのプレイはレベルが違うものであった。ハクの足では間に合わない場所へストレートに返されるボールは数知れず。何点先取かは決めていなかった事もあり、結局は疲れ切るまで続けたが……その勝敗は考える必要すら無い程にハクの敗北に終わる。
「って事で、アタシの言う事を聞いてね?」
「……何、する」
負けて初めて自分が了承してしまった事の危険を理解したハクだが、既に取り消しは効かない。ブレマートンは数多く居る艦船の中では比較的常識がある事も知っているため、ハクは少し不安を感じながらも彼女の言う事を聞くと覚悟を決める。
「取り敢えず、シャワー浴びない? 汗でびしょびしょだし」
「ん」
ブレマートンの提案は至極真面なものであり、ハクは彼女と共にシャワーを浴びる為に移動し始める。壁に備え付けられたシャワーが並び、その一つ一つに壁を挟む事で仕切りを作っているシャワー室。着ていたテニスウェアを脱いでハクが浴びようと仕切りの一つへ入り込んだ時、その後ろから当たり前の様にブレマートンが同じシャワーのある場所へ入り始める。
「……なんで?」
「気にしない気にしない。ほら、お湯出すよー!」
背後に立ったブレマートンが手を伸ばしてシャワーからお湯を流し始める。狭い場所では密着する事を半ば強制され、ブレマートンは片手でシャワーヘッドを掴みながらもう片方の手でハクを抱き締める。
「はぁ、何でハクの身体ってこんなに癒されるんだろう。プニプニのモチモチで……はぁ~」
「……」
今までこの様な状況になった時、相手はそのまま襲い掛かって来る事が多かった。しかしブレマートンはハクの肌を触って全身でその感触を堪能しながらも、性的な弄りは始めない。艶めかしい溜息が零れても、彼女は只管ハクの身体を愛でるに留めていた。
「暖かくて温かくて……ねぇ、今日は取り敢えずずっと一緒に居てね?」
「……分かった」
そのままブレマートンに抱きしめられながら、ハクは一緒に汗をお湯で流す。頭もしっかりと彼女の手で洗われて、綺麗にスッキリした二人はその後も約束通りに同じ時間を過ごす事となった。
「ふぅ、幸せ~」
流れるままに寮舎では無くブレマートンの部屋へ連れて行かれたハクは疲れた身体をブレマートンと共にベッドへ転がす。疲労した身体が休みの体勢に入り始めた事で、眠りについてしまいたいとすら思ったハク。ブレマートンも同じ様でそのまま力を抜こうとするが、思い出した様にブレマートンは身体を起こした。
「っとと、運動後はしっかりマッサージとかしないとね。足吊っちゃったら辛いし」
「……面倒」
「だーめ。ちゃんとするの。ほら、足出して」
「ん……」
激しい運動の後だからこそ、アフターケアは大事な事。疲労で伸びたハクの足を触り始めたブレマートンは、適当にその脹脛や太腿を揉む様にマッサージし始める。
「んっ……ぁ……」
「どう? ボルチモアに偶にやるから、腕はそんなに悪くないと思うけど?」
「そ、う……んんっ!」
ハクの反応は間違い無くマッサージが効いている証にも見えた。気持ちよさから漏れ出る声を必死に抑える姿を見て、ブレマートンは気を良くしながら更に手へ力を籠める。やがて満足出来る程度に足を終わらせれば、次は腰や腕へマッサージをする為に手を伸ばした。
「はぁ……はぁ……」
「よし、これで良いかな」
全てのマッサージが終わった頃、ハクは既に満身創痍といえる程に弱り切っていた。だが彼女にあるのは疲労だけでは無い。心地良さもちゃんと感じており、脱力してしまった身体へハクは必死に力を込めて起き上がる。
「……次は……私が、する」
「へ? あ、良いよ良いよ。アタシは自分で……ってちょっと!?」
「……する」
「だから自分で……ひぁ!」
不意を突く様に身体を押されて倒れ込んだブレマートンの上に今度はハクが圧し掛かり、マッサージを始める。かなり脱力しているハクが足や手を揉んだところで、その力は弱いだろう。だからこそ、ハクは自身の身体そのものを使ってブレマートンの身体を解し始める。うつ伏せに倒れた彼女の背に乗って、足で踏み始めたのだ。
「あっ。そこ……気持ち、良いっ!」
「よい、しょ……はぁ、はぁ」
「もうちょっと下を……あっ、そこそこ! あぁ~」
始まったものは仕方が無いと、ブレマートンはハクの行為を受け入れる。小さな女の子が一生懸命に自分の身体を踏む健気さに、ブレマートンは二重の意味で幸せを感じていた。そして、またハクを絶対に運動へ誘うと内心で決意する。
「ん~。これ、終わったら……一緒に寝ようね?」
「ん……眠い」
今日一日はハクが自分の言う事を聞いてくれるため、ブレマートンは心地良さを感じながら次のお願いをする。既に眠気に負けそうになっているハクはその提案を即座に受け入れ、やがてマッサージを終えると同時にブレマートンの隣へ倒れる様に転がった。
「……お休み」
「お休み~。……はぁ。アタシ、凄い頑張った」
自然とブレマートンはハクの身体を抱き枕の様に抱えて目を閉じる。彼女の大きな胸にハクの頭は埋まってしまうが、口や鼻は下で出ていたために苦しくなる心配はない。もう少し起きていれば体勢を変えようとしたかもしれないが、既に眠気に負ける寸前のハクはブレマートンの言葉も耳に入らないままその姿勢で眠りについた。
今日一日、ブレマートンはハクの魅了を大きく受けていたが、それでも必死に彼女は耐え続けた。襲いたい衝動に駆られても、何とか理性を保ち続けていたのだ。だからこそ、こうして共に寝られる幸せを噛みしめながら『自分は頑張った』と自らを称賛する。……先程の決意で今後どうなるかは、本人にも分からない事だ。