ポケットモンスター。縮めてポケモン。そう呼ばれる生き者達が数多く居る世界。
ハクは洞窟の中で目を覚ました。壁画の存在するそこは人々にとってまだ未開拓の場所。最初は謎の生き物達に囲まれて、不思議と敵意は向けられずに数日を過ごす事となったハクは、ある日そこへやって来た女性と出会う。
その女性は考古学者だった。世界の神話を解き明かす為に、彼方此方を巡っていた女性は未開拓だった洞窟を訪れた。そしてポケモンでは無い不思議な猫と遭遇する。
この世界に猫は存在する。ポケモンとは別の生き物であり、特殊な能力を持たない生き物として。しかし洞窟の中で遭遇した猫を普通の猫と思うには無理があった。女性は野生のポケモン達に囲まれて可愛がられる猫の存在が気になり、だがここへ来た本来の理由である考古学に関する資料として壁画を眺める。
「……読める、の?」
「!? 貴女は……」
そして彼女は突然掛けられた声に驚き、振り返る。この場所へやって来たのは女性だけであり、他の誰も居る筈が無かった。だが現に女性の目の前には子供と言って間違いの無い少女が立って居た。真っ白な髪に真っ赤な瞳をした、ワンピースを着る少女の姿は一種のホラー。しかし女性は冷静に、少女と話をする。
「……今は無理ね。戻って、解読するのよ」
「戻る……洞窟から、出る?」
「えぇ」
危険が襲って来ない様に、まずは少女からの質問に答えた女性は続けれた質問に頷いて答える。そして刺激しない様にしながらも、少女の正体を確かめる為に名前を聞いた。
ハクの名前を知った女性は続けて『ここで何をしているの?』と問い掛ける。だがハクはそれに対する明確な答えを持っていなかった。気付いたらこの世界のこの場所へ降り立ち、謎の生き物達のお世話になって過ごしていたのだ。故に世界を渡った事は伏せて、ハクはそれを説明する。
「……」
女性の目は疑いの眼差しを向けていた。例え見た目が子供とはいえ、この場に居る事がまずおかしいのだから仕方が無い。
「……私も、出たい」
そして告げられたハクの願いに女性は悩んだ末、共に外へ出る事を決める。
女性はシロナと名乗る。ハクはシロナと洞窟を出て、初めてこの世界の外を見る事になった。
シロナと外へ出た後、ハクは行く宛も無かった事で彼女について行く事にした。シロナも小さな子供を見つけて保護した手前、放ってはおけない。考古学者としての立場とは別に有名人であった彼女の御付きの様にハクは同行し続け、日々の生活の中でこの世界の常識を学んでいく。
「これがモンスターボールよ。捕まえたポケモンは基本的にこの中にしまっておけるわ」
「……狭く、無いの?」
「中は快適に過ごせる様になっているわ。私達は入れないから、確かめ様が無いけれどね」
「捕まえる……どうする?」
「そうね……言葉で教えるより、見せた方が速いわね。今度、捕まえに行きましょうか?」
ハクはこの世界の常識を知らない。だからこそ、シロナはそんな彼女に様々な常識を教えた。
気付けば教え子の様になり、気付けば年の離れた妹の様になり、ハクと共に過ごす事が当たり前となりつつあったシロナ。遂には彼女自らがポケモンの捕まえ方を教える事になり、実はそれが世界中のトレーナーが羨ましがる程に贅沢な事をハクは知る由も無い。
その日、ハクはシロナの家で掃除をしていた。彼女が考古学に没頭すると他の事に手が付かなくなり、それ以外の立場もあって毎日が忙しい。ハクとの時間を最初は取っていた彼女も徐々に余裕が無くなり、それまで掃除をされていなかった部屋はハクが掃除をする様になっていた。
「っ!」
「ブイっ!」
「ピカッ!」
「……お疲れ」
そんな彼女の手伝いをする様に動いていたのは、3匹のポケモン。シロナから貰った卵から孵ったリオルと、シロナが知り合いから貰ったイーブイ、野生でシロナからのレクチャーを受けながら捕まえたピカチュウである。因みに一緒に居た時間の長さは
「ふぁ~。流石に、疲れたわ」
「紅茶……珈琲……どっち?」
「まだ少しあるから、珈琲でお願いするわ」
「ん……」
シロナが伸びをしながら部屋から出て来たのを見て、ハクは飲み物を用意し始める。掃除を終えた3匹は家を出て庭でシロナのポケモン達と戯れ始め、その光景を眺めながらシロナは満足そうにハクへ視線を向けた。
「もう立派なトレーナー。いえ、ブリーダーね」
「?」
「ポケモンを持つ人の事よ。バトルを主にする人をトレーナー。育てる人をブリーダーといった感じで分けているの。貴女の場合、バトルはしないでしょ?」
「ん。……よく、わかんないから」
「そうね……少し気晴らしに、やってみる?」
「……バトル?」
「えぇ」
掃除は終わっている。他に今すぐやるべき事は無く、シロナも気分転換がしたい様子だった事でハクは頷いて了承した。
シロナが珈琲を飲み終わると、ハクは彼女と共に庭へ。外へ出て来た主人の姿にポケモン達が集まり始める中、ハクは3匹へ説明をした。
突然だが、この世界に居るポケモン達と意思疎通出来る人間は非常に少ない。言葉を交わさずに信頼関係のみでそれを可能にする者が殆どであり、中には超能力の様な力で会話をする者も居る。そんな中、ハクは何方の分類にも属されなかった。
「……バトル」
『っ! やる!』
『一杯動きたい!』
『頑張るっ!』
順にリオル、イーブイ、ピカチュウの順にハクの言葉を聞いてそれぞれが乗り気な様子を見せる。人でありながら猫であるハクはポケモン達の声を言葉として聞く事が出来た。シロナもそれは知っており、だが余り周りには言い触らさない様に注意している。それは悪い人間に狙われる原因となる可能性があるからだ。
「ルカリオ、頼むわ。……手加減はしてあげてね?」
「ぐわんぬっ!」
シロナに告げられ、最後にハク達には聞こえない様に言われたルカリオが前に出る。その姿を見て3匹の中で誰よりもやる気を見せたのはリオルだった。
ポケモンは進化する生き物である。ルカリオはリオルが進化した時の姿であり、普段から主人同士が同じ家に過ごして居れば交流も沢山。憧れを抱くのも無理は無く、出たいと願うリオルの言葉を聞いたハクはそれを許可する。
とある地方でトレーナー達の憧れとも言える存在、チャンピオンであるシロナ。そんな彼女の手持ちであるポケモンのバトルに対する熟練度は高いどころでは無く、今まで一度も戦った事の無い未経験のハクとその仲間達が真面に戦える筈が無い。だがそんな事も分からない程にこの世界に関して無知なハクと、無知な3匹は全力でバトルに挑む。
「リォ……『やら、れた……』」
「ブ、ブイ……『疲れ、た……』」
「ピィ、カァ……『もう、駄目……』」
「……お疲れ」
その結果は言わずもがなである。ルカリオを相手に3匹が順番に挑んでも、全く疲労させる事すら出来ずに敗北した。
リオルが飛び掛かっても片手で頭を押さえ付けられ、ただその場を走りながら腕を振り回すだけ。遂にはデコピンで戦闘不能に。
イーブイが足元を駆け回っても、殆どじゃれているだけで意味は無く、後ろ首を掴まれてからハクへ軽く放り投げられて戦闘不能に。
ピカチュウがそれっぽく電撃を浴びせても、何処吹く風。寧ろ気持ち良さそうで、尻尾を固くして叩いても聞こえるのはぺチぺチと可愛い音だけ。最後はイーブイ同様の方法で戦闘不能に。
初めてのバトルだ。それもポケモンの存在を知ってまだ浅いハクなのだから、こうなる事は致し方ないと分かる反面。普通のトレーナーなら心が折れる程の完全敗北である。少しシロナはハクが傷ついてはいないかと心配になった。
「……難しい、ね」
「そうね。ポケモンバトルは簡単では無い。だからこそ、とても奥が深い。ポケモンとの信頼関係もはっきりするわ」
ハクの様子を見て大丈夫だと分かったシロナはバトルについての話をする。本格的な戦いとは程遠い戦いだったため、3匹をボールの中で休ませながらハクはその話を聞いた。シロナからのレクチャーが凄いものだとはまた、知る事も無いままに。
バトルの日から数日。シロナは家を離れてある友人の元へ訪れていた。
「何か楽しい事でもあったみたいね、シロナ」
「そう見える? 確かに、最近は色々大変ではあるけれど……楽しいわね」
「へぇー、まさか良い人でも見つけたのかしら?」
「そんなんじゃ無いわ。強いて言うなら良い
「……まさか貴女、そんな趣味が……?」
「変な誤解をしないでもらえる?」
友人とそんな話をしながら、思い浮かべるハクの姿にシロナの表情は優しい笑みを浮かべる。それを見た友人はそれ以上、何を言う事も無い。ただ友人が楽しそうな姿を見て、自分もまた嬉しくなっただけだった。
その後、シロナは帰宅する。夜になる予定だった帰宅の時間が夕方と早まった事で、少しは長く休めると嬉しく感じていたシロナは家の中が妙に静かな事に気付いた。
「あら?」
ふと、庭の一ヶ所にポケモンが集まっているのが見えたシロナは外へ出る。音を立てずに近づけば、そこにはハクの手持ちである3匹のポケモンに囲まれて眠る1匹の猫。その姿は何処かで見た事があり、シロナは少しの間を置いて思い出す。初めてハクと出会った洞窟で、ポケモンに囲まれて可愛がられていた猫の姿を。
「洞窟に居た……まさか」
シロナはハクが猫に成れる事を知らなかった。だが同じ猫が偶然この場所に来る事はまずありえない。信じられない事実だとしても、それが真実だと彼女は理解して受け入れる。考古学者として数々の歴史に触れて来たシロナは、驚きの真実に対する耐性が強かったのだ。
「思えば、私は貴女の事を全然知らないのね……」
洞窟で出会い、共に外へ出てから一緒だったハクの事で知っているのは、子供も知る常識を知らないという事だけ。自分がチャンピオンというトレーナー達が目指す憧れの存在である事をまだ明かしていない様に、ハクもまだ明かしていない事が必ず存在する。
「知りたいわ、貴女の事を……」
眠る猫の毛並みを感じながら撫でるその手に込められたのはハクに対する愛しさ、愛情。
その後。目を覚ましたハクが人の姿で家へ戻れば、シロナが当たり前の様にリビングでハクを出迎えた。今まで外出していた事にして説明すれば、まるで最初から分かっていた様に納得したシロナ。そして不思議と普段より近い距離で過ごすシロナに、ハクは首を傾げるしか無かった。