内容的に本編の雰囲気を壊すと判断したため分けて投稿することにしました。
活動報告に投稿したものと内容は一切変わっておりません。
目を血走らせた赤座はゲートに向かって走る。
彼は失敗した。このままではこの失敗の責任を取らされることになる。
そうなれば出世どころではない。今の地位も失うことは明白だ。
何としてでももみ消さなければ。
その焦燥が最低限の理性すら赤座から奪い去っていた。
廊下を抜けたすぐ先に瀕死の一輝がいる。
そいつを殺せば万事解決。
そう信じて疑わない赤座が廊下を抜けようとした、その時。
ゴォン!と大質量の物体が衝突した音が駆け巡る。
それは赤座から発せられたものであり、思い切りもんどりうつ。
何もないはずのところに、透明な壁が佇んでいた。
「何だこの壁はッ!?邪魔をするなクソがァ!」
力任せに殴りつけてもビクともしない。
それでも学習せずに何度も殴りつけては拳を傷つける。
と、そこで、
「無駄だよ。オマエじゃここから出られない」
背後から突然声をかけられ驚き振り返ると、そこには帽子を深く被った人が壁に背を預けていた。
持っていた電子手帳をポケットにしまい壁から背を離した。
ぱっと見では男か女か判別がつかず、誰なのかわからない。
「時間の壁で部屋を作って空間を通常の時間軸から隔離させるんだってさ。ほんとめちゃくちゃすぎるよね」
訳のわからないことを言われ、焦りと苛つきが増すばかりの赤座は怒鳴り散らす。
「誰だ貴様っ!?さっさとこれをどけろ!!」
ガンガンと見えない壁を短い足で蹴りつける。
氏素性も知れぬ輩に邪魔をされている場合ではないのだ。
一刻も早く黒鉄一輝を始末しなければ自分が始末される。
「わからないのか。男の格好をしてみるのも悪くないね」
帽子を脱いだ下に現れた顔に赤座の細い目が見開かれる。
なにせ黒鉄一輝を貶めるために使った材料の一つがそこにいたのだから。
「こ、言ノ葉綴!?どうして貴様がここに……!?」
思いも寄らぬ人物の登場で赤座は混乱の極みに陥る。
ただの廊下のはずが見えない壁がそこにあって、いつの間にか背後に綴がいたのだ。
保身に必死になっている赤座には現状がまるで把握できていなかった。
だから綴が救世主のように見えてしまう。
それが己を地獄に突き落としに来た死神とも知らずに。
「ちょうどいい。貴様、この壁をどかすんだ!貴様なら何とかできるだろ!?」
自分勝手に喚く赤座だが、綴はまるで何も聞こえていないかのように表情を動かさない。
自分の思うように動かない現実に苛つきが頂点に達し、怒りのままに喉を震わせた。
「早くしろ!!私は────!!」
そこから先の言葉は続かなかった。
乾いた銃声が二回鳴り響き、膝の力が抜けて勝手に折れたのだ。
ぐしゃっと泥人形のように崩れ落ちた赤座は何が起こったかわからない表情で綴を見上げた。
いつの間にか銃を突き付けていた綴に見下ろされ、そこでようやく、自分が撃たれたのだと自覚した。
神経に熱した鉄を突き刺されたような痛みが脳天まで突き抜けた。
「あがあぁぁぁああ!!」
恥も外聞もなく叫ぶ。少しでもこの痛みが和らぐのなら喉が裂けるまで叫ぶだろう。
反射的に膝を手で抑えるが、不思議なことに手の下にはいたって正常な足があった。
なのに痛みだけは元気に訴えてくる。
外見と事実の矛盾に、もはや赤座の頭は思考を放棄した。
叫ぶしか能のなくなった赤座の耳に靴が床を叩く音が聞こえる。
その音は徐々に近づいて来ており、ついに目の前で止まった。
「《幻想形態》で撃っただけだ。実際に壊したわけじゃない。安心しろ。まぁ、痛みは本物だけど」
ひどく無機質な声音に感じた。
本当に人間が発している音声なのか不安に感じるほど無感動な声音だった。
恐る恐る目線を上げれば、
「ヒッ!?」
確かに人だった。
だがその瞳に浮かぶものは人のものではなかった。
人を人と見ていない目……そう、例えば道端に転がる空き缶を見るような、そんな目をこちらに向けていた。
比喩ではない。本当にこの女は自分を人という有機物と見なしていないのだ。
奇怪な音を発する無機物として見ている。他でもないその目が物語っていた。
人が人を人として見なさないなんてことが出来るのか。
同じ種族の生物なのに?
この場においてそんな疑問が湧いてしまうほど、赤座はその視線に恐怖していた。
「黒鉄君の怒りを代弁するつもりはない。彼は彼でケリをつける。だからボクはボクの怒りだけで済ませる」
黒鉄という単語が聞こえ、赤座は混乱の彼方に飛んでいた本来の目的を思い出した。
「そ、そうだ!あの男を早く始末しなけれ────」
銃声。勝手に右足が跳ね上がり足首の骨が粉々に砕け散る感覚が克明に刻まれる。
再び苦悶の雄叫びを上げる赤座に対してそれは告げる。
「ボクの問いに正直に答えろ。嘘をつけば撃つ。躊躇っても撃つ」
「ま、待て!貴様は────」
銃声。今度は左足首だった。
もはや叫ぶ気力すら尽きた。
「一つ目。オマエは月影総理に依頼されて動いたのか?」
会話が成立しない。
一方的な言葉のキャッチボールの強制。
場違いな名前の登場。
何もかもが理解の範疇を超越していた。
なぜこんな事になっているのか全くわからないが、とにかくこの場を凌ぐために服従する。
「総理なぞ知らん!私は支部長……黒鉄厳に従っただけだ!!」
「ならば、合宿場で襲いかかって来た平賀とオマエらに何の関係もないということか」
「そうだと言っている!平賀とは誰だ!?」
銃声。右手首が引き千切られる幻影を見る。
許容値をオーバーフローした脳が麻痺し視界がチカチカ点滅し始める。
「質問をしているのはボクだ。無駄口を叩くな」
理不尽な主張に歯向かうことすら出来ない。
芋虫のように地に蠢きながら命令を待つ。
「二つ目。マスコミにボクの家族を巻き込むように指示したのはオマエか?」
「……違う。私は新聞を作っただけで、他には一切関与していない……」
「マスコミが勝手に馬鹿騒ぎしやがっただけか。手間が増えたな」
そこだけは人間らしい怒りが露になり、それが却って赤座を安心させた。
銃口をこちらに下ろしながらも何かを考えるように黙り込んだ女。
全身の脂から滴る汗が床に水たまりを作り始めたころ、口を開いた。
「最後の質問だ」
最後。その単語が持つ響きがこんなにも美しく感じたのは初めてだ。
この訳の分からない地獄がもうすぐ終わるのだ。
わずかに残っていた気力を振り絞って意識を立て直した。
それが功を奏したのか不明だが、赤座にチャンスが舞い降りた。
「今回の件。オマエは悪気を感じているか?」
あるわけないだろう馬鹿が。
そう答えるのは容易い。
だがそんな答えを出したところで返ってくるのは理不尽な八つ当たりだ。
ならばコイツの意に沿うような答えを出せばいい。
幸いこの女にも人の情らしきものがあることはわかった。
情に訴えるような反省の言葉を並べればコイツも満足するだろう。
そういう生き方を何十年もしてきたのだ。ガキの一人欺くくらいなんてことは無いはず。
なるべく自分が無力な存在であり服従していることをアピールする。
「……反省している。最初は落ちこぼれを貶すだけで出世を約束されて喜んでいた。だが、それをしている内に私の中の良心が痛んできた。いくら邪魔者でも相手は人間。度を過ぎたことをしてはならないはずだ。その罰がこれだ。私は彼に行き過ぎた行為をしたから罰を受けた。反省している。もう二度とこのようなことはしない。だから────」
銃声。四肢を繋ぐ全ての関節が完膚なきまでに撃ち砕かれた。
その痛みに気づくことなく、赤座は呆然と女を見上げた。
どうして許してくれないのか。ここまでしているのに、どうして。
「オマエがここにいる時点で答えは知っている」
「────ぁ」
忘れていた。なぜ自分がこの場に来ていたのかを。
目先のことを何とかしようとしか考えていなかったゆえの愚行。
否、そういう生き方をして来たゆえの必然だった。
厳に昇格を唆されたその時点で確定していた結末だったのだ。
「ボクの尊厳を、ボクの
「ま、いや、やめ……!」
ガッと禿頭を掴み目線を合わせさせた。
「まずは指から潰す。全部の指を潰したら次は関節だ。全部の関節を潰す。今度は骨だ。首から下の骨を全部潰す。終わったら歯だ。歯も全部潰す。最後に目玉を潰して脳天を潰す」
すらすらと並べられるおぞましい言葉の数々にもはや赤座は恐怖を感じることすらままならなくなる。
この女は確実にやり遂げると、その目が言っていた。
「《幻想形態》でやってやるから死ぬ心配はしなくていい。だからといって簡単に気絶出来ると思うなよ。あいにく火力の調整だけでBの評価を貰ってるんだ。オマエが気絶しないギリギリをキープするなんてお手の物だ」
乱雑に離して女は立ち上がった。
その後、部屋には銃声と人ならぬ声のみが充満した。
◇◇◇
赤座が廊下に入ったのとほぼ同時に、バンバンバンバンバンバン!と銃声が鳴り響いた後、透明な壁に円状に並ぶ穴が空いた。
くり抜かれた円型の壁が内側から蹴り破られ、壁全体が形を崩した。
壁を壊した本人である綴は固まった首回りをほぐしながら呟く。
「あースッキリした。忘れよ」
部屋の中でどれくらいの時間を過ごしたから定かではないが、現実の時間では一秒にも満たない時間しか過ぎていない。
何があったかは綴と赤座しかしらないが、綴はその記憶を捨てて赤座は人格と共に封印した。
部屋の中を知る者は誰もいなくなった。