言ノ葉さんと知り合ってから半年が過ぎようとしていた。
授業から締め出されてはサボり、共に食事をし訓練をする。
そんな毎日を繰り返し、いつまでも続けばいいのにと思っていた時だった。
不変を願ったはずの僕自身が変わってしまったのだ。
具体的な時期はわからない。何がきっかけだったのかもわからない。
けれど、言ノ葉さんに対する意識が友達のそれから一人の異性へ向けるものに変貌していた。
不意に向けられる柔らかな笑み。何気なく触れられる細い手。話している時に漂ってくる甘い匂い。
その全てが僕の胸を掻き乱す。
身も蓋もなく言ってしまえば、言ノ葉さんのことが好きになってしまった。
だけど彼女は僕をどう思っているのだろうと思うと、自分の気持ちを伝えることを躊躇った。
もし親友として付き合ってくれていたのなら確実に今の関係を壊すことになる。
今の心地よい場所が無くなることがどうしても怖かった。
そんな悶々とした想いを秘めて少し経ち、やがて決心した。
伝えよう。
大切な人に本心を隠して生きていくなんて僕には出来ない。
もし拒絶されたとしても、その時はその時だ。
人生で最大の覚悟を決めたその日、いつも通り言ノ葉さんの部屋でご飯を頂いた後彼女に声を掛けた。
「どうしたの?そんな改まって」
洗い物を終えた言ノ葉さんが僕の前に立つ。
綺麗な佇まいに息を呑む。
「急なことで本当に申し訳ないんだけど、どうしても伝えなきゃいけないことがある」
うん?と小首を傾げたまま先を促した。
言うぞ。
そう思った途端に臆病風が吹き付けるが、それに煽られる前に一息で言った。
「言ノ葉さん。君のことが好きだ」
言った。言ったぞ。
一番奥にしまっていた気持ちを曝け出したことがどうしようもないくらい恥ずかしい。
だけどこの気持ちが本当だと少しでも伝わるように彼女の目を見つめる。
するとぽかんととぼけた顔で見つめ返してくる。
たっぷり数秒沈黙を挟むと、表情を変えずに口を開いた。
「……それってアレじゃないよね?人間としてってヤツじゃないよね?」
「女の子として、君が好きだ」
「あぁ、うん。ボクの勘違いじゃないんだ。ならいいんだけど……。そっか、うん……」
口では大したことなさそうに呟く言ノ葉さんだが、言葉尻に行くに連れて顔がみるみるうちに赤く熟れていく。
釣り合っていた目線が力なく下がっていき、すっかり縮こまった。
普段の明朗な姿は見る影もなく、ぽしょぽしょと何事か呟く。
「黒鉄君が、ボクのことを……」
確かめるような口調で呟かれたその言葉だけ聞き取れた次の瞬間、言ノ葉さんはにへら、とだらしない笑みを浮かべて、僕の目線を思い出したのか慌ててぱっと手で口を覆い隠した。
それでも柔らかく吊り上がった口角ははみ出てしまっており、引っ込めようにも引っ込められない様子でひくついている。
唖然と見つめていると、耐え切れなくなったようにリンゴのような顔を伏せた。
「……そんなに見つめないで……恥ずかしすぎて死にそう……」
そんなことを言いながら垂れた前髪から覗く目はこちらをしっかり捉えている。
どことなく少年らしさを感じさせた今までの彼女と打って変わって、初めて僕に見せた女性らしい仕草。
さして珍しい仕草じゃないはずなのに、僕には途方もなく可愛らしく見えて、同じくらい妖艶に見えた。
たったそれだけのことが、辛うじて保っていた僕の理性を呆気なく溶かした。
見たい。彼女の可愛い姿をもっと見たい。
そう思った時には既に手が動いていた。
彼女の手を引き剥がし、細い顎を持ち上げて顔を上げさせた。
「ぅ、ぁ……」
半開きの口から漏れた声は甘い艶を帯びていた。
目尻に涙を溜めた瞳は恥ずかしさに濡れきっており、期待と不安の間で揺れ動く。
掴まれた腕は抵抗するように揺れるが僕の力の前では無力に等しい。
隠したいものを力づくで暴かれたというのに、言ノ葉さんの顔は喜悦を湛えていた。
きゅっと紐で締められたような感触が胸に刻まれる。
「いやっ、見ないで!絶対変な顔してるから……!」
顔に出ているものと相反することを言う。
たぶん彼女自身は僕にどんな表情を見せつけているのか自覚していないのだろう。
意識では恥ずかしくて見られたくないと思っているのかもしれない。
だけど、彼女の体はもっと見て欲しいとおねだりしているようにしか思えなかった。
心臓をガツンと殴られたような衝撃が走る。
「言ノ葉さんっ」
細い両手を彼女の後ろに縛りつけるように片手で抑えつけ、そのまま抱きかかえて僕と密着させる。
もう片方の手で言ノ葉さんの顔を固定させて僕以外見れないようにした。
その上で、蕩けた顔をじっくりと見つめる。
訓練では鬼のような強さで叩きのめしてくる言ノ葉さんが、僕の腕の中に収まって好きなようにされている。
その事実が尋常ではない興奮を与える。
僕にも支配欲というものがあったらしい。
「うぅ……」
拘束を解こうと身動ぎするが、僕に柔らかい身体を擦り付けるだけに終わる。
腕を後ろに回していることで強調された胸が僕の胸板によって潰され、凶悪な心地よさを与えた。
前面から伝わってくる温かさと柔らかさが男の
堪え切れない悦が溢れるように、溜まっていた涙が頬を伝った。
上目遣いの瞳には確かな悦と期待の色が浮かんでおり、男の欲求を掻き立てるような扇情的な表情で僕を見るのだった。
本人すら見たことがないであろう顔。
僕だけに見せた顔が、僕だけを見つめて愛おしそうに呟く。
「黒鉄君……」
言葉にされなくともわかる。
今、彼女は僕を欲している。
僕という男を受け入れて、女の悦びを感じている。
人生で初めて味わっているであろう悦びを、他の誰でもない僕から与えられることを望んでいる。
今すぐ彼女を組み敷いてむちゃくちゃに貪りたい。彼女を強引に押さえつけて僕の欲望の全てをぶつけて満たしてやりたい。
そんな衝動が脳を駆け抜ける。
きっと彼女もそれを喜んで受け入れるだろう。
だけど、それでも。初めて僕を受け入れてくれた女性を大切にしたいという気持ちも強くて。
ここまで乱暴にしておいて勝手な言い分だが、もうしないと示すために手をそっと離して何とか言葉をつむぐ。
「言ノ葉さん……。キス、してもいい?」
情けないくらい震えた声だったけれど、彼女はうっとりとした表情で頷いた。
「いいよ」
すっと瞼を閉じて顎を上げた。
するりと僕の腰に両手を回して、彼女自ら僕に密着して愛おしむように撫でるのだった。
僕が乱暴をするまでもなく、言ノ葉さんは自分の体をあっさりと委ねたのだ。
まるでキミの乱暴がなくともボクの気持ちは変わらないと言っているようだった。
それがどうしようもないくらい嬉しくて、僕も彼女に優しく手を回して顔を近づけた。
互いの微かな吐息すらわかる程近づいて、やがて僕らの唇は重なった。
初めての粘膜接触は想像を遥かに超えた快感を与えてきた。
唇から伝わってくる全ての情報が、今確かに言ノ葉さんと心まで繋がっているのだと再確認させる。
ずっとこうしていたいと思うような、もっと溺れたくなるような、そんなむず痒く甘美な快楽。
数秒の後にどちらともなく唇を離した。
ふるふると震える瞼を持ち上げた言ノ葉さんが名残惜しそうに僕の唇を見て、奪われた純潔を確かめるように自らの唇を舌先で舐めた。
無意識にやったからなのか、無邪気な幸福がその動作から如実に滲み出ており、それが何よりも艶めかしく映って目を離せなかった。
熱のこもった眼差しを段々と上げていき、僕の目線とピタリと合わさったとき、言ノ葉さんの唇が緩やかに動いた。
「好き」
静かな告白に体がびくりと震えた。
肉欲をそそり立てるような表情で肉欲を啜った彼女。
だけど、決して肉欲に呑まれたゆえのキスではないことを、その短い言葉に込めて伝えてきた。
それがわかってしまうから僕の心と体が打ち震えた。
そんな僕の様子を心底嬉しそうに彼女は見つめる。
「好き」
腰に回す手の力が強まった。
自分が口にする言葉に掻き立てられているかのようだった。
「好き……!ボクも黒鉄君のことが好き!」
泣きそうな顔なのにとびきりの笑顔だ。
呆然とそんなことを考えた隙を突いて全体重を乗せてきた言ノ葉さんは僕の後ろにあったベッドに押し倒してきた。
辛うじてふちに腰掛ける程度に留まったが、それでも彼女はお構いなしに僕の股座に跨り長い脚を腰に巻き付け、首の後ろに腕を回すとそのまま僕の唇に吸い付いた。
初めてのキスとは比べ物にならないくらい情熱的なそれ。
まさしく貪るように唇を食む。
あぶれそうになるとすぐに挟み直し、少しも離れたくないと身体を擦り付ける。
その気持ちに答えるように彼女の腰に手を添えるとくぐもった甘ったるい声が僕の口内に響いた。
お返しとばかりにうなじを優しくさすってきた。真下にある脳幹に電流のような痺れが走る。
全身の五感の余すところなくもたらされる快楽で気が遠のきそうだ。
言ノ葉さんは激情をぶつけるのに精一杯のようで止まる気配がない。
だが薄く開いた瞼から縋るような視線が投げかけられ、もうこのままなるようになってもいいかと頭の片隅でぼやいた僕は、何度目かわからない理性の消失を許したのだった。
◇◇◇
「……ぷはっ」
言ノ葉さんの唇が離れたことにより僕の自意識が戻ってきた。
肩で息を吸う言ノ葉さんは汗でびっしょり濡れていた。
ボブの髪が首筋に貼り付いている姿が美しく映える。
ふいに体を預けてきて肩に頭を乗せてきた。
さっきのような色欲は感じられなかった。
「ごめん……疲れちゃったからこのままでもいい?」
「うん。いいよ」
耳元で囁かれ一瞬心の悪魔が顔を覗かせたが全力で叩き伏せた。
僕はある程度鍛えているからまだ余裕があるけど、彼女は並みの体力だ。
疲れ切っている彼女をさらに追い立てるような真似はしたくなかった。
湿っぽい背中を撫でてやれば心地好さそうな吐息をついた。
少しの間そうしていると、言ノ葉さんがぽそりと呟いた。
「キミが告白してくれた時、本当に驚いたんだよ。そういうのに興味ないんだって思ってたから」
「僕だって男だよ?」
「知ってる。たくさん意地悪されたもん」
顔は見えないが、満更でもなさそうな笑顔でからかっているに違いない。
「……その時はごめん。痛かったでしょ」
完全に我を忘れていたから力を加減できていた自信が全くなかった。
この細く柔らかい体を痛めつけたという自覚が今更になって胸を突き刺す。
「まぁ、確かに痛かったけど」とことわった言ノ葉さんは「でもね」と続けた。
「優しいキミが気遣いを忘れちゃうくらいボクに夢中になってくれてるんだってすごく嬉しかった。それに黒鉄君のモノにされちゃうと思うと……、その、結構興奮したし」
聞いてるこちらが恥ずかしくなるような暴露に思わず赤面する。
言ノ葉さんもぐっと腕を締めて僕の首筋に顔を埋めた。
「だから、ありがとう。そんなになるくらいボクを好きになってくれて」
そう言って愛おしそうに体を撫でた。
どこまでも純粋な好意が肉欲では満たせない何かを穏やかに満たしていく。
彼女を愛したいという思いが胸をいっぱいにして体を火照らせた。
「僕の方こそありがとう。君も夢中になってくれて嬉しかったよ」
「……あんまり言わないで。思い返すとほんと恥ずかしくなる」
僕が襲ったはずなのにいつの間にか襲われてたもんね、僕。
性欲と言われれば男のふしだらさを連想させるが、女の子にも相応のものがあるんだと思い知らされた。
「ところで、言ノ葉さんはいつ僕を好きに……?」
「えっ」
「ここまでした手前聞くのも情けないと思うんだけど、どうしてもわからなくて」
銃しか興味がないと言い張る姿を鮮明に思い出せる。
その言葉に偽りなく言ノ葉さんは僕と友達のように接していた。
どこで僕に興味を持ったのだろうか。
言ノ葉さんは恥ずかしそうに小さく唸ったが、観念したように早口で言った。
「好きになったキッカケは覚えてないけど、興味を持ったのは初めて会った時だよ」
「あの時?」
「言ったろ?キミはボクよりすごい奴だって。周りから否定されてもめげずに頑張ってる黒鉄君がカッコいいって思ってたから言ったんだよ」
「……言ノ葉さんほど頑張ってないと思うけど」
「そんなことない。キミに勝てる努力家はいないさ」
そうなんだろうか。イマイチ実感が掴めない。
言ノ葉さんは楽しそうに体を揺らしながら語る。
「いいなぁ、カッコいいなぁって思ってたらいつの間にか好きになっちゃってた。ちょっと前からいっぱい触りたいし触られたいなって思うようになってたんだけど、キミってばそんな素振り全然見せないからさ。ボクにそんなこと迫られても嫌がると思ってたくさん我慢してたんだよ?」
「ご、ごめん……」
半ば反射的に謝った後、ちょっと待てよと頭の中で切り返す。
言ノ葉さんの言うちょっと前がどれくらいなのかわからないから確定は出来ない。
が、言ノ葉さんがそう思うようになったのと僕が彼女を意識し始めたの、ひょっとして同時期じゃないか?
仮にそうであるならば、僕が勘違いだと言い聞かせて我慢していたのがあまりにもバカなことだったってことになるんけど……。
「……言ノ葉さん。もしかしてだけどさ」
「うん」
「よく笑顔を見せたり、ちょっと手を触ったり、いつもより近い距離で話したりしたのってわざと……?」
言ノ葉さんは僕に抱きついたまま黙る。
ぺりっと引き剥がして顔を向かい合わせると、悪戯がバレた子供のように唇を尖らせた。
「半分くらいわざと」
「やっぱり……」
「しょ、しょうがないじゃん!したかったんだもん……」
拗ねるようにもじもじと身をよじった。
半分わざとということは半分無意識でやってたのか。
我慢しようとしてもついって感じで。
「なにそれ可愛い」
「うるさいな!それがなんだってのさ!」
ぷりぷりと怒る言ノ葉さん。
からかうつもりはないのでぶっちゃける。
「僕も我慢してた」
「え?」
「君がそうやって来るたびに僕もそうしたいと思ってた」
ポカンと惚けた。
しばらくするとじわじわと鼻先から耳たぶまで赤く染まり、ボブヘアが一瞬膨らんで見えた。
「えっ、やっ、うそっ?」
「ほんと。ずっとドキドキしてた」
「でも何も反応しなかった!」
「そりゃ、表に出さないようにしてたから」
「なんでよ!」
「……だって勘違いだったら恥ずかしいでしょ」
ぱくぱくと金魚のように空気を食む。
あまりに予想外だったのかすぐに言葉が出てこないらしい。
いつまでも眺めててもいいが、彼女にあれこれ聞き出して自分は何も言わないというのはズルい話だ。
少し勇気を出そう。
「だからこれからいっぱいしよう。君が我慢してきたぶんも、僕が我慢してきたぶんも、全部しよう。僕たちは恋人なんだから」
そう言い柔らかい頰に手を添えた。
可愛らしい顔を撫でて愛でると、飲み込めた言ノ葉さんがすごく幸せそうに微笑み僕の手を取って自ら擦り寄った。
「いっぱいしようね。大好きだよ、黒鉄君」
「大好きだ、言ノ葉さん」
示し合わせたようにお互いの唇を啄ばみ、結ばれた幸せを分かち合った。
◇◇◇
晴れて恋人同士になった僕らだが、意外なことに肉欲に溺れる日々を送るようなことはなかった。
というのも、後日あの日のお互いのハマり様にお互いにマズイと感じ、少なくとも学生の間は清い関係だと言えるような付き合い方をしようと決めたのだ。
ただ、下手に押さえ込もうとすればフラストレーションの元になるため、これといった明確な規制はしなかった。
一緒に過ごしていく中で上手い折り合い点を探っていき、自然とお互いが納得できる形の愛情交換に落ち着いた結果だった。
まぁ、最近言ノ葉さんが「超えちゃいけないラインのギリギリで我慢するのってすごく気持ち良さそうじゃない?」とかなり危い提案をしてきたおかげで落ち着いてないんだけど……。
提案した彼女はノリノリだし僕も僕で楽しんじゃってるから、いつうっかり超えちゃうか心配でならない。
そんな背徳感すら利用してるのだから救いようがない。
これ、本当に清い関係なのだろうか。
絶対違うと思うけど深く考えないようにしよう。
そんなことはさて置き、学園生活二回目の春が訪れた。
新しく理事長に就いた新宮寺さんのおかげで僕の境遇が大幅に改善されたのだが、残念ながら言ノ葉さんと共に進級することは叶わなかった。
が、卒業の目処が立っただけでも万々歳だ。理事長には頭が上がらない。
さぁ心機一転頑張るぞ、というところで理事長室に呼び出しを受けたのだったが────
「黒鉄と言ノ葉をルームメイトにする」
この一言が波乱の幕開けだった。
『完全な実力主義と徹底した実践主義』という教育方針のもと、実力の近しい者同士を性別問わずに二人一組を作り一つの部屋に押し込もうというのだ。
しかし言ノ葉さんはBランクで僕はFランク。比べるべくもない差がある。加えて言うなら学年も違う。
なぜそんなあべこべな組が誕生したかと言うと、一年生の中で条件通り組を作ったところ僕一人だけが余り物になってしまったが、丁度二年生の方も言ノ葉さんだけ余ったのだ。
今寮の空き部屋は二つあるらしいのだが、片方は今年海外から留学してくるステラ姫専用の部屋として使うため、残った一部屋に僕たち二人を入れるしかないということだった。
「お前とステラ姫を組もうかとも思ったが、さすがに遊びがすぎる。問題が服を着て歩いているような男と世界中から大人気の皇女様を同室にするだなんてトチ狂った真似はしないさ。今回は遠慮しておいた」
とは理事長の弁だが、遥か向こうの世界線に強烈なブーメランが飛んで行った気がするが気のせいだろう。
ブーメランが思い切り後頭部にぶっ刺さった理事長の姿も見えたが気のせいだろう。
ある意味英断をした理事長によって、僕と言ノ葉さんは同棲することになったのだ。
まるで良くないことを言う口ぶりだと思うだろうか。
交際している恋人同士の同棲に何の問題があるかと思うだろうか。
実際、かなりマズイのだ。
先述の通り僕と彼女はある程度関係をキープした状態で付き合ってきたわけだが、それが成り立っていた最大の理由は別室だったからというのがある。
破軍は午後六時になると異性の寮へ入ることを禁じられる。この規則が防波堤になっていたのだ。
人の目がある場所で恋人の営みをするのは恥ずかしいという言ノ葉さんを尊重して、そういったことは彼女の部屋でしかしなかった。
だから六時になれば即終了。今日はこれでお終い。そういう流れが出来ていて、それで上手く踏ん切りがついていたのだ。
おわかりいただけただろうか。
さながらブレーキがない車で高速道路を走るようなものである。
どこまで行ってしまうか見当も付かない。
恐ろしい将来に打ち震えながらこのことを言ノ葉さんに報告すると、
「……じゃあもっとギリギリまで行ってみよっか。どっちが先に超えちゃうか我慢比べしよう」
と加虐と被虐の両方を悦ぶ笑みでそう言ったのだった。
清い関係とは何だったのか。
去年と違う一年になりそうだと他人事のように思いながら彼女が待っている部屋の鍵を嬉々として開けた。