※この作品はR-18です。

暁の堕姫~堕ちていく人妻~   作:人妻大好き

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プロローグ

 太平洋上に浮かぶ巨大な鉄の塊。

 魔術と科学の粋を結集して生み出された人工の島で、その面積は日本の四国に相当し、人工島という利点を活かして今でも物理的に成長を続ける巨大な機械島。古くは絃神島と呼ばれ、日本が誇る巨大な研究都市であったそこは、第四真祖の出現により役割を大きく変更し、今となっては暁の帝国(ライヒ・デア・モルゲンロート)と名を変えて日本から独立を果たした。

 第四真祖が治める夜の帝国(ドミニオン)は、世界でもバツグンの知名度と影響力を有するに至った。

 世界最強の吸血鬼を皇帝に戴く最新の夜の帝国は、その母体を最新科学の集積場でもあった魔族特区としている利点を活かして科学技術に於いても世界を牽引する存在となっている。

 そんな暁の帝国の飲み屋街の一画、ビルとビルの間の細い路地とも言えない通りに、その整体院はひっそりと佇んでいた。

 一日中日が差さない、薄暗い路地に看板すら立てない整体院には当然のように客が出入りすることなど滅多にない。そもそも、ここに店を出していることにすら、多くの人は気付いてもいないだろう。

 夜ともなれば、繁華街の明かりすらこの路地にはろくに届かない。世の中の完全な死角であるが、そんな時の流れのままに朽ちていくかのような佇まいの整体院を経営する男は、よほどの物好きに違いない。

 経営者の男は綾瀬と客に名乗る。年の頃は二十代の半ばに見えるが、あくまでも人間ベースで換算したものである。所謂歳相応の外見というのは、純粋な人間にしか適応できず、吸血鬼のようにある年齢で成長を止める種族もいれば、人間の数倍から十数倍以上年月を若い姿で過ごせる種族もわけ隔てなく共生しているのが、暁の帝国である。この男が、人間でなければ、外見から年齢を求めるのは困難だろう。 

 店内は、オレンジ色のランプでほんのりとした明るさだ。薄暗い店内には影が多く、アンティーク風のデザインが古風な印象を与える。

 店内に流れるジャズの音色が奏でる雰囲気は、整体院というよりもむしろバーに近い。実際、厨房もあるし、複数のアルコールも備えているので、整体院という肩書きそのものが違和感のあるものだ。どちらかといえば、紳士の社交場と言われたほうがしっくりくる。

 客が出払った後の店内には店長の綾瀬しかいない。彼は一日の仕事を終えて、厨房でワイングラスの片づけをしていた。

 そこで、これまた年代物の懐中時計を取り出した。

 

「もう、こんな時間か」

 

 時刻は午後十一時を回っている。

 さすがにもう遅い。夜行性の吸血鬼も、最近は人間との共生を進めた影響か昼に出歩くことが一般的になってしまった。こんな時間に出歩くのは、夜遊びをしている悪い連中か夜遅くまで仕事をしていた疲れたサラリーマンくらいのものである。

 綾瀬が懐中電灯を懐に仕舞うのと、店のドアが開くのはほぼ同時だった。

 からんからんと吊るしていたベルが鳴る。

 入ってきたのは、一人の女性だった。

 スーツ姿の若く、美しい女性だった。

 可愛らしい顔立ちに知性を秘めた、ドールのような美しさ。吸い込まれるような黒髪は、艶やかにランプの明かりを弾いている。

 

「お待ちしておりました。ご予約のお客様ですね」

「……あ、はい」

 

 女性は、緊張した面持ちで頷いた。

 この店にやって来るのは初めてだ。見た目通り真面目な堅物として生きてきたようで、そういった人種は、こうした店に来ること自体がかなりの挑戦になるのだ。

 

「お名前を伺ってもよろしいですか?」

「……雪です。」

「雪さんですね。シンディさんのご紹介で、間違いありませんね」

「あ、はい。そうです」

「それでは、奥にお進みください」

 

 雪と名乗った女性を、綾瀬は先導する。

 店内には何部屋かの個室があって、中は小さいながらもソファとベッドの他、風呂場やトイレも完備したホテルのような構造であった。

 

「本当にこんな個室なんですね」

「プライバシー保護とお客様の安心感のために、少々奮発しました」

 

 小規模とはいえ、ホテル並みの部屋を用意するとなると、それ相応の設備投資が必要になるが、客がお金を落としてくれれば、十分に回収できる。

 

「どうぞおかけください」

 

 雪は促されるままにソファに座る。

 綾瀬は人好きのする笑みを浮かべて、膝を突き、リーフレットをテーブルに広げる。

 

「本日は当店のご利用、ありがとうございます。私、店長の綾瀬と申します。それと、こちらが――――」

 

 と、綾瀬の背後に靄が立ち昇った。

 まるで綾瀬の影から滲み出たかのように現れたのは、小さな少年であった。

 

「アシスタントのリノになります」

 

 リノと紹介された少年は、無言のままに頷いた。

 

「子ども?」

「ご安心ください。見た目だけです。この子は、こう見えてお客様よりも年上です」

「魔族、なんですね。……いえ、ホムンクルスに近い?」

「お詳しいのですね。如何にも、それに近しいものです。十年前、違法なホムンクルス製造を行っていた企業が摘発された事件をご存知ですか?」

「はい。よく、覚えています」

「彼はそこで保護されたホムンクルスの一人です。ただし、製造された個体ではなく、遥か昔に製造され、その企業に保管されていた者になります。特区警備隊に保護された後、各所を渡り歩いて私の下にやって来た次第です」

「そうだったんですね。あの事件では、確か、十名以上のホムンクルスが保護されたとか」

 

 ホムンクルスが感情表現に乏しいのは珍しくない。もともと、そういった機能がないまま製造される者もいるくらいだ。

 費用対効果や人道面からホムンクルスの製造は一部の研究機関を除いて違法である。

 

「それでは説明に戻らせていただきます」

「あ、はい。すみません」

「まずコースになりますが、当店のご利用初めてのお客様は、こちら基本コースのみとなっております。お支払いは、ご紹介サービスということで、本日は無料で対応させていただきますので必要ありません。お飲み物は無料サービスとなっておりますので、メニューの中からご自由にお選びください」

 

 そう言って綾瀬はメニュー表を広げる。

 雪はその中から、とりあえずウーロン茶を選んだ。

 リノがウーロン茶をすぐに持ってきて、雪はグラス半分までそれを飲んで、喉を潤した。

 

「それでは、まずは浴室で汗を流してください。その間に、私たちはマッサージの準備を整えておきますので」

 

 言われるがままに雪は浴室に向かう。

 緊張感を漂わせる雪の背中を綾瀬は見送り、小さくほくそ笑むのだった。

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 三日ほど前の事だ。

 公園の自販機の前で、美しい女性が待ちぼうけを食っていた。

 彼女の名前は暁雪菜。旧姓は姫柊。暁の帝国を統べる第四真祖、暁古城の妻の一人で、中学三年生になる娘を持つ母でもある。

 攻魔師として名高く、多くの魔導犯罪者を逮捕してきた実績と美しさは真祖の妻であることも相俟って、国内外に多くのファンを持っているという。

 その雪菜だが、この日はいつものスーツではなくラフな私服を着ていた。細身のジーンズに半袖のTシャツだ。お洒落とはいえないはずのシンプルな組み合わせだが、これが異様に似合うのは彼女のすらりとした体形の賜物であろうか。

 人目を忍ぶ立場の雪菜だが、普段は街中を出歩いても人に気付かれることはない。そういう特殊な魔術と立ち振る舞いをしているからだ。

 そんな雪菜と目があったのは赤毛の女性だ。

 進藤美波という雪菜の中学生の頃からの親友の一人である。渾名はシンディ。自己紹介のときに噛んでからずっとそう呼ばれている。

 

「ごめん雪菜、待った?」

「すごい待った」

「ごめんてば、ほんと」

 

 雪菜は本気で怒った様子もなく、軽口を叩く。

 この日はお互いに休暇中だ。

 日頃、お堅い仕事をしているので、こうして息抜きができるのは貴重な時間だ。

 

「じゃあ、いこっか」

「うん」

 

 訪れたのはシンディの自宅だ。

 短大卒業後、就職したシンディは、雪菜と同じく仕事をしながら子育てをする母になった。

 

「何か、シンディの部屋の雰囲気って、中学の頃から変わらないよね」

「変わらないとか、あんたに言われたくないんだけど。私はすっかりおばちゃんなのに、あんたはずっと若いままなんだからさ。私も吸血鬼の旦那にすればよかった」

「そんな事言ったら、旦那さんが泣いちゃうよ」

 

 コーヒーを口に運びながら、雪菜は苦笑する。

 シンディの言葉は何とも答えにくい。

 血の従者、あるいは血の伴侶と呼ばれる一代限りの擬似吸血鬼。本物の吸血鬼に血を吸われ、月経や体調などの条件が重なってなる場合と、吸血鬼から臓器の一部を移植されてなる場合があるが、いずれにしても擬似吸血鬼は主となる吸血鬼からの魔力を供給されて、半ば不老不死の存在になる。

 主の命令には絶対に逆らえないという大きな制約があるが、若い姿を永遠に残して生きられるというのは、大きな特徴であろう。

 雪菜は第四真祖の血の従者なのだ。

 

 

「旦那ねー。うちの旦那は単身赴任で、海外なんだよー」

「そういえば、そうだったね。じゃあ、今は子どもと二人暮らし?」

「そだね。まあ、時々お母さんが様子を見に来てくれるけど」

「今日は?」

「それこそ、お祖母ちゃんの家ってヤツさ。大好きだからね、あの子」

「いい子だね」

「どうだか。悪さばっかりよ。このまま、小学校に行かせるのは、ちょっと心配だわ」

「でも、今が一番可愛い時期だよ。これからはもっと大変になるよ」

「雪菜のとこは、もうすぐ高校生だもんね。あんた、早かったから」

「まあね。彩海学園だから、受験の心配はいらないけどね」

 

 雪菜の娘、零菜は現在中学三年生だ。母が通った彩海学園に通っている。この学校はエスカレーター式なので、高校受験をする必要がない。

 

「うちも将来は彩海に入れたいなーと思いつつ、あそこも今は偏差値高いから、どうかな」

「中学受験は、かなり気を張ったよ」

「でしょうね」

 

 互いに母親になって、共通の悩みができた。雪菜はシンディよりもずっと前から母親だったので、こうして愚痴を言い合う機会でも、それとなくアドバイスをする立場になった。

 

「ところでさ、雪菜。最近、プライベートはどうなの?」

「どうって?」

「夜のあれこれとか?」

「特に何も。今は忙しいから」

「ふぅん、そうなんだ」

「わたしは帰るの遅いし、あの人も泊りがけなんて珍しくないから。帰って来ても、お互い疲れちゃってて、最近はあまりそういうのはないかな」

「じゃあ、最近は結構寂しいんだ」

「まあ、寂しいって言ったらそうかもね」

 

 昔はこういう話には抵抗があったが、さすがにこの歳になってくれば普通にできるようになる。相手がシンディだからということもあって、雪菜は自分の気持ちに正直になれるのだ。

 

「ふふーん。さすがの雪菜も身体を持て余してしまいますか」

「その言い方には語弊があると思うけど……もういい歳なんだし」

「その外見でいい歳って言われてもねー。身体が変わらないってことは、性欲だってまだまだ元気なんでしょ?」

「ノーコメントで」

 

 シンディの下世話な話に呆れながら、雪菜はコーヒーを口に運んだ。 

 

「まあ、いいのさ。雪菜も人並みの悩みだってあるわけだからね。そうだ、何なら、仕事帰りにでもそういうお店に行ってみれば?」

「そういうお店?」

「性感マッサージって言うの? ほら、持て余した身体をどうにかしてくれるトコ」

「それ、所謂風俗でしょ?」

「まあ、そうね」

「ダメよ、夫もいるのに」

「その夫との夜の営みが上手く行かないマダムがよく行くお店もあるよ」

「……シンディ、もしかして、行った事あるの?」

「あははぁ、恥ずかしながら常連で」

「え? 本当に? でも……」

「そりゃ、もちろん旦那には内緒だけど、プライバシーの保護はきちんとしてるって言うし……ま、わたしも寂しかったし、それで友達から紹介されて行ってみたら、もうすごくてさ」

「嵌っちゃったってこと?」

「まあ、そういう言い方もできるかな」

 

 頭を掻いて恥ずかしそうにするシンディ。

 正直、雪菜にはあらゆる点が意外だった。まず、シンディがそういう店に通っているということもそうだし、そもそも風俗店を女性が利用するということも、雪菜は聞いたことがなかった。そういういかがわしい店は、男性が利用するものというのが、雪菜の常識だった。

 

「数は多くないけど、皆無ってわけじゃないよ。女性向けもね」

「そうだったの……知らなかった」

「雪菜は潔癖だし、結婚も早かったからそういう情報と無縁だったんだろうね」

「潔癖ではないと思うけど」

 

 確かに、これまでそのような「いかがわしい」サービスには興味がなかった。仕事、子育て、家事と慌しい日々を過ごしていたからだ。

 シンディのように一般的な生活をしている同級生が、大学で自由を謳歌している時も雪菜はすでに母親であり、治安維持の最前線に立つ一流の攻魔師であり、第四真祖の妻の一人であった。遊んでいる時間はなかったし、遊びたいという思いもなかったのだ。

 

「零菜ちゃんもしっかり者だし、もう手が離れつつあるんでしょ。親としては寂しいのかな?」

「まだまだ全然。口答えが一端になっただけ」

「厳しいなぁ、雪菜ママは」

 

 友人の教育ママぶりを再認識して、シンディが苦笑する。

 

「そんで、どうする?」

「え?」

「お店」

「いや、それは……」

  

 雪菜はつい言いよどむ。

 夫も自分も忙しく、最後に交わってからずいぶんと時間が経ってしまった。娘に指導するために、自分の気持ちもセーブしていたので、自慰すら控えているくらいだ。そんな状態なので、気の置けない仲のシンディに、そのような話をされると明確に拒否することができなかった。

 

「ふぅん、雪菜も興味ありそう」

「ッ……いや、ないよ。全然」

 

 誤解をもたれては堪らないと雪菜は否定する。

 

「ほんとに~」

「ほんとだって。そんないかがわしいお店なんて」

「まあ、それならそれで、別にいいんだけどね。後、いかがわしいだけじゃなくて普通にマッサージもあるから。かなり腕はいいよ、あそこ」

「そうなんだ。まあ、覚えておく」

「今は紹介がいるから、行きたくなったら連絡して。わたしが店長に連絡入れとくから」

 

 よほどその店に嵌っているのか、シンディは雪菜に勧めてくる。

 身体を持て余した妙齢の女性が、足しげく通う夜のお店というだけで不安を煽るものだ。

 ともあれ、雪菜は明確な返答をしないまま、帰宅した。この日は、久しぶりに自宅で食事を摂ったが、夫は相変わらずの仕事三昧、娘も塾に通うため帰りは遅い。

 一人での食事も慣れたものではあるが、何気なくつけるテレビの音も空しく聞こえるだけだった。

 

「はあ」

 

 小さく、雪菜はため息をつく。

 夫である古城は、最近になってまた新しい女性と仲良くなっているらしい。雪菜と同じく血の従者となった浅葱がぶつぶつ文句を言っていたから、知っている。

 雪菜は内心憤りながらも、諦めにも似た境地に至ってしまった。一緒になってから十五年余り。一国の皇帝として君臨する古城は、普通の人間ではなく第四真祖だ。上級吸血鬼は、複数の血の従者を囲うのが常で、それは単に色に溺れているというだけでなく、軍事力の観点からも重要なのだ。

 それを分かっているから、雪菜は複雑な思いを抱かざるを得なかった。

 それに、複数の女性を囲う古城は、雪菜のところに帰ってくるわけでもない。

 そう思うとふつふつとした憤りと共に異様な寂しさが胸を締め付けてくる。その心の変化が、雪菜に気の迷いを引き起こさせたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 夜遅くまでかかった書類仕事を終えた帰りに雪菜は、シンディから紹介された店に向かった。

 行き先が行き先なので、姿を隠し、人目に付かないよう細心の注意を払って路地に入り、如何にも潰れそうな寂れたドアを潜った。

 内装はアンティークを基調とした落ち着いた雰囲気だった。あまり出入りした事はないが、所謂バーという酒場はこのような雰囲気なのかもしれない。

 とりあえず、綾瀬と名乗る店長に案内されて通された部屋は、雰囲気のあるホテルのようになっていて、この辺は風俗らしいといえばそうなのかもしれない。

 シャワーを浴びながら、雪菜は今更ながらにこの店に来たことを後悔し始めてしまった。もう、足を踏み入れた時点で遅いというのに。

 女性向けで作られているからか、脱衣所も完備されている。雪菜は、ここで悶々としながらバスローブに身を包み、脱衣所から出た。

 

「……すみません。遅くなりました」

「構いません。お仕事帰りで、お疲れでしょうし、ゆっくりシャワーを浴びられてもよかったのですよ」

 

 と、綾瀬は人好きのする笑みを浮かべた。

 

「いえ、その、時間も時間ですし」

「そうですね。ところで、雪さんは、こういったお店は初めてだとシンディさんに聞きましたが?」

「はい。……経験は、ないです」

「通常のマッサージ店に行くことはあるのですか?」

「いいえ。わたしは、マッサージの類をお店で受けたことはないんです。マッサージサロンのお誘いは、何度かあったんですけど」

「お断りされていたわけですね」

「そうですね」

「なるほど。すると、性感マッサージだけでなく、通常のマッサージも初めてということですね。でしたら、お仕事明けということもあります。通常のマッサージの時間を多めに取ったほうがいいですね」

「その、お任せします」

 

 性感マッサージと改めて聞くとやってしまった感があるが、通常のマッサージを多めにするというのなら、そのほうがいいかもしれない。雪菜の中にいけないことをしているという罪悪感がこみ上げてくるが、今になって断るわけにはいかなかった。

 

「アロマを炊きますね」

「やっぱり、そういうのも使うんですね」

「もちろん。香りは癒しに直結します。心身ともにすっきりしていただくために、アロマも活用しますよ。ちなみにお好みの香りはありますか? バニラ、ローズマリー、イランイラン、ユーカリ、ジャスミンその他諸々。けっこう数はありますよ」

「す、すみません。わたし、あまり詳しくないので……」

「そうなんですね。いえ、お気になさらず。アロマに詳しい方は、あまりいませんからね。んー、そうですね。では、イランイランあたりから行きましょうか。あまり、馴染みのない植物でしょう」

「はい。聞いたことないですね」

「熱帯雨林を好む植物らしいです。香りには、リラックス効果のほか、欝症状を軽減する効果もあるのだといいます」

 

 そんな説明をしながら、綾瀬はアロマランプに明かりを灯す。部屋の電気が消えて、ランプの明かりだけとなったことで、ノスタルジックな雰囲気が醸し出され、ほんのりと刺激的な花の芳香が漂ってくる。

 

「それでは、まずはうつ伏せになってください」

「はい」

 

 雪菜はベッドにうつ伏せに横たわる。

 身体に巻きつけたタオルが肌蹴て、背中が露になった。

 恥ずかしいと思いながらも、マッサージなのだから仕方がないのだと自分に言い聞かせる。

 

「オイルを垂らしていきますね」

 

 アロマオイルが雪菜の白い肌に垂らされる。

 そして、オイルに塗れた雪菜の背中に綾瀬の両手が押し付けられる。

 肩の筋肉を解すように揉まれ、肩甲骨から背骨にかけて指圧される。円を描くように背中の筋肉をマッサージされ、程よい力加減と圧迫感が心地いい。

 

「痛くないですか?」

「大丈夫です。ちょうど、いい感じで」

「良かったです。まだ、緊張しているみたいなので、少しずつ解していきますね」

 

 そんなことを言いながら、綾瀬は力を少し強めて背中のツボを指圧してくる。

 

「ずいぶんと凝ってるみたいですね」

「最近、肉体労働も多くて……休めばすぐに治るんですけど」

「魔族の方々がそうであるように肉体面の疲労などは、休めばすぐに治ります。吸血鬼や獣人は特に顕著ですけどね。ですが、身体がそうだからといって精神面まで同じようにとはいきません。身体が疲れれば心も疲れます。身体が治っても心が疲れたままというのは、珍しくありません」

「そうですね。よく、分かります」

 

 雪菜自身そうだし、雪菜の知り合いにもその手の疲労を抱えた人は多くいる。特に再生能力の強い吸血鬼や獣人は身体が丈夫だからと無理をして、精神に変調を来たしてしまう場合があって、問題となっている。

 

「アロママッサージは、精神面の疲れを取るのにも有効です。これも、よく言われていることですけどね」

 

 雪菜の肩の筋肉を掴むようにして揉み解す綾瀬。

 ほどよい力加減によるマッサージとアロマのよい香りが、雪菜の不安感を和らげていく。

 

 

(まだ、普通のマッサージみたい)

 

 普通のマッサージすら、きちんと経験したことがないので何ともいえないが、少なくとも今の時点では性的な接触はない。

 綾瀬が言ったとおり、序盤は通常のマッサージを行うのだ。

 それも、シンディが言ったとおり腕がいいようで、なかなか気持ちがいい。雪菜が疲れを感じている部位を的確に揉み解してくれる。

 主に背中をマッサージしていた綾瀬の手が、下に向かっていく。今度は太ももだ。よく鍛えられた雪菜の太ももは、筋肉質すぎず細すぎず、しなやかな豹のような美しさだ。

 それを、アロマオイルで包み込み、膝から上に向かって絞るように揉んでいく。リンパ液の流れをよくする効果を謳いながら、少しずつオイルの面積が増えていく。

 

「ん、く……」

「強すぎましたか?」

「いえ、大丈夫です。くすぐったかっただけです」

 

 膝裏からふくらはぎまで、刺激に敏感な場所はくすぐったく感じる。普段から他人に触れさせる場所ではないだけに、心理的な抵抗感もあったのだが、綾瀬の手つきに絆されて、抵抗感は解けて消えていく。

 

(気持ちいい……なんだか、ぼうっとしてきた)

 

 このまま眠ってしまいそうな心地よさだ。

 身体中の老廃物が疲れと共に抜け落ちていくような感覚すらある。

 

「雪さん。仰向けになってください」

「あ……はい」

 

 雪菜は、寝返りを打って、仰向けになる。

 そして、露になった雪菜の裸身にアロマオイルが追加される。

 

「ん……あ」

 

 綾瀬の指が雪菜の顎の下から鎖骨にかけて刺激する。リンパがよく集まっている場所で、マッサージする箇所の基本の一つだ。

 ねちねちと音を立ててオイルが肌に染み込んでいく。綾瀬の大きな手の平が、雪菜の肌を滑り、形の良い乳房を絞るように包み込む。

 

「あ、ん! あの、そこは……」

「いきなりすぎましたか? 性感マッサージですから、もちろんこちらも愛撫しますよ」

「ん、それは、その……んぅ」

 

 そうだった。

 急に胸を触られたので焦ったが、そもそも性感マッサージの店だった。確かに、こういった場所にも触れるだろうが、だからといって今日会ったばかりの赤の他人だ。触れられることに違和感がないかと言えば嘘になる。

 雪菜が恥ずかしげに目を伏したのを、行為の黙認と捉えた綾瀬は、双丘にオイルを刷り込むように丹念にマッサージを続ける。

 柔らかい雪菜の乳房が、綾瀬の手の形に変形して揉み解されていく。

 

「ふぅ、ん……あ……ん……ん……あ……っ」

 

 性感帯なだけあって、一度揉まれるたびにジンジンとした熱が雪菜の胸に溜まっていくような気がした。

 刺激は強すぎず、弱すぎずといったところだ。マッサージとしてはちょうどいいのだが、溜まっていく熱を取り去るには、少々刺激が足りない気がする。

 ゆったりとした綾瀬の愛撫は、乳房から離れて腹部に移動し、触れるか触れないかというソフトタッチに切り替わった。

 肌に触れられる、見られるといった羞恥心に加えて、焦らすような指の動き。くすぐったさが、更なる感触を求めさせる呼び水となり、雪菜の素肌が紅潮していく。

 

(くすぐったい……何、この感じ。優しすぎる)

 

 アロマの香りに茫洋とする意識の中で、雪菜は刺激の物足りなさを実感していた。

 背中をしっかりと揉み解されていたこともあり、乳房から腹部にかけてのソフトタッチが、完全に刺激不足に思えたのだ。

 

(これ、焦らされてるのかな。もっと、強くして欲しい……なんて、言えないけど……!)

 

 雪菜は唇を結んで、身体を硬直させる。じっとりとした汗をかいてきた。まるで血の巡りが何倍にもなったかのように顔が熱い。綾瀬に触れられる箇所も、熱を帯びてはそれが身体の芯に浸透していくかのように思えた。

 

「ふ、んっ! ん、はあ……ん……あ……ぁ……ん、やだ……わたし、ん……はぁ、ぁっ」

 

 綾瀬の指先が臍の当たりに触れる。そこから、円を描くように柔らかく指が腹部を行き交う。雪菜の呼吸は次第に大きくなって、心拍数が上昇していく。

 

「雪さん。痒いところはないですか?」

「あ……大丈夫、です。ん……ぅ……ぁ……はあ、はあ……」

「あまり声を我慢しないほうがいいですよ。ここはそもそもそういう部屋ですから、防音はしっかりしています」

「そんなこと、言われても、困ります。ん……ふ、ぅっ、ん、ん……はあ……ぅぅ」

 

 声を出してもいいなどと言われても、こんな風に愛撫されて感じている声を簡単に出せるものではない。

 マッサージ師であっても赤の他人なのだ。

 

「んんッ!?」

 

 雪菜が油断していたところで、綾瀬が雪菜の乳首を軽く抓る。全身が鋭敏になっていた中での純粋な性感帯への刺激に雪菜は目を見開いた。

 

(嘘、今、わたし、ちょっとイッたかも)

 

 乳首を抓られて、軽く昇ってしまったことを自覚し、羞恥に頬を染める。

 知られないようにそっぽを向いた雪菜は、再び始まったソフトタッチのマッサージに全身の筋肉を震わせることになる。

 

「はあ、はあ、はあ……あふ、ぅ、ん……あはぁ……ん、ぁ、ぁぅ、ぁ……んんっ、あ」

 

 一度、軽く達してしまったこともあって、身体の敏感さはそれ以前の比にならない。

 腹部から綾瀬の手がさらに下に降りていく。

 

「は、あ! そこ、はぁ!?」

 

 びく、と雪菜は身体を震わせた。

 綾瀬の手が触れたのは、太ももの付け根あたりだ。

 

「ここが、ダメなんですか?」

「あ、いえ、そうではなくて……はあ、ん、すみません」

「いえ、続けますね」

「んんぅ!?」

 

 綾瀬の指先が雪菜の鼠径部に触れては離れる。

 太ももの内側から登っていって、足の付け根をマッサージする。それが繰り返される。

 

「はあ、はあ、はあ、ん……あふ、ん、あぅん! ん、あ、ぉ、ん、ふ、んふぅ、きゃ、ぁぅっ……!」

 

 雪菜も声を我慢するのが難しくなってきた。

 昂ぶった身体にこの焦らしはキツイ。

 

(……あそこに指が当たるギリギリで……はあ、もう少しで……ん)

 

 綾瀬に触れられることを期待する思いが膨らんできて、雪菜は慌てて口を噤む。

 じっとりとした責めが、雪菜の腰を熱している。

 

「んふぅ……ん、ふぅ……はあ、ぁ……ふぐ、ぅ……ん、あ、ぅ……ィィ……ん、そこ、あ」

「そろそろ時間が来てしまいそうですね」

「え? あ……」

 

 そう言われて雪菜は掛け時計を見ると、マッサージを始めてから一時間が経っていた。基本コースは七十分だ。あと十分しかない。

 

「本来なら、そろそろシャワーを浴びていただくところですが」

 

 つぅ、と綾瀬は雪菜の鼠径部を指先でなぞる。すぐ下にある桃色の割れ目が、ものほしそうにひくついている。

 

「ッ……あ」

 

 触れられそうだと雪菜の身体が期待感に震える。

 それも、またしてもギリギリのところで寸止めだ。

 

(こんなに昂ぶらされた状態で、終わりなんて……でも、初めては基本コースだけで延長もないし……うぅ)

 

 と、雪菜の中に強い葛藤が鎌首を擡げる。

 イクかイカないかの瀬戸際で綱渡りをしているような状況で終わられても困るのだ。そんな中途半端な状態では、それこそ帰宅後にこっそりと自慰をするか、悶々としたまま仕事に行くかしかない。それで、この店に来た意味がない。

 

「初めてですし、シャワーは時間に数えないとすれば、残り時間は十分ですね」

「あ……!」

 

 アロマオイルに濡れた綾瀬の指が、肉びらの開いた雪菜の膣口に直接触れる。

 

「あ……ふう、んあッ!」

 

 ずぶり、と挿入される綾瀬の指に雪菜は言葉にできない快感を覚えた。

 

「あっ、ああんっ……い、いきなり、強いですっ、ん、ああッ」

「申し訳ありません。時間が押しているもので。ですが、精一杯気持ちよくして差し上げますので」

「気持ちよくなんて、そんなこと、言わないで……あ、あ、あぅん♡ きゃぅ、ふ、ん、あああ!」

 

 時間をかけて愛撫され、性感を高められた雪菜の身体は、刺激にかなり弱くなっていた。

 長年積み重ねてきた鬱屈や不満が、身体の奥底から噴き出してくるかのようだった。

 

「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ! ああっ! あ、い、イイッ、そんな、かふ、ん、ひぃんッ!」

 

 綾瀬の指が激しく雪菜の膣内をかき回している。

 きゅうきゅうと膣肉が締め上がり、久しぶりの感触に大いに歓喜しているのが分かってしまう。敏感さを極めた雪菜の身体は、貪欲に快楽を食らいついていて、雪菜自身にも訳が分からなくなってきた。

 腰が弾けてしまいそうだ。勝手に動いて、跳ねてしまう。

 

「あん、あん、あん、あ、んんっ、ひぅ、ぅ、ぁ、あ! ああぁあああ……ん、ふおぉああ!」

 

 ガンガンと指が割れ目から出入りする。

 昂ぶった身体が一気に燃え上がっていく感覚。

 快感が膣から背中を通って、瞬く間に脳に到達し、雪菜から言語能力すら奪ってしまう。頭の中が快楽で染め上げられる。

 

「指ぃ、指、すごい……あ、あ、んぅ、ああ! こんな、ふわ、あ、あ、あ、や、ふ、ん! あわぁ、ん、きゃふぅん!」

 

 身悶える雪菜。

 声を我慢するという考えが、ごっそりと抜け落ちて絶叫している。

 シンディが嵌るのも分かる。

 これは、気持ちが良すぎる。

 

「はうぅぅ♡ あ、ひ、ひん! あふっ、何、これ、何これ、すごい! あ、あ、んんんッ!」

「雪さん、如何ですか? 膣内はずいぶんと敏感なようですが、この奥のところなんかは……」

 

 ぐい、と綾瀬の指が膣奥に沈みこむ。

 その先にあるのは所謂Gスポットと呼ばれる部位だ。

 これまでに何度も女性をイキ狂わせてきたであろう綾瀬の指使いは、雪菜のGスポットを的確に探り当て、ほどよい強さでここを刺激する。

 

「あふあっ! あ、ひ、そこ、あ、ま、待ってくださ……! は、あ、ん、そこばかり、ひ、ん、ん、あ、や、あ、あ、何、来る!? ん、い、い、んん、うくぅ!」

 

 ぎゅう、と膣肉が締まり、痙攣する。

 

「きゃふぅ、んんんんんんんんんんんんんんんんんんんんん!!」

 

 雪菜は腰を跳ね上げて、びくびくと身体を震わせた。全身の筋肉が収縮し、それからがくんと腰砕けになる。まさに天にも昇るような気持ちだった。頭の中が真っ白に染まって、絶頂の感覚だけが身体の中にある。

 

「はあ♡ はあ♡ はあ♡ あ、ん……ふぅ、ぅ……」

 

 壮絶な絶頂を迎えて、雪菜はぐったりとベッドに体重を預けて呼吸を整えた。

 

「ちょうど、七十分です。今日は特別にシャワーの時間はカウントしませんので、ごゆっくりお過ごしください」

「はあ、はあ、はあ、はあ……ん、はあ、ありがとう、ございます……ふぅ」

 

 雪菜は息も絶え絶えに礼を言う。

 数百メートルの距離を全力で走り抜けたかのような疲労感。しかし、不快ではなかった。それどころか、思いのほかリラックスしている。体内に蓄積した「何か」を排出して、すっきりした感じだ。

 身体に纏わりつくアロマオイルを洗い流して、雪菜はスーツに着替えた。

 

「また明日からお仕事ですか?」

「そうですね」

「大変ですね。いつもこんなに遅い時間で」

「時間なら綾瀬さんも遅いじゃないですか」

「私は時間に自由が利きますから、さほど大変でもないのです。こんな職業ですからね」

 

 あまり表立って活動できる仕事というわけでもない。たとえ、正式に届出をしていたとしても、この職種は日陰者には違いない。

 

「もしも次回、ご来店いただけるのであれば、事前のお電話で予約可能です。ご検討ください」

「あ……はい」

 

 完全紹介制を取るこの店は、利用者の口コミだけでやっている。それでやっていけるだけの需要があるということなのか、それとも別の副業があるのかは雪菜の知るところではないが、シンディの紹介で来店した雪菜には、ここの客としてこれからも通う権利があった。

 

 雪菜は店を出た。

 無機質なコンクリートの階段を上ると、深夜の路地に戻ってきた。

 少し前まで、自分がいかがわしい店にいたのが信じられない気持ちだった。

 すでに日を跨いでしまったが、いつものことだ。

 

「ッ……」

 

 忙しい日々の中で感じたかつてない快楽の嵐。 

 その余韻が雪菜の膣内に残っている。

 雪菜は頭を振って気を取り直す。この気持ちのままでは、明日の仕事にも集中できないだろうから。

 そうして、酔っ払いや疲れた顔のサラリーマンらが行き交う夜の道へ、雪菜は戻っていくのだった。

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