暁の堕姫~堕ちていく人妻~ 作:人妻大好き
彩海学園。
そこそこ有名どころの子女が通う中高一貫校だ。
そんな学園の廊下をぶらぶらと歩く白衣の男が一人。職員証には綾瀬とある。この日赴任してきた男性保険医である。
男性の保険医は珍しい。この魔族と人間が共生する絃神島であっても、日本本土と学校の事情は大して変わらない。唯一の違いがあるとすれば、それは教師の中に攻魔官の資格を持つ者がいるということくらいだろう。
魔族の存在は人間にとって脅威である。
人間と同等の知性を持ちながら、肉体は遥かに優れているし、魔力を使えばただの人間など一溜りもない。長年、殺し殺されを続けてきただけに、ちょっとしたことで争いが起きる。
魔族特区は、そんな魔族と人間が共存するためのモデルケースでもある――――と、綾瀬は考えている。
綾瀬の腕には魔族登録証が装着されている。何を隠そう綾瀬もまた魔族の一員である。そして、同時に攻魔官でもあった。
「私が保険医とはねぇ」
綾瀬は保健室の椅子に腰かけて窓の外を眺める。
見た目は若い。二十代前半くらいに見える細見の男だ。魔族であるということを差し引いても、まだ若造の域を出ていないように見える。それは、彼から漂う気配の軟弱さが故だろうか。歳を重ねた魔族だと、見た目に反した威厳のようなものがあるが、綾瀬からはそういった力は感じない。
廊下をバタバタと駆け回る音がする。足音からすると男子だろう。元気の良いことだ。転んでけがでもすれば、一応対応はしなければならないのだろう。仕事を増やすなと念じながら、背もたれに体重を預けた。
それからは特に何かあったわけでもなく時間が過ぎる。
一、二時間に一度やってくるけが人の応急処置をしたり、仮病で逃げ込んでくる学生の話し相手になったりしているうちに時間が過ぎて、放課後になった。運動部の騒がしい音があちらこちらから聞こえてくる。彩海学園は、運動部もそれなりに上位の文武両道校だったか。
トントントン、とノックの音がする。返事の後、入ってきたのは美しい少女だった。
「来たか」
艶やかな漆黒のセミロングの髪と白い肌がまぶしい。青と白を基調とした制服も彼女にはよく似合っている。装飾品は女を彩る基本だが、彼女にはそんなものは必要ないだろう。
愛らしく美しい。
獅子王機関にいたころから図抜けて美人であったが、少し成長してさらに美しさに磨きがかかったようだ。それか、単に久しぶりだから新鮮に感じているだけだろうか。
「姫柊、久しぶりだな」
「綾瀬さん……いえ、先生。お久しぶりです」
「一年ぶりくらいか。元気そうで何より」
綾瀬は獅子王機関に所属していて、雪菜とも面識があった。人形的な人と隔絶した雰囲気のあった雪菜だが、絃神島に来てから大分朗らかになったように見える。それだけ、この島での生活が彼女にあっていたのだろう。
「驚きました。綾瀬先生が保険医だなんて」
「うん、まあ俺もだ。まさか、こんな普通の学校に派遣されるとは思ってなかった。まあ、第四真祖がいるから普通とは言えないかもしれないが」
「あ、そうです。あの、わたし監視任務があるのですけど」
「もちろん、承知してる。それを分かって呼び出したんだ。少しくらいなら問題ない。どうせ、式神をつけてるんだろう? それとも、暁古城は君が目を離すとすぐに悪さをするような素行の悪い吸血鬼なのか?」
「いえ、そうでもないですけど」
雪菜はいろいろと返す言葉を考えたが、口にするのを止めた。
綾瀬は獅子王機関の関係者だ。下手なことを言って古城の立場を悪くするのは憚られた。正直に言えば、古城から目を離すのは不安だ。何かと事件に巻き込まれる体質な上、目を離すと誰かから吸血していたりして、もやもやするからだ。片時も目を離したくないというのが雪菜の本音ではあった。
「まあ、いい。とりあえず座って。コーヒーと紅茶、どっちがいい」
「あの、ご用件は」
「せっかちだな」
綾瀬は苦笑する。
仕事が第一というのが雪菜の基本的な考え方だ。第四真祖の監視が優先される以上、ここに長居はしたくないのだろう。
「そんなに邪見にするな。用事があって呼んだのは事実だ。獅子王機関としてのな。ただ会話には流れってのがあるだろう。単刀直入でも、いいっちゃいいけどね」
「はい、すみません」
謝って、促されるままに椅子に座り、紅茶を啜る雪菜。
「美味しいです」
「それはよかった。絃神島は物価が高くてな。これは外から持ってきたもんだが、日本国内の移動だってのに、あれこれと制限が多くてかなわん」
「そうですね。それだけ、特殊な島ということでしょうけど」
絃神島は多くの研究所が集まる巨大な学術都市だ。企業スパイとの抗争も水面下で頻繁に行われている。日本といっても本土との物の行き来にも制限がかけられている。
「さて、本題に入ろう。俺がここに派遣されたのは、姫柊の治療のためだ」
「わたしの治療?」
「そうだ。それがあるから、俺は唯里の担当を外れてここに飛んできたわけだ」
そう言いながら、綾瀬は雪菜にA4の茶封筒を渡した。雪菜が中から取り出したのは、5ページからなるコピー用紙の束だった。
「お前さんの診断結果だ。この前の健康診断の時についでに測った。グラフを見ろ。模造天使化が徐々に進行している」
「……はい」
「なんだ、分かってたって感じだな」
「その、なんとなくですけど」
「その指輪で疑似的な血の従者になってるってのは聞いてる。ああ、魔力で模造天使化を押し留めるっていうのは悪くないアイデアだ」
「その、どうして模造天使化が進んでいるんでしょうか。先輩からの魔力は指輪を通して届いているわけですけど」
「そりゃ、指輪を通してだからだろうな。お前が本物の血の従者になれば、そんな心配をする必要はないだろうが、今はあくまでも疑似的なものでしかない。このまま行くと、二、三か月後には最悪、消えることになるぞ」
「……そうですか」
沈んだような顔をする雪菜。
模造天使への進化は、死とは異なる。ただ、この世界から完全に消滅するという点では、この世界の人々から見れば死と同義だろう。進化後の雪菜がどうなるのかも分からない。人としての人格を持っていられるとは思えないので、雪菜としても死を得たと言えるかもしれないが。
「で、俺が来た理由に繋がる」
「綾瀬先生が来た理由、ですか」
「治療と行ったぞ。俺は、お前の人工天使化を食い止めるために呼び出されたってわけ」
「方法があるんですか?」
「一応な」
「それは、どんな」
「そもそも、この問題には二つの原因がある。一つは言わずもがな、雪霞狼の多用だ。これは置いておく。もう一つはお前の体質。姫柊は、あまりにも相性がよすぎた。清廉すぎるというか、清らかすぎる。巫女にも何種類かあるが、雪菜は穢れのない巫女であり続けたのが原因だ」
「穢れ、ですか」
雪菜は首を傾げた。
巫女である以上、穢れは忌むべきものだ。お祓いなどは神職の仕事として最たるものだろう。
「いつまでも純真無垢である必要まではない。今、雪霞狼に適合してるのは姫柊を含めて三人だけだ。姫柊を失うくらいなら、多少の穢れを許容するというのが組織の方針だ」
「あまり、意図がよく分からないといいますか。穢れとは、そもそも何でしょう?」
「抽象的だが、欲望だな。姫柊の長所であり、短所なのは我欲の薄さだ。この世にしがみ付きたいという意思が薄い。さっきも模造天使になるなら、嫌だけどそれはそれで仕方がないみたいな諦め方をしただろう。それではせっかく第四真祖から魔力を貰っても宝の持ち腐れだ」
「そうでしょうか。あまり、そんなつもりはなかったんですけど」
「自分のことは自覚できないもんだ」
「穢れをわたしが受ければいいんですね?」
「そんな単純なものでもないけどな。これは姫柊の考え方を根本から変えていく荒療治だ。時間がかかって一朝一夕にはいかないが時間がないのも事実だ」
タイムリミットは二か月。その前に雪菜の身体を模造天使にそぐわないところまで堕落させる必要がある。
「その、どのような治療になるんでしょうか?」
「欲望を強める。身体を穢す。それを同時に、二か月という短期間でするとなると、一番効率がいいのは性への関心、男の精での穢れを受けることだ」
「は――――え?」
「姫柊は二か月でしっかりと精を穢れとして受け止める身体に調整する。それが俺の仕事ってことだ。まあ、これでも夢魔の類だ。その分野なら得意だ」
「ちょ、ま、待ってください。何言ってるんですか。それ、いやらしいことをするって、そういうことですよね?」
「まあ、そういう言い方もできる」
「ぜ、絶対に嫌です。他の方法を考えてください」
「他の方法では間に合わないと上が判断したってことだ。正直、これでも間に合うか分からんぞ。失敗すれば、どうあれ、姫柊は志半ばで消えることになる」
「ぅ……でも」
雪菜は唇を噛んだ。
「暁古城の監視任務は別の適任者が付くだろう。貴重な人材がいなくなるのは痛手だが、組織は一人二人の欠員でどうにかなるもんじゃない。雪霞狼の使い手だって、今までずっと同じ人間がやってきたわけじゃないんだ。そうだろ?」
「はい」
それは雪菜も重々承知している。
雪霞狼の前任者は他ならぬ雪菜を救うために力を使い果たして模造天使に進化してしまったという。その後任として選ばれたのが雪菜だ。今、まさに雪菜は前任者の後を追おうとしている。前任者の代わりに雪菜が選ばれたように、雪菜の代わりに新しい誰かが選ばれるだろう。あるいは、その娘が古城の監視任務を引き継ぐかもしれない。そう思うと、言いようのない感情が溢れてくるようだった。
「悔しいか。うーん、いい傾向だ。そういう感情は大事だ。感情は治療に必要な要素の一つだからな」
「別に悔しいとかそういうのではないですけど」
「はは、ともかくとして獅子王機関としてはお前に消えられると困るというのは明確だ。俺は俺でできることをする。後はお前次第だ。剣巫としていやらしい治療を受けるか消えるかだ」
「そういう言い方は卑怯だと思います」
「事実だ。そういう覚悟をしてもらわないと、後で嫌だと言われても困るからな」
「……ぅ」
雪菜とて想い人のいる思春期の少女だ。
少しばかり浮世離れしているとはいえ、きちんと想いを育んできた。だからこそ、性の穢れを受け入れるのは嫌だ。できることなら拒絶したいところだった。性行為そのものは穢れをもたらすものであると同時に神聖なものでもある。要は解釈次第でどうとでも受け取れるのだが、さすがに夫婦でもない恋人でもない相手と関係を持つのは抵抗があるのだ。
それでも、消えたくはない。
消えて、その後に誰かが古城に近づくことになるのは嫌だし、古城の長い人生の中で自分が忘れ去られるのはもっと嫌だ。ならば、消えるわけにはいかない。他に手がないというのなら、治療を受けるしかないではないか。
「はあ、分かりました。綾瀬先生の治療を受けます。ただ、その、このことは……」
「誰にも言わない?」
「はい」
「もちろんだ。守秘義務は守るとも。今から君は俺の患者だ」
「よろしくお願いします」
雪菜にとっては苦渋の決断だ。
綾瀬にとっては棚ぼたでもある。こんなに可愛らしい少女の性開発を担当できるのだから、これほど嬉しいことはない。とはいえ、彼女を救うのは責任をもってやり遂げなければならない。魔族である彼が、日本と絃神島を行き来し、生存を許されるのは、こうした治療の需要を満たしつつ獅子王機関の裏のパトロンを味方につけているからだ。獅子王機関に見限られれば、綾瀬は身動きがとりにくくなるだろう。
「じゃあ、まずは問診からだな」
「問診ですか」
「はい、じゃあ素直に答えてね」
そう言って綾瀬は指を鳴らした。
「え、あ……」
雪菜の意識が遠くなる。
ふらりとして、しかしすぐに上体を立て直した。椅子に座ったままだが、目は虚ろだ。
「紅茶に混ぜ込んだ暗示薬、うまく効いたか。不意を突かないと、分かってても拒絶しちゃうのが剣巫の厄介なとこだからな」
暗示の類には強い耐性があるのが剣巫だ。催眠導入するにも技術がいる。雪菜ほど強い霊的防御力があると、本人が受け入れる気になっていても、弾いてしまうことが珍しくない。対剣巫での不意打ちは催眠導入する上で基本的な技術だった。
「では、まずは名前を聞かせてもらえるかな?」
「姫柊、雪菜です」
「仕事は?」
「獅子王機関の剣巫で、第四真祖の監視者です。彩海学園に、監視任務のために潜入しています」
うつらうつらとしながら雪菜は聞かれたことに回答していく。仕事の話からプライベートな話まで。暁古城と一緒にいる時間が長いようだが、時には友人と出かけたりもしているらしい。学生らしい生活もきちんとしているようで昔を知る綾瀬は少し安心した。
「次の質問。性経験の有無と回数は?」
「ありません」
「オナニーは? 自慰はしたことあるだろう?」
「あまり、そういうことは……」
羞恥心が暗示に勝ったのか、雪菜の回答が濁る。とはいえ、明確に否定しないところを見ると経験がないわけではなさそうだ。これで、まったくの未経験者だったら、少し手間がかかるところだが、関心があるのなら堕落への道筋は立てやすい。
「問診にはきちんと答えるように」
「……一週間に、一度くらいは、あります」
「どんな風に?」
「寝る前に、胸と女性器を指で触ってます」
「道具を使ったことは?」
「ありません」
「そうか」
聞いた感じだとオナニーを覚えたばかりの子どものようなオナニーだ。いや、まだそこまでの歳ではないか。それでも性に興味を持つ年頃ではあるのだろうが。
「アナルを使った経験はあるか?」
「アナル?」
「尻の穴だ」
「お尻の穴を使うというのは、どういうことでしょうか?」
「いや、いい」
アナルセックスの知識そのものがないことも確認できた。まだ初心な部類だろう。本番経験もなく、まだ想像でセックスするだけだ。とはいえ、いやらしいことなどと言って拒否していながら、表面的とはいえちゃんと知識を仕入れている辺り見込みはある。
「姫柊、次は触診をするぞ。ベッドに迎え」
「はい」
雪菜は言われるがままに立ち上がって綾瀬が指示したベッドに向かった。
ドアに鍵をかけ、ベッド周りのカーテンを閉めた。
「ベッドの上で四つん這いになって尻をこっちに向けろ。パンツも下ろすように」
「はい」
綾瀬は丸椅子の腰掛ける。そして、指示した通りに桃色のパンツを下ろした雪菜が綾瀬に尻を向けた。きれいな形の二つの丘が目の前にある。手入れの行き届いた秘所にはムダ毛が全く生えていない。パイパンなのだろうか。
「姫柊、これからアナルの触診をするから力を抜いて深呼吸するように」
そう言って、綾瀬はローションを指に着けて雪菜の肛門に触れる。
「あ……んっ!?」
雪菜の全身が固くなった。
綾瀬の人差し指が肛門の中に押し込まれたのだ。
「どんどん行くぞ」
「ふ、んあ……あ……くうぅ」
雪菜の反応を窺いながら綾瀬は指を二本三本と足していく。人差し指から薬指まで三本挿入してから、内部を掻き回した。
「あぐ……く、ん……はあ、はあ……く、ぐぅ、あっ」
「苦しそうだな。さすがに、アナルにこんなに物を入れられるのは初めてだろうからな」
ローションのおかげで引っかかることもないが、雪菜のアナルの締め付けは強い。そして、これが致命的だがまだ固いのだ。しっかりと時間をかけて解さなければ、この後の穢れを注ぐ段まで進めない。一気にしてしまってもいいのだが、それでは身体が穢れるだけで心まで穢したことにはならない。雪菜が頑なになってしまえば、失敗する可能性は高まる。じっくりと行くしかない。
「ふっ、ふっ、ふっ、あっ、んっ……ぐ、はあ……あっ、はあ、はあ、ふぐっ、ぁ、んんっ、ふあ、はあ、ん、くうう」
アナルを指で掻き回す。
ゆっくりと括約筋を広げていく。捩じりながら奥に進み、抜くときも円を描くようにする。深い穴を掘るのではなく、直径を広げるように肉を解していくのだ。
「お、お、お、ん、ふぅ、あっ、あ、ん、く……あ、あ、ぐうぁ……あ、ふあ、あ、あ、ああぁ」
苦し気な雪菜の声が保健室の中に響いた。
普通、物を入れる想定をしていない箇所に物が入っているのだ。使い方を誤った臓器が悲鳴を上げるのは当然である。
しかし、人間の身体は柔軟性がある。多少の無理は通ってしまう。何よりもアナルの大きさならば、排泄時に広げなければならないだけ、対応能力が高い。逆流はありえなくとも、穴を広げるのは自然な動きである。指三本分は、根元までしっかりと飲み込むまでになった。
「早く挿入したいところだけど、急がば回れだ。今日はここまでだな」
あくまでも今日は触診の段階だ。
アナルの強さも感触も指で感じ取れた。次の治療の指針を決める上で重要なデータである。雪菜の反応も、暗示が入っているとはいえ極端な拒絶はない。真面目で融通の利かない性格は、獅子王機関の仕事の一環という理由付けでこういった極端な仕事でも引き受けられるのだ。
「姫柊、パンツ履いて椅子に戻れ」
「……はい」
雪菜はまた言われた通りに従った。何事もなかったかのように椅子に戻ったのだ。綾瀬も雪菜の前の椅子に戻り、指を鳴らした。
「あっ……れ? わたし、何か……」
「大丈夫か、姫柊」
「え、あ、はい?」
「少し、ふらついたみたいだ」
「そ、うですか?」
「さすがに、ショックが大きかったんだろう。今日はもう家に帰って、休んでいい。明日、同じ時間にまた来るように」
「明日もですか?」
「そもそも、まだちゃんと治療を始めてもいないだろ?」
「あ、はい。確かに……分かりました」
雪菜は釈然としない様子ではあるが、頷いて立ち上がった。
「んっ……!」
急に顔色を変える雪菜。
「どうした?」
「あ、いえ、なんでもありません。すみません。その、失礼します」
「ああ、お大事に」
雪菜が顔を紅くして、何かを取り繕いながら部屋を後にした。
自分の意識のないところでアナルを穿られていたのだ。その感覚が残っていたのだろう。何にしてもいろいろな意味で有望な肉体ではあった。
綾瀬は雪菜が立ち去った後で、スマホから電話をかけた。
「縁堂さん、とりあえず一日目は終了です」
『ああ、わざわざ来てもらって早々、面倒かけたね』
「しかし、本当にいいんですか?」
『仕方がないね。他に手があればよかったが、そういう状況でもないからね。いい女を抱けて、男冥利に尽きるだろう?』
「はい、まったくです」
『素直でよろしい』
「前の仕事が中途半端なままなのが、気になるところですが」
『あれは急ぎではないからね。調整が必要なら、絃神島に行かせるさ』
「承知しました。じゃあ、こっちはこっちで頑張ってみますわ」
『よろしく頼むよ。色々な意見があるけど、あの娘は類まれな素質をもってる剣巫だからね』
そう言って声の主は通話を切った。
「ふう、親心があるっちゃあるんだよな、あれでも」
雪菜に消えられたくないのは派閥の問題もあるだろう。縁堂縁は獅子王機関における権力者の一人で、雪菜の直属の上司である。雪霞狼の適合者は超レアな資質で自分の派閥からそれが排出できたので手放したくないという政治的な理由が見え隠れする。もちろん、情に厚いところもあるので雪菜への親心は一応持ち合わせているのだろう。ビジネスライクな付き合いしかしていない綾瀬と親密な繋がりのある雪菜では、縁への見方も異なっている。ともあれ、上司への報告を終えて特に文句が出なかったので、明日からも治療を継続するという予定に変わりはないのだった。
この世界の綾瀬
獅子王機関所属の夢魔。
精神干渉を利用したカウンセリングや性的接触による心身の調整をするのが仕事。獅子王機関の裏の裏にも関わっていて便利屋扱いされている。