※この作品はR-18です。

TS百合短編集   作:くえん

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最近妻とすれ違い気味で、倦怠期に突入している東幸平。どうにかしないといけないと思いながらも、中々手が出ず残業に精を出す毎日だったが、とある日、会社に届いた試供品の栄養剤を飲んだ途端体調が悪くなり……?

TSして女の子になってしまった夫が、それをきっかけに妻と仲直りして性的に食べられちゃうお話です。


冴えた倦怠期の乗り越え方
1(短編)


 朝起きてシャワーを浴びて、ご飯を食べて出社する。言葉にすればたった一行で片付く朝のルーティンが、人生を共にする人が一緒に居ることで別物のように風景が変わる。大学の頃から通算して8年ほど一人暮らしを続けてきた東幸平は、妻という存在の大切さを十分理解しているつもりだ。

 一年の交際期間を経て結婚した妻と、お互いが出社するまでのわずかな時間一緒に過ごすだけで、一日精力的に働く活力を得られる実感があるからだ。つらい残業も、共働きとはいえ彼女との幸せな生活が自身の双肩にかかっているのだと思うと頑張れる。ただただ惰性で就職し、汗水たらして働いて、目的もなく生きながらえている状態だった頃より、格段に良い生活ができていると彼は思っていた。だから、妻には本当に感謝している。結婚式で初めて妻の顔を見た友人たちからはタコ殴りにされる勢いで揉みくちゃにされたし、妻の友人たちからはしっかりと彼女のことを頼まれた責任もある。ようやく案件も一人で任されるようになってきたし、ここが一番の頑張りどころなのだと彼は張り切っていた。

 そんな、幸せの絶頂にいるはずの彼の朝はというと。

 

「……」

「……」

 

 小鳥が囀る声と朝のニュース番組の音が、空しく耳朶を打つ。彼女の用意した朝餉を、二人とも笑みを浮かべることなく言葉を交わすこともなく、ただただ口元に運んでいる。

 この夫婦が言葉を交わしたのは、たった三言のみだ。おはよう、いただきます、美味しいね。そして返答にありがとう。ここ最近、朝はこれの繰り返しである。

 …別に喧嘩しているわけではないのだ。勿論嫌いになったわけでもないし、一緒に居ることが嫌なわけがない。ただ単に、何も話すことがないだけで。モヤモヤした思いを抱えながらも、口に出すことはない。

 

「…ごちそうさま」

「もう行くの?」

「うん。朝一会議があるからね。準備もあるし」

「そっか…今日も遅い?」

「10時までには帰るさ。帰るときは連絡するよ」

「わかった。いってらっしゃい、幸平さん」

「いってきます。美衣ちゃんも気を付けてね」

 

 僕にはもったいない、と心底思っている綺麗な彼女とフレンチキスを交わして、彼は家を出るのだった。ここ何か月か繰り返しになっている、朝の一幕。

 いつからだろうか、自然と笑顔が減り、口数が減り、あれだけ明るい色で彩られていた部屋が、どんよりとした雰囲気に包まれるようになったのは。何がきっかけだったのだろうか、僕が自然と彼女を避けてしまうようになったのは。考える限り理由があったわけではないし、お互い嫌いあっているわけでも絶対にない。なぜって、夜の行為はしっかり致しているのだ。……まぁ、昔に比べて格段に回数は減ってしまったけれども。

 昔は彼女のことを頭に浮かべるだけで、些細な事で一喜一憂し毎日が楽しかったのに、今ではこれからの心配ばかりが連想されてくる。

 早めに出たことで比較的空いている電車に揺られ、誰もいない会社に一番乗りで出社すると、さっさと会議の準備を終えて、会議までの時間を休憩所でぼーっと過ごす。

 自然と重たいため息が出てくる。ここ数か月ですっかり癖になってしまった行為は、白い吐息となって外気で冷え切った休憩所の空気に溶けていく。左手に嵌っている結婚指輪を撫でながら、暖代わりに買ってきたコーヒーを開けずに手で持ちつつ余った時間を無為に過ごしていると。

 

「おいおい、朝から景気の悪い奴だな…今日も残業確定だってのに、お前のため息でお出迎えとは気分が悪いぜ」

「ああ、ごめん。おはよう、高橋」

 

 ベンチに腰掛けていた僕に声をかけてきたのは、同僚の高橋雄吾。180はあろうかというガタイの良いスポーツマン然とした佇まいの男である。話すようになったきっかけは何だったか、健康診断の折に何かをあったような気もするが、詳しくは覚えていなかった。

 高橋は口に煙草をくわえた状態で、片手をあげて挨拶を返してきた。昨今の禁煙の流れはうちの会社にも襲い掛かり、今では室内は全室禁煙で、タバコは屋外に設置されたこの休憩所でしか吸えないのだ。

 

「最近浮かない顔ばかりしやがって、あの美人のかみさんと喧嘩でもしたのか? それとも遂にお前の浮気がばれたか」

「お前と一緒にするなよ、別に喧嘩なんてしてないさ…聞いたぞ、また彼女と別れたんだってな。学習しないよね、高橋も」

「痛いとこつくなぁ。仕方ないだろ、向こうから誘ってきたんだ」

 

 バツが悪そうに顔を背けながら煙草に火をつける。もし自身が女なら、ぽんぽん浮気するような軽い人間のどこが良いのかと思わんばかりだが、人付き合いは良いし実際悪い男ではないのだ。仕事で困っていれば真っ先に手を差し伸べるし、いざとなれば上司に噛みつく勇気もある。プライベートはだらしない奴だが、どうにも憎めない男。いまだに名字でお互いを呼ぶ間柄ではあるが、それはあだ名や下の名前で呼ぶタイミングを失っただけであり、十何人かいる同僚の中でも、幸平はこの高橋を人一倍信頼していた。

 

「俺の話は良いんだよ、お前のかみさんの話だ。喧嘩じゃないっていうと、一体何があったのさ。これで子供ができたとか、のろけだったらぶん殴るぞこの野郎」

「違うってば、そんな大事じゃないよ。うーん、なんて言ったら良いか…嫌いになったわけじゃないけど、なんだか口数が減ってるというか、ちょっと距離を置いちゃってるというか」

 

 いろいろ思うことはあるのに、いざ言葉に出そうとすると口が詰まってしまう。表現に困るというか、現状を的確に表す言葉が思いつかないのだ。

 もごもごしている僕を見て答えを察したのか、高橋は呆れたような表情を浮かべながら口を開く。

 

「それ、倦怠期じゃないの?」

「…倦怠期、かぁ」

 

 結婚する知り合いが増え、耳にする機会が増えてきた言葉。喉に刺さった魚の骨が取れるように、途中で引っかかって出てきそうになかった言葉が出てきてすっきりすると共に、なんだか陰鬱とした気持ちが沸き起こる。

 冷気で若干冷めてきた缶コーヒーのプルタブを起こしながら、とつとつと思いを語る。

 

「倦怠期なんて、来るわけないと思ってたよ。普通結婚する前に来るって聞いてたし…」

「んなわけないだろ…倦怠期が来ないなんて、幻想の中の話さ。本人たちが気づかないレベルでも、少なからずあるもんさ。お前、北野さんと付き合いだしてから何年経ってると思ってるんだ。十分お前らは来なかった方だよ」

 

 今の会社に入社し、意気投合した高橋と、もう一人同僚を含めた男三人女三人でやった初めての合コン。東夫妻の出会いは、この合コンだった。北野美衣。長い黒髪の良く似合う、笑顔の可愛い美人で、家事炊事もそつなくこなし、友人も多い。気立てもよく、悪口を言っている人間などであったことがない。全く隙のない、男性の理想のお嫁さんを体現したような素晴らしい女性である。

 そんな人と付き合い結婚できたことは、幸平にとって望外の幸せであることは疑いようがない。だからこそ、愛しい美衣の事は何よりも優先するし大切にしてきたのだが…

 最近、確かに少し距離を置きたがっているというか、手を出すのに躊躇っている自分がいるのも間違いじゃなかった。夜の相性だって悪くない。が、自然とここ一か月ほどはご無沙汰だった。

 日頃、一緒に居るだけで幸せで、飽きるわけもないのに、しばらく距離を置きたいと思っている自分がいる事に自己嫌悪が止まない幸平に、高橋も鬱屈とした空気が伝染したようにため息を吐き出す。

 

「倦怠期くらいでそんなに落ち込むなよ。嫌いあってるわけでもなし、それは向こうもわかってるさ。

 ……はぁ、初めて見たぜ、こんな奴。これが別れたたとかなら、合コンセッティングしたり、風俗にでも誘って一発なんだがな。

 今日お前がプレゼンする会議があんだろ? 当面はこれでも飲んで気合入れろ、俺からのおごりだ」

 

 高橋が下投げで何かをこちらに向かって投げ渡す。俯き気味で前をよく見ていなかった僕は、慌てて顔を上げ、飛んでくる飛行物体をキャッチする。まじまじと手の中に納まったものを観察すると、それは缶ジュースと同じくらいの大きさの瓶に入った栄養剤だった。くるりと回してパッケージを見るが、CMですら見たことのない商品名である。

 

「……何だこれ、こんな製造メーカー、見たことも聞いたことも無いぞ」

「ウチの傘下のメーカーらしいぞ。今度新しいのを出す試供品なんだだと」

「ふぅん……。わざわざありがとう、高橋。結構高かったんじゃないか?」

「気にするなよ。廊下に沢山置いてあったからな」

「そうか廊下に沢山……うん? おい、それ会社に来てる差し入れだろ!? 試供品ってそういうことか!?」

「ははは、会議には遅れるなよ!!」

 

 高橋は吸っていたタバコを吸い殻入れに叩きこむと、高笑いを残し逃げるように休憩所を去っていく。

 怒った風を装ってはいたが、それは高橋なりの励ましなのだと、長い付き合いである僕はよくわかっていた。倦怠期、改めて意識するその課題はひとまず置いておき、まずは目の前の会議だと、僕は有難くその差し入れをぐいっとい一飲みにし、高橋の後を追って休憩所を出るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 栄養剤の効果が効いたのか、プレゼンも無事に終了して円満に会議は終わり、幸平は達成感と共に残りの業務を片付けていたのだが。

 

「おい東、大丈夫かお前」

「……うん?」

 

 時刻にして3時ごろだろうか。タイピングとコピー機の稼働する音が響く、適度に緊張感で引き締まったオフィスの空気を割いたのは、そんな高橋の言葉である。

 

「顔真っ赤だぞ。熱でもあるんじゃないか?」

 

 集中していたのか、掛けられた声にぼうっとした顔で体面に座る高橋の顔を見る幸平は、確かに酒でも飲んでいるかのように紅潮していた。

 確かに異様に喉は乾くし、タイピングも安定せず誤字が多いなと思ってはいたようだ。だが、病気だとは露ほども考えていなかった幸平にとっては寝耳に水である。

 

「全然大丈夫だけど、そんなに赤い?」

「いやいやいや、誰がどう見ても大丈夫とは言わないぜそれ」

「顔真っ赤じゃないですか!? 東さん大丈夫です!?」

 

 高橋の言葉に集まるオフィスの目。真っ先に、事務の女の子がそう幸平に声をかける。

 多少の風邪ならうつる恐れはあるものの、無茶して出勤くらいはするだろうが、明らかに異常だとわかる発汗に、ふらふら上体を揺らしている姿はどう見ても正常ではない。

 今にも倒れそうな幸平の姿に気づいた上司が、さっさと帰るように命令を下す。

 

「これが昨日なら話は別だがな。その様子はただ事ではなさそうだし、無理はするな。高橋、悪いがこいつの仕事継いでやれ」

「流石にそれは断れませんね……おい東、そういうことだ。さっさと帰る準備しろ」

「いや、別に大丈――」

 

 先程の会議の議事録も作りかけである。せめてこれは仕上げると、抗議しようと席を立とうとするが、くらみが幸平の意識を襲い、体の制御を失った幸平はイスに再び座り込んでしまう。

 

「言わんこっちゃない。ほら、ロッカーのキー貸せ。コートとカバン取ってきてやる。久美ちゃん、悪いけどタクシー呼んどいてもらえない?」

「わ、わかりました!」

 

 パタパタとかけていく事務の久美ちゃんを見送りつつ、ロッカーのカギを高橋に渡す。

 

「わ、悪い……」

「気にするなよ。根を詰め過ぎってこった。いい機会だし、治るまではかみさんとゆっくりしとけよ」

「……すまん」

「治ったら酒でも奢ってくれりゃそれで良いさ」

 

 こういう行為をサラッとできる辺りが、浮気性のくせに女性にもてる秘訣なのだろう。虚ろな意識で幸平はそう思いつつ、高橋に感謝するのであった。

 とんとん拍子で決まった退社準備はあっという間に終わり、幸平は10分後にやってきたタクシーで早めの帰宅の途に着いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 幸平さんとの出会いのきっかけでもあり、結婚式の仲人も務めた高橋さんから久しぶりに連絡を受けた私は、務めている勤務先から早めに退社し、急いで帰宅している最中だった。

 幸平さんが会社で倒れかけ、半休を取って早退した……

 気が急いて仕方なかった。事前に調子が悪かったならまだわかるが、朝は何ともなかったのに、半休を取らなければいけない程症状が重いとは思わずびっくりするとともに、心配で仕事が手につかず、結局私も早退する羽目になってしまった。

 私は事務仕事だし、早退はそれなりに嫌な目は向けられるものの容易である。しかし、基本的に残業で忙しい上に繁忙期である幸平さんの会社は、事前に申請していたとしてもなかなか許可が下りないくらい、そう簡単に休暇は取らせてくれない会社である。それが早退を促すくらいだというと、病状はかなりのレベルのはずで、余計私の心配は募っていくのだった。

 最近、気持ちのすれ違いが続いていた幸平さんに、不満が無いとは言わない。それでも朝と夜のキスは欠かさずしてくれるし、仕事が終わったら家にすぐ帰っててきて、美味しそうに夕食を食べてくれる幸平さんを嫌いになるなんてことは絶対にない。そう、倦怠期なのは何となくわかっているのに、それでもちゃんと私を気遣ってくれる優しい幸平さんを、私は好きになったのだから。

 幸平さんが倒れるというきっかけのおかげで改めてそう思えた私は、熱冷ましや薬などを薬局で買い込み、熱が出ていても食べやすそうなものを中心にスーパーで食料品を買うと、ビニール袋を両手に下げて帰宅した。

 

「ただいま。幸平さん……?」

 

 幸平さんの靴が脱いであったことから、家には無事帰れたみたいだ。リビングに入ると、寝苦しそうな幸平さんの寝息が寝室から聞こえてくる。部屋に脱ぎ散らかされたスーツやYシャツが、熱を持ったまま放置されている。なんとか寝間着には着替えたようだが、片付ける余裕はなかったようだった。

 荷物をまずテーブルの上に置き、脱皮したように抜け殻だけが放置された服をハンガーにかけてから寝室の扉を開けると、敷かれた布団で寝ている幸平さんの姿があった。

 大量の汗をかき、息苦しそうに呼吸を繰り返す幸平さんを見て、急いで駆け寄る。

 掌を額に当てると、かなりの熱が伝わってくる。九度近い、いや、九度は確実に超えている熱だろう。

 

「幸平さん、大丈夫ですか? 意識はありますか?」

 

 頭もとに座り、買ってきた薬等を手早く用意しつつ幸平さんに声をかける。起こすのは悪いと思ったが、私が傍にいると伝えるだけでも大分違うと思ったのだ。

 呻き声を上げていた幸平さんは、うっすらと目を開けると、私に目線を合わせる。

 

「美衣、ちゃん……?」

「はい。幸平さんが心配で帰ってきちゃいました。熱は大丈夫ですか?」

「ダメ、みたい。熱で身体中が痛いよ…寝返りもきつい」

「そうですか、何かあったら言ってくださいね、すぐ駆け付けますから」

「ありがとう……」

 

 苦しそうにしていた表情が、私を確認して安心したのか、心なしか安らかな表情になる。私がいるというだけで楽になるなら、帰ってきた甲斐があった。熱冷ましを張ったり身体を拭いてあげたりと幸平さんの世話を焼いてあげていると、すぐに目を閉じて寝息を立て始める。私は一安心すると、枕元にスポーツドリンクなどを置き、音をたてないように部屋を出た。

 しばらくはぐっすりと寝ていたのだが、高熱のせいか、熟睡していてもすぐに起きてしまうようだった。食欲は無いようで、その都度なんとか水分だけは取らせることにして、治ることを祈るしかなかった。とても動けそうにないため、病院に行くにしても症状が落ち着いてからになりそうだった。苦しそうな呻き声が時折聞こえ、直接の助力にはなれない自分に歯がゆさを感じつつも、看病を続けるしかない私。

 二人で選んだ時計の針が頂点で重なり合う。日付の変更を知らせる小さめの音楽が鳴り始め、軽く仮眠を取っていた私は目が覚める。気づけば、日を跨いでしまったようだ。

 秒針が時を刻む音と、症状が大分落ち着いたのか、幸平さんの静かな呼吸音が私の鼓膜を打つ。

 様子を見に行くとともに、症状が悪化してはいけないと、汗を拭くべくタオルをもって部屋に入る。

 日頃は清潔にしている幸平さんでも、流石にあれだけ汗をかけば、流石に部屋中に汗の匂いが充満している。空気清浄機のおかげでかなりマシなものの、入った瞬間に鼻につく程度には気になってしまう。

 その中に感じる、甘い匂い。それはチョコや甘いお菓子のようなあからさまなモノではなく、街中ですれ違った瞬間、さり気無く香る香水のような。何と形容すれば良いのか……そう、高校時代、バレー部だった私が部室で感じていたような、あの微かな匂いだ。

 

「……幸平さん?」

 

 匂いの発生源になりそうなのはスポーツ飲料くらいだが、零れているわけでもなさそうだ。じゃあ誰かが何か持ち込んだのかと言われればそれも違うだろう。いくら私も寝ていたとはいえ、誰か来たのなら気づかない訳が無い。

 幸平さんは顔の半分まで覆い隠すように布団を被り寝ているようだった。

 何ともなさそうでほっとする。私の掛けた声で起きてしまったのか、幸平さんは目を覚まして私に視線を向ける。

 

「美衣ちゃん?」

「すみません、起こしてしまって。体を拭きに来ましたけど、起きられますか?」

「うん、熱は引いたみたいで大分楽だよ。今度は、ちょっと寒くなってきたけど」

「そうですか、なら少しエアコンの温度を上げ……?」

 

 布団の中でもぞもぞと体を私の方に向けながら、幸平さんはぶるりと震えていた。慌てて、適温で稼働させていたエアコンの温度を上げようと幸平さんに近づくにつれ、違和感は増大していく。寝返りした際に、布団からこぼれた髪の毛。

 

(幸平さんの髪の毛って、あんなに長かったかしら?)

 

 布団から覗く幸平さんの顔にも違和感が。妙に、睫毛が長くて女性的に感じられる気がするのだ。けほ、とたまにせき込む声にも妙な色気があるような……いや。そもそも、その声だ。幸平さんの声を、僅かにハイトーンにしたような声。風邪をひいて声が枯れてしゃがれることはあっても、声が高くなるなんてことは無い。

 

「ありがとう美衣ちゃん。今、身体を起こすから…」

 

 幾つもの疑問を抱えつつも、目の前の幸平さんは、寒そうにしながらも体を起こす。そして、露になるその身体に私は驚きを隠せず、思わず大きな声を出してしまうった。

 

「ええ!?」

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう美衣ちゃん。今、身体を起こすから…」

 

 美衣ちゃんの看護のおかげで、随分と軽くなった身体を布団の温もりから無理矢理引きはがす。

 

「本当にごめんね、美衣ちゃん。早退までさせちゃった上に、風邪ひいた僕の世話までさせちゃって……」

「え、ええ、それは良いんですが、その。幸平さん?」

 

 今までの僕の態度に思うところもあるだろうに、それを押し隠して親身に看護してくれている事に、申し訳なさで、胸が圧迫されているかのように息が苦しかった。

 

「僕はずっとあんな態度してたのに、美衣ちゃんはこんなにも優しくて……僕、何してるんだろうって」

「幸平、さん……」

 

 意識がもうろうとするほどの熱が引き、今度は大切なものを失ってしまったかのような寒気ばかりが、弱った僕の身体を襲う。自分への不甲斐なさで自己嫌悪が止まず、両手で身体を抱えて、一人寒気に何とか耐える。

 

「僕が悪いのに、ここ最近ずっと美衣ちゃんに迷惑かけてるのに……謝る言葉すら出てこない僕が、情けなくて仕方ないんだ。

 こんな良いお嫁さん貰って、絶対幸せにするんだってあの時誓ったのに……病気がきっかけじゃなかったら、今でも言い出せてなかった。僕は、美衣ちゃんの夫として失格だ」

 

 弱り切った身体に引っ張られたのか、美衣ちゃんを前に弱音ばかりが口を突いて出てくる。今までの行いは後悔ばかりで、嫌われても仕方ない。

 エアコンは効いているのに、寒空の中、着の身着のまま放り出されてしまったかのように、全身の身震いが止まらない。美衣ちゃんには嫌われただろうな、そう思うだけで悪寒は更に増し、僕に一人の寂しさを思い出させる。

 そのどうしようもない喪失感に感情が制御できず、涙腺が緩んだのか、目元からぽたりと、胸の前で交差した腕の上にしずくが一滴落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 一人、幸平さんらしき女性の独白を聞いていた私は、気づくと笑みを浮かべていた。それは、泣いているこの人の涙を見て悦に浸っているとか、そんな人でなしな理由ではない。

 やっぱり、私がこの人を選んだのは間違いなんかじゃなかった。

 その安心感が、私の心の内に暖かな感情を抱かせ、動揺し固まっていた表情を緩めていた。

 最早私は、幸平さんの面影を見せるこの娘が、幸平さん本人だということは疑っても居なかった。性別が一晩で変わるという非日常極まる現象でも、私が目の前の女の子を幸平さんだと信じた理由なんて、夫婦の絆としか言いようがなかった。口調くらいはいくらでも真似できるだろうが、気になった点はそこではない。言動と共にそこかしらに表れている、彼女の癖や思いが、自然と彼女を幸平さんだと認識させたのだ。

 すれ違う日常に幸平さん自身が一番傷ついていたのは、私が寝てしまった後、一人起きてやけ酒を飲んでいたのを見て知っていた。毎日少しずつ減っていく、戸棚に隠したお酒。私に負担をかけないようにという気づかいは、隠しているようでしっかり私に伝わっていた。

 今でもそうだ、凍えて身体を抱きかかえている幸平さんの左手の薬指には、しっかりと私との結婚指輪が嵌っている。お風呂に入るとき以外四六時中付けているそれは、毎日磨かれ今でも新品同様であり、たっぷりと彼の愛が詰まっている。寝ている最中ですら外さないそれを他人に渡す訳もなく。幸平さんと同じように、無意識にその指輪を擦っている癖を見せる彼女が幸平さんだと断定するのに、これ以上の証拠は私的には無かったのだ。

 ……それに。結構強がりな幸平さんの弱音なんて、初めて聞いたというテンションも私を手伝っているのかもしれない。何かあっても飲み込んで我慢しがちな幸平さんの本音、恐らくは病気で弱った精神に加え、根本から変わってしまった身体への不安が彼を揺るがしているのだろう。初めて見る弱気な彼の姿に、私は可哀想と言う感情を抱くと共に、愛しい思いが溢れてくる。

 だからこそ私は、普段と同じかそれ以上の愛情を、目の前の彼女に捧げられるのだ。

 

「そんなことありませんよ。幸平さんは、私の最高のお婿さんです」

 

 後ろから、ぎゅっと抱きしめる。背丈と共に肩幅も小さくなり、すっぽりと私の胸の中に納まる小さな体が、びくっと震える。

 

「毎日毎日、今の関係をどうにかしようと苦しんで、頑張ってくれてたのは伝わってます。そんな幸平さんだから、私は大好きになったんですから」

 

 幸平さんの冷え切った身体に、むにゅり、と背中に押し付けられる私の乳房越しに、とくんとくんと私の体温が伝わっている。

 こんなコミュニケーションさえ、最近は取れていなかった。肌が触れ合うこの暖かさは久しぶりで、無性に嬉しさがこみ上げてくる。それは幸平さんも一緒なのか、恐る恐る、自分を抱きしめている私の手に、冷たい手を重ねてくる。

 

「美衣ちゃん」

「はい。なんですか?」

「ごめんね……?」

「ふふ。私、謝られるようなことされてませんよ」

 

 謝罪の言葉は、私は好きではない。日本人は言いがちだが、私はそれよりも大好きな言葉がある。謝意ではなく、感謝を示す言葉。

 すりすり、私の薬指に嵌った結婚指輪を撫でる幸平さんが、いつも私に言ってくれている言葉。

 

「…ありがとう、美衣ちゃん」

「どういたしまして、幸平さん」

 

 倦怠期を迎えていた時でも繰り返していた言葉、いつもと同じ光景なのに、今では言葉に籠る感情がこんなに違う。伝わる思いがこんなにもある。悲嘆に暮れていた言葉に正の感情が宿る。私と幸平さんの心は温まり、表情から笑顔があふれだす。

 その表情を見て私は、改めてこの人を好きになって良かったと、心の底から思えた。

 ――そう。まさか、こんな娘が私のお婿さんだなんて、夢の様だ。

 

「幸平さん。まだ寒いですか?」

「そう、だね。美衣ちゃんが抱き着いてくれてて、少し気恥ずかしいし暖かいけど。まだちょっと寒い、かな」

 

 幸平さんの首元に顔を寄せると、すっかり馴染んだ女の子の香りが私の鼻孔をくすぐる。幸平さんの体臭にも似た女の子の、汗の香り。肺一杯に満たされる幸平さんの香りに、陶酔にも似た高揚感が私に満ちる。

 

「んんっ。

 しゃ、シャワーも浴びてないのに、匂うでしょ?」

「んーん? とっても、良い匂いですよ……」

「良い匂いって、恥ずかしいよ美衣ちゃ――ひゃうっ!?」

 

 ぺろり、と首筋に舌を這わせると、幸平さんから初心な女の子のような悲鳴が上がる。

 寝汗で少し塩辛い味と、女の子の甘い体臭が合わさり、何とも言えない感覚が舌に走る。

 

「寒いなら、暖を取らないといけないですよね。でも、エアコンも効いていないようですし、布団の中に潜っても寒いなら。身体の中から温めるしか、ないですよね」

「み、美衣ちゃん……?」

 

 後ろから抱き着かれている幸平さんに私の表情は見えていないだろうに、何か良からぬ予感を覚えたのか、幸平さんは身じろぎして、抱擁から拘束と化した私の腕を振りほどこうと身じろぎする。が、熱で弱り、身体がすっかり変わってしまったことでその抵抗に力はなく。私のいたずらを受け入れるがままになってしまっていた。

 肩辺りに回していた腕は徐々に高度を下げていき、一日前は引き締まっていた胸筋に手を添えると、今では柔らかな双丘と化した胸をやわやわと揉みしだく。

 

「ん、んんっ。

 な、なんか胸が変なんだけど……」

 

 鼻から抜ける甘い声に、私の機嫌は更に上昇していく。

 

「大丈夫です、安心してください。その身体の扱い方は、私が良く知っていますから。

 幸平さんは、私に身を任せていただければそれで良いんですよ……?」

「任せるって、美衣ちゃん何を……ひぅっ!?」

 

 するり、と空いたパジャマの胸元から両手を突っ込むと、下着と言う防護服を着たこともない、はち切れんばかりに期待してしまっている突起を、同時に刺激してやる。そうするだけで、見知らぬ快楽にビクン、と幸平さんの身体が跳ねる。その声が、動きが、ここ一か月お預けを喰らっていた私の性欲に火をつけてしまう。もっと言えば、女の子相手(・・・・・)は何年と間が空く。それも、相手は初めてと言っても良い。何という幸運、据え膳食わぬはなんとやらだ、と期待に胸を膨らませ、唇をぺろりと舐める。

 

「力を抜いて、私に委ねてください……悪いようにはしませんから」

 

 

 

 

 

 

 

 突然豹変した美衣ちゃんの様子に気が動転しつつ、僕は未知の感覚と戦っていた。夜の行為となると貪欲になる彼女だが、病気の僕を無理矢理襲う程肉食系ではなかったはずだ。そして、肌を舌でなぞられる感覚に、胸を揉まれ、終いには乳首をつねられて変な声を漏らす始末。病気が原因で敏感になっているのだろうか、と美衣ちゃんの手が侵入する胸元を見下ろすと。そこには、僕が男として二十数年生きてきた経験をもってしても、見たこともない光景が広がっていた。

 大きく開かれたパジャマから覗く胸元は、ふっくらと膨らみ柔らかそうな丘を形成していた。その頂点には、ピンと隆起したピンク色の物体が美衣ちゃんの手でこりこりと虐められている。その度に、胸から脳に駆ける快美感と、その光景による衝撃で、僕は目を白黒させながら喘ぐしかない。

 

「んふぅっ!

 み、美衣ちゃんなにこれぇ……」

「なにこれって、……もしかして、気づいてなかったんですか、幸平さん?」

 

 僕の声にピタリと手を止める。今でこそマシになっているが、今も少し意識は霞みがかってるし、ちょっとの変化なんて気づくわけないじゃないか、という言葉を飲み込みつつ、静かに頷くと、美衣ちゃんは部屋に置いてある手鏡を僕の前に持ってくる。

 

「すみません、結構大胆に変わっていますし、てっきり気づいているものだとばかり……

 心して見てくださいね、幸平さん」

 

 差し出された手鏡を受け取り、その中を覗くと、その中には。

 美衣ちゃんの横に映っている、少し青ざめた顔をした僕によく似た女の子が目についた。

 

「……」

 

 びっくりしているのか、ぽかんとした様子で目を見開きこちらと目を合わせるその女の子。睫毛は長く、肩にかからない程度のセミロング気味の黒髪は汗でぺったりと額に張り付いていたが、その美貌を損なわせてはいなかった。町ですれ違えば、振り返りはしないものの、印象には確実に残りそうな美人だった。少なくとも、あの高橋なら粉はかけそうだ。僕も、興味はひかれるだろう。……それが、非常に自分に似ていることを除けば。

 頬に手を当ててみると、全く同じ動きを返してくる様子から察するに。色々と疑問に思うことはあるが、まず間違いないだろう。この女の子。

 

「これ、僕……?」

 

 僅かにトーンの高くなった声が、女の子の口から零れる。

 鏡の中の女の子は自身の思うままに動かせるが、明らかに別人だ。いたずらにしては手が込みすぎているが、ただ女装させられたわけでもなさそうだった。明らかにウィッグでは済まない指通しの良い髪の毛に、美衣ちゃんにいじられて敏感に未知の快感を送り込んでくる、以前に比べて随分ふっくらとした胸部装甲。下半身はどうしても怖くて見ることはできないが、感触から男の象徴が無いのは明らかである。以上、状況証拠から推察するに、どう考えても、今の僕の身体は女の子の生身であった。

 、感触から男の象徴が無いのは明らかである。以上、状況証拠から推察するに、どう考えても、今の僕の身体は女の子の生身であった。

 こんな小説や漫画みたいな現象、普通ならあり得ないと一蹴してしまうところだが、不思議と、これが現実なのだと受け止めている自分も居たし、現状を受け入れつつあった。それは、僕の面影を残しつつ絶妙に様変わりしてしまったせいなのか、それとも、面影があるとはいえ明らかに性別すら違う今の僕を、当たり前のように東幸平だと認識して受け入れてくれている彼女の存在があるからなのか。

 

「みたいですね。帰ってきてからずっと幸平さんの傍で看病していましたが、気づいたら女の子になってしまっていて……」

 

 現実感のない僕を引き留めているのは、手鏡を渡した後、再び抱き着いている美衣ちゃんの柔らかな胸から伝わる、美衣ちゃんの心音だった。普段なら興奮で動機が凄い事になっている筈だが、その一定で刻まれるリズムは、不安で乱れていた僕の心を徐々に沈めていく。

 

「よく、性別も違うのに僕って信じてくれたね」

「それはもう、大好きな幸平さんの事ですから。

 いつも私の事を心配してくれてることや、不安な時、考え事してる時に無意識に結婚指輪を撫でる癖なんかも、全部知ってます。

 ちょっと見た目が変わったくらいで嫌いに成る程、私は簡単な女じゃないですよ」

「全然ちょっとじゃないと思うんだけどな……」

 

 苦笑しつつも、その無茶苦茶な理論が今は頼もしかった。最初は身体の変化等全く気付かず美衣ちゃんと話していたわけだが、もし僕が東幸平だと信じてもらえていなかったらと思うとぞっとする。僕は本当に、良い女性をお嫁さんに貰った。

 ――僕は感謝を胸に抱きながら、必死に襲い来る美衣ちゃんの魔の手を払いのけていた。

 

「そんなことないですよ、今も昔も、幸平さんったら昔からとっても可愛くて、可憐で……私とセックスしてる時、気持ちよくてだらしなく緩んじゃいそうな顔を、必死に男らしく見せようと頑張ってる時も、先程の私に謝ってくれた時の涙目で潤んだ顔も、きゅんときて私はとっても好きですよ」

「いやいや、今はともかく前はちゃんと男だったからね!? 別に可愛くなかったからね!? だから服を脱がせようとする手を止めなさい美衣ちゃん!」

 

 美衣ちゃんは明らかに興奮している様子で、荒い鼻息と時折漏れるはぁ、という色っぽくも熱い吐息が、僕の首筋に当たり、二人の体温を上げていく。

 話は終わった、さぁ続きだと言わんばかりに、美衣ちゃんの左手は僕の胸をはだけさせ、右手はまだ見ぬ下半身に潜り込もうと侵攻を繰り返していた。

 興奮のあまり美衣ちゃんの口から涎が垂れ、完全に無警戒だった僕の背中に流れ込むと、背筋を伝う自分の体温以外の温度を持つ液体の感覚に僕は情けない声を漏らす。

 

「ひやっ!?」

「ああ、とっても可愛い声……

 大丈夫です、全部私に任せてください。私が手ずから、女の子の身体の扱い方も、気持ち良い所も、全て教えて差し上げます……」

「いいから、やめて!! 女の子になっちゃった僕を、僕だってわかってくれたのはすごく嬉しかったけど!!

 変わっちゃった本人よりすんなり、この身体を受け入れるのはやめてくれないかなぁ!?」

 

 まるでケダモノのように、僕の身体を貪らんと魔手を伸ばそうと間違った方向へ努力を繰り返す美衣ちゃん。ああ、これは完全にスイッチが入っちゃってる……下着なんてつけているわけが無いから、実質最終防衛ラインであるぶかぶかになったパジャマを守るべく、布団上で美衣ちゃんと攻防を繰り広げているが、そう遠くない未来陥落する予感に、僕は遠い目をするばかり。

 そう、美衣ちゃんは昼間は一歩下がって夫を立てるような大和撫子のような女性なのだが、夜はかなりがっつく肉食系女子になってしまうのだ。倦怠期になる前は最低でも週に4日は欠かさずそういう行為をしていたし、多い時は毎日盛っていたこともある。僕自身、嫌いではないが特段好きでもなかったし、大好きな美衣ちゃんに求められているからやっている節があった。それが倦怠期になってからは格段に回数は減り、直近で美衣ちゃんとヤったのは1か月前だっただろうか。そう、この美しい野獣は、とても性欲に飢えているのだ。そんな前に放り出された、仲直りしたばかりのとっても可愛い女の子。しかも、これが僕自身でなければドキっとしてしまう程、疲労でくたっとしていて、何とも言えない色気を感じさせているのだ。時折、昼間でも可愛い系のアイドルを見ると、ボソッと美味しそう、だなんて呟く彼女である。恐ろしくて聞いたことは無いが、たぶん女性でも美味しく頂けるのであろう美衣ちゃんが、こんな娘を見てしまったならば、そりゃもう食いつくに決まっていた。

 一度火のついた美衣ちゃんはそう簡単に止まらない上に、今は病み上がりと慣れない身体というハンデを負っている。その上、今まで僕が美衣ちゃんを避けていたという罪悪感があり、この見知らぬ身体で襲われるという僕の抵抗感を少し軽減してしまっていた。

 そんなことを考えていたからか、油断していた首筋にすーっと舌を這わせられると、ぞくぞくとした快感が全身に走り、力が抜けてあっさりと勝敗は決する。

 

「ひぅっ」

「んふふ」

 

 ようやく手中に収めた獲物に、ケダモノはいかにも嬉しそうな声を出すと、脱力しきった両手を左右によけ、パジャマのボタンを1つずつ外していく。徐々に露になる肌に、美衣ちゃんは舌なめずりしながら、その絶景を僕の肩越しに眺めている。かくいう僕も、美衣ちゃん以外では初めて見る女性の胸に、今では自分の物なのに胸の高鳴りが止まらない。

 

「程良い大きさに綺麗な形。大きすぎず小さすぎず、私好みの美乳です」

「は、恥ずかしいよ美衣ちゃん」

「でも幸平さん、恥ずかしがってる割には貴方の出来立ておっぱいは、期待に満ち溢れているみたいですよ……?」

 

 耳元で囁きながら、美衣ちゃんは僕の胸に愛撫し始める。布越しではない、肌と肌が直接触れ合っての刺激は格別の心地で、ただ触られているだけで強烈な快感を僕に送り込んでくる。

 びくり、と肩が跳ね、その様子に美衣ちゃんが更に笑みを深める。

 

「怖い、ですか?」

「そりゃ、気づいたらこんな身体にされて、いきなりえっちだなんて、その、心の準備は出来てないけど……

 美衣ちゃんが初めての相手なら、良いかなって」

「……」

 

 これが男相手に襲われているのなら死ぬまで抵抗するが、今僕を抱きしめているのは大好きな美衣ちゃんである。この頼り気のない身体を託すのに、これ以上信頼を置ける相手はいないのだ。嘘偽りのない正直な気持ちを吐露すると、美衣ちゃんは突然黙り込む。え、何か変なこと言ったかな、と首を傾げて訝し気に美衣ちゃんを見ていると、美衣ちゃんはぶるぶると震えだし、突然僕の胸の突起をぎゅむっと握りつぶす。

 

「んぎゅあっ!?」

「ああ、ああ!! 幸平さんったら可愛すぎです!! 可愛い通り越して尊い、もう離しません!! 幸平さんのお顔がだらしなく蕩けて、幸せ~って言うまで、可愛がってあげますからね!! 今日は寝かしませんよ……!!」

「ひっ!? ちょ、ちょっと待たない美衣ちゃん? やっぱり初心者だからじっくりと手解きを……あっ」

 

 我慢の限界だったのか、暴走を始める美衣ちゃんに判断を誤ったかと後悔するものの、時すでに遅し。

 流れるような動作で起こしていた身体をベッドに横たえさせると、するりと背後から抜け出て僕のお腹辺りに乗っかりマウントポジションを取る。

 

「うふふ、これで幸平さんのお顔、良く見えます」

「お、お手柔らかにお願いします……」

 

 眼を血走らせにっこりと微笑む彼女に、僕は確信した。ああ、これは話を聞いてないな。体勢を変えて再開した愛撫に僕は女の子のような声を上げさせられながら、諦めに身を任せるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ふあぁっ!! ひゅあっ!? は、はげしいよぉみいちゃんっ」

 

 しばらく愛撫されてみてわかったのは、この体はとても敏感だということだ。胸をやわやわと揉まれ、横腹辺りをつーっと指でなぞられるだけで、頭が真っ白になりそうな快感が走り抜ける。身体が変わったせいか、一度肌が更新されて真っ新になっているかのように、外部からの刺激に対していちいち敏感に反応してしまっているようだった。

 桃色の突起を口に含み、ころころと口の中で転がしている美衣ちゃんは、それはもう楽しそうにイキイキとしている。だって、自分の一挙一動で過敏に反応するおもちゃが目の前にあるのである、そんなおもちゃを与えられて、喜んでいないわけがなかった。

 かりっと噛まれ、かと思えば飴でも舐めるように舌でぺろぺろと丁寧に磨かれる。乳首で感じるなんてすっかり女の子だ、そう思うと恥ずかしくなってきて余計に快感が増した気すらする。

 

「あっあっ、だめ、何か来そうなんだっ!! おかしくなりゅっ!?」

 

 その間も空いた乳首は手で絶妙に刺激されており、感じすぎて呂律が回らなくて自然と女の子みたいな喘ぎ声と台詞になってしまい、それがまた僕の羞恥心を煽る。

 美衣ちゃんは蕾を口に含んだまま口角を吊り上げると、軽く吸い上げながらちゅぽん、と音を立てて口を離す。

 

「あひっ」

「今日はおかしくなっちゃいましょう?

 大丈夫ですよ、私が最後まで付いてますから」

 

 美衣ちゃんの涎でてかてかとぬら光る、興奮と愛撫で大きさを増した乳首。自分の物ではないように思えるこの感覚に、想像以上の厭らしさを感じる。

 美衣ちゃんは少し体制を変え、寝転ぶ僕と重なり合うように僕の上に横たわると、口付けを交わす。

 

「んふふ。少し甘いですね」

「んん……」

 

 いつも挨拶の様にキスはしていたが、舌を絡めるキスはかなり久しぶりである。その上、普段とは違い積極的に僕の口内へ攻めに攻めてくる美衣ちゃんに戸惑いながらも、その行為を受け入れる。しかし、わざとらしく音を立てながら吸い付き、口内を蹂躙するように暴れまわるその巧みな舌遣いは、今まで手加減されていたのだと明らかな腕前に、僕はあっと今に虜にされていく。

 

「んふあ、んんっ、んぶっ」

 

 視線を逸らすことを許さないかのように、美衣ちゃんの綺麗な瞳が僕をじっと見つめる。その圧迫感と、いつもと違う強気な美衣ちゃんの様子にすっかり受け身になってしまった僕は、更に鼓動を早める。

 最早愛撫と称しても良い程の口での交尾に、敏感な突起への刺激で既に仕上がっていた僕の意識はふわふわと浮かび始め、頂点に達しそうな気配を見せ始める。口から洩れる吐息が切羽詰まり激しくなるその瞬間、ぎゅっと握られる両手。お互いの指と指を絡ませ、絶対に離さないという意思表示。ふわふわと揺蕩う意識に現実感が無くなりそうなところへ、美衣ちゃんが与えてくれたその安心感が、僕の女の子の快楽への最後の抵抗感を破壊し、初めての絶頂へと導かれる……

 

「~~~~――――!!!!」

 

 甘い、蕩けるような絶頂。瞬間的に高まる男性の射精よりも、長くピークの続く、脳を溶かすような至福の時間に、身体の制御が僕の手から離れ、ビクビクと全身が痙攣する。口を塞がれ手を握られ、身体の上に圧し掛かられ身体の自由を奪われた僕の、精いっぱいの気持ち良さの表現に、美衣ちゃんは嬉しそうに鼻で笑う。

 気を良くしたのか、イっている最中も攻め手を緩めない美衣ちゃんの愛撫はその高まりをさらに継続させ、かろうじて残っていた意識をぐずぐずに溶かしていく……ようやく止んだ絶頂の兆しに、僕は遠くなる意識を手放す……が。

 

 くちゅり……

 

「んああっ!?」

 

 股間から脳へ一直線に奔る強烈な快感の電撃に、僕のフェードアウトしていた意識は一気に目覚める。

 

「な、なにっ?!」

「まだまだお眠の時間じゃないですよ、幸平さん。

 女の子の大切な所、一度も弄ってあげてないんですから……」

 

 顔だけ起こして下半身を見下ろすと、気絶していた間に脱がされたのだろう、いつの間にか全身裸にされていた。露になった僕の女性器に、恥ずかしさで顔が真っ赤になる。毛の生えていない初心なそこは、身体の年齢だけで考えるなら年相応だろう。だが、毛で守られていないそこを美衣ちゃんに見られ、あまつさえ弄られているのだと考えると、恥ずかしさが更に増す。

 

「これからずっと付き合っていくかもしれない大切な所ですから、しっかりお勉強しましょうね……」

「で、出来るなら男に戻りたいんだけど……」

 

 語尾にハートマークでも付きそうなくらいうっとりとした口調で、妖艶な笑みを浮かべて僕の性器周辺を指でなぞりながら言う美衣ちゃん。思わず苦笑しながらせめてもと抵抗を示すが、僕の話など聞いてやしない美衣ちゃんは笑顔で封殺する。

 

「男の子のカッコイイ幸平さんも、今の可愛らしい女の子な幸平さんも、どんな姿でも私は大好きですから関係ないですよ」

「んああっ!!」

 

 いや、それ何の解決にもなってないんだけど……

 そう返事をする間もなく、再び愛撫を始める美衣ちゃんの手つきに僕の返事は塞がれる。

 先程の絶頂ですっかり湿っている僕の雌蕊は、既に美衣ちゃんの指を受け入れる準備を完了させていた。当然ながら異物を飲み込んだことなどないその秘裂は、とろりと粘性のある液体を垂れ流しながら、美衣ちゃんの指を飲み込まんと僅かに開き歓迎を示していた。その上に鎮座する下半身の突起も、いつの間にされたのか皮を剥かれ、震えながら刺激される時を今か今かと待ち望んでいた。

 

 つぷり……

 

「ふああ……」

 

 割りいる美衣ちゃんの指の感触。自分の穴の中に指を入れられる、普通の男性なら感じたことのない感覚に、僕は自然と背筋を登る悦楽を止められない。

 指一本差し入れるだけが限界のその雌穴は、きゅうきゅうと美衣ちゃんの人差し指を締め付け、その形状を容易に僕に悟らせる。くい、と指の関節を曲げる動きも容易に理解でき、それだけで先程の胸への愛撫とは比較にならない悦びが僕を襲う。

 

「ひゃあぁっ!!

 だ、だめ、これだめみいちゃん、きもちよすぎて、ちからが……」

「初めてですし、最初はじっくり馴らしていきましょうね。

 ゆっくり指で馴らして、次はお口でしてあげて、最後は双頭ディルドも入れられるくらいに開発して……うふふ」

「あっ、ふやあっ!!」

 

 完全に自分の世界に入り切っている美衣ちゃんは、バラ色の、いや、この場合は百合色の将来でも想像しているのか、珍しくにへら、と緩み切った笑みを浮かべているが、それでも手は緩めない。男性がよく肉棒の気持ち良い所を知っているように、女性も女性器への気持ち良いポイントなどは把握しきっているのだろう。それにしても、何の躊躇いもなくスムーズに進んでいる開発の手つきに、暴力的な快感に押し流されつつも、僕は戦慄を隠せなかった。

 

「ああっ!! んおおっ!! や、やあっ!!」

 

 美衣ちゃんの指の動き一つで簡単に喘がされる淫らな楽器と化した僕は、美衣ちゃんの思惑にされるがままで、気づけば挿入される指が二本に増え、時間間隔を喪失するほど長い時間、絶頂を極めさせられていた。あそこはお尻の下に引いたシーツがぐしょぐしょになり、口元は涎塗れで胸元が涎で汚れきって、全身体液塗れで、始めに感じていた寒さなど無縁の状態になるまで徹底的に喘がされていた。変化したばかりの身体は敏感で刺激に弱いのだろう。

 

「きゅあああっ!!」

 

 時折、慣れさせないためなのか乳首を捻られたり、刺激に飢えたクリトリスにキスを落とされたりと変化を付けるのだが、その変化の1つ1つでいちいち高みに上らされ続けた僕の精神は、すっかりとろとろに蕩かされてしまっていた。もう寒さなど微塵も感じないし、溺れる程の美衣ちゃんからの愛情に、胸がいっぱいで笑顔が止まらなかった。

 

「みいちゃん、きしゅ、きしゅぅ」

「うふふ、はーい」

 

 呂律の回らない口でおねだりすると、ちゅ、っと唇を合わせるだけの軽いキスを美衣ちゃんはしてくれ、高まった身体はそれだけで絶頂へと至ってしまう。ぎゅ、とシーツを握りしめ、止まらない痙攣に、頭が真っ白になる。

 美衣ちゃんから与えられる幸福感に、僕は呟く。

 

「みいちゃん、だいすき……」

「私も大好きですよ、幸平さん」

 

 もう一度、美衣ちゃんとキスを交わす。背中に手を回して美衣ちゃんを抱きしめながら味わう絶頂感に、僕はゆっくりと意識を手放したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「最初から最後まで僕だけイキっぱなしだったんだけど……美衣ちゃん、満足してる?」

 

 目を覚ました後、僕たちは汗と色んな液体でドロドロになった体を洗い流すべく、二人でお風呂に入っていた。マンションの狭い浴槽は、二人がやっと入るくらいのサイズなので、自然と美衣ちゃんと密着して入ることになる。昔とは逆に、身体の小さい僕が美衣ちゃんの上に座る形で浴槽に納まっていた。

 ちなみに、お風呂に入るまでの道中では別にイベントなどはなかった。最初にあれだけ乱れておいて、何を女の子の身体に戸惑うことがあるのか。美衣ちゃんから女の子の身体の洗い方を指南される程度で、すんなりとお風呂へとインしていた。

 

「ええ、勿論。幸平さんもとっても可愛らしかったですし、実は、とろとろになってる幸平さんの姿だけで何回もイっちゃってました」

「……恥ずかしい」

 

 ばしゃりとお湯の中に顔を突っ込む僕に、美衣ちゃんは隙だらけのうなじにちゅ、とキスを落とす。

 

「うふふ。でも、この後はちゃんと幸平さんの手でイかせてもらいたいです。もともと幸平さんって前戯もセックスもとっても上手かったですけど、女の子になった後も腕前は変わっていないのか、楽しみにしていますよ」

「え゛、ま、まだやるの……?」

 

 ギクリ、と動きを固める僕に、美衣ちゃんは当たり前です、と言わんばかりに続ける。

 

「勿論ですよ。私、明日も休み取りましたし、幸平さんもそんな身体じゃ出勤できないでしょう……? いつ元に戻るかもわからないんですから、今のうちにたっぷり楽しんでおかないと」

「いや、どちらかというと元に戻れるかの心配をした方が……」

「あら、それなら逆に、早く慣れておかないといけませんね。先ほどは手加減しましたが、みっちり女の子を教え込んであげないと」

「あ、藪蛇……

 や、優しくしてね?」

「うふふ。私はいつでも、幸平さんに対しては優しくしてますよ」

 

 お湯の中に沈む身体は、すっかり変わり果ててしまっている。だが、それでも僕と美衣ちゃんの愛情は変わらずそこに存在していた。指と指を絡め、ぎゅ、と僕が握りしめると、美衣ちゃんも握り返してくれる。

 美衣ちゃんとの関係は美衣ちゃんの深い愛情で解決したが、それ以外にも仕事や人間関係、戸籍など、不安なことは山の様にある。心にぽっと灯る火は、こんな体になって行き先不安だった僕の未来を明るく照らしてくれていた。二人なら、この難局もきっと大丈夫だと、確信できる。

 

「美衣ちゃん、君が僕のお嫁さんで良かった。

 愛してる」

「私も、幸平さんみたいな人が私の旦那さんで幸せです。

 愛してます」

 

 お風呂の中で立ち上がると、美衣ちゃんの顎をクイっと持ち上げ、唇同士を優しく合わせた。ぱっと見、年下が無理にリードをしようと頑張っている構図に見え、お互い自然と笑みが零れる。

 夫が女の子になる、こんな斬新な方法で倦怠期を脱した夫婦はいないのではないだろうか。世界唯一な自信がある。会社や両親にこのことをどう説明するのか、色々問題があって、前途多難ではあるけど。僕も美衣ちゃんも、確かに幸せだった。

 

 

 

 

 

 

 

 結局、僕の身体が変化してしまった原因はあの栄養剤だった。しかし、ブラック会社がのさばる現代の日本社会において、栄養剤という気軽に摂取出来る物が犯人だというのに、被害者は片手で数えられるほどと驚く程少なかった。

 まだ試作段階であり、関係グループにしか配っていなかったのも、被害が拡散しなかった理由の1つであるが、最大の理由は、身体が変化してしまった原因が、とある珍しい血液型とのみ化学反応が起き、想定していなかった作用が発現してしまったから、なんだとか。

 その珍しい血液型の持ち主というのが、何を隠そう僕の事である。その珍しさと言えば、健康診断で血液型を書くたびに、血相を変えて献血をお願いされるレベル、と言えばその貴重さがわかるだろうか。僕自身、ケガをして輸血が必要になった際に困る事もあるので積極的に協力しているのだが、それがこんな形で仇になるとは夢にも思わなかった。

 栄養剤の開発元である薬品会社は、被害者の血液とDNAサンプルを元に、原因の調査兼、僕たちを元に戻すための薬の開発兼、その効果のみの抽出が出来ないか解析を進めているそうだ。それが任意で可能になれば確実に世界を変える革命レベルの発見であるため、元の薬品会社は躍起になって解析を進めているそうだ。

 そんなこんなで、性転換手術によらない、男が完璧な女性になるという一大ニュースは盛大に報じられ、僕は一躍時の人となったわけだが、マスコミに被害者が誰かは伏せてもらえたし、日本政府主導で戸籍は用意してもらえたし、箝口令が敷かれ元の会社には復帰できた。事が穏便に済み、殆ど元の生活に戻れた。そこに製薬会社の損害賠償金も加わり、これからの生活の心配をしていた僕たちにとって、何よりの朗報となった。

 穏便に済みすぎて、会社に復帰した後も相変わらず忙しいが、女性の身体になったことで色んな方面の扱いが少し良くなったのも朗報だと言えるだろうか。

 それでも疲れは溜まるので、今日も僕は会議の前にコーヒー片手に寒い休憩室でぼーっと朝の余り時間を無駄に浪費していると。

 

「やっぱここにいたか」

「ああ、高橋か。おはよう」

 

 タバコとライター片手に高橋が休憩室へと入ってくる。新調したスーツの袖を擦りながらタバコに火をつけ吸うと、端に設置してある空気清浄機に向かって白い煙を吐き出す。

 

「おはようさん。うー、骨身に染みるなぁ今年の寒さは……この間まで半袖着てた気がするのに、もう雪が降る季節とは恐れ入るぜ」

「タバコ辞めればこんなとこに来る必要もなくなるぞ?」

「今ニコチン切らしたらストレスで倒れるわ……ただでさえ最近妹がうるさいんだ、お前まで喧しいこと言わないでくれ」

 

 タバコさえやめればこんな寒い所に来ることもあるまいに、ご苦労な事である。別に僕は嫌煙家ではないので、高橋の懐事情が問題ないなら構うことは無いが。

 

「同居し始めたんだっけ? 妹さん」

「ああ……あの事件があってからな、お兄ちゃんが心配~、なんだと」

「良い妹さんじゃないか」

 

 この部分だけ切り取って聞けば、だらしない兄の生活を心配した、立派な妹さんである。感心しないわけがないが、わざわざ僕が迂遠な言い回しをするからには裏があるに決まっている。

 僕が心にも無い事を言うと、高橋は、以前よりぱっちりとした目元を細め、半目でじろりとこちらを睨む。

 

「東、それ本気で言ってるか? 本気なら、女になった兄の処女を何の躊躇いもなく奪う妹なんて、いくらでもくれてやるぞ」

「僕が愛してるのは美衣ちゃんだけだよ」

「ああそうだと思ったよ、ご馳走様!!」

 

 遠回しに断ると、高橋は苛立ちにロングの髪の毛を振り乱し、美しい顔を歪めながらそう吐き捨てる。

 ……そう、何を隠そう、数少ない被害者のもう一人は、この高橋なのである。10cm以上も身長が縮まった僕とは違い、高橋は高身長をキープしたまま、身体全体がメリハリのあるモデル体型の、キャリアウーマンとでも称するのが似合う女性になった。側だけで判断するなら、中身があの高橋だとは、誰も思うまい。両親や知り合いなど、どうしても事情を説明しておかなければいけない人たちと会う度、一瞬で誰か分かった、と言われる僕と違い、身長以外元の面影すら残さず別人の様に変化した高橋は、それはもう苦労しているようだった。両親との面会も、一度では信じてもらえず、DNA鑑定や製薬会社の人を引き連れて説得してようやく納得するレベルだったらしい。普通はそうだろう、すんなり受け入れてくれた美衣ちゃんや僕の両親がおかしいのだ。

 あの後、急病で倒れた僕の仕事を一手に引き受けた高橋は、当たり前の如く遅くまで残業しており、気合を入れるのに手に取ったのが、あの栄養剤。ただで飲めるものを飲まないわけがなかった。その結果、見事に女性へと変わってしまい、高橋は、只より高い物はない、という世の中の真理を味わった同志になったと言うわけだ。

 

「くそっ、未だかつて、処女を妹に食われた兄なんて何処の世界にいるってんだ……」

「しかも、妹さんから告白されたんだろ? 良かったね、二冠だよ」

「嬉しかねぇよ此畜生!! しかも嫁になるんじゃなくて、嫁にするだなんていいやがった。あいつめ、思い出すだけでも腹が立つわ!!」

 

 そして、性別が変わった直後に女性に美味しく頂かれた同士でもある。それが嫁さんと妹という違いはあれど、かなりの低確率である。しかも、最初に僕だと確信してから襲われた僕と違い、完全に別人だと思ったまま欲望の赴くままに貪られたらしいから、僕より災難である。

 あまりの怒りに、高橋は手に持っていたタバコのケースを握りつぶす。

 

「ほら、缶コーヒー奢ってやるよ」

「ああ、サンキュ……」

 

 この前とは逆に、僕が飲み物を奢ってあげる。流石に栄養剤ではないけれど。高橋は受け取ると、ホットの甘めのコーヒーに口をつける。

 身体が女に変わってしまった者にしかわからない、その連帯感。あれ以来、僕の中で高橋の地位は、信頼できる友人から親友にまで昇格していた。味覚の変化から始まり、化粧や下着への抵抗感や、どっちつかずの存在である僕達専用の更衣室など、鬱憤を吐き出しわかってくれる同性の知り合いと言うのは、美衣ちゃんでも代われない貴重な存在だった。お互い、朝のこの時間は愚痴の言い合いは、今ではなくてはならない貴重な時間である。

 

「そういや、何で高橋と仲良くなったんだっけ……?」

「覚えてないのか? 俺は鮮明に覚えてるぞ。良くも悪くも、この身体のせいでな……」

 

 相も変わらず愚痴の言い合いをしていた最中、ふと思いついた疑問に、嫌そうに顔を歪めながら高橋が答える。

 

「健康診断の時、お前と俺だけ看護婦に呼び出されて、献血のお願いをされたんだよ。二人共、貴重な血液型なので献血してくれませんか? ってな」

「ああ……」

 

 そう言われて思い出す。こいつも、僕と同じ血液型だったなと。それが原因で、二人仲良く女になるとは、どんな巡り合わせなのか。運命を呪いたくなってくる。

 

「俺と同じ、簡単に病気できない災難な体質だな、と最初に思ったのがきっかけだったが……まさか、こんなところまで一緒になるとは思わなんだ」

「そうだね……」

 

 はぁ、と二人揃って重くるしい吐息を休憩所の寒空に吐き出す。今の美衣ちゃんとの生活も楽しいが、元の身体に戻れる保証もない暮らしと言うのは、それなりにストレスが溜まるものだ。女の身体でも、例え毎日美衣ちゃんに布団の上で喘がされていようが、あくまで僕は男なのだ。それは高橋も同じことだが、特に、ナンパしまくっていたこいつとしては、女性を抱けないこの体はストレスフルなのだろう。かといって男を受け入れるのも気持ちが悪いと高橋は言うが、それは同感だ。何が悲しくて、と高橋は嘆く。

 

「ああ、男の身体が恋しいな……いい加減、抱かれる方じゃなくて抱く側になりたい」

「そうだね……」

 

 たかが一か月、されどひと月。30日という日数の間に、数えるのがおっくうに成る程女性にイかされている同志としてシンパシーを感じずにはいられず、万感の思いを込めて同意した。

 

「……なぁ、ついでに俺も1つ聞いていいか?」

「何?」

「お前、クリスマスに用事って何かある?」

 

 出社してくる人が増え、ざわめきが耳を打ち始めた頃。そろそろ始業の合図がありそうなのでベンチから立とうかなと思った時に、高橋が質問してくる。

クリスマス、一般的に恋人同士が仲良く過ごす聖夜の事である。毎年お祝いはしていたので今年もすると思うが、今年は少し様子が変だったな、と僕は今朝の出来事を回顧する。

 

「うーん、今朝、美衣ちゃんから25、26は開けておいてね、とだけ言われたけど。昨日どっかに電話してたから、泊まりで旅行なんじゃないかなぁ」

 

 行先は秘密です、と人差し指を唇に当てしーっと秘密にする美衣ちゃんはとても可愛くて、思い返している今でも気持ちがほんわりとしていたが、高橋はそれを聞いて黙りこくる。なんだ、そんなに嫁さんがいる僕が羨ましいのか。

 

「俺も、妹と泊まりで出かけるんだけどさ。誰かと話しながら、いやに楽しそうに、旅館の4人部屋を予約してたんだ。誰と行くのかは秘密、お兄ちゃん楽しみにしててね、って今朝不吉な事も言いやがってたんだけど」

「……」

「俺の妹とお前のかみさん、確か、面識あったよな」

「…………」

 

 そういえば昨日、美衣ちゃん宛に荷物が届いてたな。宅急便で、何やら得体のしれないものが沢山。思わず目をそむけたくなるものばかり入っている段ボールを抱えて、とっても楽しそうに邪悪な笑みを浮かべる美衣ちゃんの姿を、僕は確かに目撃していた。

 どうせ、被害は僕一人なのだと思って見て見ぬふりをしていたそれが、色んなフラグを立てつつ僕に迫りつつあった。

 

「……さぁ、今日も忙しくなるぞ。頑張ろう高橋!!」

「そうだな東!!」

 

 過酷な現実は、見て見ぬふりをするに限る。何事も無かったかのようにさわやかな笑みを浮かべてすっくと立ちあがると、僕たちは仲良く肩を組みながら休憩所から室内へと戻るのであった。

 クリスマス? さぁ、どうだろうね。言及はしないけれども。二人そろって二人に美味しく頂かれたのだけは、間違いないと言っておく。

(もし、書くとするなら)次のうちどの蛇足が見たい?

  • 幸平と美衣
  • 慶介と恵里佳
  • アキと凪咲
  • 真尋と亜美
  • TSしちゃった連合の飲み会話
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