※この作品はR-18です。

TS百合短編集   作:くえん

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お久しぶりです。
生存報告がてら、いくら書き直しても納得できず、終いには完成を諦めてしまった短編を公開します。クオリティはかなり低い上長いので、本当に暇なときに気になったらくらいでお願いします。ユルシテ…
ここまででTS物の醍醐味とか入れられなかったので、軽くエロ入るおまけを追加するかもしれないです。というかしたいです


エロ挟めなかったし分けなくていいよね?なエセ魔法少女編

 彼女とのデートと言えば様々な選択肢があるが、映画というのも定番の行き場だ。よっぽど偏った趣味があったりはずれ映画を引かない限り、無難に盛り上がる定番スポットだ。

 かく言う俺も、彼女が媒体を問わず物語好きということもあり映画館には良く行く。今日も例にもれず、彼女の見たい映画に付き合って訪れているのだが、今日は年に何度かある、非情に気が進まない日だった。

 

「ゎぁ……!!」

 

 小さな声で歓声を上げているのは、俺の彼女であるゆかり。バレー選手と間違われることも多い高身長にもかかわらず、顔立ちは可愛い系の美人で、更には気立ても良く友人も多い、自慢の彼女である。幼馴染だからこそ縁があるものの、吊り合いを考えれば平凡な俺とはまず合わないタイプの人間である。

 そんな女性が彼女で、嫌いになる人が居るだろうか。いや、いない。気後れくらいはするだろうが、むしろ妬みの視線を燃料にして、ひそかに優越感に浸れる瞬間が俺はとても好きである。ちゃんと幸せにできるかどうか、という意味では不安はあるものの、見た目に関してはもうどうしようもない事と割り切り、俺なりに彼女につくせればいいなと思っている次第だ。

 俺の話はいいとして、今彼女とのひと時を楽しめない原因は、目の前で繰り広げられているスクリーン上の映像にある。

 ぱっちりとした目をキラキラと輝かせながら映画を見ている彼女。視線の先には、キラキラという擬音が正に合う、パステルカラーで眩しい色合いの服で着飾った少女たちが、画面狭しと暴れまわっていた。

 そう、毎週日曜日の朝にやっている、変身ヒロイン物の劇場版。枠が始まって以来、毎週欠かさず見ているゆかりの一番好きなシリーズである、

 

『世界の平和は、私達が守る!! 行くよ、皆!!』

『マジカルペンライトを振ってミミを応援してほしいっぽ!!』

「~~!!」

 

 ステッキを持って、如何にもマジカルな格好をした主人公と、如何にも相棒ですよ感を醸し出すぬいぐるみのような何かは、映像越しに視線を合わせ、視聴者に語り掛けてくる。入場特典で貰った変身アイテムを模したペンライトを振って無邪気に応援している、周囲の子供たちに違和感なく混じるゆかり。

 カップルで見に来ている人間は皆無に等しいので、非常に目立って仕方ない。無言ではしゃぐ彼女は可愛くて何よりなのだが、周囲の保護者からの『ああ、付き添いなのね』、という同情的な視線が居たたまれない。

 

「……」

 

 とはいえ、ゆかりは一日に4本の映画をはしごする事もある程の映画好きだ。ジャンルはラブコメからサスペンスまで、年齢層も子供どころか幼児向けからR-指定のエログロまで幅広い。何でも見るゆかりに付き合ってきた俺は、耐性がつきすぎて冷ややかな視線を浴びようとも物ともしない神経が備わっている。伊達に、小さなころからゆかりからお供として駆り出されていないのだ。今年の劇場版はストーリーがまだマシだな、などと考える余裕さえある。

 そんな俺が、どうしてもこの手の魔法少女もの漫画や映画に苦手意識を持ってしまう理由。それは、俺が今しているバイトに原因があった。

 

 

 

「今年も面白かったよねぇ。皆キラキラしてて、衣装も可愛かったし」

「お祭り映画にしてはストーリーも良かったしな。ゆかりが満足なら良かったよ」

 

 3本連続観賞の〆だった"劇場版プリズムプリシラ"を見終わった俺とゆかりは、映画館の近くで晩飯を食べていた。映画を見た後は、ゆかりが満足するまで映画の批評に付き合ってやるのがいつものコースだ。

 前哨戦二本も面白かったが、特に本命のお気に入りの映画の出来が今年も良かったためか、いつにもましてニコニコと笑顔を絶やさないゆかりの姿を見ると、頑張って胃を痛めながら見た甲斐があるというもの。自然と俺も笑顔になる。

 

「えへへ。プリズムを1人で見るのはちょっと勇気要るし、伊織君には感謝してもしきれないよ。いつもありがとうね」

「今更そんなことで礼なんて言わなくていいから。やっぱ家で見るのとはまた味わいが違うしな」

「うんうん!! 他のもそうなんだけど、映画の大きなスクリーンで、可愛い衣装を着たキャラクター達が動き回る姿を見るのが、本当に幸せなんだ……自然と頬が緩んじゃうよね」

「そりゃよかった」

 

 フォークでペペロンチーノを巻き巻きしつつ、熱心に語るゆかりを苦笑しながら見つめる俺。

 映画観賞や読書が趣味のゆかりだが、可愛い物を集めたり鑑賞するのも趣味の1つ。キャラクターやアイドルのグッズ、はたまたアニメなど、収集物は媒体を問わない。中でも、ヒラヒラとした衣装を着た女の子の姿を見るのが特に好きなようで、彼女のタンスの中にはコスプレ衣装なども眠っている。裁縫が得意なので自作の物もあり、コスプレイヤーに提供した事もある程の筋金入りの愛好家だ。新しい衣装を作るたび、彼女の姪に着せてきゃっきゃと喜んでいる姿を見る他、彼女の作った衣装を着ているコスプレイヤーの写真を見せてきたりするので、以前よりも趣味の深度は進んでいることだろう。

 プリズムシリーズだけでなく、今日見た映画の話でも盛り上がる俺達だったが、頃合いを見て、遠回しに定期的に聞いている質問を投げかけてみる。

 

「いつも思うけど、ゆかりはそういうの着ないの? 集めるのが趣味なのはわかってるけど」

「うん、勿論着ないよ。柄じゃないし、私は見る専だからね!!」

「お前がそういうの着ても、普通に似合ってそうなんだけどな……今のプリズムシリーズも、上級生が二人くらい混ざってるじゃないか」

「そうだけど、似合う似合わないじゃなくて、私は見る方が好きなんだよ。コスプレも衣装はあるけど、姪っ子ちゃんが着る用だしね。あーあ、伊織君が女装コスプレ似合う容姿だったら、プリズムシリーズ全部の衣装着てもらうのになぁ……」

「……仮にそんな趣味があっても、お前には絶対言わない」

「えーそんなぁ!! 伊織君のケチ!!」

 

 ゆかりは所謂魔法少女物のコスプレ衣装を集めるのは好きだが、自分で着る趣味はない。彼女の持っているコスプレ衣装は、専ら趣味を同じくする彼女の姪っ子専用である。

 だからこそ、俺はこの話題に触れるのが怖い。似合わないから諦めていると言っている俺への女装行為も、口ではそう言いつつ隙あらば実行しようとしていることを、俺はよく知っている。だからこそ、俺のバイトの詳細がこいつにばれる訳には行かないのだ。

 心の中の気まずさに視線を反らすと、壁時計の長針が二周していた。知らず知らずのうちに、二時間近くも話し込んでいたようだ。

 

「その話はもういいから、そろそろ帰ろう。悪いけど、俺この後バイトだしな」

「あ、もうそんな時間なんだ。盛り上がりすぎてちょっと忘れてたね。伊織君のバイト、給料も良いし上司さんや同僚さんもいい人達みたいだし、遅れて迷惑かける訳にいかないからね!!」

「……ああ、そうだな」

 

 話を逸らしたい不純な気持ちが半分、バイトまで時間があまりない焦りが半分。会計の紙を持って、俺は先にレジに駆け込んだ。

 

 

 

 急かした甲斐あって、バイトが始まる30分前にゆかりの部屋の前につく。時間は危ないが、急げば間に合わない事は無いだろう。

 

「今日もありがとね、伊織君!! また明日、いつもの所で待ち合わせね」

「ああ、また明日な」

「バイト、頑張ってね」

 

 こちらを振り帰り、二言三言言葉を交わすと、さっと流れるように唇を重ねる。

 昔からの幼馴染だ、他人に見られて恥ずかしがるような初心な間柄ではない。部屋の前でゆかりと軽くキスを交わすと、ゆかりは手を振って部屋の中に入っていった。扉が閉まってからしっかり10秒待って、俺は小さく呟く。

 

「……行ったか?」

『行きましたよ。ちゃんと部屋の中に入りました。以前の様に、忘れ物をして鉢合わせる事は無いでしょう』

「周囲はどうだ?」

『監視カメラの類や人の気配もありません』

「そうか」

 

 ブレスレットから聞こえてくる電子音声の返答に、俺は静かにため息をつく。以前このパターンでやらかしかけた事があるため、注意するに越した事は無い。

 

『いいですかマスター。そもそも、このような人目につくような場所で私に話しかける事自体、彼女に発覚するリスクを無暗に増やしているのです。そろそろ学習して下さい』

「返す言葉も無い」

『恋人との時間を大事にするのは結構ですが、こんなところで変身しないと間に合わない程ぎりぎりまで一緒にいるのはやりすぎです。何度も説明していますが、身バレの危険性をマスターはよくわかって――』

「わかった、わかったから。俺が全面的に悪いしあとでしっかりお説教は聞くから、今はとにかく急いでくれないか? 空飛ばないともう間に合わないから!!」

 

 金属製のブレスレットから聞こえてくる、電子音声特有の無感情な声に言い募られると、内容以上に心に来る。勿論、時間を忘れてゆかりと話し込んでいた俺が悪いのだが、今はそれどころじゃない。

 バイトに遅れる以外にも、このままでは、アパートの廊下で独り言を喋っている怪しい人間でしかない。知っている人間が見ればハンズフリーで電話していると思ってくれるかもしれないが、メカメカしい音声相手に喋っている時点で怪しさは同じ。

 

『……まあいいでしょう。何かあっても、困るのはマスターだけですからね。私は新しいマスターに貸与されるだけですし』

「怖いって!! 本当に、次から気を付けるから!!」

『……光学迷彩展開、音声承認どうぞ』

 

 ため息が聞こえてきそうな無言の後に、ようやく使って貰えたステルス機能に、俺は場所が場所なだけに、控えめな音量で叫ぶ。

 

「ゆかりの次に愛してる!! Wiz57、装備着用要請!!」

『――本部より承認確認。装備を展開します』

 

 事務的なやり取りの後に、ブレスレットを中心に眩い光が溢れる。全身に走るむず痒いような感覚と、アパートのフロアを包み込むような光が一瞬で収まった後、その場には一人の少女が出現していた。

 背丈はようやくジェットコースターに乗れるようになったくらい。肩まで伸びた陽光を反射して輝く金髪に、宝石と見紛う澄んだ碧眼。そして、派手な色遣いで、フリフリの装飾がつきまくったスカート付きの、愛らしさ全開の衣装を着込み、それっぽい宝石のついたステッキを持っている。

 正に、ゆかりが愛好している魔法少女の例題のような存在に俺は変身していた。残念ながら、中身は俺なんだがな。

 

「……よし」

『全兵装オールグリーン。いつでもどうぞ』

 

 ステッキを握る頼りない小さな掌や、子供アイドルのような可愛らしいソプラノボイスもいつも通り。何処からどう見ても、好きなアニメのコスプレをした女の子である。違いといえば、らしからぬミリタリー用語を喋る機械の存在と、魔法少女なのはガワだけではないことくらいか。

 

「ここから飛ぶぞ、補助頼む」

『既に飛んでます。You have control』

「そうか、じゃ、出発!!」

 

 言うが早いか、もこもこのブーツを吐いた足は既にコンクリートから浮いていた。

 操縦桿があるわけではないが、意識すれば浮力は自在に操作できる。最初は戸惑っていた飛行も、今じゃマッハ以上のスピードが出せるまでになった。今回の集合予定にギリギリだった俺は、出力を全開にしながら目的地まで急ぐのだった。

 

 

 

 過程を大幅に省略するが、俺は時々魔法少女になって世界の平和を守っている。

 省きすぎ? いいんだよ、これくらいで。変身するお題目こそ、人さらい目的の敵対組織の手から人々を守ることと、とても壮大で尊敬されるもの。だが、俺個人としては別に、世界平和の為に! とか、御大層で高尚な理由でやってるわけじゃないので、胸を張ってそうですね!! とは言えないのだ。そもそも、あんな女の子になってる時点で細かく話したくもないし。

 きっかけだけ話すとすれば、このバイトは求人誌に乗っていたわけではなく、あの機械の開発元からのスカウトが始まりだった。魔法少女とやらに変身するには、おおよそ50人に1人くらいの適性が必要らしい。健康診断や様々な情報を非公式に提供されているその組織は、適性者の中から当人の事情や組織の都合を勘案して厳選し、更に長く続けられそうな人材を選んでスカウトに来るという。

 話を持ち掛けられた当時は大学に入学直後だったということもあり、非常に金銭面で困っていた。仕送りなどもないので、バイトをぎっちり詰め込んで何とか生活費を捻出していたからだ。

 そんな折に持ち掛けられた話は、一回の出動で一万円、出勤頻度が多かった場合、場合により手当やボーナスあり。怪我をすれば治療費も出るし、事情によっては出動要請を断る事も出来るという、普通のバイトよりはるかに好条件好待遇な仕事だ。

 正直、家に特派員が訪問してきた時は頭のおかしい奴か、もしくは変な宗教の勧誘かと思った。金銭などの見返りがあるとはいえ、突然魔法少女になって平和を守ってくれと言われるなんて、女児向けアニメの主人公だけで充分である。

 厄介な奴に絡まれた、と話を聞いたことを後悔していた俺だったが、目の前で実演され、次に実際に自分の身で技術の粋を味合わされ、そのまま細かい待遇について説明され始めると、いよいよ本当っぽいなと流石に信じざるを得なくなってきた。

 折角の大学生活、ほぼ一人暮らしの開放感と、世間的に希少な可愛い幼馴染と念願の交際に漕ぎつけた事もあり、金と時間の余裕というのはあるに越したことはない。

 金銭面は当然のこと、このバイトを引き受ける事によって今の多忙なバイトを減らせ時間面も都合できるとなれば、この仕事を断る理由が無かったのだ。

 何せ、一回一万円だ。多少の危険は勘案しても、福利厚生がしっかりしていることもあり、問題はない。また、勤務中はとんでも技術で女になってしまうデメリットも、迷彩機能によって一般人に見られることはないため、エロゲーにありがちな展開になることもなく、俺が勤務中だけ我慢すれば良いだけ。正に良い事尽くめで、誘惑に負けた俺は、その場で魔法少女となることを承諾した。それから、俺のエセ魔法少女ライフは始まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 不都合があれば辞めれば良いと気軽に始めたバイトは、何だかんだと続いて3年目に突入した。金髪碧眼でパステルカラーのふりふりドレスを着た魔法少女姿にも流石に慣れ始め、変身する度に羞恥で顔を真っ赤にすることも無くなった。人員の入れ替わりが割と激しく、現在のメンバーでは最古参になっている俺はその日、コンビニのバイト帰りに出動要請があり、そのまま家に帰る最中だった。

 生身であれば、目を開けられなくなるくらいの速度で空を飛んでいる魔法少女らしき何かは、いかにもなステッキを手にしながら、わき腹に手を当てて苦しそうな表情を浮かべていた。他でもない、仕事帰りの俺の事である。

 

「あー、マジで痛ぇ。久しぶりに被弾したからかな、腹の奥まで響く感じが……」

『大丈夫ですか? ログによると、耐衝撃スーツは貫通していないはずですが』

「感覚的には打ち身くらいのはずなんだけど、妙に痛いんだよな。体がだるい気もするし……」

 

 俺がこんな姿(魔法少女)に変身できている理由である、手元のステッキを模した機械のAIが、幼げな見た目とは裏腹に、ハスキーな今の俺の声に反応する。

 この杖、正式名称は忘れてしまったが、普段は何の変哲もないブレスレットだが、一度使用すれば、一般人には認識できない敵の戦闘員を認識できるようになり、その戦闘員に有効な武装や攻撃行動ができるようになるという、オーバーテクノロジーな超兵器である。

 いわば、ヒーローものの変身アイテムのようなもの。先ほども述べた通り、この機械を起動している最中はこちらも一般人から認識されないようになるという、アニメや漫画にありがちなご都合主義満載の機械で、世の中に公開されていないとんでも技術の塊だ。

 俺が魔法少女とやらに変身するのは、俺や開発者の趣味ではなく、一応ちゃんとした理由がある。

 というのも以前、戦闘員がこの機械の認識阻害装置の効果を無効にしたことがあり、使用者の正体がばれて大騒動が起きた事が過去にあるらしい。地球ではなかったらしいが、その時は惑星どころかその星系を巻き込む大騒動となり、最終的には銀河規模の記録・記憶改変をする羽目になったとのこと。規模が大きすぎていまいち想像がつきにくいが、その対策として、億が一、再び同様の事が起こっても問題無いように追加されたのが、この変身機能である。

 年齢、性別、体格、果ては容姿まで、条件問わず設定通りの姿になることができるという、スパイなら欲しがること請け合いの便利機能の1つだ。仮に正体が露見しても、変身した人の身を守るという意味で使用される、プライバシーと安全確保のためになくてはならない、重要な機能である。

 ちなみに、この杖はバイトで使用する備品扱いであり、私事での使用はできない。じゃないと、女湯を覗いたり盗難してみたり、これを使って悪事を働くなんて馬鹿な真似をする阿呆が現れるからな。実際、それが原因で代替わりした同僚もいたし。

 

 キュイッ……

『簡易探査完了。バイタルサイン標準値以上ですが、異常数値到達は確認できず。原因は判明しませんでした。異常ありと判断し、精密検査が必要と判断。ドクターに連絡を提案します』

「要するに、お前から見て異常はないって事か」

『そうなります』

 

 俺達が相手をしている人々を異空間に攫っていく戦闘員共は、武器も持たず素手で襲ってくることが多い。とはいえ、戦闘員と名がついていることからわかるように、動きは素早くまともに殴られると、人体でも100m吹き飛ぶことも珍しくないくらいの戦闘力を持ち合わせている為、油断はできない。

 そのため、よっぽど近接戦闘に自信がある者でもない限り、遠方からちまちまと遠距離攻撃を敢行するのが推奨されている。格闘技や武道などを納めていない俺はそれに倣い、魔法少女よろしく遠くからファンシーな見た目の砲撃を繰り返し撃退するのが常なのだが、今日は戦闘員が珍しく武器を持っていたのだ。それも、人々を攫うわけでもなく、現れるだろう誰かを狙って、銃を持ち待ち構えていた。

 

「なぁ、どう思う……?」

『どう考えても、マスターを襲撃するのが目的だと思いますが。いずれにせよ、周囲に人が居ないのならば好都合です。広範囲砲撃でやれるだけやってしまいましょう』

「それもそうだな」

 

 AIと相談し、開幕不意打ちをして半分に数は減らせたが、残りとは市街地を舞台にFPSも顔負けの銃撃戦を繰り広げる羽目になり、その結果、何発かまともに食らってしまった。

 保護機能は4重に存在しており、仮に核爆弾に巻き込まれても死ぬことは無いらしいが、上位の保護機能が働かないぎりぎりの攻撃を受けてしまうと、ダメージがそのまま生身に伝わり非常に痛いのだ。

 例えば、単純に殴られたり、剣で切られたりする攻撃を加えられると、1つ目の耐折衝・貫通シールドでほぼすべてを吸収し無効化することができる。

 だが、八極拳の発勁のような、表面ではなく衝撃を中に伝える類の攻撃は、1つ目の耐折衝・貫通シールドで殺しきれないのだが、ある程度は軽減されてしまうせいで逆に2つ目の防衛機構が働かず、生身に衝撃が伝わってしまう。

 今回の場合も似たようなもので、弾丸の貫通は防いだが、受け止めた衝撃は多少軽減されたとはいえ、弾丸が衝突した際に発生する衝撃は生身に届いているのである。

 骨まではいってないだろうが、変身を解けば脇腹には青々とした痣が出来ているだろう事は間違いない。病院に行くにしろ、貧乏学生にとってはかなりの出費になるので、こちらで治療してもらえるのであれば非常に助かるのだ。

 

「わかった、このままつないでくれ」

『了解。管制センターへと接続スタート』

 

 俺の了承に、機械らしく愛想の欠片も無いステッキのAIは、淡々と事務的に手続きを踏み通信を開始する。

 可愛らしいマスコットなどおらず、機械音声丸出しのAIと会話している魔法少女の姿をもし目撃されれば、本来の対象年齢であろう年端もない少女たちの、夢と希望ははかなく打ち砕かれるだろう事は間違いない。

 姿形がこれでも、中身は男で技術はSFの完全な別もの。もし目撃しても魔法少女に罪は無いので、夢と希望は捨てずに持っていて欲しいものだ。こんな見られたら見られたで、今度は俺が変わりに恥ずか死ぬが。

 

『はいはい、こちらドクター。その姿で話すのは久しぶりね、Wiz。貴方、戦闘以外じゃ頑なにそれ使わないものね。いいのよ、もっと気軽に変身してくれても。女の姿でオナニーしてみたいだなんて、男ならちょっとは想像したことあるでしょ?』

「個人情報の詮索はお互い無しなんでしょ? 用件だけでいいです」

 

 AIが音声会話で繋げたのは、このバイトの雇い主である組織で、ドクターと名乗っている人物だ。ドクターとはいいつつこれらの装置を開発した人なので、どちらかといえば技術者である。何故エンジニアとかディベロッパーと名乗らないのかは、聞いても答えてくれない永遠の謎だ。

 ちなみに、Wizとは変身後の俺の事を指しており、他にはAnd、Hero、Psyの計4つのコードネームが付いた同様の装置を持つ同僚がいる。それぞれ魔術師、アンドロイド、英雄、超能力者の単語からとられていて、見た目は名前に沿ったものになっている。俺が魔法少女チックな姿に変身してしまうのも、これが理由である。

 前者2つが女性モデル、後者2つが男性モデルの姿で、どれも端正な見た目をしており、これらがドクターが言うようにオナニーだとか変身したままの姿でナンパしたりされたりして、追放処理をされる筆頭の理由となっているらしい。

 

「そもそも、プライベートでの使用は禁止でしょう? 自分としては、割りの良いバイトって中々見つからないので、長く付き合っていきたいと思ってるんですがね」

『君が真面目にやってくれるのはわかるし、組織としてはありがたいのだけれど、個人的には面白くないわねぇ……やりすぎなければ少しは黙認してるんだから、もっとはっちゃけて良いのよ? 歴代のWiz、Andは貴方が想像してるよりもっとやりたい放題だったし』

「そこで女性モデルの名前しか挙がってこない辺りが、男って奴の悲しさですよ」

『男の割合が多いこと自体は否定しないけど、女がいないこともないのよ? 変身すれば素性がばれないからって、毎日浮気三昧の奴もいれば、乱交パーティに参加した女もいたわ。こういう時、本性が出るって本当ねぇ』

「……何も聞かなかったことにします」

 

 出動要請を連絡してくれるオペレーターさんの場合は、極めて事務的に対応してくれるのでこちらとしても非常に助かるのだが、けがや技術的な問題が発生した時に出てくるこのドクターという女性は、扱いという意味では非常に厄介だ。プライバシー規約など気にせず、面白そうだと思ったらガンガン踏み込んでくる。俺をからかうと面白いと学習してしまったのか、ドクターは事あるごとにセクハラ紛いの事を積極的に言ってくるのだ。

 女でのオナニーだとか、諸々に興味があるのは否定できないので、良い反応をしてしまった俺も悪いのだが、余波で夢も希望も無い女の内情とやらまでは知りたくない。魔法少女の実在を信じる女の子同様、俺にも女性に幻想を抱かせたままで居させて欲しいものだが、現実はあらゆる意味で非情である。

 

『まあいいわ。それで、銃で撃たれたんだって? 戦闘報告で見たけど、戦闘員が武器を持ってくる事は珍しくないのだけれど、貴方を待ち受けてたってのはちょっとひっかかるわね』

 

 ため息をつきながら話を流そうとする俺に、不満そうなドクター。俺のつれない反応は常の事なので、からかうのはもう諦めたのか話を進め始める。

 

「ええ。AIとも話しましたけど、自分が急襲したから応戦したというより、こちらを襲うのが目的ではないかと感じました」

『間違ってないでしょうね。今までの解析の結果、あの戦闘員には単一の命令しかインプットできないことがわかっているわ。襲われたから命令を一時無視して応戦、くらいはできるけど、臨機応変に動ける優れたAIは搭載していないはず。今回は、最初から貴方たち4人をターゲットに攻撃行動させるのが目的だった、と考えるのが普通ね』

「俺達の排除に本腰を入れてきた、ということですか?」

『そうじゃないわ。あいつらが地球に来るのは侵略目的ではなく、あくまでも人的資源確保のため。本気で攻勢行動をとる時は戦闘員じゃなくて向こうの人間を出してくるし、いくらでも替えが効く使い捨ての戦闘員しか送ってこない辺りがその証明。戦闘員を増やしたわけでもなく、本当に武器を持たせただけなら、何か別の目的があるんでしょうけど……』

「こちらを舐めてる、ってことは無いんですか? わざわざ上位の人間を送るまでも無い、的な」

 

 実際問題、こちらから防衛に出ているのはこの機械のアシストありきでしか戦えない素人だ。わかる人が見れば、大した実力もない事はすぐ見抜けるだろう。

 だが何か悩んでいる様子のドクターは、それはないとはっきり否定する。

 

『うーん、それも無いわね。あっちの思考回路には1か0かしかないから、貴方達を本気で排除しようと思ったら地球事吹き飛ばすでしょうし』

「マジですか……」

『マジマジ。実際、今までも星をいくつか吹き飛ばされてるし。10年前なんて、銀河丸ごと爆破しやがって。そのせいで、私達がどれだけ大変だったか……まぁ、貴方達以外に攻勢行動専門の別動隊もいるし、私達がいる限りそうはさせないけどね。貴方は安心して魔法少女ライフを満喫して頂戴』

「しませんよ、誰がこんな恥ずかしい……」

 

 普通の人間なら取り合いもしない話だが、こちらと敵組織の圧倒的なテクノロジーを見せつけられ、実感させられている俺からすると、この話も本当なのだろうと信じざるを得ない。

 想像以上に怖かった話に、今はふざけてくれるドクターの性格がありがたかった。

 

『話が逸れてしまったけど、怪我だったかしら。戦闘データとバイタル情報だと、脇腹? うーん、今はそこまで痛くなくても、変身を解くと触るだけで叫ぶくらいには痛そうね。医療用ナノマシンを転送するから、変身を解いた後に摂取しておいて』

「わかりました、よろしくお願いしま、ッつぁ……」

『ちょ、ちょっとWiz!?』

 

 ずきん、と痛んだ脇腹に、一瞬意識が途絶え、空中でぐらり姿勢が崩れる。意識でコントロールしている飛行が、痛みで意識が遠のき制御を失ったのだろう。ふらりと落ちかけた俺だったが、ドクターの慌てた声で何とか持ち直した。

 

『マスターの異常を検知、I have control』

『ちょっと大丈夫? そこまでダメージはないはずなんだけど』

「す、すいません。ふわっと、意識が遠く……」

 

 AIがコントロールを奪って制御してくれたおかげで落ちずに済んだが、自分の想像以上にダメージがあるのかもしれない。

 

『銃で撃たれるなんて、一般人じゃしようのない経験だものね。意識せずとも精神的にダメージがあるのかもしれないわ。こちらから"緊急対応"を申請しておくから、今日は戻ったらナノマシンを摂取したら寝ていなさい。いいわね?』

「わかりました。後はお願いします……」

 

 緊急対応とは、要するに変身者の職場や学校に、公的な休みが取れるよう連絡と手配をする事を指す。勿論ドクターは俺が大学生ということすら知らないので、組織の情報を一手に引き受け管理している情報管制官(という人がいるらしい)に話を通し、諸々の手続きを踏んで休んでいいようにしてくれるというわけだ。

 ゲームで見る狙撃のイメージと、現実に弾丸が迫ってくる感覚というのは随分違う。今までの仕事で慣れたつもりでいたが、知らず知らずのうちに、ちょっとしたPTSDにでもなっていたのかもしれない。

 吐き気すら感じてきた俺は、有難くその申し出を受けることにする。

 

『それじゃ、また何かあれば連絡してちょうだいね』

「ありがとうございます」

『コントロールは私が行います。マスターは到着するまで気絶しない様にだけお願いします』

「了解、頼むわ」

 

 通信を切断すると、操舵はAIに任せて静かに飛行を続けた。

 痛みをこらえるので必死で景色を楽しむ余裕などなく、現在位置を考えればそれほど遠くないはずの飛行距離が、いやに長く感じた。風を切る音がやけに頭に響く。太陽の光がやけにまぶしく感じ、シールドで防がれているはずの風圧を感じる錯覚と、高熱が出ているときのような関節が痛む感覚。五感が敏感といった方がいいのか。

 不思議な感覚と、痛む脇腹と疼く下腹部を押さえながら行う人1人の単独フライトは、見覚えのあるマンションが見えてきたことでようやく終わりを告げた。

 

「やっと、ついた……」

『お疲れ様でした、施錠解除』

 

 自室のベランダに降り立ち自らの足で立つと、体の重さを余計に感じる。小さな体でもパワーアシストがある為、自分の体以上に軽いはずの体が、今日は鉛のように重かった。いつも人目につくと怒られるベランダからの侵入も、今日だけはおとがめなしだった。何とかドアを開けると、狭いワンルームに足を踏み入れる。ベランダ近くの日当たりの良い場所に引かれた薄い布団と足の低いデスクに、家具がいくつか。見慣れた俺の部屋だ。安堵から、どっと疲れが押し寄せてくる。

 

「疲れたな……」

 

 変身を解くこともせず、ステッキを机の上に置くと、薄い布団に向かい、少女の綺麗な髪の毛を散らしながら倒れ込む俺。痛みは収まるどころか断続的に襲ってきており、襲ってくる眠さも合わさってそれに体を委ねてしまおうかとも思ったが、無感情な機械音声の声で我に返る。

 

『気持ちはわかりますが、変身を解除し、早急にナノマシンを摂取しましょう。後を考えれば、そちらの方が楽になりますよ』

「そう、だな……それも、そうだ」

 

 動くことも億劫で仕方なかったが、AIに諭され仕方なく体を起こす。一度放り出したステッキを右手に握ると、キーワードを声に出す。

 

「Wiz57、装備解除要請」

『――要請承認。装備を解除します』

 

 形ばかりの声紋認証があっさりと承認されると、ぱっと狭い室内が光に包まれる。

 このステッキが備える装備や防御機構が解除され、不細工ではないがかっこよくも無い、平均を地で行く見慣れた俺の姿に戻った感覚があった。

 疲れからか、込み上げたあくびはふ、と噛み殺すと、心なしか腹部からの痛みが増した気がする。

 

「ッ、俺は飲み物取ってくるから、お前はドクターの言ってたナノマシンを頼む」

『……? 待ってください。バイタルデータが変です』

 

 ナノマシンといっても形態は錠剤型で、見た目も使い方も普通の飲み薬と変わりはない。水を取りに行くため、痛みを振り切って何とか動こうとしていると、AIに疑問符交じりの声色で話掛けられた。

 

「なんだ。振り返るのもつらいんだから、あまり俺に無理を……?」

 

 机の方に振り返り、AIに文句を言おうとして、ふと違和感を感じた。

 視点が低いのだ。部屋の方が大きくなったというか、まだ変身を解除していないかのような。

 手違いか、と思ったが、今俺が来ている服は魔法少女の衣装ではなく、何故かぶかぶかだが、返信前に着ていたジーパンとTシャツ。

 変身は解除されているのになんで、と疑問に思った所で、やっと致命的な事に気づいた。

 

「あ、れ……!?」

 

 部屋の中で響いているのは、20数年間聞きなれた自分の声ではなく、先ほどと変わりのない、見た目の年齢に反して意外とハスキーな、可愛らしい声。慌てて喉に手を当てようとして、手指の余りの細さに気づき、俺の脳内に嫌な予感が走る。

 痛みに意識が行き過ぎて気になっていなかったが、そもそもを言えば、変身を解除しているというのに視点が低いままなのだ。

 視線を上げると、混乱している俺に止めを刺すように、ベランダのガラスに反射した今の俺の姿が視界に入る。

 触れると折れそうな細いシルエット。

 低い背丈に対し、腰ほどまで伸びたサラサラで陽光を反射せんばかりに輝く金髪に、海の様に澄んだ深い色の碧眼。

 疲労感の隠せない呆然とした表情は、幼い少女性を全開に感じられ、ぶかぶかの上下を着ているせいで、そこはかとない背徳感を感じさせる。

 ガラスの中の世界、もとい俺の部屋には、魔法少女の衣装脱いだ状態の、"仕事着"ならぬ"仕事姿"の俺がいたのだ。

 慌てて手元を見ると、杖の待機状態であるブレスレットが手首に収まっている。

 

『マスター、各種装備は展開されていません。私はオフラインです』

「……これは、現実か?」

『私のセンサーでは異常を検知できません。残念ですが、99.978%の確率で現実かと』

 

 手元から聞こえた残酷な言葉に状況を察し、だらだらと汗を流し始める俺に、追い打ちをかけるように報告を重ねるAI。

 小さな手を開いたり閉じたり。ぷにぷにの二の腕をつまんでみたり、触り心地の良い髪の毛に触ってみたり。

 脳に伝わる五感全てが、この少女が今の俺なのだと全力で伝えてきた。

 

「お、お、女になってる……!? 変身解除してるのに!?」

『そのようですね』

 

 思わず叫んだ声も可愛らしくて、俺に非情な現実を突き付けてくる。

 ガラスに反射していた、幼げな少女の顔がさっと青ざめる。

 

「そうですね、じゃないよ!! 何でそんな冷静なんだ、一応とはいえ、お前のマスターの危機なんだぞ!?」

『そう言われましても。バイタルに異常はありませんし、早急に命の危険はないかと。それに、私に感情などありませんし、慌てようもありませんが』

「兎に角ドクターに連絡するんだ!! 一刻も早く!!」

『異常事態と判断し既にコール中です。応答次第通信を開始しま――』

『もしもし? 随分せっかちねぇ、ナノマシンならもうちょっと待ちなさい。催促しても、自動生成なんだから早くはならないわよ?』

 

 無味乾燥な返事しか返さないAIに腹を立てるが、機械なだけあって仕事は早いのだ。それがまた腹を立てさせる要因なのだが、こいつに怒ったって仕方ない。

 

「それどころじゃないんですよ!! AI、映像通信許可!!」

『了解。映像を転送します』

『へ? どうしたの急に、ってあれ、そういえば声変身後のままね』

 

 つながったドクターに迅速に状況を伝えるべく、プライベート保護の為に普段はオフになっている映像通信の許可を入れ、こちらの映像を送るようにした。

 

『あら可愛い。さすが私デザイン、相変わらず超絶美少女に仕上がってるわ。それで何? 私服姿みたいだけど、やっぱりコスプレでもしたくなったの? 私にアドバイスでも欲しい?』

「そうじゃなくて、これ、装備展開してないんです!!」

『……はい?』

「女になってるんです!!」

 

 ぽかん、と表情が分かりそうなくらい気の抜けた声が聞こえた。いつも飄々とした態度を崩さないドクターにしては珍しい声を上げているが、今はどうでもいい。

 

『報告。兵装解除後も、容姿偽装機能使用時の姿が維持されています。戦闘が原因と思われるバイタルの低下以外、通常のマスターとの差異は確認できず、当機では原因の解明には至りませんでした。ドクターに緊急対応を要請します』

『……ええ!?』

『データを転送します』

 

 慌てて立ち上がったのだろう、通信越しに、ガタガタ!! と何かが倒れる音が続けざまに聞こえた。

 しばらく何かを操作する音だけが聞こえていたが、深いため息が聞こえると、元々あった嫌な予感が加速していく。

 

『……なるほど、あっちの狙いはこれだったのね。すまないわねW、これは私達の落ち度だわ。原因は、ナノマシンよ』

「ナノマシンですか?」

『ええ。今回、貴方が相手した戦闘員の武器に込められていたようね。銃撃を受けた腹部を中心にナノマシンが全身に広がっていて、容姿偽装機能だけをピンポイントでシャットアウトしてるわ。プライバシーの保護と後処理緩和の為だけにつけられた機能だから、他の兵装よりセキュリティレベルを落としてたのが仇になったわね……』

 

 シャツを捲って、多少は筋肉がついていはずのお腹を見てみると、見た目の年相応なぷにぷにのお腹になっていた。右の脇腹の弾丸が当たった個所は青あざになっており、そこを中心にうっすらと光る物が見えた。動作中光るという特徴は、経口摂取か打ち込まれたかという違いはあれど、俺の知識にあるナノマシンで違いなさそうだった。

 

「シャットアウトって……」

『簡単に言うと、機械の認識を狂わせているの。容姿偽装機能は、登録した容姿に対象を書き換える機能。兵装展開時に貴方の容姿を読み込み、解除時にその姿になるように再び書き換えてるのだけれど、ナノマシンは貴方が元からその姿だったようにAIに認識させてるのね。つまり、元々貴方がその恰好の女の子だったことになってるってこと』

「え、女子だったことにって……元に戻れるんです、俺!?」

 

 その手の事象に詳しくない俺でも、大問題に発展していることくらいは理解できる。女になったという戸惑い以上に、男に戻れるのかわからないという状況に焦る俺に対し、いつになく冷静な声でドクターは話掛けてきた。

 

『安心しなさい。簡単に解析した感じだと、投与されたナノマシンの効果で容姿偽装機能が一時的に遮断されてるだけだし、恐らく私達にこれが通用するかの機能テストのようなものね。貴方の登録情報自体はバックアップがあるから、ナノマシンを除去すれば、すぐにでも元の体に戻れるから安心しなさい』

「それなら、良いんですけど……」

『2、3時間の辛抱よ。出来たらすぐにでも連絡するから、しばらく横になって休んでなさい。申し訳ないけど、状況が変わっても困るから治療用ナノマシンの摂取はダメよ』

「いや、一気に痛いどころの話じゃなくなったんで、それは大丈夫ですが」

『それと。これは真面目な話だけど、激しい運動とか興奮するようなことしちゃだめよ? ランニングやスポーツは勿論のこと、オナニーなんてもっての他だし映画やポルノ動画を見るのもアウト。わかってるとは思うけど、ナノマシンは血流にのって全身をめぐるから、変に興奮して心拍数を上げると、ナノマシンが定着して、下手をすれば元に戻れなくなる心配もあるから気を付けなさい。まぁ、そこまで高性能なナノマシンではないから大丈夫だと思うけれど、一応念の為ね』

「わ、わかりました」

 

 後半に関してはまずしようとも思わないが、あのドクターが言うのだから本当なのだろう。いつものようにふざけたからかいではなく、大真面目に注意されては頷くしかない。

 

『ならお願いね。AI、何かあれば彼のフォロー宜しく。対応は一任するわ』

『了解しました』

 

 通信が切れると、テーブルの上にどっかと座り込む。人暮らしを始めてから買ったこのテーブルだが、床に座ってもまだ低いくらいの高さなのに、小さくなった身体には丁度良い座り心地なのがまた悲しい。

 

「……なんか、大事になったなぁ」

『ドクターは普段からかっておいでですが、長時間性別の違う身体で過ごすというのは、普通の人間では精神衛生上大変良くありません。実際、本機を別性で利用する場合、懲戒解雇を除けば、約3割の方はストレスで異変を来し退職されています。ドクターの助言通り、今は何も考えず休んだ方がよろしいかと』

「まぁ、なぁ。大学に連絡もしてくれるだろうし、今日はおとなしく寝とくか……」

 

 普段からサボるほうではない為、仮に公欠が付かなくとも大学の出席日数には余裕がある。

 行ったところで、こんな姿ではまず俺が出席したとはならないだろうし、そもそも全身の痛みが酷くて講義どころではない。大人しく、痛みをこらえながらドクターの連絡を待つしかないようだ。

 ぶかぶかのジーンズを脱ぎ捨て、布団に体を投げ出した。

 

「災難だ……」

 

 ずきずきと痛む患部に手を添えながら、思わずこぼれ出る愚痴。

 顔を向けた先にある全身鏡には、いつもと着ている服が違う女の子の姿が映っている。

 

「変に美少女で絵になるだけ、嫌になるな……」

 

 サイズのでかいシャツ一枚にトランクスを履いた状態で寝転んでいては、彼シャツを着た彼女にしか見えない。

 男としては一度くらい見てみたい理想のシチュエーションだが、それが自分自身だと考えると途端に憂鬱になる。

 部屋に、少女の深い深いため息が木霊する。

 

「折角、今日は講義の後デートの予定だったのにな……」

『マスター、その姿でそのセリフですと、恋焦がれるただの女の子になってますが』

「……煩いな、言った後に後悔してるからほっといてくれ」

 

 可愛らしい声にはよく似合っているが、中身は俺。言った後に恥ずかしさで消えてしまいたくなった。

 彼女であるゆかりとは、学科が同じこともあり講義はほとんど同じなのだが、お互いバイトなど用事が重なりここ何日かは講義以外で顔を合わせる機会がなかった。今日は久しぶりに映画三昧に浸った後、良ければホテルにでも行こうと思っていたので、猶更落胆がひどい。

 純粋に彼女とイチャコラしたいという欲求もあり、溜まっている夜の欲求を開放したい気持ちもあり。夜に関しては、現状溜まっている物自体消え去っているのだが、それはともかく。

 こんな姿で会うわけにもいかないので、予定はデート含めて中止せざるを得ないだろう。

 

「ゆかりに悪いことするな。連絡しとかない、と……」

 

 机の上に放り出した携帯に手を伸ばそうとするが、手が届くよりも先に瞼が自然と降りてくる。

 ただでさえ出撃するのは精神的に疲れるのに、戦闘でダメージを負った上にこんなことになっては、中々に堪えるのも当然だった。無事家に到着したことへの安心感に、身体の痛みと気疲れも相まってか、急激に耐え難い睡魔が襲ってくる。

 

「だ、めだ……ね、む……」

『マスター、マスター? ……これはダメそうですね。おやすみなさい』

 

 ぷるぷると筋肉のない腕を必死に伸ばしていたが、横たわったままではテーブルに手は届かない。彼女への不義理と、面倒くささに眠さをかけ合わせたものを天秤にかけ、あえなく誘惑に負けたところで、俺の意識は力尽きた。

 

 

 

『マスター、マスター』

 

 うとうとと夢見心地の所に、無粋な機械音声が耳につく。

 

「ん、むぅ……」

『マスター、幼女のような眠そうな声を上げている場合ではありません』

「なんだよ、煩い、なぁ……」

 

 AIの問いかけに返事をするが、自分の思った通りの言葉を喋るふにゃふにゃとした声に強烈な違和感を覚える。おかしいな、と思いかけたところで、そういや女のままなんだったな、と半分寝たままの頭が思い出す。

 

「大学、休みなんらろぉ? ドクターからの連絡なら、兎も角……」

『確かに、まだドクターから連絡はきておりませんし、無事マスターは本日公休となりましたが』

「だったらこのまま、寝かせろぉ……」

 

 どうせ大学は休みになったのだ。素直に寝かせろよと、寝起きで呂律が怪しいせいでますます子供っぽい声色で抗議の声を上げる。

 

『ふむ。私が機転を利かせただけですし、本当にマスターが起きなくて良いのなら、別に私は構わないのですがね』

「なんだよ、そんな意味深な……」

 

 睡眠を妨害されたことに加え、迂遠な言い方をするAIにいらだちを隠せず、ぶっきらぼうな言い方になる俺に対し、AIはさも困った、と言いたげに、聞こえないため息が聞こえんばかりの呆れた口調で告げた。

 

『現在時刻11時32分18秒。待ち合わせ時刻の11時を優に過ぎています。マスターの携帯にも、ゆかりさんから数度電話が入っていましたよ』

「……連絡? ゆかりから?」

 

 ゆかり、俺の彼女、待ち合わせ時間、休みの連絡に、電話。

 意味不明なAIの言葉に首をかしげていたが、ぼーっとしていた頭の中で、少しずつ点と点がつながる。徐々に甦る、眠る前の記憶。徐々に飲み込めてくる現状。

 

『早く連絡しないと、心配してゆかりさんがこちらに来てしまうのでは?』

「……ゆかりに連絡、してねぇ!?」

 ピンポーン

「……はぅあ!?」

 

 約束をすっぽかした事に気づき、極めつけに部屋に響くチャイムの音を聞いて、眠さでぼけていた頭は完全に覚醒した。

 がばっといつの間にかかけられていた布団を剥いで立ち上がると、携帯を手に取る。ロック画面にはゆかりからの着信履歴が3、4回、こっちを心配するメッセージが複数残っていた。

 

「な、なんで起こしてくれなかったんだよ!! 一体全体何のためのAIなんだ!!」

『対インベーダー防衛用AIですが何か。6回は声をかけたのですが、ナノマシンの効果もあってか眠りが深そうでしたので、全く効果はありませんでした』

「いやうん、そうかもしれんが!! 目覚まし時計じゃないんだから、そこを何とか起こしてくれないと困るだろ!!」

 ガチャ、ガチャリ……

「伊織君? 居るのー?」

 

 玄関にカギが開く音と同時に、ドア越しに聞きなれたゆかりの声が耳に入った。

 同棲こそしていない俺たちだが、お互いの部屋の合いかぎは持っている。幼馴染であることもあり、部屋に上がることに躊躇いはない。ごそごそと靴を脱いで上がっているだろう音がする。

 

「ほら、入ってきちゃっただろ……!!」

『ですから、彼女に合い鍵を渡すのは反対したのです。初めに説明したように、恋人関係にある者同士では、容姿偽装機能等のプライバシー保護機能の安定性が……』

「その話はあとで聞くから、まずはこっちだ!! どうするんだよこれ。今の俺、よその家に不法侵入してる怪しい幼女じゃないか!!」

『幼女が不法侵入は現実的に考えてないでしょう。元のマスターが誘拐犯扱いされ、今のマスターが攫われてきた被害者とされるパターンの方が濃厚ではないでしょうか』

「くそ、一理あるな……」

 

 冷静に考えて、子供もいない独身男性の部屋に幼女がぽつんといれば、危ない想像をする人間は少なくないはず。しかも、着ている服はぶかぶかの男物。完全にアウトだ。

 

「どうする、何処かに隠れるか!? あ、クローゼットとかどうだ!!」

『確かに、今のマスターの体格なら隠れられるでしょう。ですが、マスターが自宅内にいる事は確信してらっしゃると思うのですが、どうでしょうか。靴はあるな、ですとか、いるじゃない、とゆかりさんが小さな声で発言しているのは聴覚センサーに反応がありました』

「じゃあ駄目じゃないか……す、ステルス!! ステルスとかどうよ!?」

『ですから、対象と恋愛関係にある者には効果が――』

 

 靴を脱ぎ、とすとすと軽い足音を立てながら接近してくる音が、焦燥感が掻き立てる。

 小声で話し合う俺達だが、一向に良い案は出ず、AIは打開策どころか厳しい現実を突き付け、追い詰めてくる始末。

 

「伊織君ー? 入るよ?」

「はぅあ!?」

 

 ドアノブが回る。出したことない情けない声が出てしまうくらい焦っている俺は、あたふたと慌てることしかできない。

 

『……仕方ありませんね』

 

 気のせいか、ため息が混じっている気がするAIのつぶやきが早いか、扉が開くのが早いか。

 すりガラス越しに見えていた人影は間違いなくゆかりだったようで、困った顔で部屋に入ってきた。

 

「もう、いるじゃない伊織く……」

 

 室内に人影を見つけ、俺だと断じ困り顔で叱ろうと言葉を紡いだところで、ようやく異常に気付いたようで動きがピタリと止まった。

 

「「……」」

 

 ゆかりは見下ろし、俺は見上げる形で視線が交錯する。どう言い逃れしようか冷汗をだらだらと流しながら言い訳を考える俺と、ぽかんと、現状を理解できていなさそうな表情のゆかり。

 恐ろしく静かな時間がしばし流れる。何とか通報は避けなくてはと、頭の中はフル回転させているが、そう簡単に現状を打破する案が見つかるわけもなく。

 

「あ、あの……」

 

 じっとりと嫌な汗を掻いている俺が、当てもなくとりあえず口を開いてみると。

 

「うふふ」

 

 怪訝そうな表情をする間もなく、満面の笑みを浮かべ、ぽんと手を打つゆかり。何故か彼氏の部屋にいる少女の姿を確認して、何故か何かに納得した様子の彼女。途端に笑顔になるとそのまま、こちらと向きあいながら後退していき、ぱたんドアを閉めた。

 部屋の中には、間抜けな表情を浮かべた彼シャツ状態の俺と、役立たずのAIが残った。

 

「……え? 出てったの?」

『そうですね。今玄関を出ました』

「リアクションは!?」

 

 昼前の静けさ漂うマンションに、俺の虚しい突っ込みが無駄に反響した。

 困惑するわけでもなければ、驚くわけでもない。警察に連絡されるなどいろいろな反応が頭に過っていただけに、無反応で撤退されるのは流石に想定外だった。

 

「普通、一人暮らしてるってわかってる人間の家に謎の少女が居たら、何か反応しない!? 何でニコニコ笑いながら出て行ったんだあいつ!?」

『恋人が少女を誘拐しているかもしれない、という現実を受け止めきれなかったか、とりあえず一回外に出て冷静になりたかったのか。はたまた、マスターに刺激を与えないよう一回外に出て、通報する為という可能性もありますが、順調にここから遠ざかっているのでその線は無いかと。私としては、可愛らしい今のマスターに着せる為のコスプレ衣装を取りに行った説を押します』

「いや、いくら何でもそれはないだろ……コスプレさせ甲斐がありそうだからって、誰彼構わず着せるようなハチャメチャな性格じゃないぞ? お前が俺に興味ないからって、あまり適当な事を言うと解体するぞ貴様!?」

 

 スペックの1%も使ってないだろうAIの雑な予測に、怒り狂った俺はAIが収まっているブレスレットをブンブンと振り回した。

 確かに、ゆかりはコスプレを作ったり着せたりする熱量に関しては凄い物がある。とはいえ、見知らぬ女の子に対していきなりコスプレを強要するような倫理観の無い奴ではないのだ。

 感情のぶつけ先を失い八つ当たり気味の俺に対し、AIはやれやれと言わんばかりに、はぁ、と大きなため息をつく。

 

『失敬な。どんな状況だろうと、私は常にフルスペックで稼働しています。そこらの唯々諾々と命令に従うしかない化石のような機械群と比較されては、無いはずの腸が煮えくり返るというものです』

「ほお? じゃあそのハイテクAI様が立てた予測の根拠を聞かせてもらおうじゃないか」

『構いませんとも。とはいえ、別に難しい話でもないですが』

 

 言い終わるが早いかどうかのタイミングで、目の前に画面が表示された。謎技術特有の、空中に浮かび上がるホログラムで出来たウインドウである。当初はおっかなびっくり使っていたこれも、長いバイト生活ですっかり見慣れたものだ。

 

「これは……」

 

 表示されているのは、このAIが管理している兵装のモニタリングだ。ビームの出る重火器や、核兵器すら防ぐらしいバリアなど、このブレスレットにAIと一緒に搭載されている兵器の全てが、ここに網羅されている。

 当然、現在は展開されていないので全てオフラインの赤表示になっている、はずなのだが。

 一点だけ、緑表示になっている項目があった。

 

「は? 今ステルス効いてるの?」

『マスターが煩かったですからね、ゆかりさんが入室する前に、認識阻害機能だけはオンラインにしておきました。私が再三警告していた通り、ゆかりさんには通じていなかったので、全くの無駄でしたが』

「はあ!?」

 

 先に説明した通り、ここでいうステルスとは、同じ装置を使っている同僚以外の以外の全てから認識されなくなる機能の事を指す。つまり、これが発動している限り、透明人間に等しい。その効果は折り紙つきで、戦闘中に生放送中のカメラを横切ったりしたこともあるが、騒ぎになる事もなくSNSに拡散されることも無かった。

 一般人でしかないゆかりに、最先端どころかオーバーテクノロジーを使った状態の俺が見える訳がないのである。

 

『あのですね。認識阻害機能は確かに、対策されていないとどんなものも認識できないという、我々が誇る隠匿性の高い技術ですが、特性上克服出来ない、唯一にして最大の欠点があります』

「欠点……?」

 

 動揺を隠せない俺に、AIは勿体ぶって前置きを語りだす。

 そういえば、契約時に受けた説明の際、電化製品の説明書くらい分厚かった注意事項の中でも、特に念押しされて説明された項目があった気がする。

 

『そう、欠点です。初めにしっかり説明したはずなのですが、反応から察するにマスターは忘れているのでしょうね。どうせそんなことだろうと思いました』

「ぬぐっ……」

 

 言い返す言葉の無い俺の目の前にポップアップしたのは、契約時に読まされた注意事項だった。とある一文に線が引かれ強調されている。その一文には、こんなことが書いてあった。

 

「認識阻害機能は、利用者の姿や声など全ての情報をあらゆる媒体から遮断しますが、利用者と相互に恋愛感情を持つ人間に対しては、効果が無い事があります!?」

『ですから、私はゆかりさんに目撃される恐れのある自室のベランダからの離着陸や、時間が無いからと彼女と分かれた直後に、近場で兵装展開して飛び立つなどの行為は自制してください、と私は再三進言していたのです。やはり覚えていませんでしたか、そうですか』

「ぬ、ぬぐぅ……」

 

 身に覚えがありすぎて、冷や汗が止まらない。

 時間にルーズな方ではないのだが、出退勤時は何かとこいつの便利機能に頼る事が多い。AIの言う通り、ぎりぎりまでゆかりといて、別れた何秒後には変身して空を飛んで言たなんてことは、わりとざらだった。自宅に戻っている最中のゆかりの上空を飛んで行ったことも、数えきれないほどある。目線が合ったような気がしたことも、幾度となくあった。気のせいだと思っていたあれが、本当にこちらを見ていたのだとしたら……

 

『そのまさかだと思いますよ。今の姿をきちんとマスターだと認識していたと仮定するなら、あの謎の笑顔の理由も理解できます。普通の少女相手なら遠慮するところでも、マスターが相手なら気兼ねなく着せ替え人形に出来ますからね』

 がちゃり……

「!!」

『お早いお帰りですね。何か大量の荷物を持っているようですよ、マスター』

 

 乱暴に玄関が開く音に、思わずびくりと肩を跳ねさせた。どちらかといえば大人しい性格のゆかりらしからぬ荒れた様子は、その興奮度合いを音だけで俺に知らせてくる。

 数秒後、リビングのドアが開くと、息を切らしたゆかりが大きなキャリーケースを両手で抱えていた。慌てて詰めたのだろう、締まり切っていないファスナーの隅からは、パステルカラーのフリルがちらりと覗いている。フリルの端には、見覚えのありすぎる意匠のワッペンがついていた。状況証拠から、ゆかりの好きなヒロイン物のアニメが頭を過ぎる。

 

「ごめんね、遅くなっちゃって……まさか、今日お披露目してくれるだなんて思ってなかったから、準備してなくて」

「え、あの……?」

「? どうしたの、伊織君」

 

 えへへ、と汗を拭って恥ずかしそうに笑うゆかりは大変可愛らしいが、問題はそこではない。

 よいしょ、とキャリーケースを下ろし、荷解きを始めたゆかりは、あっさりと今の俺を自分の彼氏と認識したのである。

 

「俺の事、何で伊織って……」

「え? だって、何度も見たよ? 伊織君が魔法少女に変身するところとか、空飛んでるところ。表立っては見せられないから、私にこっそり見せてくれてたんじゃないの?」

「――」

「可愛かったよ? 見た事ないオリジナルの衣装で、可愛らしいポーズ決めてるとこ!!」

『ほら言ったじゃないですか。私の進言を聞かないマスターの自業自得ですよ』

 

 折角写真に撮ったのに、残らなかったのは残念だったけどね、としょんぼりしているゆかりに、俺は思考停止状態だった。

 今までの姿を、全部見られていた?

 あんな恥ずかしい服を着た姿を見られただけで顔から火が出そうなのに、初めの頃、気の迷いでそれっぽいポーズと決め台詞を言ってみたあの瞬間を、よりにもよって見られていた、だと?

 頭の中で、走馬燈の様に過去の記憶が再生され、それが逐一みられていたのかも、と想像が駆り立てられる。

 全身を掻きむしりたくなるようなむず痒い感覚が込み上げ、頂点に達した時。

 

「ヴ、ヴぁあー!!」

「え、伊織君?」

 

 羞恥にかられた俺は、思わずその場で頭を抱えてうずくまった。

 ゆかりは心配して俺の顔を覗き込みに来るが、真っ赤な顔を見られたくない一心でブンブン頭を振って回避していた。

 

「その、もしかして伊織君、私に秘密にしてるつもりだった……?」

「やめろぉ、そんな目で見ないでくれぇ……」

 

 言いづらそうに小声でささやくゆかりと、ぷるぷると震えることしか出来ない俺。

 死ぬほど恥ずかしかった。穴があったら入りたいとは、きっとこのことだ。

 この反応、きっとばれたのは近々ではない。俺が気の迷いで変身ポーズをしたのは、バイトを始めた初日の事である。つまり。

 

「最初っから、知ってたって事かよぉ……」

『手遅れだとは思ってましたが、まさか初めからだったとは。99%マスターが悪いとはいえ、管理AIとして私も反省すべき点が大いにありますね。あ、どうも初めましてゆかりさん。私は三笠伊織さん担当の兵装管理AIです。わかりやすく言えば、喋る変身アイテムと思っていただいて構いません。どうぞごひいきに』

「あ、どうも初めまして、新田ゆかりです。伊織君がいつもお世話になっております」

 

 絶望の淵に沈む俺をよそに、暢気に挨拶を交わす1人と1台。

 男に戻れないという大問題は、一気にどうでもよくなった。このバイトを始めるにあたって、家族よりも友達よりも誰よりも、ゆかりにばれたくなかった理由。

 

「ゆかり、1つだけ聞かせてくれないか……?」

「なぁに?」

「今年のプリズムシリーズ見た感想、本音で言ってみろ」

 

 見上げたゆかりの表情は、それはもう華が咲いたような笑みだった。

 

「私の彼氏の方が可愛いなって思ってました!! えへへ!!」

「やっぱりなぁクソが!!」

 

 予想通りの答えに、俺は頼りない拳を床に打ち付ける。

 

「だってだって、天然物の魔法少女なんだよ!? コスプレなんかじゃなくて、ほんとに空を飛んだり魔法使ったりする、本物!! しかもそれが伊織君だなんて、もう自慢でしかないよね!!」

「そう言うと思ったから、ばれるのいやだったんだよぉ……」

『そう思うなら細心の注意を払ってください。彼女に合鍵を渡している時点で、室内での変身はリスクを伴うとわかるでしょうに……』

「大丈夫だよ伊織君。伊織君が魔法少女になってるだなんて誰にも言ったりしないし、一生秘密にするから!!」

 

 AIしか聞こえないくらい小さな声で呻く俺に対し、ゆかりは俺の肩にぽん、と手を置きながら、安心して!! と心強い言葉をかけてくれる。

 ただし。

 

「写真沢山撮るけど、1人で楽しむだけだし!!」

 

 誰から見て心強い言葉なのか、というのは意見が分かれる所である。

 コスプレ衣装をもう片方の手に持ちながら言われては、俺としてはどっちもどっちなのだ。

 SNSなどもそれほど好きではなく、ネットリテラシーもしっかりしているゆかりのことだ、情報流出などの方面は全く心配していない。それよりも、こんな衣装を着た姿を写真に撮られる事の方が問題である。

 

「こんな可愛い女の子になった伊織君を皆に共有するなんて、勿体なさ過ぎてさ……私ね、始めてその姿を見てからずっと、似合いそうな衣装考えてきたんだ。そんな自然な感じの金髪なんて中々無いし、キュートなお顔の作りも考慮して、映えそうな衣装を厳選してあるんだよ!! そう、着て欲しいのがたくさんあるの!!」

「待て、待て待て待てよゆかり、怖い、いつになく目が怖いって……!!」

 

 妄想に花を咲かせているのか、とろんとした表情とは裏腹に、今の俺に注がれる視線は、突き刺さるというよりもう串刺しにされそうな勢いである。まず間違いなく、俺の話を聞いてくれない時のゆかりである。

 

「駄目だよ伊織君、今から着るプリズムブライトちゃんは、常に笑顔の明るい子なんだから、もっと笑顔にならないと!! あそうだ、まずは下からしっかり準備しないといけないよね。大丈夫、可愛い下着もしっかり用意してるから!!」

「まだ、何も言ってないんだけど……」

 

 忘れてた忘れてた、といいつつ彼女が取り出したのは、これまた可愛い少女が着るようなデザインの下着の上下。今の身体には似合いそうだが、男の尊厳など一発で吹き飛びそうな仕上がりになること請け合いだ。

 その圧力に気圧され、四つん這いになったまま後ろに下がる俺に対し、それらを両手に構えたままじりじりと迫ってくるゆかり。

 

「もう一年以上もお預けされてきたんだよ、伊織君が嫌がっても、今日は着てもらうもんね……!! 一日くらい、講義休んでも問題無いし、今日はいっぱい楽しもうね!!」

「い、いやあああああ!!」

 

 AIのアシストが無ければ、俺は見た目相応の筋力しかないため、唯の少女である。

 欲望ブーストが掛かった由香里に叶うわけもなく、まるで女のような叫び声をあげながら、呆気なく素っ裸に剥かれてしまう。満を持して差し出される子供用下着に、ごくりと嫌なつばを飲み込む羽目になる俺。

 

「あ、一眼レフは持ってきたけど、ビデオカメラ忘れちゃった……勿体ない……」

『ああ、それなら私が録画しておきましょうか。4Kどころか、細胞まで見通せるような、地球上ではありえない超高画質でマスターの痴態を保存しておきましょう。あとでデータをお送りしますね』

「助かります!!」

「俺は助からない!! ああ、わかった、わかったから、自分で履けるけるから!! そんなぴちっとしたパンツを履かせるんじゃない、せめて自分で履かせ……ひあぁッ!?」

 

 俺を着飾り堪能することで頭が一杯の為、話を全く聞いてくれないゆかりと、止める気0のAI。止まるどころか加速し続ける暴走に、俺の尊厳はいつまで持つのか。そもそも、このコスプレショーは、果たしていつまで続くのか。少なくとも、用意された大量の衣装は、着ざるを得ないだろうことは、間違いなかった。

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 ぐったりとベッドに倒れこむ俺。軽く施された化粧がシーツに付くことも考えず、今は兎に角横になりたかった。

 全エネルギーを絞りつくした俺の燃料タンクには、ガソリンの一滴も残されていない。指一本動かす気力もない、死に体のような状態だった。

 

「はぁぁぁ!! 伊織君可愛すぎる……もっと衣装用意しとけばよかったなぁ」

 

 精魂尽き果てた俺に対し、肌がツヤツヤなゆかりは大変元気が良かった。

 そりゃそうだろう、とっかえひっかえ着替えさせ、着ている衣装のヒロインのポーズと台詞をキメ顔で要求し、SDカードを2回変えるほど撮りまくってくれたのだから。挙句、まだ足りないと抜かすのだから、本当に大概にして欲しい。

 SDカードを何度も入れ替えながら、俺の痴態を満足そうに眺めるゆかりを見る俺は、きっと死んだ魚のように淀んだ眼をしているに違いない。きっとハイライトは消えている事請け合いだ。

 

『マスターの動画は容量が大きかったため、ゆかりさんがお持ちのオンラインストレージに直接転送しました。変身ポーズ事にファイルは分けてありますが、本家を意識したエフェクトを追加した編集バージョンも同梱しておきますので、良ければご覧ください』

「うわあああ!! 凄いよAIさん、伊織君がリアルプリズムだあああ!!」

「……」

 

 見た事の無いテンションで楽しそうに叫んでいるゆかりを見て、いよいよ意識が霞みだす。余計な事をするなとAIを叱る元気もない。今更掻く恥も残っておらず、つーっと流れ始める涙はとめどない。

 訪れる眠気に従うがまま、俺は今度着せるコスプレ衣装の相談をし始めたゆかりとAIの会話を子守歌に、夢の世界へと誘われるのだった。

 




すいません、投げっぱなし短編とはいえ、エピローグあまりにも気に入らなかったので省いております。書けたら追記するかおまけと一緒に出しますね

(もし、書くとするなら)次のうちどの蛇足が見たい?

  • 幸平と美衣
  • 慶介と恵里佳
  • アキと凪咲
  • 真尋と亜美
  • TSしちゃった連合の飲み会話
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