※この作品はR-18です。

TS百合短編集   作:くえん

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大変お待たせ致しました。
今回は書きあげては見たものの、物凄く自信がありません。是非とも、ハードルを大地よりも低くしてご覧いただければ……
それと今作、28日現在エピローグまで書きあがっているのですが、エロシーンだけ仕上がっておりません。間に合えば適切な場所で投稿しますが、ダメな場合一度全年齢仕様で終わり、書きあがり次第後からこっそりフェードインする形になります。あらかじめご了承ください。
それでは、楽しんでいただけそうな方はどうぞご覧ください。


責任を取ろう
8(前編)


 夜空に帳が下りようとも、現代の街並みは宵闇に沈まない。昼間と変わらぬ往来の数はその証拠で、煌々と輝く電灯の光が夜の到来を拒んでいた。

 

 この街に住み、その景色を構成する一員である俺も御多分に漏れず、そこかしこに灯る明りのその一角、『Crossed』という名のレストランの中にいた。

 

 英名で"交差"という銘を打たれたこのレストランは、かつて本場で修業を積み、賞レースで優勝を争えるほどの評価を得たシェフがメインを張っている、業界でもそれなりに有名な店である。

 

 それだけに、一見さんお断りでそれなりに敷居の高いこの店は、客としてだけではなく、働く側の登用試験も遥か高き壁だ。何しろ、当落の前にシェフに料理の味や腕前を見て貰うだけでも狭き門である。俺が入店できたのは、完全に運が良かっただけだった。とはいえ、単に運が良いといっても、くじ運が良いだとか俺が天性持ち得たもののおかげではない。それは俺がたまたま持ち合わせていた、人と人の縁によるものだった。

 

 専門学校に通いながら、そこそこのレベルの料理店でバイトしながら修行してきただけの俺の経歴では、履歴書はノータイムでゴミ箱行になること請け合いである。

 

 そんな俺が入店を認められたのはある程度の実力が備わっていたからこそだが、腕前を見て貰えたのは、今、目の前のVIP席に座る女性のおかげだった。

 

「夏野菜のテリーヌ、和と洋の2種のソースを添えて」

「……」

 

 料理の形を崩さぬよう、テーブルクロスの上に丁寧に置くと、タイトなレディーススーツを着こなす女性は、切れ長の目から料理に視線を落とした。

 

 俺の料理人としての道を繋いでくれた恩人は、肩に軽くかかるくらいの艶がかった黒髪を僅かに吹くエアコンで揺らしながら、視線で料理を吟味していた。

 

 三月に一度、シェフが決めたテーマに沿って行われる、フルコースで出される料理のコンペティション。テーブルに置かれているのは、そのコンペに向けてこの三か月、練りに練った自信作だ。だが、料理の評価点は、味だけではなく見た目も含まれる。特にコース料理ともなると、素材の彩、配置のバランス、どれかだけ突出していても、逆に足りなくても減点対象になってしまう上に、前菜ならばメインより目立ちすぎてはいけないという、絶妙な加減を要求される。要するに、俺が美味しいと思っても俺の感性がずれていれば一巻の終わりなわけで、それを避けるために誰かに試食をしてほしかったのだ。

 

 その為にわざわざ呼んだのが、俺がこの店に入るきっかけを作ってくれ、俺の恩人ともいえるこの女性……新堂亜美である。

 

 亜美は揃えて置かれたフォークとナイフを手に取ると、大きな皿の上に綺麗に盛られた野菜のテリーヌを手慣れた手つきで切り分け、一口含む。

 

 壁一枚隔てた往来で人が行き来する音だけが響く静かな空間に、重い沈黙が満ちる。

 

 重苦しい空間を作り出している張本人である彼女に、わざわざ感想を尋ねるだなんて野暮なことはしない。こういうのは、自然と出てくるものだ。

 

 ゆっくりと味わうように咀嚼する亜美を見守ること一分少々。固唾を飲んで見ていると、小さく細く白い喉を鳴らす。ふくりと柔らかな唇に手を当て僅かに思考した後、シリアスな表情を崩さず、俺を見上げて一言。

 

「……他のメニューとの兼ね合いでしょうが、これなら十分採用されるレベルでしょう。今回は、頑張りましたね」

「今回は、って傷つくな……これでも毎回、全力は尽くしてたんだけど」

 

 俺の言葉で破顔する亜美を見ると、肺の中に溜まった重い空気を吐き出した。辛辣な評価が多い亜美にしては珍しく褒めてくれた事に、ここ何年か苦渋を飲まされてきた俺は留飲を下げる。

 

「あら、まだまだこんなものじゃないでしょう? 貴方には期待しているのだから、私の予想くらい軽く超えて貰わないと」

「プレッシャーだなぁ。買いかぶりすぎって否定したいところだけど……」

 

 他人に厳しく自分にも厳しい彼女の事だ、彼女の言う予想というのがどこまで高いのかわからないが、聞いたら心が折れそうなのは想像に難くない。自分で言うのも難だが、俺は追い込まれても伸びないタイプなのだ。

 

「そんなことはないわ。真尋、貴方は私が、こんな名門の店に才能の欠片もないような人間を推薦するような見る目のない人間だと思ってる?」

「そうは思ってないよ。わかってるからこそプレッシャーなんじゃないか……でも、そこまで言われたんじゃ頑張るしかなくなるな」

 

 先ほどまでの重苦しい雰囲気とは違い、ほっと和らいだ空気に俺も笑みを零した。

 さて、わざわざ仕事帰りに呼びつけたんだし、飯くらい奢らないとな。まあ奢るといっても、いつもの様に俺の手作りにはなってしまうが。

 

「松永さんにはかなわないけど、俺の作ったフルコースで良いなら御馳走するよ」

「あら、将来の三ツ星シェフのフルコースが味わえるなんて、光栄ですわ。喜んでご相伴に預からせていただきます」

「折角亜美の予想聞かなかったんだから、わざわざ言わないでくれるかな……」

 

 いたずらっぽく微笑む亜美。予想以上に高かった未来の展望に、俺は再びのしかかるプレッシャーに肩が凝った思いだった。

 

 

 

 

 

 新堂亜美。かの新堂グループ、しかも親会社の新堂ホールディングスの代表取締役のご令嬢であり、七光りではなく純粋な実力で傘下のグループ会社の社長を務めている才媛だ。バイリンガルでもあり、様々な分野の知識も併せ持つ、人の何倍もの才能を持つ正真正銘の天才。

 

 公立の高校を卒業し、料理の専門学校を卒業しただけの唯の凡人の俺とは大違いで、まるで接点が無いように思えるだろうが、実は小さな頃からの付き合いで、実に20年来の友人である。

 

 俺と彼女の出会いは、幼稚園の頃にまで遡る。

 

 何の変哲もない一般家庭に生まれた俺と、やんごとなき家系の長女である彼女との接点は、隣の幼稚園に通っていただけという、一生縁がないまま終わってもおかしくない些細なものだった。

 

 片や一般市民が通わせる市立の普通の幼稚園、片や社会的地位の高い子供が通うような、広い園庭付きでの私立幼稚園。普通に考えれば、格式の差から交わるところなんてある訳が無かった。ところが、実は2つの幼稚園のオーナーが同じ人物だったため、月に一度くらいは交流の一環として、一緒に遊んだりするイベントがあったのだ。

 

 当時、教養も何もないクソガキでしかなかった俺の何が良かったのか、何がきっかけだったのかは覚えていないのだが、妙に仲良くなった俺たちは、それ以来交流のイベント毎に一緒に過ごすこととなったのだ。

 

 互いに呼び捨てで呼び合う程仲が良かった俺たちだが、彼女は根本的にレベルの違う富裕層の子供。たかが子供に大人が傅く姿は異様で、羨ましいという単語が出るより先に、ショックを受けることもしばしばあった。正直、仲良く話し遊んではいたが、卒園したらもう会わないだろうな、と子供ながらに漠然と思っていた。実際、本来ならばそうだったのであろうが、大人になった今でもそんな女性と自分が仲良くしているとは、子供の頃の自分では想像もつかないだろう。

 

 結局、通う学校は一度も交わることが無かったが、何かと接点があった新堂家のお嬢様との付き合いは変わらず続き、成人した今でもよく会う、仲の良い友人となっている。

 

 そう。俺達の関係は、仲の良い友人で間違いない。互いの心情は別として、今の所、という注釈はつくが。

 

 その後、コースで出した料理に関しても批評を貰いつつ、俺のフルコースすべて出し終え、クローズの準備をしている最中。

 

「ね、真尋。今日は送ってくれないかしら」

「ああ、勿論。というか、いつも送ってあげてるじゃないか。家でいいんだろ?」

「言わなくてもわかってるくせに……」

 

 厨房を使えるのはクローズを任された人間の特権で、代わりに明日の仕込みを任されるのがこの店のルールだ。今回は仕込みを終わらせてから亜美を招待した為、後は使った食器類を洗えば帰れる。

 

「私、明日休みなんだけどな」

 

 肩にかけられた両手の熱、耳元で囁かれる吐息から感じる色気、背中に伝わるやけに柔らかい感触に心臓が跳ね、危うく皿を落としかける。

 

 後ろを振り返らずとも、何をされているかなんてわかった。密着した肢体から伝わる熱量に、顔が紅潮するのが止められない。

 

「ちょ、ちょっと……!!」

「ホテルのスイートルーム、抑えてるんだけどな……」

 

 俺の言葉には取り合わず、肩から上半身、そして腰に回される手。亜美からのジワリと汗ばんだ熱は、抱きしめられている俺にも伝わる。亜美が何を言わんとしているかだなんて、誰の目にも明らかだった。

 

 シンクに落ちる皿の音も、煩く響く心臓の脈動に比べればたいしたことなかった。

 

「ね、真尋。良いでしょ……?」

 

 熱情に満ちたその音色は、俺の思いを駆り立てるだけでなく、亜美の期待感も伝わってくる。

 

 動くたびにむにゅりと変わる膚触に、生唾を飲んでしまう。

 

 この手を握ったその後に待つ展開に、思いを馳せる。心臓の鼓動と同じく頭の中に駆け巡る妄想に、くらりと頭が茹で上がりそう。だがそれは勘違いなどではない、二人が望んだもの。

 

 泡にまみれた手を、へそのあたりで結ばれた白く細い両掌に重ねかける。

 

 しかし。思考の端に過ぎったあの言葉に、びくりと手が止まった。

 

「まだ父さまが言った事、気にしてるの?」

「……」

 

 突然動かなくなった俺に、心配げに語り掛けてくる亜美。体に絡みつく手は、誘惑するような動きから気遣しげな様子に変わる。

 

「そんなこと……」

「無いわけ無いでしょう。私達が互いの思いに気づいてから、一体何年経ったと思っているの? 女性としては貴方からの誘いを待ちたい所を、いい加減焦れて私から誘ってしまうくらいには我慢しているのよ」

 

 背後から飛び出る本音を隠そうともしない直截な言い方に、ぐうの音も出ない。

 

「家柄がどうのなどと、今時時代遅れな事を言う男の話は聞かなくていいの。むしろ、その話が外部に漏れれば窮地に陥るのは自分でしょうに、なぜそれがわからないのか理解に苦しみます。そもそも、稀代の傑物だとか世間で褒められて図に乗ってるんじゃないですかね。あんな人間性の欠片もないような非人間のどこに尊敬する要素があるのか不思議でしょうがありません……」

「あの、俺の背中で自分の父親の愚痴言い出すのやめてくれないかな……」

 

 やっとのことでひねり出した言葉は、女の方から誘われているというのになんとも情けない言葉だった。

 

「いえ、そうもいきません。あの男のせいで、18で告白されて初体験、4年の交際期間を経て22で婚姻し、25で第一子を出産するという私の人生設計が狂っているのですから。経営手腕について学ぶところは多かれど、人間性は全く尊敬できない最低の人間です。全く困ります」

 

 俺が諫めるも、亜美の憤りは止まらず罵倒が止めどなくあふれて来る。それだけ恨みつらみが募っているのだろう、亜美は罵っている最中、俺のコック服は絞められてギリギリと悲鳴を上げていた。

 

 亜美の言う通り、彼女の父は経営者としては有能な人物だ。

 

 大企業には数えられない程度のそれなりな規模だった新堂グループを、基盤はあったにせよ、一代にして大企業にまで押し上げたのだから、その手腕が相当なものである事は疑うべくもない。経営者としては、平成の傑物の1人に数えられてもおかしくない程である。

 

 その凄さは子供ながらに知っていたが、真にその怖さを知ったのは、専門学校を卒業する頃くらいだったか。

 

『娘が推薦するくらいなのだから、君に才能があることは間違いないのだろう。今まで頑なに弟子を取ろうとしなかったあの松永が認めるくらいなのだから、私もその点については疑っておらん。だがな』

 

 亜美とよく似ている鋭い眼光に、じろりと睨みつけられる。

 

『娘との交際を認めるかといえば、話は別だ。いくら昔なじみの仲であろうと、何処の馬の骨とも知れぬ輩に、将来の新堂を担うやもしれん娘の将来をくれてやるわけにはいかんのだ。亜美に何かあった時、会社が傾いたとき、君に責任が取れるのかね?』

 

 優しく、しかし残酷に告げられた通告。

 

『君も、定年前のご両親を苦労させたくはないだろう……?』

 

 今の店へ入店が決まり、突然訪ねてきた亜美の父親に言われた言葉がこれだった。

 

 いかにもわかりやすい、両親を人質に取ろうとする脅し。亜美に告白し、付き合い始めたばかりの俺をけん制するように放たれたその呪言は、只の凡人でしかない俺を見事に縛った。

 

 子供のころから一緒に過ごし、いつしか自覚した亜美に対する愛情は今でも変わらない。ドラマや漫画ならここで駆け落ちするところだろうが、生憎ここは現実で、俺は彼女の言葉に答えられない情けない凡人だった。

 

「……これ以上、言っても詮無き事ですね」

「あ……」

 

 背中に感じていた温もりが逃げる。後ろを振り返ると、亜美は出入り口に向かって歩き出していた。

 

「送りは……」

「タクシーを呼びますから大丈夫ですよ。料理、美味しかったです」

 

 振り返らずに去っていく亜美を、黙って見送る俺。手を伸ばすも、届かないまま扉はゆっくりと閉まっていく。

 

「私、待ってますから。早く迎えに来てくださいね」

 

 語り掛ける言葉を持たない俺は、ヒールを鳴らし歩いて行く亜美の背中を黙って見送るしかない。

 

 この一連の流れは、毎度の事だった。

 

 会うたびに諦めない彼女に迫られて、どうしても両親の事を考えて俺が応えられず、将来の迎えを頼んで去っていく。

 

「はぁ」

 

 体の底で淀んだ様々な感情が、思わず口を突いて出る。

 

 もう少し俺に後先考えない思い切りがあれば、彼女をこんなにもやきもきさせる事はなかっただろう。

 

 いっそ俺が天涯孤独の身なら、俺が躊躇う事も無かったのに。

 

 もっと言えば彼女が普通の家庭に生まれていれば、何の障害もなく付き合い始められたはずだ。

 

 一度もしを考え始めると、次から次へと頭の中に空想が沸き起こってきた。都合の良い妄想を思いついてしまう、その行為に対して何も行動できない自分に、苛立ちが募る。

 

「くそっ」

 

 自分を好いてくれる女性へ何も返せない自分への憤りは、悪態となって部屋に反響した。思い人が去っていった扉から入ってきた街の喧騒で我に返った俺は、後悔を引きずったまま、皿洗いを再開するのだった。

 

 

 

 

 

 幾度となく繰り返されたこの件は、亜美が折れて終いとなるのが恒例だった。

 

 いくら大企業の重役だからと言って、実際に他企業で働く両親をクビに出来る力があの人にあるのかは不明だ。

 

 だが、父は仕事人間で、働くことを生き甲斐としている節がある。仕事命だった人が退職した後痴呆になりやすいとはよく聞く話で、今から退職後が不安なのに、定年を前にしてクビなってしまえば、一体どうなるのか。あまり良くない事になるだろうことは、想像に難くない。

 

 自分の行動1つで両親に何らかの影響が出てしまうとわかってしまった以上、後先考えずに行動することは出来なかった。

 

 亜美はもしそうなったら責任を取って自分が養うとまで言ってくれたが、生活が保障されるのであれば良いという問題ではない。

 

 両親のことを考えると、彼女の父親の言うことを聞き別れるべきなのだろうが、告白したとき、涙を流して喜んでくれた彼女のことを考えると、亜美との関係は諦めきれない。どうしても決断できなかった。

 

 だからこうして、彼女の誘いを毎回誤魔化し、やり過ごすことしか出来ない。

 

「俺が、もう少し天才ならな……」

 

 自室の天井を見上げながら、誰にともなく喋る。

 

 ドラマの主人公のように、初めからメインシェフに取り立てられるくらいの才能が有れば、あの堅物を認めさせるくらい訳ないだろう。

 

 下積みが長いのは当たり前の世界で、5年で店のコンペティションに出せるようになっただけでも十分早いと褒められる部類だ。だからと言ってここで満足していては、もう一度彼女に歓喜の涙を流させるのは遥か先になってしまう。

 

 今度行われるコンペティションは、その第一歩だった。かの松永シェフが考えるコースの一品に採用されれば、亜美の父親をあっと言わせるとっかかりにはなるだろう。ある程度の地位を築く事ができれば、婚姻すら認めさせることができるに違いなかった。

 

「頑張るしかない……」

 

 握りこぶしをぐっと天井に向かって突き上げる。

 

 既に返しきれないほどの恩がある彼女に、これ以上借りを作らないため。そして、これ以上待たせないために。

 

 そう誓い、俺は微睡に身を任せ、意識を手放すのだった。

 




作者は味噌汁くらいしか作れません。包丁を持ってない手は猫の手。
次回は明日12時公開です

(もし、書くとするなら)次のうちどの蛇足が見たい?

  • 幸平と美衣
  • 慶介と恵里佳
  • アキと凪咲
  • 真尋と亜美
  • TSしちゃった連合の飲み会話
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