※この作品はR-18です。

雪の楽園   作:ホネ

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ご無沙汰しています、今回から第二章です!
来週から週6の仕事なので更新が更に遅れそう。。。(;´д`)トホホ…


では第十話です!宜しくおねがいしますm(_ _)m


第二部
第十話


曇り空だった。上を見ると、一面が雲海で埋め尽くされている。朝のニュースでの天気予報では日中は雨は降らず、夜遅くから雨脚が強くなるらしい。自分が帰るまで持ちこたえてくれるかどうか怪しい雲行きなのは否めなかった。

残業があるとしたらびしょ濡れで帰宅する羽目になりそうだ。

 

雪ノ下と劇的な再会をしてからというものの、その後は、出向先の会社の所在地に向かうまでのタクシーの中では思いの外、全く会話が無かった。お互いが後部座席の左右に座り扉にもたれ掛かるようにして窓の外を眺めている。

途中、雪ノ下のことをちらと見てみるが彼女は凛とした表情のままで、こちらの様子を窺うといった素振りも皆無だ。まるで一人旅の中、窓外の景色を嗜むかのように彼女の世界に自分という存在が介入できる余地が無かった。運転手という第三者が居るからか、話すのが憚られる事を抜きにしても雪ノ下がこちらとの会話を拒んでいるのは明らかに見える。

タクシーは法規定の速度を一律に保ったまま走行を続けていた。車内にラジオや音楽は流れていない。普段なら煩わしく感じる運転手の趣味も今ばかりはこの沈黙を和らげるためにも欲しい。

雪ノ下の横顔をずっと眺めていた。

美しく均斉の取れた顔立ちをじっと見つめていると総武高校時代を思い起こさせる。しかし、大人になったからか、長く艶のある黒髪から覗かせる真っ白な耳が妖艶さを醸し出すようになっていた。

自分と彼女の距離は初めてあの奉仕部の教室であった時よりも更に遠くなってしまっているのではないだろうか。

再会した時の微笑を浮かべた雪ノ下はあたかも幻影だったと思わされるほどに、全く別の女性がそこに存在しているような感覚に陥った。

未練がましい男だ。

お互いが自ずから距離を取った。それなのに今更、彼女に近づけないことに懊悩する権利があろうものか。

深い溝がそう簡単に埋まると思い上がっていた自分が恥ずかしくなった。

当たり前だ。一生かけても埋まるかどうかすら分からない。

仕方なく、窓外の景色の移り変わりに目をやった。等間隔に並んだ街路樹が秒ごとに目の前を過ぎていく。信号の前で止まると、眼前のスーパーマーケットではタイムセールが始まっていた。店頭で野菜のたたき売りが行われており、多くの主婦が葉物類や根菜類の野菜を籠の中にこれでもかと詰め込んでいる。果たして、それほど食べるのか甚だ疑問に思えた。どの主婦も子沢山大家族の取材が来るほどの食材を買いこんでいるようだ。結局支払いの時に、通常の買い物よりも遥かに高額な買い出しになること間違いない。

また、タクシーが走り出すと先程すれ違ったような街路樹がメトロノームのように一定のリズムで瞳に映り始めた。駅からそう遠くはない場所に雪ノ下の会社があるはずだが、どうにも長いこと、この動く牢屋の中に勾留されているような気分になる。実際には手枷もなく自由に乗降も出来る空間の中で耐え難い窮屈さを感じていた。手もとの腕時計の長針は6を指していた。タクシーに乗った時は5を指していたことを考えると、たった五分しか経過していない。どっかの誰かさんが時間圧縮とか使ってないか疑惑を抱いてしまう。

雪ノ下は変わらずじっと窓の外を見ていた。その視線は景色に移ろうこともなく一点を見つめているように窺えた。気になって、彼女の視線を追ってみてもそこには何もない。雪ノ下はただ虚空を見つめているとでも言うのか。

バックミラー越しに運転手の顔を一瞥したが、男は無表情で真摯に職務を全うしている。非常に手慣れたハンドル捌きと少々くすみがかった手袋が経歴の長さを物語っていた。見た目は50歳半ばで男の若い頃の写真と愛娘であろう少女の写真が運転席の脇に飾られていた。少女は、現在は大学生か独り立ちして社会人になった年代だろう。

そんなことを考えていると程なくして、まとわりつくような無形の違和感が肩についていた。

周りを見渡してみるが特に変わったところはない。雪ノ下も先程の姿勢のままだ。

静謐を破る携帯の受信音が鳴った。端末をポケットから取り出すと画面には芦間敏生と書かれている。どうせ碌でもない内容だろうとは思いつつも時間つぶしにはなるので開いてみた。

『どうしよう、比企谷。昼飯、いろはちゃんと食える気がしない(´;ω;`)ブワッ』

想像以上に下らなかった。Twitterにでも『会社で憧れのあの子と飯が食いたい』とかでも書き込めよと、にべもない考えが頭をよぎったが、とりあえず『まぁ、自分から積極的に話しかけていけ』と返信しておいた。返信を終えてスマホをしまおうとした時にまた携帯がけたたましく鳴き声を上げた。芦間の返信が異常に早いのかと思ったがそれにしても早すぎる。

送り主は一色いろはだった。

『先輩がいないと芦間さんと何を話して良いか分からないので上手いこと回避するためのアドバイスください!_| ̄|○』

見事に噛み合っていない。

二者択一。取り敢えず返信を考えるか。

『早めに飯を食うか、今日は弁当があるから休憩室の方で食べるとか言い訳作れ』

はい、送信っと。

ダブルスタンダードは常日頃から導入済みだ。こういうのは、バレなきゃOK。卑怯?怜悧と評してくれたまえ。

送信してから直ぐ、何件かのメッセージを受信したがこれ以上の返信は夜にまわすことにした。後はお二人さんに任せるとしよう。情けない政治家のような逃げ方のそれと似ているような感じもするが気にしない気にしない。元より、彼らの方が卑怯に思える。自分の力で人間関係は切り開くものだ。

携帯をしまったところでまた妙な気配を感じた。

思わず雪ノ下の方を見たが特に変わったところはない。

運転手からだろうか。バックミラーからは運転手の死角になっており、こちらが後部座席真ん中に寄らない限りは確認できなかった。

もう一度雪ノ下を見ると彼女と目が合った。

「…!」

雪ノ下は咄嗟にふいと目を逸らした。やはり、今は距離を詰める気は無いらしい。

結衣という妻がいるとはいえ、その彼女と昵懇の間柄とも言える雪ノ下とは良好な人間関係でいたいと思うのは当然の心理・・・だよな。

 

結衣と付き合うようになってから、結衣も雪ノ下とは連絡が取れていない。

 

結衣が何度もメッセージを送ってみたのだが、一度の返信も無かった。因みに、俺は雪ノ下の連絡先すら持っていなかったので連絡のやりようがない。彼女に会えなくなったと気づいてからの結衣の落ち込み様は、まさに長年の片思いからの失恋を経験した高校生のようだった。立ち直るのに相当の時間を要した。それ以来、彼女の話題を出すことは半ば禁則事項のようになっていた。茶化すつもりはないのだが、名前を言ってはいけないあの人状態だった。

自分も雪ノ下雪乃のことはそれ以来敢えて思い出さないように心に鍵をかけていたのかもしれない。

雪ノ下雪乃が目の前に現れたのはそんな時だった。

結衣が雪ノ下への連絡を諦めてから幾年と経過してからの突然の再会である。何から話せば良いものか、何の話題を振れば良いのかすら見当もつかない。

いや、それどころかどんな顔をすれば良いのかすらも分からない。

学生時代には沈黙が苦にならない距離感だった二人の関係も時間という要素が加わればいとも簡単に崩れてしまう。俺と雪ノ下雪乃が築いてきた絆とやらは存外脆いものだったのだろうか。在りし日の彼女の残滓にすがるような自分の虚しさが抉られるようだ。

いや、そもそも彼女はどうして俺の前に現れる決心をしたんだ?だが、いくら考えても思い当たる節が見つからなかった。

 

車が止まった。運転手がサイドブレーキを引いて決算のボタンを押した。どうやら目的地に到着したらしい。

先に降りて雪ノ下を待った。

雪ノ下が料金を支払い、領収書を素早く貰うと流れるような動きで車を降りた。

「お待たせいたしました。こちらへどうぞ」

儀礼的な言葉遣いで雪ノ下はオフィスビルの中へ案内をする。俺たち二人が、まさか高校時代に部活を共にし、蜜月に近いほどの関係を深めかけた間柄であったと言ったとしても周りの人間は信じないだろう。

こぢんまりとしたエントランスをくぐり、エレベーターへと向かう。灰色のコンクリートで包まれた重厚な空間だった。その雰囲気に反してビルの一階では整体マッサージ店の陽気な音楽と温暖色のライトが彩りを飾る。

沈黙の中でパンプスの歯切れのよい音が響き渡った。

ボタンを押して、機体が降りてくるまで横に並んで待つ。雪ノ下の横顔を窺うが彼女は毅然とした表情のままじっと階数を見ていた。

俺はというとある一点から目が離せなかった。

 

 

雪ノ下が付けているリボンが、かつて俺がプレゼントした物であると気がついたのはその時だった。

 

そのリボンは高校卒業をした後のいつかの年、新年を迎えて雪ノ下の誕生日に俺がプレゼントしたものだった。小町に頭を下げて頼んで一緒に買いに行ってアドバイスを貰いながら選んだリボンだったのでよく覚えている。あの時の小町の要らぬ気の回し様といったら八幡史上ぶっちぎりで余計なお世話だった。

プレゼントを渡した時の雪ノ下の顔を思い起こされる。あまり表情を表に出さない雪ノ下がプレゼントを渡された時、珍しく破顔したのが印象的だった。

惚れたかと聞かれたら、あの顔見て惚れない男いないと思う。結衣には言えないけども。

あれから女性に貢ぐ男性の気持ちが痛いほど分かったのは内緒の話だ。

因みにそれ以来女性を喜ばせるためのサプライズを自分なりに本気で考えるようになり、小町に精神科への通院を勧められた。初診半額のパンフレットを持って現れた時にはどうコイツを料理してくれようかと我が妹ながら本気で悪の顔になったものだ。

話が逸れてしまったが、雪ノ下のリボンは俺が買ってプレゼントしたものだ。フラれた男に貰ったプレゼントを雪ノ下が後生大事に身に付けているのが正直意外だった。今時のCMなら『男からのいらなくなったプレゼントはメル●リで転売しよう』とか言われているご時世だ。彼女がどんな気持ちでそれを付けているのか分からないが、話しかけずにはいられなかった。

 

「それ…」

「…何でしょうか?比企谷様」

雪ノ下が振り返って、淡白な変事を返す。彼女に様付けされるのは歯がゆい気分がした。それなら、ヒキガエル君と罵倒される方が幾分かマシに思える。その視線は冷たいと言うよりは無関心に近いようだった。

「いや、その」

その目に思わず、怯んでしまう。総武高校の頃とは違った緊張感だ。

それでも、この距離感が嫌だった。もっと彼女の近くに居たい。

胸の疼痛に耐えられるほど自分は屈強でもなかった。

気がつけば抑えていた欲望が少しずつ芽生えようとしていた。

「リボン…付けてくれてるんだなって」

「っ!…」

雪ノ下は目を大きく見開いて咄嗟にそっぽを向いてしまった。泡を食ったような狼狽ぶりだ。こちらからは彼女の表情を窺い知る事が出来なかった。ここから見えるのは紅潮して真っ赤になった耳だけだった。

雪ノ下はリボンに手を当てて動かなくなっている。

既にエレベーターは到着しており、扉は待ち人が来ず開いたままだ。

「…。雪ノ下さん、エレベーターが来たので乗りませんか?」

こちらが気まずさに耐えられずこの場を取り繕うように言葉が早足になった。

「!…。そ、そうですね。申し訳ございません・・・きゃ!」

周りが全く見えていないのか大急ぎで機内に乗り込もうとしたせいで、自分とぶつかってしまった。軽い衝撃が肩に、内なる衝撃が心臓に走った。

「ご…ごめんなさい…」

「お、おぅ」

お互い素が出てしまっている。お互い成人もとっくの昔に終えたはずだが、初々しい思春期の男女に戻っていた。

雪ノ下がたどたどしく階数のボタンを押すと扉がゆっくりとしまった。小さな機体の中、俺は左奥を、雪ノ下は対角線上に階数のボタンの前を陣取っている。そういえば人間の心理で人間が乗る度にエレベーターの中の人間はサイコロの目と同じような位置取りを自然と行うと聞いたことがある。

雪ノ下の耳は未だに赤かった。その姿を見ると、こちらまで顔から火が出そうになってしまう。狭い空間の中で互いの荒くなった吐息が響いた。

いかん。目のやり場に困る…。

エレベーターの階数表示を見て気分を紛らわそうとした。同じように雪ノ下も上を見るものだから、また恥ずかしくなった。

『8階です』

アナウンスが流れた。一人そっと胸を撫で下ろす。あのまま一緒に居たらどうにかなってしまいそうだった。

先に降りた雪ノ下に続いて、降りると横に長く続いた廊下が広がった。灰色と黒色の正方形が交互に敷き詰められたようなカーペットに白い壁。とその奥へ誘われるように足を進めた。部屋の側にある看板には応接室と書いてあった。

 

「こちらへどうぞ」

ようやく冷静さを取り戻した雪ノ下に案内されて部屋の中へ入ると6人用程の大きさの机と椅子が置かれていた。

彼女の浅薄な抑揚のない声が自分を仕事の顔に引き戻してくれた。

改めて切り替えるとしよう。

襟を正すと土台のしっかりした椅子を引いて、席に着いた。

久しぶりに正面で雪ノ下雪乃と向き合った。

高校の空き教室に置かれた長机を思い出す。

心の荒野に広がったそれは平塚先生に連れられて初めてあの場所へ脚を踏み入れた時のような新鮮さと気怠さ、そして高揚だった。

 

 

続く




さて、第二章です。
しばらくは週一ペースかそれよりも遅くなってしまうかと思いますが楽しみにして頂ければ幸いです!_(:3」∠)_

後書きや前書きは後日またちゃんと書きます。
(親に早く寝ろと言われたので(;´д`)トホホ…)
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