今週もなんとか投稿できました汗
では第十一話宜しくおねがいします(_ _;)
あっという間の一日なんて言葉を使うのはいつ以来になるだろうか。
気がつけばもう雪ノ下がいる会社での初日が終わりを迎えようとしている。会議室を出た後はオフィス内を簡単に案内された。いろいろな事業を扱っているだけあって、中々に大人数の会社だった。最初はビルの入口が狭いので小規模な企業を予想したのだが、社員の数はそれなりに多いように窺える。九階建て程のビルでこの会社のオフィスは九階から三階まで伸びていた。男女比は丁度1:1くらいか。
雪ノ下は中間管理職に近いポジションらしく上と下の人間の関係を取り持っているらしい。果たして、彼女にそんな事ができるのかどうか疑問ではあるものの、彼女なりに上手くこなしているのだろうか。少しだけ彼女の人付き合いの仕方が気になった。
挨拶回りや案内が終わってからはオフィスの一席を借りて、資料を読んでいた。外から来た人間が珍しいのか多くの社員がちらほらと自分を見に来ている。動物園に新しく来たパンダか俺は。彼らは遠くから自分を見ているだけで一人も話しかけて来ない。こちらとしてもどうして良いものか。何かしらのアプローチがあったほうがまだ気まずさが紛れる。
一番困るのは女性が束になって扉かひょっこり顔を出してひそひそと話をしていることだった。本来自分が働いている会社のオフィスでもよくそういった現象が発生している。被害妄想と言われればそれまでだが。
まぁ、日が経てば物珍しさも薄れていくだろう。かけていた眼鏡をケースに戻すと帰りの支度の準備を進めた。オフィスの窓から望める景色はいつも通っているオフィスビルのそれに比べると中々に庶民的と言える。10階建て以上の建物はなく道路の両脇はコンビニエンスストアや牛丼屋などの低所得者の味方が立ち並んでいる。眼の前では余った税金の後処理なのか整然とした道路の改善工事が行われていた。片方の車線が通行止めになりながらも、現場の作業員達が見事な連携で車両の往来を巧みにさばいていた。今自分が居る階は五階なのだが、これくらいの高さだと地上の町並みや往来を鮮明に俯瞰することが出来た。雪ノ下の会社がある場所はそんな平々凡々とした街中の一角だった。
「あの…!比企谷さん!」
荷物を纏めて雪ノ下に一言声をかけて帰ろうとした時だった。一人の女性社員が後ろにいた。よく見ると流石に雪ノ下一家の会社だけあって女性社員のレベルが高い!可愛い。思わず顔が緩んでしまいそうだった。本当に、一色が近くに居なくてよかった。俺の今晩のおかずが過去最悪の海苔一枚になるところだった。
とりあえず、だんまりも相手に悪いので返事をしておこう。
「ひゃ、、、ひゃい!なんでしょうヵ?」
終わった。
せっかく話しかけてくれたチャンスを完全に棒に振りました。いいもん、結衣がいるもん。
…いや、そんな邪な気持ちがあるわけではない。今後の事を考えても会社の人間と仲良くしておくのは大事なことですから、うん。
誰に対して言っているんだ俺は…。
眼の前の女性を見てみる。眼鏡を掛けていて、少しだけ茶色が入ったおさげの髪を下げている。そして、人前に出るのが苦手そうな控えめな化粧とは裏腹に暴力的とも言える体のラインを備えていた。良い。草食系男子の心を揺さぶるような話しかけやすさに、少しだけのぞかせる華やかさを兼ね備えた女性は尊い。まるで戸塚のようだ。鼻元に見える淡いそばかすを敢えてファンデーション等で隠していないところもポイントが高い。人によって評価が分かれるところだろうが、自分にはハマった。
話が逸れたが、彼女は何故話しかけてきたんだ?
「そ、その。どうかされましたか?」
若干、どもってしまったがそれでもさっきのよりはマシだろう。
「あ、そ、そうでした!すみません!」
女性はそう言うと頭を下げた。そんなにかしこまらなくても別にいいのだが。
出入り口を見ると何人かの女性が心配そうにこちらを見ていた。そもそもオフィスがガラス張りなので隠れていたところで丸見えだ。
「あ、あの良かったらこの後、私達の部で食事会があるのですが、比企谷さんも良かったらどうかなって」
目を合わせたり逸したりしつつ、こちらの様子を窺うように女性は告げた。
初日から食事に誘われるとは思ってもみなかった。つまり、向こうにいる女性たちは食事会のメンバーということだろう。話を聞くに男性社員も少なくないということだった。この会社の事情を把握するためにも社内の人間とのコネクションを築けるいい機会だ。正味な話、現地の人間の声を聞く以上に有効的な改善手段の模索への第一歩は存在しない。初対面の相手が大勢いる中に投入されるのは精神的に疲労がかかるものだが、参加することにした。この女性と仲良くなりたいからだろというのは邪推だ。俺には結衣がいるからな。というか、そういった集まりに参加する意志を見せるようになっただけでも学生時代の俺の成長から考えれば賞賛の嵐でも起こってほしいくらいだ。八幡褒められたら伸びる子。
「そうですね。よろしければ是非ともごいっs・・・」
「比企谷さん」
「え」
「ひ・・・!」
振り返ると雪ノ下が背後霊のように立っていた。
さっきまで遠くの自分の机に居たはずでは。いつの間にか、井戸やテレビの中から出てくるあの白衣装のホラー女性みたいなオーラで立っている。男、比企谷八幡、いい歳こいて肝を潰しました。お恥ずかしながらチビってしまいそうでしたよ。眼の前のおさげ髪の子にいたってはあまりの恐怖で見事なまでに竦み上がっている。俺の冗談が冗談ではなくなってしまいそうなくらいに顔面蒼白な彼女を見て気の毒になった。相変わらずユキペディアさんの冷ややかな目線は相手を氷殺するのね。昔そんな名前の対ゴキブリ用品があったなぁ。芦間が言っていたが、アレ使って放置してると解凍されてGがまた動き出すらしい。というか、あいつはGに氷殺ジェ●トを吹きかけといて放置したのか。どういう神経をしているんだ野郎は…。
とはいえ、我ながら言い得て妙で、今まさに自分がスプレーを吹きかけられた状態なのかもしれない。そんなこと言ったら、まるで俺がGみたいじゃないか。俺がヤツと似ているのはしぶとさくらいだぞ。
・・・・・。
アホみたいな自問自答から我に返った。
オフィス全体の空気がざわついているのが肌で感じとられる。
「どうかなさいましたか、雪ノ下さん」
全然解凍できていない身体をなんとか奮い立たせ、後ろにいる彼女を庇うように間に立って話を聞いた。それを見て、どういうわけか、雪ノ下の目つきが更に放送不可能の領域に達しようとしていた。蛇に睨まれた蛙・・・いや、そんな比喩すら可愛く思える。今の雪ノ下ならどんな屈強な生物も視線だけで殺せる覇気を纏っていた。すまない結衣、俺は今夜無事に帰られそうにもない。
雪ノ下は暫くこちらを観察するように、しかし、軽蔑するような目でじっと見るとようやく口を開いた。
「誠に申し訳ございませんが少しだけお時間よろしいでしょうか?先程お見せすることが出来ず、お目通して頂きたい資料がございますので」
雪ノ下の語気は静かではあったものの、異常な程に言葉に棘があった。発せられた単語の一つ一つが鋭い刃となって足元から囲うように突き立てられる。気がつけば後ろに居たはずの女性がいたずらがバレた子供の如く、目にも留まらぬ早さで逃げ出していた。
雪ノ下と近い距離でつば迫り合いをするように立つ。剣を持っているのは彼女だけだが。まったく蹲踞(そんきょ)くらいさせてくれ。
「…構いませんよ」
頬を伝わる冷や汗を拭いながら、見繕うように返事を絞り出した。
出入り口の影から申し訳なさそうに覗いている彼女に少しだけ会釈をすると、強張っていた顔から弾けるような笑みがこぼれ出た。もういちど挨拶を返してあげたいところだが、前方から液体窒素の方がマシと思える程の冷酷な視線を感じたので、平静を装いつつ雪ノ下の後に続いた。床を叩く靴音が嫌に響き渡る。
雪ノ下の机までの道のりが果てしなく長く思えた。未だ作業を行っている社員の奇異の目が千枚通しのように突き刺さる。生憎だがこの程度のアウェイで精神を滅ぼされる俺ではない。学生時代に嫌というほど、晒され続けてきた自負がある。何の自慢にもならないですね、はい。
雪ノ下はまた高校の時のように芯に残る言葉のボディブローを重ねてくるのだろうか。既に医者のドクターストップと審判から試合続行不能の言い渡しを受けているのにもかかわらずリングに上っている比企谷八幡である。
それよりも、どこまで歩けばいいんだ?既に雪ノ下の机は過ぎていた。行き先も何も教えられないまま淡々と雪ノ下の後ろを歩いている。
雪ノ下はオフィスを出て細長い廊下を進んでいった。死刑台に向かう囚人の気持ちってこういう気分なのだろうか。やばい、走馬灯が浮かんできたし、廊下の奥にお花畑が見えてきた。走馬灯で浮かぶ思い出が何一つ良い記憶がない。
結衣、小町、戸塚。俺はここまでのようだ。後、お別れ言ったほうが良いやつ居ないよな?
そんな事を考えていると、ようやく雪ノ下はある部屋の前で立ち止まった。
見覚えのない部屋だ。今朝使った会議室と入り口は似ていたが、会議室は別の階にあったので間違いなく違う部屋だ。
「ここで何かあるのでしょうか?」
雪ノ下の言葉を待たずにこちらから話題を振ってみた。
しかし、雪ノ下は返事を返すわけでもなく部屋の扉の前で右往左往するように身体をふらつかせ、なんとも落ち着きがない。
10秒ほどしてようやく雪ノ下がこちらを振り返った。
その顔は焦りと緊張が混然とした不安定なものだった。
「その…貴方は、ああいった女性が好みなのかしら?」
・・・・。
・・・・・・・。
え?
「はい?」
呆気にとられた。
こいつは何を言っているのだろうか。俺に見てもらいたい資料があるから、会話に横槍を入れてまで呼んだのではないのか。目を瞬いて雪ノ下を見つめる。雪ノ下は目が合うと直ぐに下を向いて合わせないようにした。ほんの少しばかり、彼女の頬が紅潮しているのが分かった。
「…雪ノ下さん」
「はっ・・・・!ひゃい!」
なんでさっきの俺と同じような反応をしているんだ…。自分までさっきの失態を思い出して顔から火が出そうになる。
「その、先程仰っていました資料の方は?」
「え、あ、その」
雪ノ下は失念していたと言わんばかりに狼狽している。俺の考えが正しければ最初からそんな資料なんてものは無かったのではないか。ただ、それは雪ノ下が俺のことをどう思っているからからの行動というところからの推理ではなく、雪ノ下雪乃という女性が説明不足や資料の渡し忘れといったミスがありえない人間である事からの考察だ。
「その、ごめんなさい。そんな資料は無いの」
観念したのか雪ノ下は正直に自分の嘘を告白した。理由を深掘りしたいところだがそれは憚られる。
さっきから、雪ノ下は素が出ていた。口調が昔の頃に戻っているのだ。それがなんとなくだが、嬉しかった。そのことの方に気を取られてしまっていて、どうして自分が呼び出されたかということはどうでもよくなってしまっていた。
「コホン…」
わざとらしく雪ノ下は咳払いをした。場の空気を整えるというよりは混沌とした自分の心中を落ち着けるためのものだろう。
「とにかく、うちの会社の女性に下衆な下心を向けないように」
おい、待て。何がとにかくだ。さっきの会話から何の脈絡も無しに釘を刺されたが、自分のことは棚上げか!
しかもそれだけ言って、気づけば雪ノ下どっか行っちゃったし。弁解の余地も無しですかい…。
今や、自分一人誰もいない会議室の前にポツンと取り残されたような状態になっていた。え、なんで置いて行くの?このまま帰れってか?いや、あの、荷物まだオフィスに置いたままなんですけど。
仕方なく元のオフィスに戻った。途中、雪ノ下の机の前をどうしても通る必要があり、その際なんとも気まずい空気が流れた。雪ノ下を見ると、こちらには目もくれず自分の顧客から来たメールの返信をしているようだった。少し前まであれ程までに取り乱していたのに、えらい変わりようだ。
雪ノ下はブルーライトカットの眼鏡を掛けている。高校時代からずっと使っているのだろうか。デザインは昔と同じだと思う。
よく見ると耳が紅を超えて紅蓮になっていた。やはり、気にしていないフリをしているだけか。
その様子を見てこっちまで恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだ。唯一の救いは自分と雪ノ下以外に他の社員が居なかったことぐらいか。
コーヒーサーバーから滴る水滴の音が遠くから聴こえた。
新幹線の清掃員並みの手際で身支度を済ませると逃げるようにオフィスを後にした。仕事場を出る際に、さようなら、と雪ノ下が言ったような気がした。思わず彼女を見たが、既に冷静さを取り戻したのか、雪のような白い肌に戻っていた。幻聴に思えた挨拶にお疲れ様ですと小さく返し、エレベーターへと足を進めた。
続く
UAが10万を超えました。投稿した当初はここまでの反響が出るとは夢にも思っていませんでした。
本当にありがとうございます。
来週分の話は既に出来上がっておりますがペースは崩さずゆっくりと上げていこうと思います。(予定通りであれば来週火曜日の23時頃にまた上げられればと思います)
今回も読んでくださってありがとうございました!
また次回もよろしくお願いいたしますm(_ _)m