※この作品はR-18です。

雪の楽園   作:ホネ

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ご無沙汰しています。
今回もなんとか書き上げる事ができました。次回の投稿はちょっと先になりそうなので予めご了承いただければ幸いです。

では、今回はまた.5話シリーズです。
よろしくおねがいします^^




第十三.五話

(彼と彼女が会社で顔を合わせる数分前の話・・・)

 

-Side Iroha-

 

———最初は大学に入ってすぐのことだった。

 

一年遅れて先輩に追いついた私が目にしたのは同級生たちと卒なく会話をこなす先輩の成長した姿だった。

 

我が目を疑う光景だった。

社交的な先輩?

へそが茶を沸かすとはこのことだ。

だが現実にそれが起こっている。

私の中の先輩?

一人で学校の端でひっそりと路傍の石のように食事を摂り、誰にも気づかれること無く講堂を去る。

男女皆に嫌われている。

ぶっきらぼうで愛想がない。

女性が苦手でからかうとちょっと気持ち悪い。

其のくせお人好しで皆に自分の努力を理解されない自己犠牲の塊。

そんな感じ。

 

じゃあ今の先輩は?

学食の中心で昼食を食べ、仲間たちと放課後を楽しむ。

男女共にから好かれている。

人当たりがよくて愛想が良い。

あ、でも女性がちょっと苦手なのと、お人好しなのは同じかも。

とはいえ、そんな一面はほとんどの人が知る由も無く、限られた人しか知らなかった一面のはずなのに。

 

その時から、私の中に黒い靄のかかった何かが生まれた。何物にも溶けることのない不純物が心臓の奥深くに住み着いたような深い憎悪の欠片がゆっくりと時間をかけて沈殿していく。

 

程なくして、大学のミスコンに出ていた(私は推薦枠でぶっちぎりの一位だったけど、出場を拒否した)女性が先輩に近づいてきた。

 

私の中の心臓に詰まった溶液。

その静かな水面に大きな石を投げ入れられる。

弾けるような水しぶきと共に容器の底に腰を下ろしていた欠片達が一斉にうねりを上げて私の心を黒く染め上げた。

 

『比企谷くんって皆が見ていないところですごく頑張ってるよね』

知ったような口をきくな。自分には慧眼があるとでも言いたいのだろうか。

そういうの先輩一番キライだよ。

『ちょっとうぶなところも可愛いな』

そんなことはずっと前から私が知ってる。

それに先輩を下に見ているのがあからさまに分かる発言を自分がしている事に気が付かないのだろうかこの女は。

値踏みしているんだこいつは。

自分のステータスに見合う男かどうかを。

アホらしい、何年か前まで自分がやっていたことではあるが、この年にもなって、未だにそんな見栄の塗り固めに拘っているなんて。

乱されていく。私の世界が。

えーと、この人の名前なんだっけ?

『比企谷君って誰からも一歩引いているイメージあるなぁ。だから私が最初にその中に入りたいなぁって思うんだ』

お前には無理だよ。最初のオープニングトークで不採用、お祈りメール直通だわ。

何より、お前よりも先に中に入った人がいるよ。二人も。

 

 

…はいそうですよ。入っていない私が言うのもなんですけど…。

 

 

他にも機を見て空席のままである先輩の隣を狙う輩を数えるとしたら、指が足りなくなるほどに見受けられた。

 

 

さて、どうやってこいつらを叩き落としてやろうか。

彼女たちにとって一番のショック…。それは既に狙っていたその席が埋まっているという事実を知ってしまうことだ。

 

だから私は、皆の前で先輩の中に入ったフリをしてやった。

そんな付け焼き刃の信頼なんて私に比べれば天と地の差だ、と思い知らせてやるために大袈裟に先輩の女面をしてやった。

先輩は結衣さんのことを公表していなかった。大学も違うところに通っていたし、先輩自身も彼女持ちであるとひた隠しにしていた。

結衣さんと先輩は高校以外でのコミュニティに二人で一緒に飛び込むことを極端に拒んでいた。まぁ私も全くその理由が理解できないというわけではない。何でもかんでも相手の世界を知りすぎないのも、円満の秘訣の一つだと思う。

私には無理だけど。

私は好きな相手の全部を知らないと気がすまない。全部が欲しくて仕方なくなる。欠点だと分かっていても治す気はないですよ。そういう性格で生まれたときからやってきてるんですから。お陰様で束縛の極致です。こんな重い女だけどいつかは貴方の隣を・・・。

 

さて、話を戻すと、つまるところ、先輩は結衣さんの存在を大学の人間に知られたくはなかったようだった。

 

 

私はそこにつけこんだ。

 

私は大学当時、先輩以外の人間とはほぼ関わりを持たなかったものの、それなりには大学全体に認知され、立場を得ていた。だからこそ、私を無碍に扱えば、少なからず先輩にとっては信用を落とすリスクが生じる。かといって、真実を明かし、結衣さんという本当の恋人がいることを知られてしまえばそれまで、自分が隠し続けてきた嘘がバレてしまう。

先輩は私が彼女であるということを私が大学で言ったとしてもそれを咎めることが出来ない。黙認し、ほとぼりが収まるまでは自分が背負うことで最悪の事態を回避するはず。実行に移す前から私にはその構図を完璧に描くことが出来た。

 

状況が私に味方した。

 

上手いこと先輩を二律背反に迫らせることが出来たのだ。

結果は言うまでもない。

虫たちは己の敗北を知り、去った。

 

こうして、私の世界は守られた。

その後毎日、私は先輩と恋人のように過ごした。

朝、一緒に授業を隣で受ける。その後は学食でご飯を食べたり、キャンパスの外で食事。図書館で一緒に勉強して、夜は少しだけ大人の付き合い。(ただの飲み会)

幸せな時間だった。

客観的に考えればそれは虚構の幸福だ。いつかは覚めると分かっている夢のひとときにすぎない。

それでも・・・。偽物だと分かっていても、私にとってはそれが本物だった。

あの時間は私にとって間違いなく人生で最も幸せな時期でした。

乾いた砂漠に雨が降るように、私の人生は潤沢をおびて輝いた。

手を伸ばせば届くところに愛する人がいる。

 

 

ただ現実は間借りでもなく、強引に居座っているだけ。

 

だけど、隣りにいる貴方が私の全てでした。

 

 

 

しかし、貴方の隣を歩く度に思うことがあるんです。

 

 

 

先輩、貴方は誰ですか?

 

 

今の大学で楽しそうにしたり、職場で卒なく人間関係をこなす貴方を見る度に先輩が、私の大好きな先輩が記憶の中だけの存在になっていくような気になるんです。

 

高校の不遇な時代しか知らない私からすれば、外見だけは同じ、別人にすり替わってしまったのではないか。

そんな気がしてならなかった。

ねぇ、先輩。

 

 

 

貴方は自分に嘘を付きながら、今を過ごしているんじゃないですか?

 

 

 

そうなってしまった原因・・・。

 

先輩、結衣さん、そして、、、、あの人。

三人の間で何があったのか。

結衣さんとは仲良くしているけど、真相を聞き出すことは出来なかった。

勿論、聞こうとした。

結衣さんは答えてくれなかった。いつもアレだけ優しい結衣さんが昭和の父親かって言うくらいに頑なだった。

 

私だって、少なからずあの場所にいたじゃないですか。

知りたいんです。

 

でも、分かってます。

 

『それを知ってどうするんだ?』

 

貴方はこう言うはずです。

 

だから私はこう返します。

 

 

 

 

 

 

『取り戻すために必要なんです、私と貴方の本物を』

 

 

 

 

 

…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———脈打つ鼓動が内側から血管を強烈に圧迫し、今にも体の外へと押しのけようとしていた。

頬に伝わる汗が丁度良い冷却材となり、心身の熱量を逃している。

とはいえ、私の肩に入る力が抜けることは無かった。

朝早くから心臓に悪すぎる。

一昨日、陽乃さんが現れた時のほうが幾分、健康には優しいくらいだ。

私が生きてきた中で、眼の前で繰り広げられた現実を受け入れるのにこれほどまでに時間がかかったことはないと思う。先輩にフラれた時と同じくらいか。

 

そして、それは目の前にいる彼女もまた、同じなのかもしれない。

 

「……………」

 

「……………」

 

時刻は朝の九時半。ようやく仕事場全体が動き始めようとしている忙しない時のことだった。

既に社員の殆どは出社を完了している。

私もその他大勢と同じく、淡々と顧客対応をして昼に先輩とご飯を食べる日常を思い描いていたくらいで仕事のスイッチが入りきっていなかった。

 

そんな頃に脳天に鉄槌をお見舞いされた。

 

私の目の前にいる女性・・・雪ノ下雪乃さんは私がいることに動揺を隠せないのか、目を見開いたままじっと動かない。その後、物憂げな目で下を見ると黙り込んでしまった。

他に来客はおらず彼女一人、単身でこの会社にやって来たということか。

本人がそう望んだのだろうか。会社の意向なのかは私が預かり知るはずもないが、仕事だけが目的では無いだろ?と邪推してしまう。

そしてその推理は皮肉にも見当違いには思えない。

今日の服装を見れば分かる。

勿論、ビジネス上の取引ということでマナーに背くような垢抜けた格好ではない。しかし、化粧は同性にしか分からないが、明らかに入念に行っている。異性を意識したやり方だ。髪型も綺麗に纏めつつも、色気を醸し出している。ネイルや靴も隅々まで手入れが行き届いている。これは私の勘ですけど、普段は勿論身だしなみには注意を払っているにしても、貴方いつもそこまではやっていないでしょ。不慣れな感じが隠しきれてないですよ?

 

…。

 

だからといって、似合ってないとは私は微塵も思っていない。

満点ですよ。

いちゃもん付けるしか出来ないくらいにぐうの音も出ない。

 

やっぱり、とても綺麗な人だなぁ。

この会社には智佐吹さんや、玉木さん。他にも私を含め、容姿の整った女性が沢山いる。その中でも雪ノ下先輩は贔屓目無しに、群を抜いている。

そう、誰よりも・・・。私よりも。そして、結衣さ・・・。

 

「こんにちは、一色さん」

唐突に雪ノ下先輩の口が開かれた。取り留めのない挨拶だった。

 

物思いに耽っていた自分の意識が一瞬にして引き戻された。

それなのに心を鷲掴みにされたような気分になる。

抑揚の無い、独特の透き通った声。

それでいて、心地よい声色。

同性の私ですらその容姿や声、所作の全てに心を奪われてしまっている。

この人は歳を重ねる毎に女性としての魅力を重ねていったのだろう。

暫く顔を合わせなくとも分かってしまう。

私?

私は16の時がピークでしたよ。それからは緩やかに醜くなっていくだけ。ただ、見た目は周りの人にすごく褒められるだけあって、ちやほやされて、手前味噌だけどそこらへんのモデルや女優にも引けを取らなくなったと思う。

成績で例えるなら、AマイナスからAには上昇しましたよ。まぁ、Aプラスプラスプラスの雪ノ下先輩さんや、結衣さんにはまだまだほど遠いですけど。

 

そもそも歩んできた道が違う。

言うなれば養殖と天然物の差といったところか。

羨ましい。

そうやって、存在しているだけで先輩の心を奪ったんですか?

私はこんなにも死に物狂いで隣にいようと頑張っているのに。

それでもその場所に立てなかったのに。

貴方は何年も先輩のことを放っておいて、今更ぬけぬけと奪いにやってきたんですか?

抑えていたはずの憎しみがこみ上げてくる。

 

「ご無沙汰しています。雪ノ下先輩♪」

そうだ。悟られてはいけない。

私の奥底に眠る厭忌と嫉妬の結晶は私だけのものでなければならない。

何のためにここまで苦汁を舐め続けて今の居場所に辿り着いたと思っている?

いつだってそう自戒しながら溶解寸前の原子炉のような感情の渦を鎮めてきた。

 

今回も同じだ。

先輩の周りに邪魔な虫が付きまとうのは今に始まった話じゃない訳だし。

私にとって貴方はこれまでの女性と同じ有象無象の一つ。

私の本物に貴方は必要無い。

 

 

 

 

 

………。

 

 

でも、

 

 

貴方だけは、そうは思えないって自分もいるんです。

 

「雪ノ下先輩・・・いえ、雪乃さん」

「え…?」

 

これまでの私がやって来たことはただの子供の駄々だ。そんな子供だましが通用するような相手でもないし、私だってそこまで馬鹿じゃない。

この人は敵に回しては絶対にならない人だ。

それよりも、私の中にあるのは燃えるような敵意よりももっと、温かくて、それと同時に冷たくて包み込んであげたくなるような、慈愛の心だ。

 

 

ねぇ、雪乃さん。

 

 

貴方も苦しかったんですよね?

先輩に会えなくてずっと自分が自分でないような気持ちだったんじゃないですか?

なんで先輩の隣りにいるのが自分じゃないんだろう…って毎日のように悔しさでどうにかなってしまいそうでしたよね?

何度も忘れようとする度に深くあの人が心の中に入り込んでくる。

そして想像してしまうでしょ?

先輩とデートしたり、休日に二人でソファに隣同士で座って映画を見たり、時には情熱的な時間を過ごしたり。

身体が熱くなって、毎晩何度もあの人の腕の中で抱かれる夢を見るんです。

そうして深夜に灰色の霞がかった寂寥感が塗り重ねられていく。

そんな夜を私は数え切れないほど乗り越えてきた。

今では薄い灰色の寂寥が何年も油絵のように重なって漆黒になっている。

私でさえそんな感情になっているんです。

眼の前で大好きな人を一番の親友に盗られた。

雪乃さんの中には私なんかとは比べ物にならない位に、ドロドロとした、暗黒すら足元にも及ばないような闇が巣食っているんじゃないですか?

もう何年も前にその闇に貴方の心の芯は飲み込まれたはずです。

そして貴方はその闇の中に身も心も沈めてしまった。

 

貴方は体裁や、理性、常識、周りからの圧力、あらゆるものを言い訳にして自分を無理矢理動かしているんですよ。抜け殻になった自分の身体を。そして己の感情や人生すらも傀儡にして今を生きている。

 

 

 

そしてそれは先輩もだ。

 

 

私も同じだから分かる。

 

 

だからこそ、一緒に壊しませんか?

 

この日常を。

生きる意味を失った時間を。

 

 

 

過去と他人は変えられないとはよく言ったものだ。

 

私がしようとしていることはまさにそれだ。

過去も他人も強引に自分の都合に置き換えて、偽物を本物に変える所業。

 

不可能?

 

いや、出来る。

全員がそれを本物と思えばそれが本物だ。

たとえ世間の常識がそれを偽物と定義したとしてもだ。

 

 

 

私はそっと手を伸ばす。

 

雪乃さんの視線が私の手の平に吸い込まれ、離れない。

 

いや、私が逃さない。

 

そう。

 

 

 

私の本物には貴方がいなければならない。

 

 

 

先輩。

雪乃さん。

貴方達は私が救ってあげます。

 

 

 

 

私のために……ね♪

 

 

 

 

続く

 

 

 




いろはす書いているときが一番手が進むって一体・・・・(汗)


さて、前書きにも記載しましたが、次回の投稿は間を開けようかと思います。
一応の予定としては一ヶ月を予定しています。
普段自分は話を上げる時に次の話までを書き終えてから投稿するようにしていたのですが、連勤のせいで最近は執筆も疎かになっております。
なのでここで、一度きちんと話を纏めて書き溜めをできればと思っております。

次回はゆきのんと八幡達、会社組の修羅場ランチタイムになりそうです。
どんな展開になるのやら・・・。

そして、アメリカの大学に居る彼女は・・・。

それでは今回も読んでくださって本当にありがとうございました!
また次回も楽しみにしてくだされば恐縮です^^

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