※この作品はR-18です。

雪の楽園   作:ホネ

20 / 91
未必のマクベスという作品を読みました。
600ページ超という中々のボリュームでしたが、リーダビリティは良かったのでスラスラ読めました。
未必のマクベスは初恋の思い出だったり、現在の恋人との純愛(?)だったりを表現した、犯罪小説でしたが、私の作品は純愛のじの字もない作品です()

ままえやろ。


では、十五話になります。
丁度区切りの良いところを探していたら、今回は一万字超えました。
これでも、全然足りないぞ!という方いらっしゃるかもですが、どうぞよろしくおねがいしますm(__)m



第十五話

「せんぱーい。そのエビフライ一つ貰えませんか?」

「だったらなんでエビフライ定食にしなかったんだお前…」

相変わらず一色は俺の食い物をやたら欲しがる。あと、俺の返事を待たずして勝手に取るのはデフォルトですかそうですか。

「いいじゃないですか〜。私は、先輩の、エビフライが食べたいんです!」

「色々と誤解されそうだからやめてくれませんかね…」

一色が俺のエビフライを食べたい。うん、普通。

「もしかして先輩、とてつもなく変なこと考えてません?うっわ、セクハラ」

「え、これ俺が悪いの?」

「え、本当に考えてたんですか!?存外最低ですね、先輩」

「いや、別に考えてはない」

頭よぎったけどちゃんと引き返してるからセフセフ。

「比企谷君、今のは君が反省すべきだね」

智佐吹さんが咎める。くすくすと笑いながら。

この人完全に楽しんでいるな…。

「罰としてエビフライもう一本ください」

「あ、おい。それ盗られたらもう只のキャベツ千切り定食になるじゃねーか」

こちらが弁解をする間もなく一色はエビフライを取り上げた。魔女裁判だと思うんですけど。

「じゃあ代わりに私のを食べていいですよ♪」

そう言うと一色は自分の味噌汁の器を差し出してきた。完全に飲みかけじゃねーか。

すると一色がおもむろに耳元に顔を寄せて来た。

「間接キスですね…」

やめぃ。その言葉は俺に効く。あと照れながらやるんじゃない。言った自分まで顔を赤くなっていたら、この空気をどう収束させたらいいんだ。俺まで顔が爆発しそうになる。

あと、今そんなことやったらどうなるか分からないお前じゃないだろう。

「…………」

ほら見ろ。眼の前でユキペディアさんが世にも恐ろしい表情になっておられる。こういう時は、智佐吹さんも基本ノータッチで温かく見守ってるし。芦間に至っては爆笑しながら『メシウマ』連呼しながら白米かき込んでいる。隙あらば火に油だ。

お陰様で八幡の寿命は12日ほど縮みました。一色め、分かっててやっているだろ。

「それなら、比企谷。俺の唐揚げをあげよう」

このタイミングで動けるお前の胆力には感服するわ。あと、唐揚げは有り難く貰っておく。

食堂だと基本的にエビフライ定食を注文しがちになる。この社員食堂って基本的に揚げ物が美味いからな。うん、唐揚げも悪くない。今度頼んでみよう。

さて、現在の状況を説明するか。午前中の業務を終えた俺は今地獄の昼食タイムを迎えている。メンバーは5人。俺、雪ノ下、智佐吹さん、芦間、そして一色。席順は俺を中心に右側に一色、正面に雪ノ下、右前に智佐吹さん、俺の左側に、はみ出る形で芦間が座っている。智佐吹さんの粋な気遣い(大迷惑)もあって正面で俺と一色の寸劇をまざまざと見せつけられる形となった雪ノ下の表情はすこぶる優れない。段々とここだけ気温が下がってきているような…。

恐る恐る雪ノ下の顔色を窺ってみると、雪ノ下は未だにムッとしていらっしゃる様子。黙々と焼魚を口に運ぶだけだから余計に怖いんですけど。

「あら、比企谷君。欲しがりね、よかったら、私のサンドイッチも一口いる?」

そう言うと、智佐吹さんがサンドイッチを差し出す。

おいちょっと待て。それ食べかけのやつじゃねーか。完全にアウトです。ちょっと欲しくなったりしちゃうけど。痛い!一色、横腹つねらないで。

( ゚д゚)ハッ! イカン。雪ノ下、、、、

 

「………………」

あ、死んだ。

えーと、葬儀屋の予算って幾らくらい?墓石もまだ二十代だから購入してないんですけど。今から買ったら安くなったりするのだろうか。お仏壇の〇〇川にも連絡が必要?あ、あとパソコン内のファイルは不本意だが、材木座に処分してもらわないと。というか死が眼前あって終活もへったくれもないような気もするが。

いやいや、何いきなり人生の後始末を考え始めているんだ俺は。

物思いに耽っていると、白い物体が視界の一部を遮っている。どうやら目の前にサンドイッチが伸びていた。

「え、智佐吹さ」

「はい、あーん」

智佐吹さんが顔を右手に預けながら左手に持ったサンドイッチを俺の口に運ぶ。アカン、悪乗りモードに入っている。よりにもよって何でこのタイミングでなんだ。結局食べさせられちゃいました。うん、美味いよ。美人のあーんだからね。

「まぁ、奥さんを持ちながら会社にも沢山の女性に囲まれているようで。本当に幸せ者の女房泣かせですね、比企谷さん」

あぁ、もうこの丁寧語が完全に殺しに来ている。高校の時よりも刃がより鋭くなっているようだ。

「この期に及んで、よくもまぁそんな事を…」

朝もそうだったが、雪ノ下もなんだか楽しんでいるように見える。それがまるで憑き物が落ちたような軽やかな笑顔であることが特に印象的だった。

「それで、雪ノ下さんって比企谷やいろはちゃんと同じ高校の出身でしたっけ?」

芦間が早速、雪ノ下に質問していた。クラスに新しい転校生がやってきたかのように目を輝かせている。

「そうですね、彼とはクラスは違いましたが部活の方で一緒に活動をしておりました」

「部活っていうのは何部なんです?」

「奉仕部という名前です」

「ん???奉仕部???」

「要は悩める学生のお手伝いをするとかいう何でもボランティア団体みたいなもんだ」

「何じゃそりゃ。ボランティアって言うんだから見返りもなにもないんだろうけど、何も学生時代からそんな社畜みたいなことやらなくても良いんじゃね?」

それを言われるとなんとも心が痛む。奉仕部の活動内容を言ったところで絶対に理解されないのは予想していたが。

「トシ、それだと私が比企谷君を馬車馬みたいに働かせているみたいじゃないの」

「そりゃあ、深読みってもんですよ。智佐吹さん☆俺はこの部署に配属されて本当に幸せ者ですよ♪」

「ワーイ。ウレシイナー」

芦間は合コンの特攻部隊かのように場を盛り上げて空気を和ませる役目を買って出た。こいつの本来のひねくれた性格を知っているのでなんとも嘘くさく感じる。だが、今回は純粋に雪ノ下に興味を持っているからなのか、なんとも流暢な場回しだ。とはいえ、こいつの人前での無駄な陽気さに助けられてきた場面は何度もあった。高校時代といい、そういう変なスイッチが入ったらテンションが爆上がりするやつと仲が良くなりやすいのは一生直らないのだろうか。やれやれ、だとしたらこれから先の人生が思いやられるな。

「それで、私と比企谷君。それから少しして、由比ヶ浜さん…比企谷君の奥様が入部されました」

「ほへー、比企谷からは、かいつまんだ話を聞いたことはあったけど、改めて聞くことで話が一つにつながっていくような感覚になるな」

「比企谷君ってあんまり自分のこと、話さないようにしてるもんねぇ」

「それはまぁお互い様でしょうに」

智佐吹さんと玉木さんはシークレットだらけすぎて一般公開されている情報を上げるほうが難しい。ねらーが考察スレを立ててもおかしくはない。

「女は良いの。秘密がないと色気を保てないでしょ?」

「だとよ、比企谷」

「俺には分からない世界だな」

「ほんとこれだから先輩は…」

「比企谷くんって本当に夢がないなぁ…」

女性陣から一斉にブーイングを食らう。何もそこまで言わなくてもいいのに。

「なぁ雪ノ下さん。比企谷ってやっぱり高校のときから現在に至るまでこんな感じ?」

「そうですね。微分しても0です」

俺が苦手な数学でわざと追い詰めようとしているのか。つくづく随所に毒を混ぜることに余念が無い。てか、大分、雪ノ下も溶け込んでいるなぁ。

 

その後は、雪ノ下の生い立ち、帰国子女である話、学生時代は学年トップの優秀な成績であったことなど導入としては悪くない当たり障りのない会話が恙無く進行している。結衣の話に路線が変わるかもと危惧していたが、初対面でそこまで探るべきではないと芦間や智佐吹さんがはからってくれたおかげか、奉仕部三人の人間模様については誰も触れなかった。このまま昼の休憩時間を芦間に持たせてもらうというのが、俺にとっても最も有り難く労力の少ないやり過ごし方なのではあるが。

まぁそうもいかないだろう。なにせ、芦間の前で俺はあんなことを言ってしまったのだから。

 

もう少しの間、一歩引いて様子を見てみることにした。

この場における司会進行、つまりMCは芦間が務め本日のゲストポジションが雪ノ下。番組のレギュラーでもあるパネラーたちが智佐吹さんや一色といったところか。因みに俺はスタジオを見守るADのような立ち位置にいる。6割型、芦間が得意の会話術で巧みにこの場を取り仕切った。それでいて、相手に嫌味を感じさせないのが、こいつの凄いところだと思う。

 

「それでですね、私、無理やり生徒会長候補に推されたのにもかかわらず、先輩ったら本当に私のことを生徒会長にしちゃったんですよ〜!それも裏工作滅茶苦茶やって」

おい、どうして急に一色が生徒会長になった話にすり替わっているんだ。さっきまでの雪ノ下の身の上話の展開はどこに行ったんだ。それとも何?俺が考えている内にまた、話が何章か進んだりしていたの?

「比企谷がそんな手段をねぇ〜…。中々、高校生が思いつくような方法じゃないなぁ。全く…。お前、高校生の時から一際やべぇ奴だったのな」

「やべぇとかお前に一番言われたくない言葉だな」

「ねぇ、その時雪ノ下さんはどう思ったの?」

こら、そこ。雪ノ下にパス出すな。地雷しか無いから。紛争地帯よりも多いからな。主に被害者俺。

「そうね、あの時の彼はもの凄く強引だったわね」

そう言うと意地悪く、雪ノ下はこちらに流し目を送るようにしながらこちらを見た。

やめてくれ。お前が言うと凄くグサッとくる…。

あと、目線が色っぽくてホントに照れるからやめて。男、比企谷八幡。三十路を近くに迎えてデレデレするとか黒歴史過ぎる。何?お前はいつも結衣にデレデレしているだろって?あれは夫婦間のスキンシップとしては普通の範疇ではないのか?あと、いつの間にか雪ノ下さん、肩の力抜けて結構、素の口調に戻ってるのね。

「それで〜その後、ある事件をきっかけに雪乃さんと結衣さんにこっ酷く怒られることになるんですよね〜、先輩♪」

「………っ。お前はまた余計なことを」

あーもう滅茶苦茶だよ。それ、奉仕部がやばかった時だし。そんで、その後もう一度やり直そうとした時に俺が放課後の奉仕部の部屋で、二人の前で、、、くぁwせdrftgyふじこlp;「

あぁ、死にたい。

トラウマだよ。今でも恥ずかしい思い出No1だよ。

「ほぅ、それは初耳だなぁ」

「え、私もそれ凄く気になるんだけど」

「えーと…。雪乃さん、この話って」

どうやら一色さん、自分から話の導入を切り出しておきながら、巻き込みの安全確認はしていなかった模様。俺はというと事故に巻き込まれたくないので、素知らぬ顔をしている。

「別に構わないわ。そこにいるヒキガエル君に丁度、お灸を据えられるいい機会でもあるから」

くすくすと笑いながら、こちらをちらと見る。

ちょっと、小学生の頃のトラウマを息を吐くようにドリルで抉ってくるのやめてくれません?もう八幡のライフはとっくに0よ!

「ヒキガエルってお前…。中々、思った以上に大変な学生生活送ってたんだな比企谷」

いや、あの、確かに大変ではあったけど、ヒキガエルで同情されたなんてのはこちらとしても誠に不本意なんですけど。

「私は、今のは愛情のこもったヒキガエル君だと思うけどなぁ」

愛情のこもったヒキガエル君って何…!?待って、智佐吹さん。貴方完全に雪ノ下のことを誤解している。今のうちに間違いを正しておかないと取り返しの付かないことになりそう。イカン、脳内のツッコミすら追いつかない。

「さて、話が逸れたけど」

「比企谷君が奥さんと雪ノ下さんを怒らせてしまったその事件。気になりますね」

ほら、高校時代をあまり知らない同僚や上司がキラキラと目を輝かせて、はしたなく身を乗り出しているじゃありませんか。もう俺知らない、ハチマンは何もシリマセーン。

「それは…って実はこれ、結衣さんや先輩からの伝聞で私はその場所に居たわけじゃないんですけど…。というか、先輩これ本当に話しても良いんですか?」

一色が不安そうな目でこちらを見ている。こいつには大学の時に何があったのか一応話したしな。

「好きにしろ。どうせ止めたって知られることにはなるだろうからな。遅かれ早かれの問題だ」

「じゃあ遠慮なく♪」

これいろはさんや。少しは自重心とか見せてほしかったなぁ。しかしながら、比企谷八幡、最初からそんなものは期待していなかった。とはいえ、雪ノ下も別に問題ないと言ったのは少し意外だった。時間が経ったから過去の笑い話になるような代物でも無い気がする。こいつは一体、何を考えているんだ?

隣では一色が事の始まりから丁寧に語り始めていた。これは相当時間がかかりそうだが、果たして昼食の休憩時間中に終わるのだろうか。

「それでですね…。私が当時好きだった葉山先輩のグループで…こんな問題が起こりまして………」

「ふむふむ。あー、青春してやがるねぇ〜……クソが」

「え、チョットマッテ。いろはちゃん、ハヤマセンパイについて詳しく説明してほしいんですケド‥‥」

ほら、早速脱線しそうになってるし。一人は修羅の相になりかけていて、もう一人はメンブレ寸前の状態に。もうこの二人、まともに話を聞くだけの状態に戻りそうにもないが一色は飄々と語り続けている。

雪ノ下はというと、昔を懐かしむかのように一色の話に耳を傾けていた。

 

その時からだろうか。

俺は雪ノ下から目が離せなくなっていた。

馬鹿らしくなるほどの凝視だ。

一色が話をする程に、かつての記憶が呼び起こされる。

そして、憂いてしまうのだ。

奉仕部のときのように話す事ができたらどんなに救われることだろうか。恥ずかしい話だが、自分の中にある感情は雪ノ下と再会してからこれだけだ。

 

『結局、比企谷ってどうしたいわけ?』

『っどうしたいって…。そりゃあ』

『なんだ?言うのは奥さんに気を遣っちまうか?』

『…まぁな』

『ははは。それ、答え言ってるようなもんだろ』

『うるせー』

『別に昔ギクシャクしちゃったから仲直りして仲良く出来たら良いなぁってくらいは浮気にならねーよ。しかも、その人が奥さんの親友でお前にとっても大切な人ときたら尚更だ。まぁ、お前が個人的にも親しい関係になれたらって考えているのならまた話は別になるのかもしれないけど』

『別にそんな感情はねーよ』

『でも、見惚れてたろ?』

『……ぉぅ』

『うひひ。お前…おもしろ』

『…っ覚えとけよ』

『おいおい落ち着けって。あの美貌ならしゃーない。それに建前ってのは大事だ。建前があれば嘘にはならないでござるよ、比企谷殿』

『それ、暴君か独裁者の受け売りか?』

『全然乗ってこないなお前…。俺が言いたいのは本音の一割でも自分が言ったことの中に入ってりゃ、相手を騙したことにはならないって話だよ』

『詭弁にしか聞こえないが社会じゃそれが割とまかり通っているのがまたなんとも世知辛いものだな』

『人間って卑怯で器用だろ?』

『だからといって俺のそれが通るのとは別な問題だろ』

『通るか通らないかじゃないぞ〜。もしかして、当の本人でありながら、お前は問題の本質を理解していないんじゃね―の?』

『は?』

『通ろうが通らなかろうが、バレるもんはバレるのよ』

『おい、何が言いたい?』

『要はお前の中の罪悪感をどうするかってのが一番の問題なの。他のことなんざ、奥さんちゃんと抱いてやれば万事、オーケーってもんよ』

『何という身勝手な極論』

『さて、冗談はさておきだ』

『結構なブラックジョークだったぞ』

『3割本気だ』

『3割マジだったのか』

『上手に嘘をつくには3割の本音を混ぜることだぜ、比企谷』

『土壇場になった時にでも参考にさせてもらうわ』

『お?それなら近い内に、使うことになるだろうな』

『不吉なこと言うもんじゃないと思うぞ』

『ははは。そんで、どうすんの?』

『……。とりあえず、雪ノ下と仲直りがしたい。力を貸して欲しい』

『はいよ了解。……………とりあえず、今はそれでもいっか』

『ん?なにか言ったか??』

『いーんや、なんでもないぞ〜』

 

 

……………。

「……というわけで、先輩は二人に頭を下げて、再度協力をお願いすることで一件落着には一応なるんですよね。まぁ、その後も向こうの高校とも一悶着どころか、二十悶着くらいあったんですけど」

「ほぅ、そこらへんの話も面白そうだなぁ」

「比企谷も言う時は言うんだな。俺ちょっと見直したよ」

「そうですね〜先輩〜♪」

「お前、余計なこと言うなよ…」

「え〜何のことですか〜?」

はい、いつもの。もういい歳なんだから、いい加減こういうやり取りもどうかとは思うのだがこれが一色の良さでもあるのかもしれないとここ数年はそう思うようにしている。

 

ふと一色が耳元に顔を寄せた。

「あの時の先輩。凄くドキドキしました」

俺だけに聞こえるような小さな声で呟く。

…あれ以来、何回後悔したことか。やめて、雪ノ下!そんな優しい笑顔でこっち見ないで。とどめを刺しに来ないで。

 

「…相変わらずね、本当に」

雪ノ下が、柔らかな表情を崩して、ジト目でこちらを見る。その言葉は俺だけでなく、一色にも向けられているようだ。

「はい♪楽しくやらさせて頂いてます♪」

こいつはまた。

「というか、そんな濃い学生時代を送ることが出来たの素直に羨ましい…」

「ですよね〜。俺なんか何も変わったイベントもない平々凡々な高校時代だったわ。うち男子校だったし」

「私は共学だったけど、浮ついたことは何も…。クソ」

さっきから智佐吹さんが嫉妬の渦を巻き起こしていて、万人を引きずり込もうと言わんばかりの狂気を発している。純粋な人には教育上全くよろしくない。あ、この場に純粋な人居なかったわ。

 

…て気づけばもう昼の休憩時間終わりじゃねーか。結局何にも雪ノ下と会話しないで終わったぞ!?

「おい、芦間」

周りにばれないようにそっと耳打ちする。

「ん?どうした比企谷?すまないが、俺はしばらく立ち直れそうにない」

「お前…今朝の俺の依頼は覚えているよな?」

「依頼?あぁ。勿論それは忘れていないけどさぁ。てかさ、いろはちゃんって高校の時からお前のこと好きだったんじゃないの?」

芦間は顔だけこちらに顔を向けながら疑問を口にした。たった数分で10歳以上も老けたように見える。

「なんか、お前からその言葉を聞くのは少々意外だ。そこらへんも話せば長くなるが、俺が話しても良いものなのか分からないから、本人に聞いてみたらどうだ?」

「比企谷…お前って結構陰険なんじゃ…」

意趣返しではない。俺はただ、本心を述べているのだ。俺は悪くねえ。

「とはいえ、お前が会話を回してくれたおかげで場も気まずくならずにすんだ、ありがとうな」

「最早、清々しくなっているお前を見るたびに、こっちの心臓に鉛を吊るしていくような気分になるわ…。まあ、雪ノ下さんとは二人で話せるタイミングがあれば、その時に踏み込んだほうが良いんじゃね?少なくとも今のこの空気じゃ無理だろ」

「良くも悪くもお前さんのおかげでな」

何故か自然と笑みがこぼれた。今度、珈琲くらいは奢り返してやるか。

「さて、そろそろ時間だね」

智佐吹さんがトレイを持って立ち上がった。時計を見ると確かに五分後には午後の業務を始めなければならない時刻になっていた。

「あーあ。今日は流石に日付が変わる前に上がりたいものですねぇ〜」

うんと伸びをしながら芦間が悪態をつく。この業界の業務事情など悟っているだろうに。

「そうだな。願わくば今日は早めに帰ってゆっくり休めたら良いが」

とは思いつつも俺もそれに続いた。ここ最近は業務外で思わる心労を要する機会が多すぎる。一日ぐらい、何も考えず本だけ読んで終わる休日があっても良いんじゃないか。

「心配しなくても、向こう二ヶ月はこんな感じだからよろしくね」

笑顔で殺しにかかってきた。もうやだ、この業界。

智佐吹さんはそのまま返却口へと足早に向かっていった。

 

「そういえば先輩、ご飯奢る約束忘れてないですよね?」

一色がそれに乗っかるように釘を差す。

「え?アレって有効なの?」

そういえばこの前、雪ノ下の会社に出向に向かう時にそんな話になったような気がする。痛い!一色ほっぺ抓らないで!

「奢ってくれますよね?」

「…はい」

「やった〜!じゃあ楽しみにしてますね♪食事の後はバーにも連れて行ってください!」

おい。追加注文すな。

あーもう、芦間やら雪ノ下やらにめっちゃ睨まれてるし。

しかもバーってなんだ。俺はそんなオシャンティなところに行くようなやつでもないから全くレパートリーが無いんですけど。

「比企谷君、奥さんが居ながら随分と女性との時間を大切にしているのね」

「お前絶対、察していてそれ言ってるだろ」

「何のことかしら?」

雪ノ下の足取りは早かった。まるで俺から距離を取るかのように。地味にショックだ。

「あ、比企谷君!」

反対側から智佐吹さんが駆け寄って来た。何か言い忘れたことでもあるのだろうか。

「雪ノ下さんを下までお見送りしてきなさい。彼女このまま会社に戻ることになったみたいだから」

「え」

この雰囲気のままですか?一色を一瞥すると、『じゃあまた今度予定教えてくださいね〜!』と流れるように離脱していた。芦間にいたってはいつの間にかいなくなっている。もしかすると、ミスディレクションの使い手なのかもしれない。

智佐吹さんは雪ノ下に追いつき、少しばかり言葉を交わすとこちらに『じゃ、あとはよろしくね』と伝え、そのままオフィスに戻った。いやいや、さっきまでのやり取り見ていませんでした!?俺と雪ノ下二人残したらどうなるかが、わからない貴方ではないでしょう!?

本当に、あの人は俺に気を遣っているのか、面白がっているのか全然分からない。

結果、なんとも言えない気まずい空気の中、食堂の前、二人きりで取り残されてしまったわけである。

全く。お誂えとはいえ、面倒な展開を持ってきてくれたものだ。俺にとって、不機嫌な女性の扱いほど不調法と言えるものはない。

雪ノ下は背中を向けたまま立ち止まり、顔だけ振り返るようにして、こちらの様子を窺っている。

「えーと、その。じゃあ、、、送ります」

「私は宅配物ではないのだけれど」

手持ち無沙汰になって宙に浮いた言葉を雪ノ下が、呆れ顔で咎める。俺は少しだけ歩みを早めると雪ノ下に並んだ。雪ノ下は案内は要らないとばかりに先を行くように移動するが、間もなくして、迷ったのか左右の分かれ道の真ん中できょろきょろとあたりを見渡して俺の顔をじっと見つめた。

「………こちらです」

右にあるエレベーターを指差すと雪ノ下はさも分かっていたと言わんばかりに、その前に向かうと降りるボタンを押した。分からないのであれば聞いてくれればいいのに。

二人が並んでエレベーターが下から上がってくるのを待つ。

お互いの顔色を伺うこともなくただ呆然と階数の電光表示が返歌していく様子を観察していた。

「…貴方、一色さんと仲が良いのね」

「は?」

唐突に雪ノ下が重い口を開いたかと思えば、何を言い出すんだ?

俺と一色?

仲が良いのだろうか?

横並びというよりは完全な上下関係のようにも思えてしまう。

「ただ付き合いが長いだけだろ」

そう言うと、雪ノ下はうつろな目で下を向く。

「そうね。でもそんなことって中々、人生で起こり得ない貴重なことでしょ?……………一緒に居たくても居られない人だっていると思うわ」

「ん?途中から聞こえなかったがなにか言ったのか?」

「別に。なんでもないわ」

その時、機体の到着を告げるベルの音がホールの前に響いた。

 

そこからは会社の入り口まで特にこれといった会話は無かった。

雪ノ下はこちらに深くお辞儀をすると、駅へと向かった。

 

少しずつ小さくなりゆく背中を見つめると、どうしようもない寂寥感と焦燥感が押し寄せてくる。

 

 

果たして彼女をこのまま見送るだけで良いのだろうか?

 

 

数年前の記憶が呼び起こされる。

俺はかつて見たことがあるはずだ。あの背中を見放し、記憶から消し去ろうとした。

そしてその後どうなった?

後悔と自責の念に駆られ、癒えることのない喪失感が身体を覆い尽くした。

何年も呆然と人形のような毎日を送った。

さて、比企谷八幡よ。お前はまた、同じ過ちを繰り返すのか?

今しかない。

そんな気がする。

どういうわけか、今ここで雪ノ下を呼び止めなければ次は無いように思えた。冷静に考えてみれば、しばらくは幾らでもチャンスが有る。明日は出向で雪ノ下にも会える。これから依頼が終わるまでは毎日とは言わずとも、何回かは雪ノ下は今回のように会社にやってくるだろう。

自問した。

お前は気づかないふりをいつまでしている?

彼女からのサインは数え切れないほどあった。

俺は今に至るまでそれを無視した。

気づいていたのに。

手を伸ばそうとまでしたのに。

最後にその手を掴まなかった。

あいつが明日も手を伸ばしてくれる保証がどこにある?

お前はいつまで、甘えているのだ?

何日、いや。お前は何年待たせたんだ?

あの時、俺たちは答えを委ねてしまった。

だからこそ、間違えた。

いや、間違えたのだろうか?

やり直せることだってあるのではないか?

たとえそれが、世間一般の常識では間違っていたとしても。

誰が、それを間違っていると決めることが出来るのだろう?

間違いだと思っていたことが何十年も先に正しかった事がわかるなんてザラなのだから。

死ぬ前に大抵分かるもんだ。そういうのは。

 

 

気がつけば自然と走り出していた。

「雪ノ下!」

人目もはばからず大声で彼女を呼び止める。自分でもどこからそんな声が出たのだろうかと不思議だ。

雪ノ下は驚いた目でこちらを振り返った。なにせ、こんな公道で自分が呼ばれるとも思ってもみなかっただろう。

流れ出る汗がシャツにベタついて気持ちが悪い。

でもそんなことはどうでもよかった。

車道の車の喧騒も耳に入らないほどに自分の意識が一つに集まっている。

雪ノ下は胸に手を当てながらひどく狼狽しているようだ。

しかし、直ぐに冷静さを取り戻すと、いつものように冷たい視線をこちらに向けた。

「何かしら比企谷君?こんな公の場で脇目も振らず大声で、私を追いかけてきて。危うく通報しようかと思ったのだけれど」

「携帯の110番の入力画面見せながら言うなよ。もう通報する気満々だったんじゃねーか」

雪ノ下は相変わらず容赦がない。冗談ではなく本気で俺を警察に突き出す気だったなこいつ。

「当たり前でしょう。貴方にも多少なりともモラルやマナーといったものが少しでも残っていると思っていた私が馬鹿だったわ」

「残っているとは何だ。俺は生まれたときから道徳心の塊だ」

「笑えない冗談ね」

つっけんどんな返事だった。だが、こちらとしても、もうここまで来たら退くわけにはいかない。

俺はポケットからケースを取り出すと彼女の前に中身を突き出した。

「ほら、これ」

「え?」

雪ノ下は俺の渡したそれをじっと見て動かずにいる。

「俺の名刺だ。これがないと、いざって時に仕事の連絡ができなくて困るだろ?」

雪ノ下はまるで反応がない。というよりは肝をつぶしたのか、動かなくなってしまっている。

「貴方、たかだかそのためだけにあんなことをしたの?」

「あんなこととはなんだ。こっちにとっては滅茶苦茶重要なことなんだよ」

その言葉を聞いて少しだけ雪ノ下の顔が赤くなったのが分かった。いじらしそうに下を向きながら、こちらをそっと見上げる。何度も言うが、自然体で男を堕としにかかるのやめて欲しい。

「…貴方、その発言は色々と誤解を招くわよ」

「え」

いや、まぁ。そう言われたらそうかもしれないが…今は考えないようにしよう。今、冷静さを取り戻して恥ずかしさがこみ上げてこようものなら八幡死んでしまう。

「はぁ。とにかく。貴方の言うことも一理あるから受け取っておくわ」

そう言うとぶっきらぼうに雪ノ下は名刺を手に取った。雪ノ下にばれないように俺はそっと胸を撫で下ろした。

 

いかん。徐々に頭に登った血が降りてきている。そうなる前にここを離れねば。

「じゃあ。また」

「ええ。また明日」

雪ノ下も同じ気持ちだったのか、それだけ言うと、お互い踵を返して足早にその場を離れた。会社のビルの入口に入った時に雪ノ下の名刺を貰い忘れたことに今更気がついたが、そんなことはどうでも良かった。自分の連絡先を渡しただけなのに雪ノ下とつながったような気がしたからだ。

 

何の根拠も無い幸福感がじんわりと胸の中に広がった。俺は小学生か。

そのまま仕事場に戻ると、いつものように資料作成とメールの返信に追われる日常に戻った。受信ボックスを開いてみると目を覆いたくなるような夥しい数の未読メッセージの山にお出迎えされる。中には午前3時に届いたものもある。先方さん、一体何時に寝てるの。

 

 

 

ふと携帯のメッセージの着信音が鳴った。ロックを解除して、内容を確認すると、差出人は一色だった。

『相談したいことがあるので、仕事終わりに少しだけ話に付き合ってください』

どうやら、拒否権はないらしい。

『分かった』と返事を返した。

スマホをポケットに突っ込むと早速パソコンに大量に届いた、メールの返信に取り掛かる。

キーボードを淡々と叩く音を耳に入れながら、これからのことをぼんやりと考えた。

 

 

続く

 




なんと、総PVが50万を超えました。まさかのハーフミリオン。
本当にありがとうございます。ここまでになるとは思ってもみなかった…汗

非常に励みになります。
これからも頑張って投稿するので気長にお待ちいただければと思いますm(_ _)m

さて、次回の投稿も2週間後を予定しております。一応、向こう3話分書き上がってはいるのですが、ペースは守ってやろうと考えています。

それでは今回も読んでくださってありがとうございました!!
次回もよろしくお願いいたします(_ _)
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