導入ということでちょっと短いです。
どうぞ、よろしくおねがいしますm(_ _)m
第二十二話
「どうしたの?あまり食が進んでいないみたいだけど?」
結衣は心配そうに俺の顔を覗き込んだ。朝食にあまり口をつけていない夫の姿を見て、何かあったのではないかという気遣いだった。眼の前には目玉焼きと白ごはん、昨日の味噌汁といった一般的な家庭の食事が並んでいる。
何かあったかと聞かれれば同じことの繰り返しになるが、色々な出来事が有りすぎてとっくの昔に脳がパンクしていた。
雪ノ下と最後に会ってから一週間が経過した。出向が終了し、彼女も会社に訪れなくなった。なので以来雪ノ下とは連絡は取っていなかった。不思議と一色からあの一件から目立ったアプローチは来ていない。昼食を芦間と一緒に食べて午後の業務に戻る。それだけだ。長らく続いていた俺の日常がようやく返ってきたのだ。だが、それは長くは続かない平穏であることは百も承知だった。
海外への出張は明後日に控えている。俺は未だに自分の中の答えを見出すことが出来ていない。
停滞した環境に不安が募る。何も起こらずただ、平和に暮らすこと(そんでもってヒモになること)が目標だった俺がこんな感情を抱くようになるとは…。我ながら槍や隕石でも降ってくるのではないだろうかと思わされる。
こうして、一人の時間を持った時、いつも考えていたのは結衣のことだった。しかし、今はどうだろうか?
結衣のことは勿論大事に思っている。俺にとっての一番であることに嘘偽りは無い。
なのに、今、俺の頭の中に浮かんでくるのは雪ノ下や一色のことばかりだった。雪ノ下の儚げな後ろ姿、一色の艶めかしい横顔。それらが脳裏に焼き付いて離れない。
「ヒッキー、本当にどうしたの?」
結衣の俺に対する呼称が高校時代の呼び方に戻っていた。また、いつもの様に物思いに耽りすぎて眼の前の家内を蔑ろにしてしまっていたらしい。
「…何でも無いぞ。朝食だって今日は美味しい」
「“今日は”ってダメな日があるの!?」
いかん。口が滑った。偶に地雷があることがバレてしまった。いや、今更か。
「…それも個性の内だ」
「全然フォローになってないんだけど!?」
結衣は口を膨らませた。どうやら拗ねてしまったらしい。経験上、こうなると暫くは口を聞いてもらえない。
「悪かったって結衣」
その言葉を聴いて結衣の表情が極端に怒気を含んだのが分かった。
「ねぇ。それ、何に対して謝ってるの?」
「え?あ、いや、その…」
「あのさ。ヒッキー何か隠してない?」
「え?」
それは突然のことだった。結衣がおもむろに俺へ質問を切り出したのだ。
「もしかしてヒッキー。私が、今日のことだけで怒ってるって思ってるの?」
「どういう意味だ…?」
それが引き金となった。
結衣は興ざめたような顔をすると、食器を持ち上げた。
「ううん、何でもない。ごめん、今のは忘れて。」
そう告げると、結衣は静かに自分の食器だけを洗い始めた。
その背中は何も語ってはいなかった。
何も告げることは無い。そう突きつけられたようだった。
俺は黙って彼女の後ろ姿を眺めるだけだった。
どうしてこうなった。
本来であれば、伝えるべきなのだろう。彼女の存在を。
だが、言えなかった。
いや俺は言いたくなかったのだろうか。
自分の中の整理がつかないまま彼女に雪ノ下のことを言うべきでないという咄嗟の判断は果たして正しかったのだろうか。
それとも彼女は俺が雪ノ下と会ったことを既に把握しているのだろうか。
分からない。
考えたくもなかった。
何度も逃げたしくなるような衝動に駆られる。
しかし、その答えは遠からず出るのだ。
俺がその答えを出さなければならない。
だが、今の俺に出来ることは自身の食器を洗い、速やかに仕事場へ向かうことだけだった。スーツを来て出勤の準備を済ませる。返事が帰るはずもないリビングに向かって行ってきますの挨拶が木霊した。ドアを開けると、吹き抜ける風を肌寒く感じた。
「明後日は外国だな」
「…そうだな」
俺と芦間は二人並んで昼食を取っていた。俺はこの前芦間に貰ったからあげが美味しかったので唐揚げ定食を。芦間はトルコライスを食べていた。
「それ美味いのか?」
「お?これか??結構イケるぞ。日本人好みの味付けだし、品目のラインナップも馴染み深い」
芦間はそう言うと、スプーンでデミグラスソースがたっぷりとついたピラフを俺の定食のプレートに置いた。ハンバーグにかかっていたソースだ。箸でピラフを拾うのは午前中の激務を終えた身体にとって中々に骨だったが、なんとか食べることが出来た。結構美味しい。
「比企谷、お前今日はいつにもまして元気が無いなぁ」
「そう見えるか?」
「そう見えるなぁっていうかそうにしか見えないぞ」
芦間の頬にはソースがベッタリと付いている。テーブルに束になって置かれていた紙ナプキンを何枚か抜き取って芦間に渡した。
「そんでぇ。なにぐぁあっふぁん?」
「拭きながら喋るなよ…」
「…よし、飲み込んだから大丈夫だ」
「しかも食いながらだったのか」
「じゃあ比企谷。先生に話してみなさい」
そう言うと芦間は自分の前に置いてあった食器を袖にどけた。ついでに何故か俺の食器まで反対側にやろうとしていた。いや、俺まだ、食べてるんですけど。
俺は観念して芦間に話すことにした。
「その、結衣に隠し事してるだろって今朝言われてな」
「大正解じゃないですか。奥様お見事。そして、貴方が悪いです。完」
「あ?」
「おいおい、冗談だって。本気になるなよ〜。隠し事してるのは本当なんだから」
芦間は両手を上げながら悪びれもなく飄々とした表情でこちらを見た。
「そりゃあそうだが。隠し事つったって誰にでもあるものだろ?」
自分が屁理屈を行っているのは重々承知しながらも芦間に同意を求めた。誰かに認めてもらえていないとどうにかなりそうだった。
「そりゃあ、そうだ。俺だって墓場に持っていく秘密の1つや2つ。現時点で12個もある」
「どんだけ、やらかしてんだお前…」
「失礼だな君は!?別にやらかし関連の秘密だけじゃないぞ。まぁやらかし伝説は全体の八割くらいだな」
「それはまた別に機会に聞くこととして…」
「え、話すの確定ですか?」
「ん?」
「え…?アッハイ。なんか話が逸れたから路線を戻すか」
芦間はもう一度紙ナプキンを取って口周りを拭きなおした。
「起きてしまったことはどうしようもないからなぁ。それで、やらかしちゃった比企谷君は今後どうするつもりなのだい?」
「…まだ結衣には雪ノ下に会ったことを話していない。そろそろ話そうとは思ってる」
「話すって言ってもなぁ。話したところで『で?』ってなるのが目に見えている希ガス…」
「確かに…」
切り出し方や話す目的をきちんと説明出来なければ、寧ろ火に油を注ぐ結果にしかならない。
「そもそもなんで黙ってたんやっけ?」
「結衣と雪ノ下が昔は仲良かったのに最近は折り合いが悪かったからだな。だからまずは俺と雪ノ下で話を纏めてから結衣と会うようにするつもりだった」
「もぅ〜そういう建前の話は良いのよ〜。比企谷自身も雪ノ下さんと折り合い悪くてもう一回仲良くなりたいって言ったからでしょ〜!雪ノ下さんが比企谷夫婦二人にとっても深い縁のある方だから慎重に事を進めましょうってことでしょ?」
「お前、そこまで分かっててなんで俺に言わせたんだ…」
「比企谷自身に口に出してもらわないといけないことだからだろ?」
「ぐ…。そ、それはそのとおりではあるが」
脳天気なふりしてしっかりと本質は突いてくるがまたやらしい。
「それだけじゃないだろ?奥さんと雪ノ下さんにもまたヨリを戻してもらいたいって思っているから、こうしてまずは自分から雪ノ下さんにアプローチをかけているんじゃないか…って設定」
「おい、“設定”とは何だ。そこに関しては本心だわ」
「さて、それはさておき、話を続けよう」
「おい、それを置いておいたら完全に本末転倒じゃねーか」
芦間はどこ吹く風でトルコライスを豪快に食べ続けている。俺も口ばかりが動いていて食器の上の料理が片付いていなかったので、前に習って一気に平らげた。
「それで、雪ノ下さんとお前の方はどうなってんの?」
こいつ、、、本当に俺が一番聞かれたくないことをズバズバ聞いてくる。どうもこうもそちらとも現在は疎遠な状態ですよ、はい。
「…まぁ、それなりに連絡は取り合う関係にはなっている」
本当は全くそんなことはなかったが、雪ノ下とは全く縁がないという状態でもなかったのでお茶を濁した。順調ということにしておかないと話が拗れ過ぎて収集がつかなくなる。
「…そっか」
芦間は俺の中身の無い返答に妙に納得したらしい。それ以上は何も聞いてはこなかった。
「比企谷、お前完全に少年の顔になってるぞ」
「…どういう意味だ?」
「まぁじきに分かりますよ。とりあえず今は出向の準備とかそっちの事に頭使っとけ。奥さんとの件は…うん、知らん」
「おい」
「家庭の事情に首を突っ込んじゃいけませんってお母さんに教えられたので僕ちゃんは答えられません」
芦間はそれ以上は何も答えず、そのままトレーを持って返却口へと向かって行った。
「…まぁ俺の問題だよな」
トレーを持って立ち上がった。
時計を見ると休憩時間も残りあと僅かだったので急ぎ足で返却口へとトレーを返すと、オフィスへと戻った。
「あ、いたいた!おーい!比企谷君!!」
オフィスに戻る途中、俺は智佐吹さんに呼び止められた。いつもと変わらずオフィススーツを男よりも着こなした美麗な容姿で凛として立っている。
「どうしたんですか?」
「ねぇねぇ。明後日から出張じゃない?」
「出張…ですね。ってそれは智佐吹さんもじゃないですか」
「そうそう!…なので今夜は決起集会をやります!はい、決定!」
それだけ言うと彼女は意気揚々と退散した。俺の返事も待たずして、だ。
「…は?」
俺は廊下のど真ん中で呆然と立ち尽くしていた。
どうやら今日という日はまだ俺をゆっくり休ませてはくれないらしい。
続く
今年がもうあと一月という事に驚きを隠せない…。
本厄がもうすぐ終わりだなぁ()
次回は飲み会編。続きは5日後辺りを予定してます。
それでは今回も読んでくださって、ありがとうございました!
また次も宜しくおねがいしますm(_ _)m