では三十話です!
開場と共に学生の波が押し寄せてきた。入場した参加者は一切に蜘蛛の子を散らすように目的の企業へと足を運んだ。具体的な流れとしてまずは目当ての企業に履歴書を提出していった。その際、日本語でも英文履歴書でも構わない。企業の人事担当がその履歴書を閲覧し、気になった学生を集めて集団面接をする。その後個人面接やグループディスカッションなどの関門を経て、最終面接とも言える夜の食事会へと繋がるのが一般的な流れになる。
ブースでは芦間や智佐吹が待機していた。彼らのところにも何人かの参加者が自分の履歴書を提出しにやって来ていた。
芦間は履歴書を受け取るとやって来た学生たちの質問に丁寧に応対した。本来であればそれは八幡の役目であったのだが、彼が帰ってくる気配は一向に無かった。他の企業や学生たちが向かっているのを見たため、おそらくは遅れるだろうと踏んでいたので芦間はさほど驚きはしなかった。
芦間も智佐吹も間違いなく美男美女の部類に入る。それ故なのか、男性の参加者は智佐吹に女性の参加者は芦間に自然と履歴書を提出していった。
受け取った履歴書は参加者の波が途切れる度に後ろで待つ人事担当の島田に渡した。彼がそれを受け取ると早速履歴書を吟味し始めた。
渡された履歴書はほとんどが英文のものだった。留学生が就活をする際には履歴書も英文であることが多い。海外企業に同時に提出することも出来るし、外資系の日本支部であれば英文履歴書でも勿論大丈夫というところが多い。
また、英文履歴書は手書きでなくタイピングで印刷したものでも問題無く、写真が必要ない。これは容姿などで差別をしないため、純粋に履歴書の文言で判断を下すという理由からだった。
「日本もいい加減さ、手書き文化とかなくなればいいのになんで手書きなんだろう」
「字が読めない人とかいるから困るんですよね…」
芦間が溜息をついた。
「あれでしょ?手書きで本気度が分かるってやつ」
「あんまり参考にしていない感じですか?」
「私は、ね」
智佐吹はうんと伸びをした。
芦間は機械的に履歴書を受け取り続けた。気づけばそれなりの高さの書類の山が築き上げられていた。
「とりあえず、一通り受け取ったかな」
智佐吹の言う通り参加者の学生たちは一通りの履歴書を提出し終えて集団面接の連絡を待っていた。企業のブースの人だかりは最初の喧騒とは様変わりしている。
「そうみたいっすね。って比企谷はまだ帰ってこないのか…」
「どうやら滅茶苦茶お店が混んでるみたいだね。この雰囲気にも慣れさせてあげたかったからちょっと申し訳ないことしちゃったなぁ。もしくは迷子か」
「それはもしかしたらの可能性で捨てきれないのが怖い」
「いやまぁ、お店ここの外から見えるしそれで迷うってことはないでしょ」
智佐吹が大きく伸びをした。ぴっちりとしたスーツを着ているためか、胸元が強調されている。
「確かに、智佐吹さんが行ったら迷子を心配しますけど比企谷なら大丈夫でしょ」
「……なんでトシは私が方向音痴なの知ってるの?」
「ある筋からの情報でね」
「それどう考えても真紀しかいないんですけど…」
智佐吹はむくれていた。
「あの、すみません」
ようやく落ち着いて履歴書を見つつ選考をする段階に入ることが出来ると二人が安堵したところでの追加の来客だった。
現れたのは長い黒髪を纏めている女性だった。手元には英文の履歴書が握られている。
「ん?おぉ、志望者かな」
芦間が応対する。少女はどこか人と話すことを苦手としているように感じた。
「は、はい。あの、もしかして芦間さんですか?」
「え、そうだね。自己紹介したっけ…って、あ!もしかして鶴見さん!?」
「そ、そうです。お世話になっております」
眼の前の女性、鶴見留美は深々と頭を下げた。芦間は合点がいったと大きな声を上げて納得していた。智佐吹が何事かと怪訝な顔で二人を見ている。
「智佐吹さんこの方ですよ。C大学の日本人会の担当」
興奮を隠しきれないといった口調で上司に金の卵を紹介した。部下の普段見慣れていない光景に少しばかり面食らった智佐吹も直ぐに冷静さを取り戻した。
「あ、そゆことね!トシが対応が丁寧だってすごく褒めてたよ〜」
「あ、ありがとう、ございます」
留美は恐縮していた。メールの文面からフランクな男性だと予想はしていたが、予想外に明るい相手だったからだ。
「よく来てくれたね。こんな歓迎しか出来なくて申し訳ないけど」
「いえ、はるばる来たと言えば私なんかよりも芦間さん達の方が…」
「ははは、まぁそうさね」
「本当にごめんね、挨拶だけで。これからお世話になります。大学側の協力を得られるのとそうでないのとではこっちの労力も違うからさ。面接や説明会の場所を確保するのだけでも一苦労だよ」
「こちらこそお世話になります。御社は今年お呼びする企業の中では目玉として紹介する予定なので」
「出来ている…!この子既に社会人としての心得が備わっている…!」
「すごく可愛いこと言ってくれるね〜。その時はよろしくお願いするよ」
芦間のスイッチが入ったので智佐吹は無視して話を続けた。
「は〜しっかし、こんな美人さんとは思わなかったよ〜。入社した暁には私が育てる!他の男性社員だと男共が色目使っちゃうからね」
面接もしていないのに智佐吹は育成の方針を立て始めていた。皮算用になりかねないと芦間は肩をすくめたが、智佐吹と同じようなことを考えていたので何も言わなかった。
二人の言う通り、留美はこれまで会ってきた女性の中でも図抜けて容姿に恵まれていた。体型もモデルのようで出るところは智佐吹と比べると控えめだが、しっかりと出ている。どことなく雰囲気が八幡が岡惚れしている雪乃と似ているというのが芦間の第一印象だった。
芦間は留美から履歴書を受け取ると速やかに島田の元へと持っていった。耳打ちで「彼女、多分超優秀です」と一言付け加えておいた。
「ほう、総武高校の出身ですか。比企谷君と同じですね」
島田が小さく呟いた。芦間は目を丸くした。
「ホントですか。でもまぁ、歳が大分違いますから繋がりは無いとは思いますけど」
「そうですね。ですが、こういったところに何かしらの縁と因果を感じてしまうものです。遠目で見ただけですが、入社したての比企谷君の雰囲気にそっくりですから」
「確かに。それは言えてます」
芦間と島田は声を合わせて笑っていた。
「じゃあ鶴見さん、これからの予定になるんだけど昼の一時半に集団面接やるから時間になったらまたここに来てもらえるかな?他の会社と時間被ってたりしてない?」
「分かりました。これから予定が決まるかとは思いますが、御社が第一希望なのでそちらの時間に合わせるつもりです」
芦間が、席に戻ると智佐吹と留美が今後の予定の話をしていた。断片的に聴こえた話だが留美の弊社に対する印象も悪くはないならしいと芦間は胸をなでおろした。
「嬉しいことを言ってくれるね。でも面接はきちんとやるからそこんとこはよろしく!」
「善処します」
「智佐吹さん、美人さん好きだから大丈夫だよ」
「そ、そうですか」
留美は照れていた。あまりこういった言葉には慣れていないのだろうか。言われ慣れているものだと思っていた芦間は不思議がった。
「トシ、そんなチャラそうなこと言っちゃって良いの?君はいろはちゃん一筋じゃなかった?」
「智佐吹さん、そういうこと言わんといてもらえますかね…。てか、そういう貴方だって既婚者の後輩一筋で、、、ぐぇッ…」
「何か言った?」
「いえ何も……」
留美の目の前で芦間が急に悶え出した。机の下で一悶着あったのだろうが、彼女の位置からでは机が邪魔で見えなかった。芦間が言わんとしていたことも途切れ途切れで留美には全く流れが理解出来ていなかった。
(いろは…?どこかで聞いたことあるような名前…かな…)
「そ、そういえば鶴見さん。イベントページの文言なんだけど、昨日の夜下書きで作っておいたから今日の夜にでもメールで送っておくね」
「分かりました。ありがとうございます」
「場所の確定っていつ頃になりそう?」
「説明会会場は基本、学期末のくじで決めることになってます。面接会場の予約も日時3日前から出ないとできない規約なので直前になりそうです。説明会会場の方は秋学期にでもなれば直ぐにお伝えします」
「りょーかい!上にもそう伝えておくね。早く予算と日程表出せって経理がうるさくてね。留美ちゃん盾にしとくわ」
「え、そ。そんな」
「何普通にパワハラまがいのことしてるんですか」
芦間が呆れ返っていた。
「じょ、冗談だよ。ごめんね。まさか、ここまでピュアだったとは…」
「そりゃあ貴方の汚れ具合に比べたr…ごふッ」
「あらーこんなところに粗大ゴミが〜♪」
「じゃあ申請しないと駄目じゃないですか〜。市の条例で決まってますよ」
「ならばどこかに寄付しよう」
「あんたDonationをなんだと思ってるんだ…」
芦間がそこで机に力尽きた。頭だけ留美の方に向けている。留美は本能的に彼から距離を取った。
「そういえばさっき、君の履歴書を見たんだけども鶴見さんって総武高校出身だったんだね。うちにもそこ出身だったやつが居るよ」
芦間が器用にその体勢のまま留美に話しかけた。
「え…?」
留美は激しく動揺した。また一つパズルのピースがハマったような音がした。鼓動が大きくなる。自分の中にあった一縷の望みが確信に変わったような気がした。しかし、用心深い彼女は未だ半信半疑の状態だった。
「そ、それってどんな方ですか?」
「どんなって…ってあ、丁度そいつ来たね。おーい、比企谷。お前にお客さん」
「え、ひきが…」
芦間が大きく手を振った。留美は彼の視線の先を追った。
「なんだ、お客さんって…。俺こっちに知り合いなんていないぞ…ってうん?」
「…あぁ、、、」
留美は大きく息を呑んだ。
芦間が口にした名前。
それは少女がよく知る名前だった。
健気な彼女が何年も思い焦がれていた男。
ずっと遭いたいと恋慕していた男。
そこで少女はようやく確信した。
入り口から風が吹き抜ける。
彼女の髪を結んでいたゴムが解け、流麗な髪が下ろされた。
長く延びた髪は彼女の美しさを際限なく彩った。
男女問わず彼女の姿に目を奪われる。
顔が熱い。火照る身体の衝動を抑えきれそうにもない。
本当なら今すぐにでも抱きしめて愛を伝えたい。そんな衝迫を心に留めるのに彼女の身体は小さすぎた。
胸が苦しくなった。痛みにも近い心臓の高鳴りに両手を添えた。
瞳孔が大きくなる。彼の全身を隈なく捉え逃さないために。
その玉のような目で彼を一点に見つめた。
それはまるで聖女の祈りのように清らかで趣があるとさえ言える。
少女はゆっくりと一歩ずつ歩みを進める。
辺りは彼女を見守っているかのように時が止まっていた。今この時だけは少女のために世界が存在していた。
足を踏み出す度に胸の痛みが鋭くなり、身体が沸騰する。
歩みを止めた。今、目の前に何年も恋慕していた男が立っている。その嬉しさをどう表現すればいいのか。少女にはそれを完璧に表す一言をもちあわせていなかった。
少女は顔を上げた。
目が合う。
あの時のまま腐ったような目を、それでいて強い意志と強さを持つ目していた少年がそこにいた。
それは間違いなく、少女が何年も憧れていた目だった。
一筋の涙がこぼれ落ちる。ほんの一筋、抑える隙もなく自然と溢れていた。
「お、お前。まさか…!」
男…いや、少年は気づいたのだろうか。ほんの少しの繋がりしかなかった、あの時齢10と少々だった子供のことを覚えているのだろうか。
だとしたらどんなに幸せなことだろう。自分が今でも彼の心の中に居た事を彼自身が証明してくれる。こんなに幸福なことは無い。
「“お前”じゃない。留美」
あの時と同じ言葉でそれに答えた。
おそらく今自分はこれ以上ないほどに幸せな笑顔を見せているのだろう。鏡の前で見れたものじゃないが。
少女は二度と彼を離すまいという決意と共にその名前を口にした。
「久しぶり、八幡」
続く
ようやくルミルミが本編に合流。
流石に長かった(;・∀・)
これからはポンポンと展開していくように頑張りますので宜しくお願い致しますm(__)m