※この作品はR-18です。

雪の楽園   作:ホネ

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今回も宜しくおねがいします^^

※今回いつもより長めです



第三十二話

食事会は選考を含むとはいえ、形式としてはアイスブレイクに近かった。食事会に呼ばれたのは六人。かなりの数の履歴書を受け取ってはいたのだが、思った以上に足切りしたらしい。

2つのテーブル席を使って出来る限り参加者たちが圧迫感を感じないようにはからった。

採用担当の島田さんと智佐吹さんはそれぞれ別のテーブルに座った。そしてそれぞれの机に俺と芦間が座るようにした。俺は島田さんの机の席に座ろうとしたら智佐吹さんに腕を引っ張られ、強引に席を決められた。食事会に呼ばれた学生たちはどこに座ろうかと悩んでいるようだ。男子達は留美の様子を窺っている。彼女の隣をキープしたいと思っているのだろう。他の女性達は単純にこの雰囲気に恐縮していた。

その中で留美が一切の迷いなく俺の隣を確保した。しかも端の席で前が智佐吹さんというポジションだった。あれ、集団行動の時、この子ってこんなに意志が強かったっけ?

留美の着席を皮切りに各々が場所を決めたようだった。男子達も一旦は自分の就活に集中しようと切り替えたのか反対側の島田さんの近くに座っていた。そりゃあ今回の採用担当の責任者でもあるし、アピールするには絶好のポジションだろう。

食事会に選んだレストランはメキシコやスペイン料理がウリだった。野菜も肉も魚も揃っていてメニューの幅が広いので食事の好みやアレルギーなどの心配も無いだろうという理由からだった。

雰囲気はちょっとお高く、落ち着いたものだった。入り口に入ってすぐの場所にバーカウンターも設置されている。飲みに来るだけの客数も少なくない。

少し暗い店内が良い演出をしている。男共が勝負所で使いそうな店だった。

「じゃあ皆さん、今日は好きに召し上がって下さい。ただし、自力で帰られる程度にはきちんとお酒は自制してくださいよ」

島田さんの一声とともに学生たちは目を輝かせながらメニューを見た。配られたメニューの冊子が人数分無いため隣同士で共用となっている。合コンか何かの儀式みたいだった。俺の隣は留美なので当然彼女と一緒に見ることになるわけで。

「………」

困ったことに、さっきから留美が一言も喋っていない。留美の目の前にドリンクのページを開いたメニューを置いて待っていたのだが、一向に彼女の反応が貰えない。

「鶴見さん、飲み物はどうしますか?」

流石に、人前であったし一応仕事のスイッチを入れていたので下の名前で呼ばないよう徹していた。よく考えてみたら、名字呼びをするようになってから留美が口を効かなくなったかもしれん。目も合わせようともしないんですけど。てか、コミュニケーション取る気ないのになんで君は俺の隣に座ったの?天の邪鬼なの?そういうお年頃?

「っで!」

足を蹴られた。右側に座っているのは一人しか居ない。当の本人はこちらをにらみつけている。防御力ががくっと下がりそうなくらい怜悧な目をしていらっしゃる。氷の女王二世が早くも誕生しようとは思わなんだ。

「Are you guys ready to order? (ご注文は決まりましたか?)」

店員さんが様子を見にこちらへ来た。こちらから頼まずとも注文を聞きにやってくるその精神嫌いじゃない。芦間曰くせっかちなだけらしいけど。店員から聞きに来るのが普通なのだろう。

「これにします」

いつの間にか留美が智佐吹さんの方を見てメニューを指差した。頼んだのはモヒートか。意外とオーソドックス。

「うん、分かった。それで、八幡君はどうするの?」

「ゑ」

「!」

え、この人何普通に下の名前で呼んじゃってるの?ちょっと。芦間とか島田さんまで今までに見たことないような顔でこっちを見ている。あと、留美の顔から表情が更に消えたんですけど。

「え、えーっと…。じゃあ、かr」

「Can we have one Kahlua and milk? (カルーアミルクを一つ頂けますか?)」

おい、さっきの問答は何だったんだ。いや、正解なんだけども。

「…子供だね」

留美が俺の飲み物に対してやけに辛辣だ。それよか全国のカルーアミルクファンに謝りたまへ。

「なんだと。カルーアミルクなめんなよ?アレはマッ缶と同じくらい評価されるべき人類の叡智だぞ」

「あんな甘ったるいのは無理」

「お前くらいの歳の女の子はスイーツ(笑)にハマってるんじゃないのか?」

「お前じゃない、”留美”。あと、それ偏見。そんなこと言ったら八幡くらいの年齢はワインや日本酒にハマるものじゃないの?」

「”八幡”じゃない、こういう場所では”比企谷さん”だ。あと、それは偏見だな。それに俺は一般大衆から外れることを人生の基軸としている。マイノリティ万歳だ」

「そういうところで自分を特別化しようとしてるところが子供。オコチャマン」

留美がくすくすと笑いながらこちらを見る。あとなんだオコチャマンって。全然語呂合ってねーじゃねーか…。

「ぐ…。良いんだよ、もうアイデンティティ・クライシスなんぞ幾度となく経験してきたわ」

手元にあった水のグラスを手にとって中身を飲んだ。こっちはコップまでLLサイズなのか。おかわりを頼まなくて済むから寧ろ良いけども。

「ねぇ、八幡ってなんでそんな分かりづらい説明の仕方するの?」

結局”八幡”呼びに戻している留美が怪訝な顔をしてこちらを見た。

「ふん、それが日本語の奥深さというものだ。どうやら単刀直入に言う文化に染まりすぎたようだな」

水の入ったグラスをかざして天井を透かして見る。我ながら超ダサい。

「ふふふ。何それ」

何故か留美が笑った。ドン引きされるかと思ってたのに。

「全然カッコよくないよ」

「知ってる。てか、素でやったら本当にやばいやつじゃねーか」

「八幡ならやりかねないじゃん」

「ちょっと、俺のことどんな人間として認識してるんですか。名誉毀損ですよ?」

「変わってる人。他人は他人って割り切るくせに真正のお人好し」

「……」

なんでこういう時に限って真正面から来るかねぇ…。八幡思わず黙ってしまいましたよ。

「ふふ。八幡もしかして照れてるの?」

留美が意地悪そうに覗き込んできた。だから、本当に可愛いから止めて。心臓がおかしくなる。

「……まぁな」

そう返すのが精一杯だった。

「うん、そっか」

留美は一言だけそう言った。彼女の表情は窺い知れなかった。その顔を見てみたい。そう思った。

気まずくなったところで丁度店員さんが図ったかのようにドリンクを持ってきた。とりあえず一口含んでリセットしたい。あ、でも乾杯しないと…。

「それではこの度は弊社を志望して頂き誠にありがとうござ…ってまだ内定出した訳じゃないけど今日は楽しんで下さいの乾杯!」

『かんぱーい!』

何故か芦間が乾杯の音頭を取っていた。しかし、学生側も会社側もそれに乗って声を揃えて、グラスを合わせた。

俺も目の前の学生や智佐吹さんと乾杯した。

「…なぁ、留美」

留美の方にグラスを差し出した。留美は一瞬驚いたような表情を見せたが直ぐに自分のグラスを手にとった。

「うん、乾杯」

心臓が跳ねるように高い接触音を奏でた。カルーアミルクが甘く感じた。留美は涼しい表情でモヒートを飲んでいる。こっちは内心滅茶苦茶になってるのになんだか癪だ。

周りの様子を見てみた。学生たちは各々が職場の雰囲気や業務内容について質問していた。彼らにとって会社選びは今後の人生を左右する重要なイベントなのでいつにも増して真剣な顔が見られた。正直自分が就活をした時はかなり軽い気持ちで望んでいたんだよなぁ。嫌になったらさっさと辞めて専業主夫になろうと思っていたから。それが今、こんな事になっていますよ。残業がむちゃんこ多い業界に身を置いているのだから人生分からないものだ。

「ねぇ八幡」

留美が話しかけてきた。最初の景気づけの一口でモヒートが全く減っていなかった。彼女もそこまで酒には強くないのかもしれない。

「どうした?」

「総武高校卒業してからどんなことあったの?」

「あぁ。ここに至るまでのことか。そりゃ気になるわな。反対に俺も気になるわ。留美がどうしてここにいるのかって経緯」

「別に私はどこにでもありそうな学生時代過ごしただけだけど…」

「それがまた何で留学になったんだ?」

「昼にちょっと話したとは思うけど、総武高校の国際教養科に居たからかな。それで普通に日本の大学に向かうのもどうかなぁって。日本の大学行っても飲み会って感じになりそうで雰囲気合わない気がしたから」

「なるほどな。中学高校は友達できたのか?」

「八幡、親みたいなこと言わないで。そんなに多くはなかったけど一応居たよ。今はもう殆ど連絡取ってないけど」

「そうか、でもまぁ俺もそんな感じだわ。結婚してから特にそうなったかもしれない。何ヶ月に一回かの総武高校メンバーの集会ぐらいだな」

「え…?」

留美の顔から血の気が引いていた。何か驚くようなことでもあったか。

手元にグラスを持っていたら床に落としてしまうんじゃないかという程に雷に打たれていた。

「八幡、、、、結婚、したの………?」

「あ、あぁ。そうだな」

「………そう、なんだ」

蚊の鳴くような声で留美は答えた。

留美は暫く俯いていた。肩が震えているようにも見えたがここからはどんな顔をしているのかが分からない。モヒートの入ったグラスの氷の山が崩れる音が聴こえた。周りは騒がしい。だが、彼女の周りだけ世界が切り取られたかのように時の流れが緩やかになっていた。

「…あの時居た黒い髪の人?」

留美が下を向いたまま口を開く。あの時居た黒い髪の人?

「もしかして雪ノ下のことか?」

「名前言われても分からない。物静かで毒舌で髪にリボンを付けてた人」

留美は自分の髪を使って雪ノ下がリボンを付けていた位置を示した。

「あぁ、それで合ってる。あ、でも俺の結婚相手ってそいつじゃないぞ。もう一人のお団子ヘアの明るい性格の方だ」

「え、そっち?」

留美の頭の上に5つほどクエスチョンマークが浮かんでいた。何か似たような会話を前にもした気がする。そんなに俺と結衣が一緒になったことが意外なのか。

「なんというか昔、他のやつにも俺の結婚相手が雪ノ下だと思われていたんだよなぁ」

「うん、私も意外。てっきり八幡はあの黒い髪の人が好きだと思ってた」

「な、何でそう考えたんだ?」

あまりにも予期せぬ一言に危うく心臓が飛び出そうになった。思わずカルーアミルクを飲んでから、水を口に含んだ。背筋に何かが蠢いているような気味の悪さを感じた。

「何でって…その人と話してる時が一番八幡が楽しそうだったから、かなぁ」

「……そうか。やっぱりそう見えるのか」

「うん」

もう一度水を飲んだ。留美はホットコーヒーを飲むように眼の前でグラスを両手で持っている。俺の所作を一つも逃さない。それくらいじっと見つめていた。そこまでされると八幡照れちゃうぞ。いや、もう顔真っ赤だけど。

「どうしてその人を選んだの?」

留美は遠慮もなく俺の心の中に入り込もうとしている。いつもであれば不快な言動も留美に言われると、自然と自分の感情奥深くに落とし込むことが出来た。

「どうして、か」

グラスを置いてひとしきり考えた。あの時、何故俺は雪ノ下ではなく結衣を選んだのだろうか。

「…あの時は、それが俺達にとって一番と考えたからかもしれない」

「二人にとって・・・ってこと?」

「いや、あの時は雪ノ下と俺と結衣の三人にとってそれが一番と考えてた…」

「どういうこと?」

留美は解せないという面持ちだった。

「それは。まだ言えない…。でもそうするしかなかったって思ってたなぁ」

「分かった。ごめんね、言いたくないことまで聞いちゃって…」

「いや、気にするな。留美は悪くない」

口を噤んだ。この期に及んでまだ踏み出す勇気を持てない自分が居た。周りの喧騒が遠くに聞こえる。眼の前に注文した料理が並べられた。炒めた野菜の上に一塊の大きな牛肉が載ったプレートや海老のアヒージョだった。学生たちが前菜で食べたワカモレとトルティーヤチップスの大皿を店員に渡した。同時に二杯目の注文を行っている。自分のカルーアミルクは半分も減っていなかった。

「悪い、暗い話になったな。何かうちの会社で気になることとかあれば、聞いてくれ」

気を持ち直して留美に向き直った。今は仕事中であり、昔懐かしい再会を楽しむ時間であるべきだ。

「…いいの?」

留美は俺の事を心配している。それだけでも嬉しかった。

「俺だって大人だ。自分のことぐらい自分でなんとかする。学生時代の頃からずっとやってきてたことだ」

親指を自身に向けてドヤ顔を作った。キマってないけどキマったことに強引にした。それくらいやらないと気持ちを切り替えられなかったからだ。

「ふふ。だからそれ、全然カッコ良くないって」

留美の顔に笑顔が戻った。背中や顔に嫌な脂汗を大量にかいた甲斐があったというものだ。グラスに入っていたカルーアミルクを一気に飲み干した。うん、美味い。でも、俺にしてはペース早いからしばらくは水を飲もう。

「八幡って大学でも一人だったの?」

「ん?まぁそうだな。って辛辣なこと言うなよ…。結衣…今のカミさんとは大学違ってたからそんなには交流は無かった。一応、最低限の人付き合いはしてたけども今でも会うって人はいないな」

「そうなんだ。じゃあどうしてこの会社に入ったの?」

「成り行きみたいなもんだ。俺、奉仕部って部活に所属してただろ?その延長で問題解決の道に進むのが一番自分の強みを活かせるって思って面接したら受かったからそこにしただけだ。まぁ、一番の志望は専業主夫だったけどな」

「それ、本気だったんだ…」

留美がドン引きしていた。正直、今でも専業主夫の道は諦めてないんですけど。

「まぁな。その後、就職してしばらくして仕事に慣れて、周りが見えるようになってから結衣と結婚したって感じだ」

「ふーん。じゃあ、あの黒髪の人とはもう連絡しなくなっちゃったの?」

もう連絡しなくなった、か。まぁ、現状はそんな感じではあるけどな。

「あぁ、大学在学中で疎遠になってたんだけども、この前仕事の取引先がそいつの居る会社でバッタリ再会した」

「そんな事あるんだね」

「俺も驚いた。まさか、こんなところで会うなんて思ってもみなかったからな。…ってまた俺の身の上話になってるけど良いのか?ここには就活に来てるんだろ?こんな話じゃ退屈じゃないか?」

「別に大丈夫。八幡ともっと話したいから」

「ど直球に照れること言わないでくれませんかね…」

「八幡、顔赤い」

口端を上げながら留美が顔を覗き込んでくる。紅潮が増してしまう。その時改めて留美の顔を見た。ほんの数年で彼女は本当に見違えるほどの美人になっていた。芸術とも言える均整の取れた顔つきに白い肌。艶味のかかった黒髪。どれをみても心を奪われる。

「さっき酒を一気飲みしたからな。そのせいで赤いかもな」

「ふーん。本当に?」

「・・・察してくれ」

「そっか。でも私もすごく顔赤いと思う」

「なんでだ?」

「お酒のせい」

「本当にそうか?」

「秘密」

「おい、そこは言わないのかよ…」

「八幡なら分かるでしょ?」

「買いかぶり過ぎだ。俺は人の心を読むことには鈍感だと高校の担任に注意されたことがある」

「心理を読んだ上で行動するのは得意なのに…。八幡って不器用だね」

留美は一瞬がっかりしたような表情を見せた。

「我ながら器用に不器用かもしれん。だがそれも個性だ。長所として評価してもらいたいな」

「屁理屈こねるところも長所?」

「…きつい一言を言ってとどめを刺すのが留美の長所だな」

「よく言われる」

留美は悪気もなく笑っている。そういえば昔と比べると随分と垢抜けて話すようになった。

「八幡ってさ。会社で何してるの?」

「唐突に真面目な話に戻ったな…。俺はコンサルの部署に居るぞ。やることって言ったら会議の資料作ったり、クライアントの会社に出向行ったりして業務やったり。コンサルって言っても保険会社に派遣されて保険売ったりとかもやったから業務の幅はかなり広いと思う。留美はどこに入ろうと思ってるんだ?」

「私の専攻が一応ビジネスだから会計かコンサルどっちかにしようかなって。だから応募もそんな感じにするつもり。会計なら税務にしようと思ってる」

「留美って数字強いのか?」

「苦手じゃない。八幡は数学駄目なの?」

「数式を見るのも嫌なくらいだ」

「ふふ。じゃあ学年最下位とかだった?」

「ドベではない。下から数えたほうが早いだけだ」

「本当に?」

「……下位一桁とかだった」

「それ、もう殆どビリじゃん」

「ビリじゃねーわ!ビリは一番出来ないやつの事だ」

「分かったよ。ビリ幡」

「こいつ……」

腹いせに眼の前に置いてあった鶏肉を食べた。本当は俺や留美で分けて食べる物だったが、少しだけ俺が多めに食ってやった。我ながらさもしい復讐心。

「ねぇ八幡。この後の滞在ってどんな予定なの?」

「明日は今日あった選考の会議。その後、2日3日かけてこっちにある仲介企業の担当との食事会の予定が入ってる」

「そうなんだ。空いている日とかないの?」

「食事会が基本的に夜だから厳しいかもしれん。でも逆に言えば日中とかは空いてるかもな。自由時間貰えている。もしかしたら今後また予定が変わるかもしれないけどな」

「じゃ、じゃあさ、、、空いている時間に会えない?」

「え」

留美の方からその話が出てくるとは思わなかったので正直驚いた。なんですか、八幡誤解しちゃうじゃないですか。期待はしていませんよ、うん。本当に。

「ま、まぁ大丈夫だ。…て会うにしても、留美の住んでいる場所から俺が泊まっているところの距離次第になりそうだけどな」

「うん、そうだね。八幡は今どこのホテルに泊まってるの?」

「どこって言われても俺土地勘がないからホテルの名前をマップに入れてそこの住所検索した方が早いかもしれん」

携帯を取り出して滞在先の名前を入力すると地図上に住所が表示された。その画面をそのまま留美に見せる。

留美は身体をこちらに寄せて携帯を覗き込んだ。あの、当たってる。色々なところがそりゃあもう、こう、理性に歯止めが効かないくらいに…。

こうして間近で見ると留美は本当に色気を帯びたなぁと思う。今は髪を纏めているが、下ろしたらもっと美人なんだろうなぁ。初対面で会ったとしたら間違いなくこっちが童貞丸出しの態度になる。まぁ俺童貞じゃないんですけどね。

「ここだったら車で15分位で行けるから近い」

「そうか、でもそっちはテストの予定とか大丈夫なのか?」

「今週で中間試験が終わった。だから来週は割と余裕ある」

この時期に中間試験か。どうやら、日本とテスト週間の時期が全然違うらしい。

「そうか。なら会えそうだな」

「うん」

会社の食事会で堂々と参加者の女の子と会う約束を取り付ける男、比企谷八幡。ん?よく考えてみたら、これってただの危ないやつじゃないか?眼の前で智佐吹さんが殺意の波動に目覚めてるし。芦間は呆れた目でこっち見てるし。でも俺にしか見えない角度で親指立ててる。あ、違った、中指だったわ。

「ねぇ、待ち合わせとかに困るから八幡の連絡先教えて」

留美が自身のスマホを取り出していた。彼女の歳であれば少し明るめの物かキャラクターなどのポップな見た目のケースを装着しているものだろうが、案の定留美のスマホは透明なハードカバーが取り付けられているだけでシンプルな構成となっていた。

「おぅ、それもそうだな。というか留美は普段何のツールで連絡取ってるんだ?芦間にこっちだとFacebookが多いって聞いたが」

「Facebookは学生活動や授業の時に使うだけ。普通にLINEでいい」

「そうか。ならほい。QR開いておいたからそれで登録しといてくれ」

そう言うと俺は留美に携帯を渡した。

「え」

端末を受け取った留美はどうしたら良いのかわからないといった様子だ。

しかしながら、何故携帯を渡しただけで相手はこれ以上無いほどに動揺するのだろうか。別に俺は見られたくない情報も無い。会社の情報も会社支給のパソコンと携帯電話に全て避難してあるので機密漏洩の心配も無用だ。

「八幡ってさ。プライバシーの心配とか無いの?」

「よく聞かれるが、別に無いぞ。見られて困ることも無いしな」

「ふーん。昨日八幡は奥さんらしき人と三時間も電話したんだね」

「な!?おい、見たのか!?」

「見てないよ。当てずっぽうで言っただけ。というか本当にそんなに電話してたの?」

留美は二の句が継げないといった様子だった。モヒートを飲み直して口を整えている。

「別に普通じゃないのか?俺が出張に行ったら大体結衣とはこれくらい電話するぞ。因みに、正確には昨日の電話時間は三時間四十八分十七秒だ」

「それ、もう四時間じゃん」

ただのノロケ話に付き合わされた留美が気の毒だ、と正面の智佐吹さんが大きなため息をついた。留美は「いつものことなので大丈夫です」とフォローしてくれた。

「もう、何かその彼のことなら分かってますよかんちょっと鼻についちゃうなぁ…」

「ええ。彼のことなら何年も前に理解しているつもりですから」

「くっ…!この子。手強い……」

さっきからこの二人は何を話しているのだろうか。途中から声小さくなってたから全く分からん。

その後も他愛のない話を二人で永遠としていた。そうして話すうちに自然と留美の魅力に惹かれていく自分がいた。本当に綺麗になった。留美を見てただそう思った。

 

 

「さて、今日はこれでお開きにしましょうか。芦間君、お店のスタッフさんを呼んでもらえますか?」

「承知しました〜」

芦間が手を挙げると直ぐにスタッフがこちらに気がついて駆け寄ってきた。流石にちょっとお高い店なので店員の気配りもそれなりのものだった。

「こっちの店ってメニューに書かれている金額の合計だけじゃなくてチップの代金もかかるからどうしても出費がかさむよなぁ…」

「そういえばこっちにはそういう文化があったな。それって大体どのくらい払うものなんだ?」

「大体合計金額の15~20%くらい。別に払う義務はないんだけど、サービスが良ければそのお礼として払うのが暗黙の了解みたいになってる」

芦間の代わりに留美が答えた。この人数で結構食べたからチップだけでもかなりの値段になっていそうだ。まぁ経費で落ちるだろ。島田さんがいるし。身銭を切る羽目になったとしても最年少の俺にまでその火の粉がかかることはない。タダ飯最高。これほど美味しい食事は無いZE☆

「八幡、またくだらないこと考えてたでしょ」

荷物を持って出る準備を整えていると既に支度を終えた留美がジト目でこちらを見ている。

「俺ってそんなに顔に出るの?」

「うん」

「そ、そうか…」

「まぁそれも八幡の良さだよ」

「それ褒めてるんだよな?」

「八幡の受け止め方次第かな」

留美は軽い足取りで店の外へと先に歩いていった。他の参加者たちが全員退出したことを確認してからもう一度机の周りを確認し、忘れ物がないかの確認をしてから俺達も外へと出た。

「皆さん、本日は弊社の食事会に参加いただき誠に有難うございました」

島田さんが今日参加してくれた学生たちに対して深々と頭を下げた。そのあまりの平身低頭さに主催側の俺まで圧倒されてしまい思わず自分も頭を深々と下げた。顔を上げた時に留美が少しだけ笑いをこらえていたのが目に入った。それを見て急に恥ずかしくなったきたぞ。一刻も早くこの場から離れて落ち着きたい。

「選考の結果ですが、それぞれ履歴書に掻いて下さった連絡先に後日、個別にメールを送ります。3日後には結果がわかると思いますので、各自確認をお願いします」

「別に今回が駄目だったとしてもボストンの方でまた応募することは出来るからね。こんな事を言ったらアレかも分かんないけど、それなりにボストンで初めてうちに面接に来た人よりかは人事の目は好印象に映るかもだね」

ガチャの意欲を起こさせるソシャゲの広告のような言い回しだな。まぁ俺みたいな野郎でも拾う物好きな会社だから是非とも応募して欲しい。後輩は多い方が良い。俺の仕事をやってもらって定時で帰られるようにしたい。これほんと切実。

「お前どうせワークシェアリングでもして自分の仕事減らしたる!…とか考えてんだろ?」

芦間に釘を刺された。

「え、また顔に出てたか?」

「いっぺん鏡見てこい」

「ほら、学生さんたちを見送るからシャキッとしなさい」

智佐吹さんに尻を叩かれた。ネクタイを締め直してもう一度参加者たちに向き直る。

「じゃあこんなところに居続けたら夜は危険だしおひらきにしましょ。皆ここからの帰り方は分かる?」

「UberやLyft使うので問題ないですよ。皆で乗り合いにすれば安くつきますし」

「こっちならVenmo使えば割り勘も簡単だしなぁ。てか智佐吹さん、帰り道と言えば、この子達よりも貴方のほうが」

芦間がそう付け加えた。余計なことは言わなくてもいいと智佐吹さんが目で制していた。

「べんも…?何だそれ?」

「今度教えてあげる」と留美が言う。あの、全員の前でそうやって、会いますよアピールされるとこっちも色々と恥ずかしいんですがそれは…。解散した後の同僚たちからの冷たい視線に耐えられる自信も皆無だ。

「彼らを見送ってから私達も車呼ぼっか」

「法律破りまくりの超便利サービス様万歳」

芦間が両手を上げながらわけの分からないことを言う。

「そうなのか?」

「Uberはフランスだと罰金物でUberは罰金払いながらサービスやってる。ドイツならそもそもこの手のサービスが禁止。この国内ですら州に依っては業務停止命令出されているのぜ」

「それでも皆便利だから使う。政府は消費者という巨大なグループを敵に回すことが難しいから対処に困っている。そうしている間にユーザーは増えていき、そのサービスと組織は絶対のものになっていくわけですね。シリコンバレーの企業にはよくあることです」

「なるほど」

「お、向こうさんの車は来たみたいやね」

芦間が言った方に目をやると確かに黒いバンがこちらに向かってきていた。あの大きさであれば彼らが全員乗ることが出来そうだ。

「すげぇ早いな」

「近くにいるドライバーを自動で検索してくれるからこんなもんだぞ」

「八幡」

留美が隣りにいた。

「おぅ。どした?」

「後で私の方から連絡するね。その時に予定決めよ」

「分かった。でも、この後またちょっと会社で話あるからそれ終わってからの返信になるかもしれないぞ。それでも良いか?」

「うん。今日は宿題やってるから夜遅くまで大丈夫」

「健康に悪いぞ。てかテスト終わったんじゃないのか?」

「ちゃんと寝てるよ。テストが終わったとしても宿題は毎週のように出てる。私の大学四学期制だから」

「日本の大学は大体二学期制な」と芦間が補足した。あまりよくは理解していないが俺らよりもペースが早いって認識で間違ってないだろうか。

「まぁ忙しくなると思うから今日は早めに寝てくれ。12時回ったら俺も流石に気を遣うからな」

「分かった」

「鶴見さん、そろそろ…」

学生側のまとめ役の男性が留美を呼んでいた。どうやら他の学生達は既に車に乗り込んでいるらしい。留美が最後だった。

「八幡。またね」

「おぅ。気を付けてな」

「家の前に車つけるから大丈夫だよ。でもありがとう」

留美が助手席に座ると間もなくして車が発進した。助手席の中からも彼女が手を振っているのが見えた。いかんいかん、ここで手を振ったら完全に彼女の印象が良かったとしても八百長や裏口を疑われる。

俺は車に深々とお辞儀をして彼女たちを見送った。

「比企谷、お前ってば凄い彼女に気に入られてたな」

芦間が感心したように呟く。島田さんも「比企谷君も隅に置けないですね」とそれに続いた。残り一名は他の二人とは違い鬼の形相だが。

「いろはちゃんに報告だね〜これは…」

脇腹を抓られながら身体を密着させられる。

「すみません、それだけはご容赦を」

俺これで頭下げるの何回目だっけ?

 

 

続く

 




ルミルミとの会話シーンをとりあえず区切りつくまでぶっこんでみたら久々に一万字越えました(;^ω^)
留美は雪乃とはまた違った感じで分かりやすくデレながらも八幡をいじっていくような女の子にすることで雪乃とはまた違ったキャラと会話のテンポにしました。
差別化出来てるのか自分ではちょっと正確にはわからないですが(-_-;)

不倫や浮気が今作のメインとは言えなんというか初々しい感じになりつつもある展開…。
これはこれで新たな不倫の可能性の一つとしてアリかなとは思って楽しみにして頂けると嬉しいです(*^_^*)

というか、留美編に入ってからUAは増えるわ、届く感想の数が倍以上になるわで読者の皆さんってもしかして留美好きなのか…( ゚д゚)ポカーン  と最近思ったりしてます(;・∀・)


次回の投稿も一応5日後を予定しております。
これからも本作を宜しくお願いしますm(__)m
ではまたノシ
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