今回は久しぶりの番外エピソードです。
色々なキャラの視点になります。一方その頃みたいなやつですね。
ではどうぞ。
-Side Iroha-
先輩が出張に出かけてから3日が経過した。先輩たちの班が居なくなって初めて思う彼らの存在感。オフィス全体に虚無が広がり、静かな空間を作り出しているのがカウンターにまで伝わっていた。
かくいう私もこの数日間は自己評価でも気分が沈んでいるのが明らかだった。
「はぁ…」
これで何度目の溜息になるだろう。こんなにも自分が分かりやすい人間だとは思わなかった。
「比企谷君がいなくて寂しい?」
隣りに座っている玉木さんに声をかけられる。そんなこと言わずもがなじゃないですか。この人分かってて聞いてくるからいやらしい。
「…そうです、ね。自分の先輩依存症っぷりが大学時代よりもすこぶる悪化していました。最近は週末と出向以外の日は会えていましたから」
「たしかにそうだね。いろはちゃん程じゃないけど私も比企谷君ロスが出てるかも…」
玉木さんも同じく大きな溜息をついた。最近、この人の先輩に対する好意がますます露骨になってきている気がする。
「今頃、先輩はアメリカかぁ」
「ちーちゃんに先を越されないか心配?」
「そりゃあ、そうですよ。だってあの人も先輩狙ってますよね…」
「そうだね。ちーちゃん絶対さ、出張で独り占め出来て“ざまあみろ真紀”とか言ってると思う」
「え、二人ってそんな仲なんですか?」
「別に普段は仲いいよ。男の趣味が結構被ってて取り合いになるんだけどさ。結局お互いに奥手で何の発展も無しのまま他の女に盗られて終わるのがオチだよ。でも比企谷君に対してはさ、、、私もちーちゃんも今までに無いくらい本気だから今回はどうなるかわからないかもね」
露骨に宣戦布告された。この人がここまで感情を表に出すのって珍しいなぁ。
「なんかそういう玉木さんの方が私好きです」
「え、そ、そう言ってもらえるとなんか嬉しいけど…。じゃあそれついでにちょっと話聞いてもらっても良い?」
急に子供っぽくなったなぁ。普段この人も大人の雰囲気を絶やさない努力をしているんだと感じた。
「良いですよ!同志ですからね♪どうしました?」
このいろは先生がズバッと解決しちゃいましょう☆・・・なんちゃって。
「この前比企谷君を食事に誘ったら断られちゃって…。どうやったら彼を呼べるかなって。ほら、いろはちゃんって毎回比企谷君捕まえられているから」
「…なん…ですと?」
ちょっと聞いてないんですけど!?もうこの人動いてるの!?これは私もうかうかしていられない気がする。この前の飲み会で分かったことだけど先輩ってば年上の女性にかなり弱い。しかも智佐吹さんと玉木さんとなれば籠絡させられるのは最早時間の問題ではないか。あの身体で誘惑でもされたら先輩は絶対に落ちる。ボケっとしていたら間違いなく寝取られる。いや、私の男じゃないけど。
「別に誘えているというよりはかなり強引に連行してるんですけどね…。第一、先輩の方から私のことを誘ってきてくれたことなんて付き合い長いですけど一度も無いですし」
「それだと私の性格を加味されて比企谷君に裏があると思われそうなんだよねぇ〜」
「なるほど…。というか驚きました。玉木さんも先輩狙いだなんて。世間的に見たら私達が考えていることって絶対アウトだから…」
「ん?まぁしょうがないでしょ。好きになっちゃったんだから。好きになった人に偶々奥さんが居ただけのことじゃない?」
揺さぶったつもりが何枚も上手な返しをされた。でも今の玉木さんの言葉には私も救われた。そういう言い訳で先輩を攻めるのもアリかもしれない。
私の予想が正しければ先輩の砦は順調に崩れていて、あともう一押し大きな要因があれば落とせる。そういう段階にまで来ていた。長かった先輩攻略もようやく悲願達成の目処が立ってきた。それもこれも皮肉なことに最大の好敵手の出現によってなんだけれども。
雪乃さんとの再会は先輩にとっても相当の打撃だったようだった。あの日以来、先輩の様子が見るからに浮ついているのが分かる。先輩は上手に隠しているつもりらしいけど先輩のことを好きな女性軍は全員彼の機微の変化に敏感なので全く隠し通せていない。おそらく先輩は雪乃さんと近い内に関係を持つ。そうなったら私達が一斉に誘惑して先輩を堕とせばいい。正直私が一番になりたいという欲望は未だに捨てきれないけど、ここは背に腹は代えられない。智佐吹さんや玉木さん達と協力してでも先輩を沼に引きずり込まねばこんなチャンスは二度と訪れない。
とはいえ、しばらくは先輩も雪乃さんとの関係に溺れて他の女性に目が入らなくなる時期が続くだろう。しかし、浮気が結衣さんにバレてもう絶対にしないと先輩が決心してからでは遅い。雪乃さんとの関係を持ちつつ、それが冷めて先輩が他の女性へと目が移りし始めるその瞬間に私が口説く。これが理想だ。
タイミングを見誤ってはならない。此処から先は事を慎重に進めていく段階だ。玉木さんや智佐吹さんがいつ動くのかだろう。自己評価で現状私は雪乃さんに次いで二番手の位置についているはず。この位置をキープしつつ彼女たちとも手を組んで先輩を籠絡する。
玉木さんをチラと見る。爽やかな笑顔を見せる彼女の目の奥にはどんな野望を秘めているのか私には分からない。彼女も間違いなく先輩の様子の変化には気づいている。智佐吹さんと先輩が出張から帰ってきてからが勝負だな。あの二人の関係の発展次第で玉木さんの出方が変わるはず。後手に回るのは癪だけど二人次第といったところか。
「どうしたのいろはちゃん?表情が固いよ」
「いえ、ちょっと先輩の事をまた考えちゃって」
この人には下手な隠し方は通用しない。だから敢えて隠さない。
「そっか。はぁ〜…それだけ毎日彼のことを考えてやっと二番手なのかぁ…」
「二番手じゃなくて三番手ですね…。本当割に合わないですよ、あの人」
「え、いろはちゃんよりも上が居るの!?」
「そうです〜…。玉木さん会ったことありますよ。ほら、最近良く来てた黒髪の…」
「あー、あのすっごい美人さん?やっぱり彼の昔からの知り合いとか?」
「そうですね。先輩夫婦と同じ部活の方です」
「それって、いろはちゃんにとっては最大のライバルじゃない?」
「その通りですね。ただ、現状だと私なんかは相手にならないですよ」
自分で言うのは悔しいけど、先輩は今雪乃さんのことしか目に入っていない。あれだけ何年も時間をかけて、少しは埋まったかと思っていた差。それが私の幻想だったとたった一日で思い知らされた。最近は悔しさで夜も寝付けない。
「そっか〜。それでいろはちゃんとしてはその人とはどう付き合うつもりなの?」
「どうもこうも敵に回したら絶対に駄目な人ですよ雪乃さんは。それに私、あの人には昔お世話になってるんです。そりゃあ恋敵ですけど寧ろ応援したいと思ってますよ」
「あれ、そうなの?なんだか意外だなぁ」
玉木さんは私の答えに目を丸くしていた。確かに、私の性格上相手を蹴落とすような動きを見せると思われていてもおかしくない。
「私だって敵味方の取捨選択は間違えませんよ」
笑顔でそう返した。貴方も敵ではなく味方として受け入れるという意味も込めてだ。
「そう、ありがとう。私も同じ気持ちだよ」
どうだか。私の推察が正しければこの人ほど野心を胸に秘めている人は見たことがない。自分の大望のためなら閻魔大王や邪神にだって笑顔で酌するような女性だ。
「そう邪険にしないで。私はいろはちゃんのこと友達として好きなんだから。なんだか自分を見ているようで嫌いになれないの」
「むぅ、どういう意味ですかそれ?」
「いいの、別に大したことじゃないから。いろはちゃんのことは絶対に裏切らない。だから安心して?」
いつものように煙に巻かれた。こうなるとこの人絶対に口を割らないから今は大人しく引くしかない。食い下がるだけ不毛だ。
「…分かりました。そういう事にしておきます」
「よろしい。じゃあ前金代わりに一つだけいろはちゃんに私の見解を教えてあげる」
「見解?」
何のことかさっぱり分からなかったが、彼女に耳を傾けることにした。
「多分だけどね……。比企谷君、アメリカで女の人作ると思うよ」
———C大学にて………
「今日はいつにも増して機嫌が良さそうっすね留美さん」
クロが小さな声でそう言う。彼らがいる場所が図書館の勉強スペースなので大きな声を出すことが出来ない。
「え、そう見える?」
留美はきょとんとした表情で返した。こいつ自覚無しなのかとクロが頭を抱える。
「それで、、、何かあったんすか?」
「ロスキャリに行ってきた」
「あ、うん。それは分かるんだけど…」
珍しく要領を得ない彼女の説明にこれはかなり大きな出来事が起こっているとクロは直感した。
「私が担当している企業の人事に会ってきた。そしたらそこに昔の知り合いが働いてることが分かっただけ」
「それでその人が留美さんの想い人だったということですね、把握」
「っそ、そうじゃ…!…………ない」
こうも図星だと分かりやすくて助かる。留美は元より隠し事が下手だった。
「うわぁ音量がすごく竜頭蛇尾…。というか本当に正解なんですか?冗談半分で言ったのに当たるとは思ってもみなかったわ」
「で、でもその人。もう結婚してる…」
「Oh….まさかの既婚者狙い…」
クロが分かりやすく頭を抱えた。
「なるほど。じゃあ何事もなく終わりっすか?…いや、でもそんな感じじゃなさそうだ。もしそうなら留美さんの表情は死んでるはずだし。ひょっとして連絡先の交換とか成功しました?」
クロが下品な笑みを浮かべた。
「今度二人で会う」
「展開が早いわ!」
クロが場所もわきまえず大声でツッコんだ。反り返るほどの大きなリアクションをとったために椅子から転げ落ちそうになっていた。周りからの避難の視線が彼に突き刺さり針のむしろとなっていた。
クロは周りの生徒達に謝るような仕草をしながら席を正した。
「いきなりデートとは恐れ入った。留美さん結構やる時はやるんすね」
クロが感心している。留美がここまで盲目になるとは思ってもみなかったらしい。
「で、デート…。になるのかなぁ…」
「というか留美さんの中では二人で会うってのはどういう認識になってるんですか?」
「え、久しぶりに話そうよってくらいに思ってたんだけど…」
「貴方がそんな事を言う時点でこっちは晴天の霹靂なんですがそれは…」
留美はとにかく男っ気が無い。クロが図書館に呼び出しを食らうのは勿論日本人会の会議のためでもあるが、男避けも理由の一つだった。留美が一人で居ると事ある毎に男性が話しかけてきて勉強にならなかったからだ。だからこそ留美の今回の行動そのものにクロは大きな衝撃を受けていた。
「場所とかは決めたんですか?」
「ううん、まだ。その日の夜にLINE送ったんだけどまだ返信来てない。もしかしたら仕事が忙しいのかも」
「乙女かあんた」
「クロ、それどういう意味?」
「何でもございません」
「クロぐらいだよ。私のこと女性として見てないの」
「自分は二次元命なもんで」
クロが主張をするように今自分が着ているアニメキャラが描かれたTシャツを見せた。生地には白い髪の少女がプリントされていた。
「それ、有名なの?」
「ごち◯さをご存じない!?神アニメですよ」
「アニメ見ないから」
「まぁ、そうですよね〜。自分は難民なもんで毎クールの日常系アニメのキャンプを転々としてますよ」
「クロが何言ってるのか分からない」
「いつものことじゃないですか」
「そうだね」
「納得されたらされたでなんかちょっと…、うん。まぁいいや。ってキタさんから連絡来ましたね。“ジム行く。ベンプレやるから付き合え”だと」
「いいよ、こっちは大丈夫。私もそろそろ部屋に戻るから」
「了解っす。とりあえず人事の人とも話せたのならOKです。あと一応、応援してますよ」
「…!余計なお世話」
クロは手早く荷物を纏めると寮へと駆け足で向かった。残された留美は音をたてぬよう後から静かに退出した。携帯を見ると新着メッセージが一件来ていた。留美は逸る気持ちを抑えながら徐に携帯のロックを解除した。
分かりやすいほどに留美の口端が釣り上がっているのを、後ろを振り返ったクロは見逃さなかった。
続く
なんとパートが分かれます。
次回もちょっと番外編。久しぶりに彼女が登場…?かな
此処から先は本編の若干のネタバレというか予告になります。
なので読みたくないという方はもうスルーで大丈夫ですm(__)m
雪乃編のR18シーンを2つほど書き終えました。
この時点で3万字行きました。
先が思いやられます…。