今回でアメリカ編は終わりになりますm(_ _)m
長い期間のシリーズになりましたがまた次回から日本編です!
ではよろしくおねがいします。
「…そっか。そんな事があったんだね……」
長い独白を終わり、留美は合点がいった様子だった。
俺は全てを彼女に伝えた。
結衣との馴れ初めから、一色との関係、数年ぶりに再会した雪ノ下、上司との背徳の始まり。細部にまで渡る軌跡を言葉にした。
我ながら酒も飲んでいないのにに流暢な語りだった。自分でも不思議に思う。どうして留美になら全てをさらけ出すことが出来るのだろうかと。
留美であれば受け入れてくれるかもしれないという淡い期待というよりはもっと確信めいた依存に近い。この数日間で留美の存在は自分の想像を遥かに越えて大きくなっていた。
身体に纏っていた大きな重荷を下ろしたような開放感を全身に受ける。胃の中で長いこと跳梁していた鉛を吐き出したからだろうか。身体が非常に軽い。
留美はひとしきり押し黙ると重い口をようやく開いた。
「八幡は今の奥さんの事は好きなの?」
「あぁ。勿論だ」
「そっか」
探偵が手がかりを求めるかのように一つ一つ草木をかき分けて深奥の本質に迫りくる。それは決して迫り来る恐怖ではない。何か全身をゾクゾクと良い意味でざわつかせる背徳の足音だった。
「でもその雪ノ下さんって人のことも好きなんだね」
留美は突きつけるかのように語気を強くして問いかけた。
「……あぁ」
口にしてしまった。これまでずっと明言化することを拒んでいた自分がこんなにもあっさりと認めるとは。自白剤でも打たれたのかと錯覚する程に俺は留美に対しては正直だった。
留美が手を握る。そのまま自身の方へ引き寄せると一回り以上も大きな俺の体躯を抱きとめた。
「る、留美…?」
「八幡は一色さんって人のことは好き?」
「その、嫌いじゃない…」
「智佐吹さんは?」
「とてもいい上司だと思ってる」
3秒ほどの沈黙を経て留美は次の言葉を紡ぎ出す。
「じゃあ私は?」
耳元で震えた声で囁かれた。心臓の鼓動が鼓膜を刺激した。留美の身体が強張り、固くなるのが分かる。待っているのだろう。俺の答えを。
今の自分に嘘をつけるだけの理性も自制も無い。
「……好き、だと思う」
華奢な留美の身体を抱きしめて答えた。留美の身体から力が抜けて安堵の息が漏れる。
「…………うん。ありがとう。私も八幡が好き」
合図も無く俺たちはそこで唇を重ねた。貪り食うような荒々しいものではない。お互いの愛を確かめるような柔らかく、芯に広がるような長い接吻だった。
求められたからではない。
ただ自分がしたいと思ったから。
俺は由比ヶ浜結衣を大切に思っている。今だってそうだ。
俺は更に、鶴見留美という女性を深く愛してしまっていた。
「八幡、雪ノ下さんの事が好きなんだよね」
「あぁ」
「雪ノ下さんが一番好きな人?」
「…その、だな」
「最低。私とキスしたのに」
「……すまん」
「いいよ。分かってるから、全部。だから、雪ノ下さんとしっかり仲直りしたら私のことも見て」
「卑劣漢なんてレベルじゃないな俺は」
「本当だよ。こんなにも私のこと都合のいい女みたいに扱ってさ」
留美は笑っていた。
頬に冷たい感覚が伝わった。
留美の目から滴り落ちた涙だった。
「ほんと…最低…。あんな事言って私が受け入れてくれるとか思ったの…?」
何も言い返すことが出来なかった。俺はただ、留美に甘えてしまったのだから。都合良く彼女を利用しただけの屑だ。
その時、留美がもう一度唇を重ねてきた。今度はお互いの存在を証明し、確認し合うような濃厚な口づけだった。
「くちゅ。。。。ん…。八幡……」
彼女に応えるように強く抱き寄せて唇を求めた。留美もまた背中に回した手に力を込めた。お互いが一つになるように境界線が溶け合い融和していくまで深く唇を重ねた。
何十分とキスをしただろうか。
ようやく唇を離して留美の顔を見上げた。彼女の顔はもう涙で濡れてはいなかった。
「嬉しかった。なんか、奥さんでも雪ノ下さんでも他でもない。私だけが知っている八幡の一面」
後頭部を優しく撫でられた。赤子をあやす母親の母性を感じた。
「留美に溺れそうだ」
「うん、溺れてほしい。でも、雪ノ下さんや奥さんの事、有耶無耶にしたまま私のところに来ちゃ駄目…だよ?」
「あぁ。分かってる」
「私のことフるにしても私と深い関係を結ぶとしても、そこが最初だと思う。それまでは私、待つよ」
留美はそこで俺をそっと突き放した。絶妙なタイミングで餌を取り上げられ、おあずけをくらった犬の気持ちになる。歳下の留美に完全に手玉に取られていた。
「雪ノ下さんと仲直りできるといいね」
「どうしてだ?俺がもし雪ノ下と、その。また仲良くなったら留美にとっては不都合じゃないのか?」
「それは勿論そうなんだけど、、、でももし雪ノ下さんにフラれちゃったら多分八幡はもう私のところに来ないと思う。だって私はその人の代わりになれないから」
正鵠を射るがごとく俺の心の底深くを指摘した。同時に自分と雪ノ下を重ねることは止めてほしいという警告にも思えた。
留美はベッドから降りて靴を履き直すと、玄関へと歩いていった。
「今日は帰るね。会うのはこれが今回の渡航では最後になっちゃうかな?またこの学期が終わったら一時帰国する予定だからその時にでも会おうよ」
外がもう白んでいた。もうそんなに時間が経っていたのだろうか。
「あぁ。あと、留美」
「どうしたの?」
「なんつーか。凄く気持ちが楽になった。話聴いてくれてありがとう。あと、、、ごめん」
「もっと感謝してほしい。普通そんな話聴かされたら絶縁物だよ。反省して」
「す、すいません……」
留美の言うことはあまりにもご尤もだった。自分がこんなにも無責任に引き伸ばしてはっきりとさせなかったツケを留美にも背負わせようとしているのだから愚劣の極みと称する他ない。
「ん、別にいいよ。惚れた弱みだから」
留美はそう言うとこちらに振り返ってウインクした。所々で好意を明確に示してくる。それがまた、遅効性の毒のように時間差で俺の身体に周り、心を掴んで離さなかった。
「じゃあね、八幡」
「あぁ、気をつけてな。家に着いたら連絡をくれ」
「うん」
玄関でお互いに手を振り、留美は足早にホテルを出た。一人になった部屋の中で意識が深く沈んでいくのを感じた。
抗いようのない欲望に染め上げられる。赤い血液が滾り、全身を突き動かす。財布から彼女の名刺を取り出すとじっと見つめた。
ベランダに出て夜風にあたりながら考える。
ようやく分かった。
どうして気づかなかったのだろう。
ずっと探し求めていたそれはあまりにも身近すぎた。
答えははじめからそこにあったのだ。
自分が目を逸らしていただけだった。
そうだ。
俺は…。
続く
さて、いよいよ次回…