今回も無事投稿することが出来ました。(少し遅れました、すみません)
それでは今回もルミルミとの回です。よろしくおねがいします。
5分が経過した。
留美は楽しそうにまだ俺の手を強く握ったまま走りを止めない。雑踏から既に離れ、疎らになった歩道をトレーニングでもしているのかという程に駆け抜けた。
「はい、着いた」
突然留美が足を止めた。刹那、溜まっていた疲労やら乳酸やらが一気に吹き出して俺の身体に押し寄せる。ここ数年こんなに走ったことはなかった。いい加減俺も歳なのかもしれない。
「ぜぇ…ぜぇ…。会って早々に、、、こんな過激なエクササイズを、強要されるとは、、おもわなんだ…」
「八幡はおじさんだね」
留美は余裕綽々といった様子だった。若さってすごい。小学生並みの感想しか出なかった。若さってすごいって小学生が言ったらそれはもう世も末だが。
「勉強ばっかりで体力無いのかと思ってたわ」
「一応、一時期は自転車通学とかしてたからね。空いている時間には大学のジムに行ったりしてるよ」
「ジムにも行くのか。勉強で忙しい中よく時間が作れるな」
「ふふん」
留美は褒められたのが嬉しかったのか得意満面といった様子だ。それにしても…。
「ここは…マンションか?」
眼の前にあったのは20階建て程の高層マンションだった。雪ノ下の家と似ている。
「うん、私の家、ここにあるから」
「へ?」
ハチマン、ワケガワカラナイヨ。
「なんで訳がわからないって顔してるの?」
留美がジト目で睨む。だからエスパーかよ。もう超能力者として全面的に売り出せばいいのに、、、という本当にどうでもいい冗談はどうせ彼女に軽く流されることが目に見えていたので飲み込んだ。
「前に言ったじゃん。いつか私の手料理食べさせてあげるって」
そういえばアメリカでLINEを交換して初めて連絡を取り合った時にそんな話になったような気がする。彼女はそんなことまで律儀に覚えていたのか。
「あぁ、覚えてるぞ。アメリカでLINEやってた時にそんな話になったけか。それで今日、昼は食べずに来いってことだったのか」
前日に留美に連絡した時に、昼食は取らずに着てほしい旨を伝えられていた。どうやら留美が手料理を振るうらしい。
「ふふふ。そうだよ」
留美はとても嬉しそうだった。結衣との会話でこうしてその話題がいつ出ていたかを記憶して相手に教えることは女性にとって非常に効果的であることを心得ていた。
「そうか、今日は留美にプランを一任するという話になっていたからどうなるかと思っていたが、まさかこういう展開になるとは意外だった」
「そっか。なら驚かせることが出来て良かった」
「あぁ、いきなり家に招待される方がもっと驚きだけどな」
「え、そうなの?」
彼女は目を丸くした。
「まぁな。あんまり女性の家に赴くことがないし」
「今の奥さんの家とかは?」
「まぁ流石に何回かはあるぞ。結婚前の挨拶以外にもな」
あの時の緊張ときたら、今でも冷や汗をかく程だ。お義父さんよりもお義母さんの方が地雷だったが。本気か冗談か距離感が異常に近かったせいか、結衣からの嫉妬を何とかするのに苦労した。
「じゃあ雪ノ下さんは?」
「ぶっ!」
思わず吹き出してしまった。なんて爆弾をいきなり投下するんだ。
「…行ったことあるんだね」
「高校の時にだけどな」
「この期に及んで嘘をつかれるのは流石にちょっと傷つくよ?」
留美がしょんぼりとしていた。
「すまん、帰国した時に雪ノ下の家には行った」
「え、まさか日本に帰って早々に会ったの!?」
留美は仰天していた。そこまで度肝を抜くようなことだっただろうか。
「八幡って結構大胆だね…」
「初めて留美に感心された気がする」
「私はいつも八幡のことは凄いと思ってるけど」
「なら態度でもっと表してほしいな」
「例えばこんな感じ?」
そう言うと留美は腕を絡めた。
「ちょ!?おま」
今俺達がいるところはマンションの入り口だ。人の往来がいつあるか分からないような場所で留美がまた大胆な行動に出た。
「こ、これのどこが敬意になるんだ」
「ふふ。からかっただけ」
留美はさっと離れた。アメリカでの一件から久しぶりの再会というものの、何歳も歳下の留美に翻弄されっぱなしだ。よく見るとエントランスの上に監視カメラがある。このやり取りを画面越しにマンションの管理人に見られているかもしれないと想像してしまうと実際に人に目の前で見られるよりも身の毛がよだつ。カメラの向こう側にいるであろう管理人に名状しがたい恐怖を覚えた。
「入ろうか」
留美が何かを察したかのようにオートロックを解除した。彼女の後を逃げるようにして続いた。エレベーターは1階にあったのですぐ乗ることが出来た。しかし、またカメラの眼が俺たちをじっと見つめていた。
今日ほど監視社会を真面目に考えた日はないな。そんな下らないことを考えていた。留美がこちらを怪訝な表情で見つめているのにも気づかずに俺はただ、エレベーターが目的地に到着するのを静かに待った。
留美の家に到着した。家の前には「鶴見」という無機質な看板。鶴見家の敷地と通路とを隔てるフェンスのような敷居。玄関先に折りたたみ傘が干してあることで生活感を漂わせていた。
「どうかしたの、八幡?」
留美が心配そうにこちらを見ている。
「いや、別になんでもない。それにしてもいきなり社会人の男を家に呼んでも良いものなのか?」
「大丈夫だよ。今日家に両親居ないし」
「ゑ?」
それはつまり、留美の家で二人きりということ?色々と大丈夫なのだろうか。主に俺の理性が。この数ヶ月で比企谷八幡の理智というものは非常に脆弱なものになっている。理性の化物という肩書は今やへそが茶を沸かす代物だ。
「そうか。ご両親は、その、気にかけたりしていないか?」
「別に大丈夫だよ。寧ろ、応援してくれてる」
「わが耳を疑う発言なんだが」
「まぁ既婚者ってところはまだ言ってないんだけどね」
冷や汗が滴り落ちた。留美が直ぐに訂正したおかげで変な誤解を持たずに済んだ。「肝をつぶしたわ」
「そう?私はすぐに分かる冗談かなって思ったけど」
「向こうでブラックジョークも学んだのか?」
「別に。あっちのジョークって私笑えないんだよね。でも、皮肉なら八幡から学んだよ」
「それは良い講師を持った。上出来だ」
「慧眼でしょ?」
くりくりとした眼を指さしながら留美は無邪気に笑う。
それにYESと答えると自分で自分を貶めることになるあたり、留美は中々に悪女何じゃないかと思う。
「じゃ、入ろっか」
留美がポケットから鍵を取り出した。流れるように中へと導かれていく。
「お、お邪魔します…」
「うん、いらっしゃい」
整然とした廊下の先に生活感がありながらも非常に清潔感のあるリビングが広がっていた。正面には大きなダイニングテーブル。左手に大きなキッチンがあり、1世帯が使うに十分な冷蔵庫が鎮座していた。右手には大きな黒のソファがあり、52インチほどのテレビが対面に置かれてある。テレビの周りに何も置いていないところに鶴見家から留美のような女性が育つ根底をなんとなく見た気がした。勿論良い意味でだ。
「もうお腹空いた?」
「まぁな。朝飯もそこそこに今日は来たからな」
「そっか。なら、今から作っちゃうね」
「何か手伝うことあるか?」
「ううん。大丈夫。私が作るところを見ていてくれていれば十分だよ」
留美は長い髪を短くまとめ上げる。エプロンを付けた彼女は新妻そのものだった。
「どう?」
留美はわざとらしく一回転してみせた。出来たてのポニーテールが可愛らしくはねているのに目を奪われた。
「どうって言われてもなぁ。滅茶苦茶似合ってる」
「八幡のくせにボキャブラリーが貧しい」
「買いかぶりだ。それに男が饒舌だったり、難しい言葉を使っている時は信用しちゃいけない時だ」
「なら八幡を信用できる時間帯って殆どないじゃん」
「俺は饒舌な方じゃないだろ」
「でもよくわからない言葉を発してる時多いよ。私は結構流してるけど」
「流してるのかよ。さらっと酷いこと言うのなお前」
「”お前”じゃない。”留美”」
留美はむすっとした顔をしながら熟練の主婦も舌を巻くような手際の良さで野菜を切り分け始めた。
「本当に手慣れているんだな」
「もしかして疑ってたの?」
「別に留美が嘘を言うような人間じゃないとは分かっているつもりだが、正直想像がつかなかったから新鮮な驚きを噛み締めている」
「そんなにまじまじと見つめられると緊張して指を切っちゃいそうになるから」
留美は頬を赤らめながら大根の桂剥きを丁寧に行っている。向かれた皮はとても薄く大根も円形を失っていない。見事な手さばきだ。
「何を作ろうとしてるんだ?」
「味噌汁だよ。もう出しはいりことカツオで取ってある」
「早いな」
「結構時間かかるんだよ。沸騰しないように気を遣いながらやらないといけないし」
留美はボウルに入った味噌汁の出汁を持ち上げて俺に見せた。
「本格的だな」
「お客さんに手料理振る舞うんだからこのくらいは当然」
「味噌汁以外には何か作ってくれるのか?」
「煮物は朝から仕込んであるよ。筑前煮なんだけど好き?」
「あぁ、好きだぞ。出汁って基本好きだし、甘い煮物は嫌いじゃない」
「そういえば八幡って甘党だったからかぼちゃの煮物でも作ってあげたほうが良かったかな。でも栄養価が偏るからそれはまた今度だね」
当たり前のように次回の約束を取り付け始める留美に困惑しながらも俺は彼女の料理の様子をじっと観察していた。
まるで注文の多い料理店の厨房に立つシェフのように行動に一切の無駄がない。たちまち風味のある和の香りがリビングまで伸びてきた。
「いい匂いだ」
「良かった。後は普通に納豆とかもずくが冷蔵庫に入ってるからそれ食べよう」
「わかった。なら納豆とか混ぜとくか?」
「うん、今のうちに混ぜておいて。納豆って冷蔵庫から取り出して混ぜてから20〜30分位常温に晒した方が美味しくなるから」
「そうなのか?なら今のうちから混ぜておく」
「はい、割り箸。一応、底の深い紙皿も買ってきてあるからそれも使って。左の棚に入ってると思うから」
「わかった。用意しておく」
留美に言われるがままに直ちに行動に移した。眼の前で繰り広げられる料理の鉄人が如きキッチンでの彼女の姿に感化されて、普段のんびりとしている俺までも作業の効率化を仕事の時ばりに意識してしまった。
「はいお待ちどうさま」
留美の並べた食材は紛れもなく日本の家庭の食卓と言って差し支えない。そして見栄えもよく栄養バランスも非常に考えられている献立に仕上がっていた。
「美味そうだ」
「口にあうと良いんだけど…」
「いや、食べなくても分かる。調味料とか結構こだわってたろ」
「なんで分かるの?」
「食器を用意したりしてる時にキッチンの調味料の棚が目に入ったからな。塩や醤油が市販のものではなくてきちんと選んでいるものだったからこの家が料理好きでこだわりのある家庭だってことはすぐわかった」
完全に母親の受け売りだが、調味料の置き方で料理の腕前がある程度分かるらしい。俺はそんな能力は無かったが、先程指摘できた理由は留美の家のコンロ周りの調理器具や調味料の配置が雪ノ下の家のそれと似ていたからだった。
「この塩とかは私のお母さんが買ったものなんだけど凄く美味しいんだよね。だからアメリカで自炊していた時とかはお母さんに宅配で送ってもらってた」
「調味料はアメリカじゃ中々揃わないわな」
「うん、こっち出汁って文化殆ど無いし…。焼いたり煮たりして、ソースや缶で味付けってのが多いかも」
「それは日本人からしたらちょっと味気ないかもな」
「味は濃すぎて困りものなんだけどね」
お盆に乗せて持ってきたご飯を彼女から受け取った。粒が立っており、俺好みのちょっと硬めのご飯だ。崎○軒のシュウマイ弁当のご飯が結構好きだったりすると言って分かる人が居たらその人とは仲良くなれるかもしれない。
それにしても美味そうな食事だ。こういう物を食べた後はマッカンが飲みたくなる。持参しておけばよかったとちょっと後悔した。
「…また、自分の世界に入り込んでるよ、八幡」
気がつけば留美が非難の目でこちらをじっと睨んでいた。
「あぁ、悪い。また一人の世界に入ってしまった」
「もぅ。眼の前に女の子がいるんだからちゃんと見てほしいな」
留美は女の子らしい一面を見せてきた。とはいえなんというか俺に見てほしいのに嫉妬の対象が俺というのはなんとも奇妙な物で、矛先の無い妬みを抱えている彼女がもやもやしているのは違いない。橋の先をうろうろと空を掴むように彷徨させているのが
「安心しろ、別に留美を見ていないなんてことはない」
「私のことを見ているって言わないところが八幡らしいね」
「恥ずかしくて言えん」
「それ、言ってるのと同じでしょ」
「言ってないから良いんだよ。言わないほうが伝わる場合だってある」
「ちゃんと正直に言って欲しい場合だってあるんだよ?」
「そんなこと言ったってなぁ…。いきなりさっき俺が“可愛いぞ留美”みたいなこと言ったら嘘くさくてしょうがないだろ?」
「それもそうだねって理解は出来るけど納得はしないかも」
咎めるように言う留美の顔は言葉に反してどこか楽しそうだった。
「じゃあ食べようか」
「あぁ、そうだな」
留美の作ってくれた食事は格別に美味かった。その旨を正直に彼女に伝えるとそれはもう美しく微笑んでいた。俺は彼女に心を奪われていた。雪乃や結衣とは違う温かさを持った魅力的な女性がそこにはいた。
続く
留美とは毎回日常感が出るように心がけておりますが、それがきちんと表現できていればいいなと思います。
次会の投稿も一週間前後でとりあえずよろしくお願いいたしますm(__)m
それでは今回も読んでくださってありがとうございました!