今回もよろしくお願いします。
では第4話・・・ではなく3.5話です(;^ω^)
〜 Side Iroha 〜
―――先輩との昼食を終えて、私は持ち場に戻ってきていた。会社入り口のカウンター前でポツンと座っており、隣ではOL仲間の玉木さんが首を回しながら、リラックスしている。
「いろはちゃん、今日も比企谷くんと食べてきたの?」
ふと気がつくと、玉木さんがペットボトルのキャップをくるくると回しながらこちらを見ている。彼女が毎日飲んでいるレモン炭酸水だ。プシューという炭酸の抜ける独特の音と共に柑橘系の爽やかな香りが鼻孔をくすぐった。
「はい♫ 今日も先輩を思いっきりからかってきました!」
猫をかぶることなくあっけらかんと答えた。
「そう」
にっこりと微笑んで短く返事を返すと炭酸水をごくごくと飲み始めた。
私の目から見ても玉木さんはあの人たちに引けをとらないほど超美人だ。ありていに言うと、水を飲む今の姿が広告にそのまま使えるくらいに。
普通であれば私ですら、嫉妬してしまいそうな容姿だけど、玉木さんは私にとって素顔で接することの出来る数少ないOL仲間だった。美人すぎるが故に意地の悪さが全くない・・・というより直球すぎる人だから逆に清々しさすらおぼえる。
「比企谷君、凄く動揺していたんじゃない?」
炭酸水を飲み終えた玉木さんが探りを入れるように聞いてきた。
「全然です。そろそろアプローチの仕方変えた方が良いのかなぁって思うんですけど…」
「うーん、どうだろう?でも彼、遠回しに言うと絶対、解釈をわざと間違えて逃げ道に入るわよ」
その通りだ。だから婉曲的に言うのは全く効果がない。
「玉木さん人のこと、よく見てますよね」
「そう?見たい人のことを見ているだけだよ。未だに私に毎朝、挨拶してくる背の高い社員さんの名前知らなかったり、昨日食事に誘ってきた男性社員さんの顔も思い出せないし…」
OL失格ね、と、ぼやきながら玉木さんは肩をほぐしている。大きな胸のせいで肩がこるのだろう。結衣さんといい勝負が出来そう。うらやまs・・・大きくて大変そうだ。
実のところ、ゴシップ好きなOL仲間の子達よりも玉木さんの方が情報を持っていることが多い。
控室でよく噂話が大好きな女の子達が他の部署の社員の恋愛ネタなどで盛り上がっているのをよく見るけど、聴く話聴く話全てが一ヶ月以上も前に玉木さんから教えてもらった話だった。本当に何なんだこの人。
私は心の中で玉木さんの事を畏敬の念を込め、歩く文春砲と名付けた。
そんなこと言っておきながらも週間玉木の購読者なのだから偉そうな事は言えないんだけども…。
時計を見ると、針は1時25分を指していた。まもなく先輩の担当企業がやってくる時刻になろうとしている。私が別に取り合うわけでもないのに、どうしてか胸騒ぎが止まらない。
「大丈夫?いろはちゃん。また比企谷くんの事考えてたでしょ?」
「え?どうして分かったんですか?」
「いろはちゃん、直ぐ顔に出るから」
仲の良い人にはいつも言われる言葉だ。自分では上手く隠しているつもりなのに。
「先輩よりは顔に出てないとは思います」
ちょっとムッとして語気が強くなってしまう。
「また比企谷くんの話。本当に好きなのね、彼のことが」
くすくすと玉木さんに笑われてしまった。ダメだ、お手玉されている…。
何と言われようと、自分で制御が効かないのだからしょうがない。って思ったんだけど、この人も先輩の話になるとそれまでと明らかに雰囲気が違う気がする…。
「もしかして玉木さん、先輩のこと狙ってますか?」
想定外の質問だったのか、玉木さんは泡を食ったような顔になった。
一矢報居ることが出来たような気持ちになり、少しだけ気持ちが晴れた。流石に、我ながら自分の器の小ささに呆れるけども…。 もうこの歳になると、そういう自分も良さとして捉えるようにしていた。
さて、玉木さんの反応はというと・・・、
「ん?まぁ、気にはなっているかな?でも、彼、奥さん居るのよね。どうやって誰にもバレずに落とすか…」
顎に手をあて小さく溜息をもらす。やっぱりこの人先輩の事好きだよなぁ…。
私が言えたことでもないけれど、玉木さんもかなり露骨に人によって態度を変える人だ。その中でも先輩に対しては特に甘い声を出している。
それなのに同性からもほとんど嫌われていないのがこの人のすごいところだと思う。
奥歯を噛み締めたくなるのを必死にこらえた。
オフィスの電話がなっている。内線でビルの一階からだ。
おそらく件の客が来たという連絡。
「お電話ありがとうございます。ーーーーーーでございます。」
玉木さんが受話器を取った。もう少し、遅かったら私が思わず取るところだったので助かった。
私は受験の合格発表をまっているかのような緊張の面持ちで電話の内容に耳を傾けた。
ここからだとよく聴こえないなぁ、、、、。
「はい、承知いたしました」
間もなくして、玉木さんは機械的な返事と共に内線を切った。その後、盗み聞きは駄目よと目で注意される。
「お客さん、もう着いたみたい」
玉木さんが私の心情を察したのか、状況を説明してくれた。なんでだろう、別に私が応対するわけでもないのになぜかホッとしている。
平和な時間も束の間、階数表示器が1を示すと私の心臓の鼓動がいやに早くなっていくのを感じた。
頭の中で先方の客が乗り込む姿を想像する。
37階のボタンを押して、扉を締める。
静かにエレベーターは動き出し、上昇を始める。。。
相手は男だろうか、女だろうか。女性なら一応用心しないと…。
女性だったら・・・・・?
・・・・・・・・・・・嫌だ。
・・・・凄く嫌だ。
絶対に嫌だ。
先輩の周りにこれ以上女性が増えるのは嫌だ。
結衣先輩とのことを認めるだけでもどれだけ辛かったか。
毎晩泣いた。
毎晩後悔した。
それなのに私は先輩の後ろをついていくことをやめなかった。
先輩が私の中からいなくなることが耐えられなかった。もし、進路を変えてしまったら自分が自分でなくなってしまうような喪失感に私は耐えられない。
だから大学も同じ場所にした。
サークルも。授業も。
他の男に言い寄られたことは何度もあった。同じサークルや授業を受けていた人だと自己紹介をされて食事や飲み会にいつも誘われた。そんな下らない、あまりにも単調すぎる勧誘に辟易した。
その時には既に先輩以外の男性が目に入らなくなっていたのかもしれない。
しばらくすると私は取り合うのもやめてそんな男たちを無視するようになっていた。
中学高校の私にしてみれば考えられない行為だったが、違和感もなく新しい自分を受け入れられた。女性の友人はもとよりいなかったが、男達の勧誘も綺麗サッパリ無くなって清々した。
そうして自分の周りに存在する人間関係のあまりの薄っぺらさが浮き彫りになっていった。
自分にとって大切な人間関係だけに集中しよう。
そう思えるようになることが出来た。そうなった時、少しだけあの人達に近づけたような気がして嬉しかったのを今でも覚えている。
それから休みの日になると毎週のように先輩を誘って遊びに出かけた。本当は先輩は結衣先輩と遊びたかったはずなのに私が声をかけると必ず相手をしてくれた。
結衣先輩は私に何一つ文句を言うこともなく許してくれた。
私は二人の厚意にとことん甘えることにした。
あの場所で一緒に過ごした三人以外は私にとってはどうでも良い存在だ。
大学で築いた新たなコネクションは一つも無い。
私が先輩以外の大学の人間のことを誰一人として覚えていなかった事に気づいたのは卒業式の時だった。
先輩がいなくなった最後の一年。私は殆どの単位を既に取り終えていた。
最低出席日数だけを淡々とこなし、まっすぐ家へ帰る。
今思い返せば抜け殻のような生活と言ってもいい。
先輩が入った会社に受かるための企業研究やインターンの獲得。それだけに奔走した。
一年後私はついに入社し、先輩に追いついた。
先輩は卒業した時から変わっていなかった。
再会して、私の止まっていた時間がまた動き出した。
心躍るような社会生活が待っている・・・・・・はずだった。
先輩とご飯に行って、一緒に帰って、たまに一緒にお酒も飲んで…。
でも、思い描いていたはずの未来はそこにはなかった。
現実は昼食を共にするだけの関係だ。
それ以外に何の接点もない。
私が会いに行くことをやめてしまえば明日にでもなくなってしまうようなちっぽけな繋がりだった。
一年という空白が私と先輩の本当の距離をはっきりと映し出していた。
蜃気楼が晴れるように、私の幻想を粉々に打ち砕く。
そうだ・・・・。
隣りにいるのは私じゃない・・・・。結衣さんじゃないか。
先輩に会う度に、笑顔を見せる度に胸が締め付けられていく。
それでも先輩にすがるしか私には道がない。
先輩と居るということは私にとって、毒を緩やかに摂取していく事に等しかった。
毎日のように後悔を積み重ねていく。
もっと早く出会えていれば。もっと早くあの場所にいることが出来たら。
断ち切ったはずの思いが募るばかりだった。
………私は何を言っているんだろう。
断ち切ったのなら先輩のことをストーカーみたいに追いかけるはずがないじゃないか。
止まっていた時間が動いた・・・?
いや違う、逆だ。
私は進むことを、変わることを拒んだんだ。
結局あの時から私は私のままなんだ。
脆くて儚い・・・・偽物にすがる醜い女だ。
本物が欲しくなって先輩のことを好きになって・・・なのに。
いつから私の中の先輩は偽物になったのだろうか。。。。。
1…2…3…4…。
心の中で自然とエレベーターを追った。
心臓の音がやけにうるさい。
数字が増える度に鼓動が大きくなっていくのが分かった。
頬に伝わる冷や汗を拭うこともなく私は昇降口を凝視していた。
異様な雰囲気を感じ取ったのか、私の緊張が隣の玉木さんにまで伝わっている。手持ち無沙汰になって、玉木さんはまたレモン炭酸水を口につけた。
炭酸の噴き出る音が全く耳に入らなかった。
ベルの音が聞こえた。
到着の合図だ。机の下で握る拳に力が入る。
玉木さんに軽く肩を小突かれた。私を諌めるかのようだった。
当然か、オフィスレディは会社の看板。先方にとっては最も始めに会う会社の人物。実際に業務上の会話をかわすわけではないとはいえ、第一印象は私たちにかかっている。
こちらが警戒心を見せてはならない。
大きく一つ息を吐いて改めて正面に向き直った。
扉が開かれる。ただ一階から客を運んできただけの機体から冷たく、重苦しい空気が解き放たれた。
エレベーターの中から現れたのは二人だった。
一人は40代くらいの男性。グレーのビジネススーツに黒縁眼鏡をかけている。会社の社長だろうか。柔らかな物腰で悠然とこちらに向かってくる。
そして後方から現れたもう一人の女性の姿が目に入った刹那、私は背筋が一気に凍りつくのを感じた。
私はその人とは面と向かってきちんと話したことは殆ど記憶にない。
だがあまりにも似付かわしいその容姿、女優と言っても差し支えない美貌、腹の底に潜ませた邪悪。
初めて会った時から好きになれなかった人。
私の心臓は先程までとは違った意味で激しく警鐘を打ち鳴らしていた。
相手が相手だった。
心中は全く穏やかではないが、相手に動揺を見せてはならない。
それでも私は隣りにいる玉木さんに気配をさとられないように尽くすことで精一杯だった。
件の人物は怪訝な顔でこちらを見ている。
「あれ?もしかして…」
気づかれたか。
顔を見つめられたくなくて、深くお辞儀をした。
「こんにちは。ようこそお越しくださいました」
努めて冷静に言葉を返した。
「こんにちは。久しぶりだね、いろはちゃん」
その女性は、際限なく完璧に近い営業スマイルで答えた。
これは果たして、同族嫌悪からくる不快感なのか。
せっかく手に入れた偽りの平穏を脅かす外敵の襲来からくる戦慄か。
そんなことはどちらでも良かった。
邪魔な女が現れた。
眼の前に居るのは私と先輩の花園を汚す害悪だ。
その情報だけで充分ではないか。
不思議と心が冷たくなっていく。心が深く、闇の中に沈んでいくようだった。
お陰で私は動揺することなく、あるがままに目の前の事象をすんなりと受け入れることが出来た。
「ご無沙汰しています。EIGHT KNOWSから参りました。雪ノ下陽乃と申します」
雪ノ下先輩のお姉さんは深々とお辞儀をした。本当に顔だけは雪ノ下先輩と瓜二つの佳人だ。
その顔色を伺うことは出来なかったが、胸の内を探るのは容易いことだった。
だったらこちらも大きく出てやろう。
「ええ。お久しぶりです。雪ノ下さん」
一色いろは史上最高の笑顔で答えてやった。今この時だけは主演女優賞を総ナメに出来るに違いない。
闘志の炎なんていう生易しいものではない。
冷たくて、どす黒い業火が焚き木のように静かに燃え続ける。
ただ、今は形の見えない実体を持った憎悪がうねりを上げて全身に回っていく感覚に身を任せようと思う。
偽物を守るために…。
偽物を守る・・・?
いや、違う。
どうして気づかなかったのだろう。
偽物を本物にすればいいじゃないか。
今度は本心から、笑みがこぼれ出た。
続く
いろはす視点で書いてみました。
う~ん。この話は本編にはそこまで重要ということでもないのですが、推敲が今後最も多くなりそうなパートだと思います。
近々また編集してしっかりと補完しよう・・・。
次回はまた八幡視点に戻ります。ゆきのんはまだ出ないです!あと少し( ゚д゚)
今回もありがとうございました!
それでは、また次話にてm(__)m