―――いつからだろう。彼の心が自分から離れてしまったのではないかと感じるようになったのは。
仕事から帰ればストレスに苛まれたであろう表情を微塵も見せずにあたしの愛を漏らさず受け止めてくれる。
見るも無残で口にするのも躊躇われるような酷い出来栄えの料理でも彼は喜んで平らげてくれた。
休みの日は必ずあたしの為に全ての時間を割いてくれた。
記念日を忘れたことはなく必ずプレゼントやサプライズを用意してくれた。
そんな夫が自慢だった。
女性人気の高かった彼の心を射止めたことがあたしの誇りだった。
でもある時にあたしは疑問を抱いてしまった。
それが偽りのものではないのかと。
どうしてだろう?
あたしへの愛が薄れてしまったから?
違う。あたしのことは多分愛してくれている。
彼が注げるだけの愛は全てあたしに注いでくれている。
注げるだけ。
そう。
“あたしに対して注げるだけ”の愛。
彼の持つ愛の絶対量を100としてあたしに注げる愛は一体いくつなのだろう。
あたしにはその数値が分からない。
でも100じゃないんじゃないかな。もしかしたらほんの少しなのかもしれない。あたしが思っているよりもずっと少ない愛をあたしはありったけと勘違いしたのかもしれない。
あたしのいちばん大切な人は、今も会えない誰かに対してずっと捧げているんじゃないか、そんな恐怖と諦めが何度も頭をよぎった。最近の出来事じゃない。彼と一緒になってからずっとだ。大学のときだって、結婚する前だって、何度も自問した。そして答えを出すのが怖くなって目をそらした。
今も彼は彼女を想っているのだろう。だとしたらひどい裏切りだ。
でもそれは彼のせいじゃない。
彼女から彼を奪ったあたしのせいだ。
全てを欲しがったあたしのせいだ。
あたしには彼を許す権利も筋合いも無い。
逆だ。
あたしが二人に許されなればならないのだから…………。
・・・・・。
5月14日。
彼から残業するという連絡が来た。最近は忙しいみたい。毎日のように抜け殻になった彼をベッドの上で迎える。時には彼はそのまま泥のように眠るし、時にはあたしを何かのはけ口に使うかのように熱くあたしを抱いて精を放った。それでも彼があたしのことを思ってくれていると分かってとても嬉しいし、あたしもまだまだ女性として見られているんだという安心感もあった。
彼が仕事から戻ってきたのは夜の10時頃だった。残業にしてはそれなりに早い帰宅だった。
今日は彼にエプロンを着せてみた。裸になった彼にあたしがつけていたエプロンをかけるのは今までにない興奮があった。彼もまさか自分がされるとは思っていなかったみたいで、今までに見たこともない可愛い顔をしていた。
その後のセックスは粘着質な愛撫をされた。さっきのお返しなのかなと思った。
丁寧に執拗にあたしの身体をほぐしてから挿入されたから沢山声が出ちゃったなぁ。あと、今日は中に出してもらった。今までは安全な日にしたり、ゴムをつけていたりしていたんだけど今日はちょっと危ない日だった。だけど思いっきり出してもらった。そろそろいいよね?
でもこの幸せはいつまで続くのだろう。
隣で眠る彼を見ながらあたしはそんなことを考えてしまった。
7月2日。
昨日彼があたしのことを抱いてくれた。
いつものように激しいセックスだったけど、どこか行為に集中出来ていないように見えた。
勿論、あたしの中で気持ちよくなってくれているのは伝わってきた。ビクビクしてて何回も濃い精子を出していた。温かくてあたしを安心させてくれる。
でもなんだろう。
いつもよりも前後の運動に力がこもっている。
あたしを抱きしめる力がちょっと強い。
何か辛いことでもあったのかな?
仕事のことは極力聞かないようにしている。彼が仕事の話を切り出さない限りは出来る限り家の雰囲気は仕事とは切り離してあげるのが妻の役目だと思っているから。
それでも気になってしまう。
でも聞いてしまえば何かこれまでにあたしたちが積み上げてきたものが崩れてしまうのではないだろうか。
そんな恐怖が急に襲ってきた。
何を今更あたしは迷っているのだろう。
そんな覚悟はとっくの昔に済ませたはずなのに…。
まだ……
まだ早い。
………………。
「ねぇヒッキー……。ゆきのんは元気?」
呪詛のように聴こえた。生気を失った表情で彼女の顔を見た。
彼女は今どういう気持ちなのだろうか。どんな感情で俺を見下ろしているのだろうか。
彼女は笑っている。
どうして笑みが溢れているのだろうか。俺もそれにつられて口角が吊り上がる。いや、少しでも取り繕うような表情をしなければ耐えられない。
「結衣…俺は」
「うん、大丈夫だよ」
何が大丈夫なのだろうか。妻の頭の中でどんな処理が行われているのか。それをうかがい知ることは出来そうにもなかった。
「い、つからだ……?いつから知っていたんだ?」
俺の口から漏れ出たのはそんな言葉だった。今更そんなことを聞いてどうするというのだろうか。それでもなにか取り繕うようなことを口にしなければ自分の精神がどうにかなってしまいそうだった。
「うーん……その質問にはまだ答えられないかなぁ」
予想外の回答だった。勿論、結衣が回答してくれたことに対しても驚きだったが、それよりも俺の質問に答えることが出来ないという曖昧な表現が引っかかった。
「でもヒッキーは今はそんなことを考えている余裕があるのかなぁ?」
「ぐ……」
確かにその通りだ。今更そんなことを聞いても後の祭りだ。
「すまなかった…」
「謝るんなら最初からするべきじゃないと思うんだけど?」
「返す言葉もない……」
結衣は表情一つ崩さない。感情が何一つ読み取れないことが恐怖でしかなかった。
「ゆきのんとたくさんエッチしたの?」
「……あぁ」
「気持ちよかった?」
「……あぁ」
「そっかぁ~……ふーん……」
結衣が愚息に触れる。否応なく固くなってしまう甲斐性のなさを呪う。
「ねぇ、出したい?」
結衣が上下に優しく動かし始める。誰よりも俺のツボを心得ている女性の手淫だ。感じないわけがない。すぐにでも果ててしまいそうだ。
「もう登ってきてる……」
耳元に熱い吐息がかかる。爆発寸前の肉棒を弄ぶかのように刺激を弱めたり強くしたりして、結衣は俺の苦悶の表情を楽しんでいるかのようだ。
「でも駄目」
絶頂間際で結衣の手が離れてしまった。結衣は蠱惑的な顔でこちらを見下ろしながら我慢汁にまみれた右手を俺に見せつけるようにしてねっとりとなめ上げた。
「今日はお仕置きの日だからね~」
デコピンでピンと先を弾かれる。鋭い痛みが走った。
「覚悟はしていたつもりなのに…いざとなるとどうしようもなく怖いな」
「え、もしかしてヒッキーすごい勘違いしてない?」
結衣がきょとんとした顔で俺を見た。
「あたしさ、別にヒッキーのことを社会的に終わらせようとか全く考えていないからね」
そういうと結衣は言い切ると大きくなった砲身をぱっくりと咥え込んだ。
「ぐ……ぁう」
「んむ……ちゅ……ゆきのんのフェラは上手だった?」
尋問するかのように詰め寄ってくる。やはり結衣のフェラは誰よりも気持ちが良い。
「いや…結衣のが一番良い…」
「あ、ゆきのんにフェラされたこと認めるんだね?はむ……」
「ぐ……いや、ま…!あぐ!!」
「もう‥‥妬いちゃうなぁ……んちゅ。じゅる。ん……。あたしだけが咥えていると思ってたのに……」
「待っ!結衣……!」
「ふふふ、いひそうれしょ?らひたいの??」
「もう出そうだ……」
「えへへ…だめだよ」
結衣は直ぐに口を離した。彼女の唾液に浸された肉棒がてらてらと怪しげな光を放ちつつ冷たくなった室内の空気に晒される。ひんやりとした感覚に固くなった息子や袋が萎縮していきそうだった。が、それを許さないと言わんばかりに妻が執拗に刺激を続ける。硬直を失いかけると手で扱き上げて取り戻させる。それ以上のことはしない。そんなやり取りを永遠と続けられた。
幾度となく精液が盛り上がっては在るべきところに帰っていく。ストローで飲み物を吸っては飲まずにカップに戻す。子供の頃にやった遊びを結衣は俺の男根で飽きもせずただ黙って繰り返していた。
「ゆきのん以外の女の人とはしたの?」
「そ…それは、ない」
「そっか………」
結衣は手を上下に動かしながら考え込むようにもう片方の手を顎に添えた。
「あたしさ、あの日以来ゆきのんに会ってないんだよね」
「俺もそうだった……」
「すっごい美人になってるでしょ?」
「そうだな………」
「だろうなぁ。ヒッキー性欲のお化けだから我慢できないよね~」
「い“………!」
結衣に玉袋をぎゅっと握られた。淡い快感をしばらく与え続けられてからの鈍痛は男なら悲鳴を上げて仕方がない。
「浮気……したんだね」
ひとしきり俺で遊んだ後、彼女が確かめるかのようにこちらを見た。その顔は何の感情も見て取れることは無い。ただ、無関心に事実を確認するかのように用意された顔だった。
「………あぁ」
答えだけを返す。何を言っても言い訳にしかならない。理由や後悔を今の彼女に伝えたところで何も変わらないとさえ思えてしまうほどに彼女の目は虚ろに見えた。
「そっか~~。やっぱそうなるよね~」
彼女は底抜けに明るい声で屈託のない笑顔をあらわにした。
かたや俺はというと狐につままれたかのような顔をしている。当然だ。俺は今のこの状況を全く理解できていない。
「うん、まぁ仕方ないか」
「………え?」
「ねぇ、ヒッキー。ちょっと待っててね」
そう言うと結衣はおもむろに裸のままと向かって行った。扉の開かれる音がする。おいおい、そのまま妻が変質者として近所に出回るのは自分が不倫をしたという事実を噂されるよりもキツいものがあるぞ。
しかし、俺の心配は杞憂に終わった。間もなく彼女は寝室に戻ってきた。
―――――――最悪のゲストを連れて。
「………な!?」
俺の驚く様子を見て、結衣は怪しく微笑んでいる。
いや、この状況で冷静になることが出来る人が居たら教えてくれ……。
「………ひ、比企谷くん……」
何故なら、目の前に俺の愛人…雪ノ下雪乃がいるのだから……。
続く。
今回はここまでになります。
次回は本編のシーンが切り替わっていないので早めに投稿すると思います。
週明け投稿の予定です。因みに次回で第四部ラストになります。
本当どうでもいい裏話ですが、このシーン書くのに悩んだり消したりしてたせいで投稿遅れました……。そしてモチベーションが死んで結果、一年の失踪(懺悔)
プロット上ではここで完結の予定でした。しかし、どうしても自分の中で納得いかない結末と展開だったので、第五部を現在書いております。そちらではいよいよ『彼女』がメインになるチャプターなので楽しみにしていただければ幸いです。