シーンの切り替わりで区切っているために今回短いです。
第五十九話
Interludeーーーーーーーーー。
彼女は戻ってきてくれるだろうか…。
あたしの求めるおとぎ話は完成されるだろうか。
幸せな最後は訪れてくれるのだろうか。
作り笑いはもうしたくない……。
彼女のためじゃない、あたしのために欲しいんだ……
あたしのための彼女の楽園が………。
そのためならあたしはどこまでも自分に嘘をつける。どこまでも偽物を演じることが出来る。
そのためなら、どんな犠牲を払ったって構わない。
-Side Hachiman-
――――あれから4ヶ月が経過した。
自宅の寝室で3人で会ったあの時から、ほとんど何も変わっていない。
今日に至るまでずっと抜け殻のような生活を送っていた。
結衣は変わらぬ愛情を俺に注ぎ続け、理想の妻として家にあり続けてくれている。
雪乃とは会っていないどころか連絡すらも取らなくなってしまっていた。最後に彼女が口にした『しばらく……一人になる時間を下さい……』という一言にあらゆる意味が込められていた。それを聞いた結衣はただそっと頷いただけだった。俺も連絡を取りたいという気持ちがあったが、携帯の連絡先で彼女の番号を見つめる度に今連絡を入れることは逆効果だと自分に言い聞かせた。
会社の様子はあいも変わらず、喧騒としている。納期に追われる上司、資料をまとめ終わらない同僚を横目に、ただひたすらに自分に与えられた責務を全うするだけの機関として、ただそこに存在するだけだった。まさに社会の歯車。立派な一社会人、組織の人間として適応出来た姿とも言える。芦間は俺の並々ならぬ様子の変化に少なからず事情を汲み取ったのか、敢えてこれ迄と同じ距離感で話しかけてきた。普段ちょっかいをかけてくる彼らを知っている俺からしてみれば別人にすり替わったような印象すら覚えた。とはいえそれがありがたいことであるのは間違いない。
智佐吹さんと玉木さんも変わらない態度で話しかけてくれる。最近はやけにスキンシップが増えたような気もするが、それにどぎまぎするほど自分の心に余裕が無くなっていた。それなのに、本来なら興味をなくしてしまうような扱いを受けたはずの彼女たちのアプローチが日に日に激しくなっている。そのせいで何度も色香に惑わされそうになりかけた……。わざとらしく目を覗き込んできたり、露骨にこちらに首元を見せてきたり。こんな状況だと言うのに目がそちらに向いてしまう自分。そのせいで彼女たちの拍車がかかっている。
あれだけの事が起きたのにそれでも自分の欲望が目を出そうとしているのが恐ろしい。性欲の抑止力になっていたのは彼女達の、雪乃と結衣のせつなげな表情だった。
俺は未だに自分の中で答えを出すことが出来ていない。常識で考えて、その答えが正解であると自分が納得出来て、全ての人間が間違いないと保証してくれたらどんなに楽なことか。だが、現実は自分が納得できる答えもそれを保証してくれる人物も存在しない。そんな都合の良いものが存在していたら、世界平和なんてものはとうの昔に達成されている。結局ただ意味もなく時間の解決という望み薄な逃げ道に逃げ込むだけの毎日を過ごすだけ。このままではいけないと分かっているのに、霧が晴れないどころか、ますます深くなる。もう俺には自分一人で何とか出来るというどこから湧いたのかわからない自信も、自分を導いてくれるカッコ良くて憧れだった恩師もいない。
幸い、今は繁忙期だった。お陰様で仕事中だけは何も考えずに、仕事に打ち込むだけでその場をやり過ごすことが出来る。俺の中に踏み込もうとする周りの人間からの干渉から逃げることが出来る。
「…………い」
今日も残業だな。というか残業じゃない日が珍しい。働かずして食べるご飯の味というのを久しく味わっていない。偶にはそんな休日を過ごしてみたいがそんな日が来る日の目処など全く立たないのが現状だ。
「………んぱい!」
もうすぐ昼休憩の時間になる。今日は日替わり定食がトルコライスの日だったはずだった。サラダについてくるトマトが邪魔で仕方ないが、それを差し引いても頼みたくなるメニューだ。あの赤い悪魔は甘んじて受け入れてやろう。八幡様の寛大な心あってこそだ。全てのトマトは俺にヘタを地につけて感謝してほしい。
「ちょっと!先輩!ちゃんと聞いてますかぁ~!?」
「ゑ?」
横を見ると亜麻色の髪を一つにまとめ上げたあざとい後輩の姿があった。何故かは知らないがとてつもなく不機嫌そうな顔でこちらを睨んでいる。初めて彼女に会った高校の時よりも髪がずっと長くなっているのでまとめるのが大変だろうと思う。
「ん?どうした一色?」
「その一言で”何も聞いていませんでした”という自白頂きました、ありがとうございます」
「本当にどうしたんだ?俺を振ったわけじゃないのにお前がお辞儀をするなんてらしくないぞ?」
「……それ真面目に返したほうが良いですか?」
「…すみませんでした」
「なんでそれを最初から言えないのかなぁ……先輩って人は」
いろはすが頭を抱えていた。それよりも君みたいな会社の中でもトップクラスの人気を誇っている女性が一人の男の机でそんなプライベートな態度取るのをすぐに辞めようね?ほら、周りの男達から殺気が飛んできてるから。念を覚えて無かったら洗礼受けちゃってるやつだよこれ?
「まぁ別に良いですけど。それよりも先輩。一緒にご飯行きましょ?」
「あれ?もうそんな時間か」
時計を見ると確かに昼休憩開始から既に5分が経過してしまっていた。なんと勿体ない。休憩終了が空気的に延長認められない雰囲気になるから早めにちゃんと入らないと損してしまうんだよなぁ。
机の上を軽く片付けて先に歩いていた一色に追いつく。
「それで、どうしてさっきは俺の机に来たんだ?飯はいつものことだし、他にも用事があったんだろ?」
「話聞いてないのか、理解する気がないのか、敢えてわたしに意地悪してるのか、脈がないのかは深くは聞かないですけど、わたしにも限度っていう物がありますからね?そっちがその態度なら今ここで思いっきり腕絡めてくっつきながら名前呼びしても良いんですよ?」
「いろはす~お昼は何食べたい~?おじさんおごっちゃうぞ~?」
「は?キモッ」
「ちょっと?マジで傷つく反応止めてね。いや、俺が調子乗ってたのが悪かったのが大半だとは思うけどさ」
経験上分かる。これは割と本気で一色が怒っている時の態度だった。なんとかして宥めないと後々理不尽な要求をされかねない。
「そう思うんなら、ちゃんと反省して下さい。あと、今日は生姜焼き定食でお願いします」
「奢るのは前提なのかよ…」
生姜焼き定食か。俺もそれにしよう。
「あと先輩、今日の夜空けといて下さい。久しぶりに飲みに行きましょう、勿論先輩のおごりで」
「い、いろはす。もしかしなくても滅茶苦茶怒ってる?」
「いいえ、全然。これっぽっちも。あ、お店はわたしが決めて良いですか?」
コレもうだめなやつやん。ハチマン賢いからわかる。ダメなやつやん。あとお店絶対高いとこやん。
「……悪かった」
「何に対してですか?」
「その……だな……」
俺はそこで立ち止まって一色をじっと見た。
「ちょっと相談したいことがある……」
「……あの、それ全く答えになっていないと思うんですけど?」
一色に思いっきりジト目で睨まれた。
「悪い……」
「…はぁ。まぁ良いですよ」
それだけで一色なら全て伝わってしまう。
しばらくして可愛い後輩は振り返ってあざとい笑顔を見せた。
「本当にしょうがない人ですね♪先輩にはわたしが居ないとダメなんですから♡」
「……結衣に連絡しておく」
「はい☆よろしくおねがいしますね先輩!」
一色は腕を絡めてきた。仕方がないので人目につくところの前までは大人しくしておく。こら、頭を擦り付けるのはやめなさい。香水とかシャンプーの匂いとか付いちゃって俺がやばいことになるから。
いつもなら鬱陶しく感じてしまう彼女の笑みが今日ばかりは天使の微笑みのようにさえ感じてしまう。それくらい今の俺にとって一色いろはという存在はとてつもなく大きくなっていた。
それが悪魔との契約になるとも知らずに……。
彼女の描いたシナリオ通りだったとも知らずに……。
続く
というわけで新しいチャプターになりました。読んでくださっている方々、いつもありがとうございます。
しばらくゆきのんがお休みに。
第三部ではルミルミが、第四部ではゆきのん、この第五部ではようやくですが、いろはすがメインになります。いろはすの奴隷の皆様(私含む)お待たせいたしました。
次回の投稿は新章記念ということで週明けにまた投稿しようかなと思ってます。その次の話もその週の金曜夜に投稿する予定です。その後はまたいつもの1週間ペースに戻す予定です。
では次回もまたよろしくお願いいたします。