いろはすやはり強い
「いろはちゃんは後から合流するって言ってたよ~」
「そうですか、それなら先に行きますかね」
珍しく食堂ではなくラウンジで昼休憩を取っている。理由はいろはに玉木さんと一緒に三人でご飯を食べないかという誘いがあったからだ。少し前に一緒に仕事終わりに飲んでからというものの週一でこの手のイベントが開催されるようになった。これまでは玉木さんとは朝の挨拶程度の関係ではあったが、実際話してみると意外にも共通の趣味が多いことが判明した。たまにボディタッチが妙に扇情的で良からぬ感情が芽生えそうになるのが玉に瑕だが。
「比企谷君、今日はお昼どうするの?」
「あぁ…それ、なんですけどね…」
俺はお茶を濁すしかなかった。いや、濁した時点でこの人の洞察力を持ってすれば看破されること間違いなしなんですけどね。
「……あぁ。そゆこと?」
「ええ。まぁ」
「比企谷君も大分大胆になったよね~」
玉木さんはクスクスと笑っている。俺を咎めるという様子は微塵も感じられず、傍観者として成り行きを見守る構えなのだろうか。そうと願いたい。
「どうしても断れなかったんですよ」
「そういうことにしておいてあげる」
「助かります」
「じゃあ来週は私が交代で」
「勘弁してくださいよ…」
「あ、お待たせしました~!」
目の前の悪女に追い詰められそうになった刹那、救世主のように現れたのはあざとい後輩だった。今回ばかりはいろはが聖女に見えてしまう不思議。世の中想像もつかないことがよく起こるものだ。
「おぅ。助かった」
「え、わたしいつの間に先輩のこと助けてたんですか?」
脈絡を全く理解していないいろはからしてみれば俺がまた世迷い言を言っているように聞こえたことだろう。玉木さんは俺たちのやり取りを見ながらニヤニヤと含みのある笑いをしている。
「もしかして、玉木さんにいじめられました?」
「よくわかったな。ドンピシャりだ」
「え、そんな覚えはないんだけどなぁ…?」
そんなはずはない。玉木さん被害者の会の会長であるいろはと副会長の俺が言うんだから間違いない。ちなみに参謀は智佐吹さん。
「大方、来週は先輩に昼ごはん作る役目をわたしから奪おうとしたんじゃないですか?」
エスパーいろはさん。流石のテレパス能力である。
「凄いね、いろはちゃん。大当たりだよ。流石は私の一番弟子!私が教えることはもう何もないね!」
玉木さんがパチパチと賛辞の拍手を送った。
いや、本当冗談に聞こえない。まじでエスパーなんじゃないかって90%ぐらい信じてる。あと拍手しているこの人は120%そう。
「先輩はもう少し断る力を身につけるべきです」
いろはがジト目で俺をにらみつける。彼女のにらみつけるはファイヤーの比じゃないので、俺の防御力はまたたく間に0になった。
「それともまんざらじゃないとか思ってます?」
「そ、そんなつもりはまったくないぞ……」
段々と目からハイライトが消えかかっているので慌てて訂正した。
「どうだか。留美ちゃんにまで唾つけてるみたいですし。玉木さんもあんだけ美人でスタイルもいいから先輩すぐに籠絡されそうですけど。しかも趣味も似ているみたいですし」
いろはの言葉に非常に棘を感じる。針のむしろになることは慣れているつもりだったが、異性からのオーラというやつに対してはいつまでたっても順応できる気がしない。
「本当仲いいね~二人とも…夫婦みたい」
「ですよね~♪玉木さんもそう思いますか~?」
一瞬で機嫌が元に戻った。玉木さんからしたら扱いやすいだろうなぁいろはす。
「ほら~玉木さんからのお墨付きですよ?先輩はどう思います?」
厭味ったらしい顔でいろはが俺の耳元でささやく。くすぐったさを感じて少しだけ彼女から離れた。
「あまりまともに受けるなよ。ああいうお世辞はあの人の18番だぞ」
「う、それは確かに…。でも信じたくなっちゃうじゃないですか~」
目の前に玉木さんがいるというのにいろはは甘える様子を止めようともしていない。
「……まぁ他の人は周りには居ないし、私もある程度事情は察しているからお気になさらずどうぞ」
玉木さんはもう仙人みたいなこと言い始めてるし。いろはは多分話しては居ないのだろうが、この人には話さずとも一瞬でバレてそうだ。
「あ、そうだ。先輩、早く食べましょ?今日早起きして頑張ったんですからね!」
いろはは弁当が入った小包を俺の目の前に置いた。空けてみるとのり弁当のようだ。
「シンプル・イズ・ベストってやつですね」
「英語なら最大級にはTHEを付けないとだめだぞ」
「そういう細かいところ気にします?あと、今言うべき言葉それじゃないですよね?礼を言うのが恥ずかしいからって誤魔化すのはどうかと思いますよ?」
「わ、悪かった。ありがとうな、一色」
「やり直し」
「ありがとう。い、いろは」
「はい!☆全部食べてくださいね先輩♡」
この後輩、あざとい。そしてとても面倒くさい。だがそれが良い。
「その笑顔を業務中にもやってくれると満点なんだけどなぁ」
「そんなに笑わないんですか?」
そういえばいろはが仕事をしている時の姿は見たことがない。同じ会社に居るとはいえ、部署も全く違うので当然といえばそうなのだが。
「まぁ、男の人はいろはちゃんの元々の可愛さで全員イチコロなんだけど女の人、特に比企谷君の部署に用がある人に繋いでほしいってことになるともう手に負えないくらい敵意むき出しって感じでね」
「そ、そうですか…」
自分で聞いておきながら反応に困る回答をもらってしまった。いろははというとバレてしまったのがよほど恥ずかしいのかかなり顔が赤い。
「まぁちーちゃんが居るから比企谷君が表に出てくることなんて滅多に無いんだけどね」
「そこでどうして智佐吹さんの名前が出てくるんですか?」
「だってちーちゃんって比企谷君のこと過保護ってくらいに自分のそばに置きたがるでしょ?そういうこと」
そういうこととはどういうことなのだろうか。あまり深く突っ込みすぎるとエラい事になりそうなので深堀りしないでおこう。
「でもそれって職権乱用じゃないですか?羨ましい」
「後半の言葉がおかしいぞ」
「ね、本当に羨ましい」
「玉木さんもそこ被せなくて大丈夫です」
あと玉木さん、ちょくちょく俺の目を真っ直ぐ見つめてこないでください。コミュ障は相手の目を見られないんだから。
「先輩、今週の予定はどんな感じですか?」
「今週は忙しいぞ。週末は留美に会うことになってる」
「あ”!?」
「ほ、他にも人はいるって…。留美の同級生だった人とか。男子も居るし普通に会って話すだけだよ」
「留美ちゃんに男の子の知り合いがいるという情報の方が先輩の誠実さよりも信憑性が低いですね…」
「俺の信頼度ってそんなに低いの?」
「低さで言えば地面といい勝負するんじゃないですか?」
「それもう0じゃねーか……」
「休日デートまたしたかったのに…」
「平塚先生に会うって口実はしばらく使えないぞ」
「じゃあ休日出勤ってことにしましょう」
「どんだけ俺に会いたいんだよ。もしかして俺のこと好きなの?」
「はい」
「お前、本当図太くなったよな……」
「これくらいじゃないと先輩の愛人名乗れませんからね☆」
「たくましくて何よりだ」
俺は磯辺揚げを口に運びながら感心した。端末を見てみると新着メッセージが一件入っていたのでそちらを確認する。
『今週末はカフェでまったり話す感じで大丈夫?』
留美からだった。今週末の予定の確認らしい。
一応、全員と繋がりがある留美が幹事的なポジションを担っていた。会って話すだけなので、別に凝ったお店でオシャレにランチするわけでもないので何でもいいっちゃ良いんだが。いかんせんルミルミは律儀なのでしっかりと計画を立てたがる。
「そんなこと別に口頭でさっと聞けばいいのに」
いろはがボヤいていた。こいつしれっと俺の携帯の画面見たな…。
「留美ちゃん、比企谷君にかまってもらいたいんだよ」
いろはすの愚痴の一言だけでメッセージの差出人と内容を読み取る玉木さん。もうやだこの人。
ん?もう一件メッセージが……って玉木さんからだった。いや、目の前に居るのになんでLINEで連絡が来るんだ。もしかして俺とは口もききたくないってことですか?ハチマンカナシイ。
内容をプレビューを見ると、メッセージではなく画像ファイルが一枚送られてきているだけのようだった。トークを開いて確認してみると、
「ぶほぉおお!!」
「な、なんですか!?先輩」
添付された画像のあまりの刺激っぷりに思わず吹き出してしまった。何故ならそこに写っていたのは玉木さんのオフショットだったからだ。部屋着を着崩しているだけなのに、あまりにも蠱惑的なその被写体に興奮を隠しきれない。と、とりあえず保存してクラウドに上げておこう…。
「ま、なんでもない。クライアントからとんでもない要求が来ただけだよ」
「それ電話じゃなくてチャットで来るんですか?」
いろはに明らかに怪しまれているが、ひとまずそれは置いておいて返事を返した。
『ちょ、何もこのタイミングじゃなくても良いでしょう!?というかあれなんなんですか!?( ゚д゚)』
『気に入ってくれた?』
『それはもちろん』
『いろはちゃんばっかりに構ってたから妬けちゃった♡』
「……!」
足にゾワゾワとした感覚が。おそらく玉木さんが足先で俺の脛をなで上げているのだろう。
目の前の彼女の目を見るとこれ以上ないくらいの嗜虐心に満ちた蠱惑的な目をしている。
『コスプレしてる写真とかもあるけどほしい?』
『た、例えば…?』
『ナース服とか(笑)』
思わず妄想してしまった。玉木さんのナース服とか絶対萌える。間違いなく何千人かの男が昇天する。
「………先輩、何さっきから気持ち悪い顔してるんですか?」
「なんでもない。妄想をしていただけだ」
「それは大問題ですね……」
いろはに軽く流されてしまった。最近は俺の扱いにも慣れてきたのか俺の小粋なジョークは皆全て等しく右から左に受け流される。
「…にしてもこの弁当うまいな」
「でしょー!というか、そういうこと言ってくれるのずっと待ってたんですからね!」
いろはがデュクシしながら照れている。今どきの小学生はデュクシをするのだろうか。そんなどうでも良いことをぼんやりと考えながら、いろはの弁当を胃袋にかきこんでいく。雪乃や結衣の味付けとはテイストが違うものの、家庭的でいくらでも食べていたいと思える。雪乃の料理はとんでもなく美味いのだが、料亭の味の如くなんとなく気が引けてしまう。
「そういえばバレンタインイベントやった時のチョコレートも悪くなかった」
「まぁあれは別にチョコレート自体は市販のものなんでそこ褒められてもそこまで嬉しくはないんですけどね…。でもわたしとの思い出を覚えてくれていたことに関してはいろは的にポイント高いですね!」
「小町じゃないから八幡的にポイント低い」
「うわ、ホントこいつシスコンだな」
「ちょっと…?マジで引くのやめてねいろはす?」
「やっぱり先輩は年下好きなんですね~?」
「いやおかしい。シスコン=年下好きという方程式はおかしい」
「じゃあ年上が好みなの?」
「玉木さんは定期的に爆弾を投下しないでください…」
この人絶対雪ノ下さんと気が合うだろ。なんか昔好きじゃないとか言っていたような気がするけど。
「年下も年上も好みじゃないと同じ年しか選択肢が残されていないわけですが?」
「ゼロイチじゃないだろこういうのは。あらゆることに白黒つけたがるの日本人の悪いところだぞ」
「いや、あんたも日本人でしょ…」
いろはが冷静にツッコミを入れる。ノリが悪いなと思いつつもこういう、切り替えの早さもまた彼女の魅力の一つとも言えよう。
「ーーー玉木さんと仲良くなったんですね」
いろはがあからさまに不機嫌な表情をしながらこちらを見る。
「仲良くはなったが浮ついた話は微塵もないから安心しろ」
俺は携帯でメッセージを打ちながらいろはの方を見ずにそう返した。
「え~ほんとにござるか~?」
「良い同志にはなれるかもな」
俺は『送信』ボタンを押した。それとなくいろはに携帯を確認するように目線で促す。
「なんですかそれ、、、ん?」
いろはは怪訝な顔をしたが、自分の端末にメッセージが来たことに気づくと携帯を手にとって内容を確認していた。いろはは無表情のまま一瞬で返事を返した。
「まぁ、先輩がそう言うなら信用してあげます」
「そりゃどうも」
今度は俺の携帯の受信音が鳴った。内容を確認して、いろはの手をバレないようにそっと握る。いろははちらと周りを見渡してから一瞬唇を重ねてきた。
俺たちはそのまま何も言わずただ黙って自分たちの持ち場へと帰るのだった。
『今夜、家に寄ってもいいか?』 既読
『お待ちしてます♡』
続く
総合UA100万記念で書いてほしいキャラ
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ガハママ