金木研がさらわれ、あんていくの店内はとても暗い雰囲気が漂っている。
スタッフルームに集った店員達の表情は暗い。もう会えないと思った方がいい。諦めているような声を聞いた店員の一人、眼鏡をかけた青年、西尾が見捨てる気かと、怒鳴る。
西尾はカネキに対して借りのようなモノがあり、さらわれてしまったカネキに対して思う事があるのだろう。
カネキと仲の良いトーカも助けたいと言うが、相手は大規模な喰種組織。アオギリの樹という闘う為に生きているような喰種達の集まりだ。
店員がさらわれた、警察にとはいかない。彼等は喰種、人権も無ければ、司法に頼る事すら出来ない社会的弱者。それに力尽くで奪い返そうというのも難しい。
あんていく店長芳村は語る。近々CCGが動く。11区に根城を構えるアオギリの樹を掃討し、浄化する為に大規模な部隊が送り込まれるだろうと。
そうなった場合、最早手の出しようが無い。仮に助けに行ったとしても、無事カネキを奪還出来るとは限らない。それどころか何も果たせず、助けに向かった者達が全滅する可能性も十二分にある。
若者達を諭そうとしているように、あくまで穏やかにあんていくの店長は語る。そんな芳村に対し、トーカは決意をひめた瞳で
「店長が行かないなら――」
一人ででも行く。トーカに同調するように借りがあると眼鏡をかけた青年、西尾ニシキも助け出しに行くと言い出す。
「二人共、誤解が無いように――」
もとよりカネキ救出の為に動くつもりだったと、命の保証が出来ない事を理解して欲しかったと。カネキを助けたいのならば、命をかけろ。覚悟を決めて欲しい。そう、芳村は語った。
その代わり自分と四方が全力でサポートすると。
「店長……」
「ジジイ……」
喰種同士で助け合う。それがこの店、あんていくの方針。頃合を見計らったかのように扉が開かれる。アモーレと部屋に居るあんていくの者達に挨拶を交わす、スーツ姿の少々キザな男、月山。彼も金木研と色々因縁がある喰種だ。
驚き敵意をあらわにするトーカと西尾。芳村曰く、助っ人だそうだ。月山に続き四方が入ってくる。心配要らない。彼が余計なマネをしでかさないよう見張ると、四方は静かに語る。
「四方さんに……イトリさんとウタさん?」
四方の背後から二人組が入ってきた。
イトリとウタという、あんていくの面々と親交のある喰種だ。
何やら芳村に封筒やマスクを渡している。封筒の中身は見取り図らしい。
ひと悶着あったものの、暗かった雰囲気は一変、希望に満ちた雰囲気に。店員達は皆、各々移動し始める。
「芳村さん……」
いいんですか。と、部屋に残った四方が芳村へ確認するように問いかける。
「あの子が……」
「?」
「父親だと言ってくれたんだ」
芳村は知るよしもないが、彼の息子は、まるで何かに対して見切りをつけたかのように、日本から姿をくらませ、行方知れずになっていた。息子が生きているのか、死んでいるのかさえわからない。そんなある日、偶然の遭遇に芳村は驚き、様々な感情を抑え切れず抱きしめてしまう。
拒まれる事など百も承知。今更、父親面をする気もなかったが、それでも、この手で抱きしめたいという衝動に芳村は勝てず、気付けば抱きしめていた。
元気でいてくれてありがとうと、産まれてきてくれてありがとうと、ただ、伝えたかったのだ。
「芳村さん……」
息子に様々な悪評が付いている事も、酷い二つ名が付いている事も知っているが、事実かどうかは知らない。本当かもしれないし、ただの噂かもしれない。芳村が息子について知っている事はほとんど無い。それでも、生きていてくれて嬉しかった。困ったような笑顔を浮かべながらも、自身を拒絶しなかった事実、それが芳村にとってどれほど激しい感情をかきたてた事か。
「あの子に誇れる……」
親でありたい。
それに娘が自身を許すとは思えないが、できれば息子と同じように抱きしめたいという感情が、芳村の中にある。もしかしたら息子が仲を取り持ってくれるかもしれない、そんな期待が生まれてしまったのだ。
気付けば息子に、期待をかけ過ぎているなと芳村は思う。笛口親子から一度だけ手紙が送られてきたが、元気そうで安心した。その時、芳村は確信したのだ。息子は噂のような者ではないと。
ヒトから半喰種になった金木研に対しても、ヒトと喰種両方の気持ちがわかる存在だと、希望の光のようだと、前向きな気持ちになり――そんな最中、息子との再会は芳村に前へ進めと、まるで天が啓示しているかのような幻想を抱かせる。
芳村は過去、ある組織に所属していた。その組織の命令で自身の妻を、種族の垣根を越え愛し合った者の命を、双子達の母親を奪ってしまっている。
その過去がどうしようもなく、芳村を苦しめ続けている。それは今も変わらない。過去は変えられない。
だが、未来は――これからの自分は変えられる。
芳村は意を決した表情をしながら、四方と共に部屋をあとにする。
――あんていくの面々が動き出す。
◇◇◇
11区での掃討作戦を実行する為、部隊が集結している頃、真戸呉緒と亜門鋼太朗は12区、世田谷で暴発した二人組を止めようとしていたが、二人組を援護するようにやって来た者達が横槍を入れてきた。
「亜門君!」
真戸は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら
「助かりました真戸さん……」
「チッ……気をつけたまえ亜門君、奴等は……」
聞いた事がある。喰種対策局には通常の指揮系統から外れた特別な部隊が存在すると。その証左に彼等もまた、クインケを装備している。
増援二人組は女喰種を庇う
亜門はやめろと叫ぶが二人には届かない。二人の抱えた憎しみは、他者から何を言われようと、変わる事が無い。それほどに根深い。
――手伝うつもりが無いのなら、君達は黙って見ていたまえ。我々の邪魔はするな。
黒服達のリーダー格から伝えられる一方的な言葉。続く二人組の喰種を庇うヒトへの攻撃。
痛い、やめてくれとサラリーマン風の中年は途切れ途切れに言葉を発するが、二人は聞こえないとでも言うような仕草をし、女喰種ごと攻撃する。庇われている制服姿の女喰種はもうやめてと、泣きながら男性を庇おうと赫子を出すがクインケで無効化される。
住民達は騒乱が起きている今だと言わんばかりに、火事場泥棒に走っている者も居れば、そこかしこで好みの者を無理矢理犯そうとする男や女が蠢いている。まるでお祭り騒ぎだ。
中には女喰種や中年男性を庇おうと助けに入る者も居た。だが、黒服達が邪魔をする。クインケで助けに入ろうとした
騒ぎをききつけて12区支局に在籍する喰種捜査官がやって来た。蹴散らされた、派手な格好の喰種を一瞥し、決意をひめた表情でクインケを取り出す。
――よくも彼女を!
増援かと思えば、黒服の男達に向けてクインケを振るいだした。
「最悪だ……」
真戸は言葉を零す。11区の喰種対策局支局は物理的に潰され、12区の支局は機能していない。それは事実のようだ。黒服達に蹴散らされた喰種を守りながら、12区に在籍する喰種捜査官はクインケを彼らに向け振るう。
だが、多勢に無勢。戦闘能力の差もあるのだろう。まるでボロ雑巾のように蹴散らされた。そんな12区捜査官を守るように、先ほど蹴散らされた喰種が捜査官の上に被さる。
亜門は驚いた。傷付いた喰種を見て激昂し、黒服達と戦い始めた事にも、喰種捜査官が傷付き、それを守るように動く喰種にも。
「――――」
はじめて見る光景に亜門は言葉を失う。
騒ぎに便乗し、犯罪に手を染める者達はまだいい、日本で災害が起こった際、あり得る光景だ。
ヒトと喰種。種族の垣根を越え、助け合おうとする者達。ナンダコレハ。これではまるで――
「亜門君! しっかりしたまえ!」
「――ッ!」
呆然とした亜門を苦々しげに見遣りながら、真戸は思い悩んでいた。12区住民など反吐が出るような存在だ。だが、だからと言って――
「チッ……」
おかしいとは思っていた。今まで通らなかった
そこかしこから悲鳴が聞こえる。
別の場所でも喰種を庇ったり、交わるようなヒトは人権が無いとでも言いたげに、黒服達は12区住民達に対し、糾弾するかの如く襲撃を開始する。流石に命までは取らないようにしているのか、加減はしているのだろう。それでも血だらけの人々が増えていく。
流れゆく血は、開戦を知らせる狼煙のように
響き渡る悲鳴と戦闘音が彩り、自分勝手な者達が響演する、無慈悲な
「真戸さん……」
とても苦しげな音吐で自身の名を呼ばれ、何とも言えない表情を浮かべる真戸。亜門には耐え難い光景なのだろう。
12区住民は屑の集まりかもしれない。喰種は駆逐すべき人類の敵。ここまではいい。だからと言って、喰種捜査官がヒトを攻撃していいのか。
それも甚振るように、嬲り殺しにするのは違うだろう。手に持つその武器は、クインケとはヒトを喰種の脅威から、守る為の武器だろう。
ふと真戸は、亜門が握り締めている行き場の無い拳を見遣る。どれほど力を込めているのだろう。血の雫が地面に落ちるほどに納得できないのだろう。
喰種を庇うヒトを確保するのならいい。だが、攻撃をくわえ甚振り、瀕死に追いやるのは間違いなのだ。
真戸は意を決する。
「……亜門君、まだ戦えるかね」
「――! はいッ!」
――この手に持つ武器はヒトを傷付ける為の武器ではない。守る為の武器である。
このまま彼等の蛮行を見過ごすのは容易だ。しかしそれでは
亜門が中年男性を助けに動き、黒服の一人が亜門に向かって攻撃しようとクインケに手を伸ばした。迷いが晴れた真戸は動き出す。
「貴様等ッ――血迷ったかッ!」
亜門に向け放たれたクインケを弾く真戸。瀕死の中年男性のもとへ駆ける亜門。
「我々の職務は――」
――ヒトを喰種という脅威から守る事。
今この場のような乱戦の最中でも保護しなければならない対象。例え犯罪者だとしても、それは変わらない。喰種と共に葬る対象ではない。殺してはならない。真戸は静かに語りかけながら黒服のクインケへ攻撃する。
亜門は喰種を庇おうと必死になっている中年男性を喰種から引き剥がそうとしているが、中年男性は激昂しながら、意識を失っている制服姿の喰種を離さない。離してしまえば彼女が殺される。絶対に離さないと。
「いくらなんでもやり過ぎだッ!」
亜門は二人組に注意しながらも、中年男性を安全な場所へ運ぼうとするが、中年男性はぐったりとしている女喰種を離さない。
二人組は亜門が乱入した為、一旦攻撃をやめたが、涙を流しながら攻撃を再開した。
「亜門さん……貴方は正義のヒトだと思っていました」
「何を……言っている!」
中年男性を庇いながら、クインケをクインケで弾く亜門。
亜門は男性を庇いながら二人組へ語る。いくら喰種を庇った人間は重罪という、喰種対策法通りに行動しているとしても、これはやり過ぎだと。
それは二人組もわかっているのだろう。私怨も混じっている事は否定できない。喰種に対する恨みが暴発した。当たり前のように
ヒトと同じような生活をしている喰種も、その喰種と交わりあう為に交渉していたヒトも、瀕死になりながらも喰種を庇うなど言語道断。見ているだけで気持ち悪い。吐き気がする。許せない。存在させてはならない。
そもそも喰種対策法自体この区には適応されていない。喰種対策局の支局が残っているのは昔の名残であって、まともな喰種捜査官はここには赴任しない。政府がここを事実上自治区のような扱いにしているのだから。つまりこれは喰種捜査官が民間人を暴行した事件として扱われる。
後戻りなどできないし、する気もない二人組は、自分達が正しいのだと、間違えているのはお前達だと、亜門ごと喰種と中年男性を葬ろうとし、亜門は喰種を庇う中年男性を守る為に応戦する。真戸は亜門に向けられた害意がのった凶刃を、黒服達の猛攻を凌ぐ。
同僚をヒト殺しにしたくない。亜門は自身が信じる正義を胸にひめ、ヒトを庇う。
そんな亜門を守るように真戸は黒服達に立ちふさがる。
二人組の瞳に映る昏い光に、妻が亡くなっていたら、あそこに居たのは自分だったかもしれないと、
黒服達の目的はわからないが、誰一人自分達の行動に疑問を持っていないようだった。彼等もまた、彼等の
互いが互いの正義の為に、譲れぬモノがあるから――彼等は戦う。
真戸が黒服のクインケを弾き飛ばし、別の黒服が援護するように真戸へと攻撃を仕掛ける。
だが真戸は、あぶなげなく振り下ろされた
――チッ。なんだコイツは。
的確にそれぞれが持つクインケの脆い部分を破壊しようとする真戸に黒服達は苛立っていた。
けして自分達の身体に当たらぬように攻撃する芸当、相当な技術だ。
それもそのはず。真戸呉緒は出世街道からは外れてはいるが、本来なら特等捜査官になっていてもおかしくはないベテラン。クインケを多数所持し、様々な喰種に関する知識は喰種対策局で右に出るものは居ないほど。無論、黒服達が使用している
12区に固執するあまり、上層部に煙たがられていなければ、彼もまた篠原達のように特等捜査官という部隊を指揮する立場にいたであろう強者。
真戸が黒服達と互角以上の戦いをみせ、亜門が二人組から中年男性を守る。
埒が明かない、一種の膠着状態に陥っていた。
別の場所でヒトや喰種を攻撃していた黒服達も様子がおかしい事に気付く。たかが上等捜査官に対して時間を掛け過ぎであると。我々は特等捜査官、あるいはそれ以上に優秀なはずである。
――どういうことだ。一度ならず、
黒服達は選民思想的な所があるのだろう。二人以上の黒服に対して真戸が戦えているという事実に苛立つ。
苛立った黒服の一人が、眼前で性に乱れ狂いながら何かに祈るヒトと喰種に対して、乱雑にクインケをふるう。ふざけた視界を彩る一角、お祭り騒ぎの12区住民が近寄ってこない、何かに祈るよう性の饗宴に興じていた集団に対して。彼らの中には、交わらず、ただ無心に祈りを捧げる者達も居るようだが同じように切り裂かれる。
袈裟や祭服を纏った男達、頭巾のように頭部だけを覆う女性、様々な格好で交わっていた者達が傷付き倒れる。
彼等は祈りを止めない。ある方角を向きながら、ひたむきな祈りを捧げようとする。黒服は苛立ちながら祈りを捧げているヒトを喰種諸共、クインケで切り裂く。親と共に祈りを捧げていたのか、子供がクインケによって、親共々息絶える。
様々な言語で奏でられていた祈りの言葉が止む。
すると、お祭り騒ぎだった集団達が止まる。盗みを働いていた者も、誰かを犯そうとしていた男や女も動きを止める。静寂が広がり、クインケとクインケのぶつかる音だけが響き渡る。
黒服の一人が当たり前のようにした行動。それは間違いだった。やってはいけない事だった。少なくとも
「なんだ?」
文句でもあるのか。貴様らは存在そのものが許されない。ヒトごと喰種達を裂いた黒服の言葉。
怯え隠れていただけの者、便乗し盗みを企てる者、騒いでいる者達を眺めていただけの者、誰かを犯そうとしていた者、様々な者達が動きを止めた。
何かに対して祈りを捧げていた者達が傷付き、息絶えた。ただそれだけ。
まるで時が止まったかのような錯覚に陥りそうな程、異様な光景に黒服達も、二人組も、亜門も真戸も動きを止める。
――音が止んだ。
考えも求めるモノも、肌の色のようにバラバラだった12区住民。
常識に喧嘩を売るように犯罪を犯罪とは思わない、社会から、世界からあぶれた者達。
そんな彼らだが――ただ一つ、侵してはならないモノがある。彼らの眼の色が
ヒトビトの眼が血走り、誰かを殺してもおかしくないような眼つきに変わったのだ。
「――――」
12区住民達が言葉を発したわけではない。
それでも、この場に居る者達は理解できてしまう。目は口ほどに物を言う。
烏合の衆だった12区住民達が、ひとつになった。戦っていた者達に譲れないモノがあるように、戦えない、あるいは戦う気も無い者達にも、譲れないモノは確かにあるのだ。
そんな者達が武器を手に取り、無言でにじり寄ってくる。武器と言っても鉢植えや、錆びて捨てられていた包丁、落ちている物干し竿、そのあたりに転がっていたビール瓶、とても武器とは言えないモノまで手に持ち、にじり寄ってくるのだ。
黒服の何気ない行動が、12区住民達の心に火をつけた。
何が
黒服達も、亜門や真戸、二人組も困惑する他ない。
しかし事態は切迫している。12区全てが敵にまわったように、彼らにとって異物である12区住民でない者達を排除しようとするように、武器を手に取ったヒトが集まってくる。
このままでは、未曾有の惨事が引き起こされるかもしれない。
事は個人の正義感でどうにかなる問題ではなくなった。
一触即発。10人、20人程度ならどうにでもなる。100人は余裕で越えた。まだ、どうにかなる数かもしれない。こうしている間にもヒトの数は増え続ける。
このまま増え続け、1000人単位でこられたら、流石の黒服達もひとたまりもない。ここに来てようやく焦りを見せ始める黒服達。言葉無く怒りを露にするヒト達と共に、憤る喰種達の相手もしなければならない。
そんな最中、パトカーが現れる。後ろには白いジープのような車両が続く。ボンネットにUNと描かれたそれらは、殺気だった住民達を止めるように停車し始め、迷彩服を着た兵士達がおりてきて、手を広げてやめるよう呼びかける。
「まさか……」
「真戸さん、これは……」
真戸と亜門は車両に驚きを隠せない。目立つ白塗りの車両、UNと大きく描かれたボンネット。間違いない。平和維持活動をしている
日本では馴染みは無いかもしれないが、紛争地域や治安の悪い場所では見かける事もある、世界を代表する軍の車両。
彼らに手を出すという事は、世界そのものを敵にまわすという事実に他ならない。
12区住民達を止めたのは、喰種捜査官でもなく、黒服達でもなく、国連の兵士達だった。
これには流石の黒服達も惨劇を続ける事が出来ないのか、走り去っていく。
驚愕していた真戸や亜門、二人組だったが、正気に戻ったのか、二人組が再び女喰種にしがみつく中年男性を攻撃しようとクインケを振りかざす。
亜門は厳しい表情を向け、クインケを構えるが――
その行動は国連兵士に押さえつけられ、止められる。いとも容易く、新米とはいえ、喰種捜査官を赤子のように鎮圧する彼らが精鋭なのは間違いない。
騒ぎが鎮圧され、今度は一際大きな車両が現場にやって来る。地球に刺さった針に、蛇が巻き付いているようなマークが車両のドアに描かれている。
大きな車両から続々と人々が降りて、怪我人達に向かっていく。どうやら救命活動をしているようだ。続いて騒ぎを聞きつけてか、NGOの車両も到着する。NGOの者達はボロボロになった喰種達へ向かっていく。
「――――」
亜門も真戸も、ただ、負傷したヒトへWHO職員が、負傷した喰種へNGOの者達が治療を施している光景を見ているしかなかった。
先ほどまでの喧騒や、殺気は落ち着きをみせ、武器を持った人々も行き場のない怒りを叩きつけるように、武器を地面へと投げつける。法の通じない彼らだが、同胞を治療している相手に喧嘩を売らないくらいには、分別があるのだろう。
連行されていく新米捜査官達を、亜門も真戸も見送る他無かった。仮に抗議した所で解放はされないだろう。国連軍が戦闘停止を呼びかけたにもかかわらず、彼らは
「どいてください」
「しかし……」
「……亜門君、彼らの指示に従いたまえ」
WHO職員とNGOの者が瀕死の中年男性と喰種へ近付いていく。亜門は医者ではない。中年男性は彼らに任せ、喰種を確保し、
揉め事をこれ以上起こすわけにはいかない。下手すれば自分達が国際法廷で裁かれる立場になる。真戸は亜門を守る為に止めたのだ。近付いてくる国連軍兵士。
亜門と真戸は国連軍の兵士に事情を聞かれ話す事になり、事情聴取の為、国連軍の車両へと二人は移動する事になった。
◇◇◇
車に揺られながら
門には門番なのか警備員のような格好をした、子供くらいの背格好の者達が佇んでいて、強姦魔を視認した後にこやかな表情で近寄って来て、彼へ話しかける。
「あ、おかえりなさいッス。忘れ物でも?」
「少し厄介な事になりましてね」
「え、大丈夫なんスか?」
男は子供くらいの背格好の門番と言葉を二言三言交わし、門を開けさせ敷地内へと入る。
まるで小さな要塞か城のような建造物、喰種どころか人間ですら中々入る機会の無い場所に、彼は一体何の用があるというのだろう。
送迎の黒塗りの高級車といいクロナとナシロは疑問に思いつつも、黙って彼の後ろを歩きついていく。
建物に入れば煌びやかな玄関、まるで美術館か博物館のように、素人目でもわかるほど高そうな油彩絵、美術品なのか骨董品なのかわからない壷のような物体が、上手く建物内部と調和するように配置されている。
来客用の憩いの場なのだろうか、小規模の洒落たレストラン内部と言ってもおかしくないほど、レトロな椅子や机など調度品が規則正しく並んでいる。
道すがら、すれ違うメイド服を着た外国人の少女が、強姦魔と出くわせばカタコトでおかえりなさいと言った後、外国語で彼へ話しかける。
クロナとナシロは英語やドイツ語なら多少わかるが、そんな彼女達ですらわからない言語でメイド達と会話しつつ、男は何か書類のような物を渡されている。おそらく先の件の詳細な報告書か何かだろう。
メイド達が一際大きな扉を開け、導かれるように執務室のような部屋へ、男と共に入る。
メイド達はお辞儀しながら扉を閉めつつ離れていく。
壁には母親であろう女性が双子の赤子を抱きしめる油彩絵、棚の上にガラスケースに入れられた豪華客船だろう船の模型と、何処の国かぱっと浮かばない国旗が飾られているのが印象的で、ナシロの想像していたモノが当たっている事を証明していた。
思わず姉であるクロナの手を握ってしまうナシロ。クロナは急に手を握ってきた妹に、不思議そうな表情を浮かべながら手を握り返す。
男は書類を読みつつ、机の上に寄りかかりながら、クロナやナシロにソファーにでも座っていてくださいと言った後、備え付けられた古めかしい黒電話の受話器を手に取り、どこかへ連絡をとろうとしているようだ。
クロナとナシロはソファーに座りつつも、男をじっと見つめる。
「どうも、お久しぶりです」
『珍しいじゃない、君から連絡をよこす日が来るなんて……』
明日は核戦争でも起きるのかな? それはそうと日本の女性はどうだい。と、小粋なジョークを交え笑いながらも、普段からもう少し連絡してこいと、言外に言っているような声色に男は少しだけ笑いながら返事を返す。
「大変素晴らしいですよ、それよりも……」
うちの副領事がCCG職員に攻撃されたと、男からの報告に通話相手はしゃがれた声で、疑問に思った事を問う。
『えらく物騒な話じゃない』
問いただすようなしゃがれた声が、何が起こっているのかと、何かに期待しているような声で、男へ正確な情報を早くよこせとせがむ。
楽しげな感情をのせる声色に変わった者へ、男は領事に聞いた話だと前置きしつつ会話を続ける。
「
『ふぅん、世田谷で、しかも喰種と呼ばれている者と』
「女性らしいですよ、CCG職員に攻撃されそうになって庇ったと」
『へぇ、あの飲んだくれにも春が来たんだ』
「そのようですねぇ」
しかもWHOの調査団が入ったばかりのタイミングでの出来事だと、話している内容はとても笑い事ではないが、彼らは表面上楽しげに話す。
『……
「現状はなんとも」
楽しげに話していた彼らだったが、急にスイッチが入ったように真剣な声色へ変わる。
書類をめくる音が、緊張感を伝えるように響く。
「他国の方々もやられたようですし、最悪、安保理が動くと思いますよ」
『そちらへ出稼ぎに行ってる人達を戻さなきゃいけないかもね』
「領事に投げていいですか、めんどくさいです」
『投げてもいいけど、大臣の椅子に座ってもらう事になるよ』
ゆくゆくは今自分が座っている椅子に座らせると、笑いながら話してはいるが、声色は真剣で冗談を言っているようではなかった。
男はとてもめんどくさそうな顔に変わる。またこの話しかとでも言いたげな表情だ。
「嫌ですよ、もっとめんどくさいじゃないですか……」
『興味が無い?』
「今くらいが丁度いいんですよ」
どうせ女に割く時間が今より少なくなるからだろうと、通話相手が男へ笑いながら言えば、わかっているじゃないですかと、しゃがれた声へ真剣な声色で男も返す。
その後も他愛ない話や業務的な内容の話が続く。やれ避難経路だの、突発的アクティブシューター事案だの、領空内誘導されないよう船で移動だの、外交行嚢を利用すればいいだの、男が話す言葉は、クロナはおろかナシロでさえ何の事を言っているのかよくわからない様子。
まるで麻薬の密輸だなと、しゃがれた声が男へあきれたように言えば、似たようなモノだと男は
よくわからない話になり、通話内容に興味が薄れ、室内を物珍しげに見遣るクロナ。ナシロは少し落ち着かない気分で、男が通話している声をBGMに備え付けられたソファーに座りながら、室内を物色するように見渡す姉を見ている。
ナシロは姉のように室内を見渡しながら、実の父や母が生きていたなら、こういった場所へ行く機会もあったのだろうかと、あったかもしれない
クロナがソファーの横に備え付けられている調度品をぞんざいな扱いで触るものだから、ナシロは誤って壊したらどうすると小声で注意する。新たな弱みでも握られたらどうするのだと妹に小言を言われ、クロナは嫌な事を思い出したように不貞腐れ、小声で壊したりしないと言いながら、ソファーから立ち上がり、トイレの場所はどこか男へ尋ねる。
通話以外の物音や声色が室内に広がる。すると通話相手が誰かと居るのかと男へ問えば、ああ、新しく増えた護衛のような方達です。と、返す。
トイレは扉の外で待機してるメイドに案内してもらってください。そう男は小声でクロナの質問へ答える。
『なるほど、珍しく真剣に答えてくれたと思ったけど――』
囲った女が増えたからか。しゃがれた声が、からかうように言葉を続ける。男は
向けられた優しげな瞳にイラっとしたのか、男を睨みつけながら扉を開け、控えていたメイドに案内される。部屋を去る姉を見送り、男へ視線を向けると、ナシロを手招きする姿が見えた。
近付いてみれば、男はナシロを片腕だけで抱きしめるようにしながら、服を捲り下腹部へ手を突っ込む。下着の間をすり抜け、彼の指が自分の秘部を当たり前のように這う。
男の指が蜜壷の表面を刺激する。それに喜んでいる身体へ戸惑いと、変わっていく自身の肉体が、もっと刺激をよこせとせがんでいるようで、驚きを隠せない。
ナシロは表面上嫌がる素振りを見せつつも、彼へしなだれる。変わりゆく身体が感じる心地よさと、自分へ執着のようなモノを男が持っている事に気付き、なぜだかホッとする。
「んんっ……」
通話相手にまで聞こえるよう喘いでみたら、コイツは喜ぶのだろうか?
ナシロは自身も彼へ執着のようなモノが芽生え始めている事に、自覚が無いまま、流されるように身を任せている。頬がほんのりと火照り、牝の顔を覗かせ、上目遣いで男を見つめるナシロの視線には、何かを貪欲に求める光のようなモノがうかがえた。
男の言葉に感銘を受けているのか、少し間を空けて通話相手は話しだす。
『……まぁ、君に全て一任してるんだ、好きにしてくれていい』
「ええ、好きにしますよ」
『いざとなったら帰ってきなさい』
通話しながらもナシロへの手淫が止まることは無い。男はナシロをしっかりと見つめながら、嫌がりながらも、気持ち良さそうにする彼女に笑いかける。
「一番安全な国のはずなんですがね、日本は」
『所詮、金で買える安全でしょ』
喰種対策の先進国と言っても、所詮は極東の猿が治める国だからね。小ばかにしたような言葉が小さく受話器から届く。すると真面目な表情に変わる男。手淫を唐突にやめ、ナシロから手を離す。物足りなさそうな瞳が責めるように、彼の瞳へ映りこむ。
「ああ――差別発言はいけませんよ」
彼らと同じになってしまう。男の言葉に手を叩いているのか、乾いた音が通話口から断続的に鳴り響き、嗤う声が聞こえてくる。
『君のような傑物が産まれる事もあるし、舐めたりはしないよ』
真剣なトーンで語られる言葉に、男はナシロを弄っていた指を咥えるような仕草をし――
「ワタシは舐めますけどね」
ナシロの蜜壷から少しだけ垂れてきたアイエキを、美味しそうに舐める。
『いたいけな少女を差別無く――でしょ?』
わかってるじゃないですかと、男は笑う。
上品な笑い声が受話器と室内で
君の趣味にとやかく言わないが、なるべく穏便に事を進めてもらいたい。そう言いつつも、何かをやるなら派手にやらかしてしまえと、煽るような言葉を通話相手は男へかける。
――また今度。
そうナシロは耳元で囁かれ冷静になると、この部屋に近付く足音。
姉がトイレから帰って来たのだろう。男は、園児達に見せたような笑顔で、自分の口元に人差し指を近づけ、内緒だぞと、言いたげにジェスチャーする。
通話している話の内容とチグハグな、まるで子供がするような行動や仕草をする男に対して、多少なりとも抱いていた畏怖やら緊張が吹き飛ぶ。
気持ちが落ち着いて、不思議と笑ってしまう。
少しだけ笑いながら、ナシロはソファーへと戻る。
『そう言えば――』
君の支援者達は今回の騒動にどう対処するのかな。他人事のように紡がれる言葉、男は首を傾げながら、さぁ? とだけ返す。
通話相手は聞きたい事は聞き終えたのか、また困ったことがあれば連絡するよう男へ話した後、通話を切る。やっと切れたと言いたげに、ため息をつく男。
クロナがトイレから戻ってきたら、男がため息をついている。クロナは怪訝そうな表情を浮かべながらも、妹が座っているソファーへ向かう。
通話を終えた男は、げんなりしたような表情で机の上に座り、ナシロやクロナを眺めながら小さく零す。
「……好き勝手できる身分を維持するのも大変です」
クロナは嫌悪する相手の身分がどうだろうと興味が無い。苦悩するなら勝手にしてろ、寧ろ苦しめと言いたげな表情で、彼へ悪意の篭った視線を向ける。
ナシロはと言えば、疑問が氷解し、何かを悟ったような表情で、彼に対して様々な感情が
――優しさで守れるモノなど、この世には存在しない。
誰かに教えられたような言葉が、白いフードを被った少女の視界と交叉する。
微妙な空気が漂う中、扉が静かに開かれる。
入って来たメイドは先ほどの少女達と同じように、背丈が小さい女のようで、コーヒーをお盆にのせながらどうやら持ってきたようだ。
どこか引き攣った笑みを浮かべながら、クロナやナシロが座るソファーの前にあるテーブルへコーヒーカップを置いていく。
入って来たメイドが匂いで喰種だとわかるクロナとナシロは一応警戒はするものの、メイドに向ける男の視線が柔らかいモノだったので、問題ないと判断する。
「おい」
「はい?」
メイドは男に対して近付いていくと、低い音で声をかける。
「なんでまた増えてるんだ」
「何がです?」
「お! ん! な!」
小柄なメイド――草刈ミザは、まるで幼稚園にいた子供達のように、小鼻をふくらませたり、口をとがらせ、ふてくされた顔をしながらクロナやナシロを指差す。
指差されたクロナは、こんな奴の女になったつもりは無いと、明らかに嫌悪する表情を浮かべ、ナシロは男を懐柔するのに邪魔だなと思いつつ、意味ありげな視線をミザへと向ける。
このド阿呆と、男を批難するように小柄なメイドは罵倒する。
もっと沢山の時間を男と過ごしたいと思ったミザは、同じ職場で働けるように彼へ頼み込み、この館でメイドとして働いていたのだ。同じようにミザの一族達も、館で門番やら戦闘能力さえあれば誰でもできるような仕事を任されていたりする。
「何を怒っているんです」
「あの女が居ないと思ったら、別の女を連れて来るお前が悪い」
ミザは男が急に帰って来たと部下であるミツシタに聞き、ナッツクラッカーの姿は無いという事だったので、これはまぐわうチャンスだと、任されていた仕事をほっぽり出して来たのだ。
護衛か何か知らないが、見ず知らずのよくわからない女達、髪の色は黒と白で違うが双子なのか顔が瓜二つだ。二人共身体は華奢で、いかにも強姦魔が好みそうな女である。
とりあえずコーヒーを置くついでに匂いを嗅いでみれば、男の匂いが白い方からしたのだ。それに隠してはいるが、かつての自分のように牝の顔をしてる。
男へ近付いて確認してみれば、やはり指先から牝の匂いがする。
ただの護衛ならどうでも良かったが、牝の顔をする護衛とは、一体何の護衛なのだ。苛立ちながらミザは男の服を引っ張り、詰問する。
「なんでココで働いてるかわかるか?」
「?」
気が向いたときセックスする為だと思っている彼は、何に対して怒っているのか見当もつかないというような表情でミザを見つめている。憤慨するミザ。
侮蔑するような視線を向けるクロナ。面白そうに眺めるナシロ。
男にとってめんどくさい時間は続きそうだ。