────いったい何時からだったろうか。
木陰に覆われたベンチに腰を掛けて、雲一つない空をぼんやりと見上げる一人の少年の胸中に、ふとそんな一節が過ぎっていく。彼が思うのは、ある時から一変した自身の周りの環境のことであった。
────悪いものではないから大丈夫、だと思うけど……。
視線を虚空に固定したまま細くため息を吐き出して、少しだけ自信なさげに少年はそう思考する。
ある事情によって、人付き合いの面で大きな問題を抱えている彼であるが、今思いを馳せていた事柄に関して言えば、特に悪い何かがあるという訳では無い。ただ、今までのマイナスの経験から、それを信じ切ることが出来ていないというだけだ。
「保科君、こちらにいらしたんですね」
「綾地さん」
そんな風に、昼間からおよそティーンエイジャーらしさの欠片も無い様相で黄昏れる彼に、校舎の方から歩いてきた一人の少女──綾地寧々が声をかけた。少年──保科柊史は続けていた思考を打ち切って、顔だけで向き直りながら短く彼女の名前を呼び返して、それを以て返答とする。
柊史を見つけた寧々は表情を綻ばせながら、駆け足で彼の側へと近づいて行って、ベンチに腰掛ける彼と膝を突き合わせる程の距離まで寄った所でその動きを止めた。
ただの学友と言うには少々距離感が近いが、これが彼と彼女の常であると、彼は諦観気味に、彼女は当然の様に認識している。
「どうかした?」
「いえ、特に用事があった訳では無いのですが……」
無条件で向けられる
「これから部室で皆さんとお弁当を食べるのですが、保科君もどうですか?」
「あー……」
手にしたお弁当を胸の前まで持ち上げながら、寧々は目の前の少年に誘いをかける。
────嘘……ってことは最初からそのつもりで探してたのか?
それを受けて、柊史は口の中に薄く
「ごめん、お昼はもう食べちゃったんだよね」
一瞬の思考の後、柊史は申し訳ないとは思いつつも、傍らに置いていた既にゴミと化したパンの袋を、寧々へと見える様に手にして言葉を紡いだ。彼女の誘いを断るために。
「それだけで足りるのですか?」
しかし、寧々はそれを見てキョトンとした表情をして、食べ盛りの男子がそれっぽっちで満足出来るのかと尋ねてくる。
実際、柊史も腹八分にも満たない腹具合に多少の物足りなさを感じてはいるが、彼としては体質的な問題でそれよりも寧々の言う皆さん──つまり、同じ部活の女生徒たちに囲まれることの方が気になってしまうようだ。
尤も、どの道部活の際には結局その布陣を敷かれてしまうので、それを気にするのは今更な話であるのだが、それはそれである。
「……実はその、今日のお弁当を作りすぎてしまってですね……。保科君に手伝ってもらえたら助かるのですが……」
そして、寧々は畳み掛ける様に柊史に言葉を紡いでいく。語尾に進むに連れて小さくなっていく声としおらしい態度が、彼女の十人すれ違えば十人振り向く美貌と合わさって凄まじい破壊力を生み出すが、これは寧々が柊史をお昼に誘うために咄嗟に考えついた嘘であり、当然彼もこれを即座に見抜いている。
そも、若干健啖の節がある彼女が手にしている弁当箱に収まる量でキャパオーバーするなど、彼女をよく知る者が聞けば真っ先に体調不良を疑うであろうが、それは言わぬが花である。
「そう……いうことなら、お邪魔させてもらおうかな」
しかし、柊史は一瞬の躊躇いの後に寧々の誘いを承諾してゆっくりと立ち上がった。彼女の言葉が嘘であることは理解していたが、同時にそれが善意によって彩られたものであることも分かっていたからだ。
感情を見抜ける弊害なのか、彼はこういった純粋な善意に特に弱いのだ。この調子の彼女を拒絶すると目に見えて彼女が落ち込んでしまう未来を予見できたからというのもあるが。
「ふふ、それでは行きましょうか」
柊史の返答を聞いて、寧々は落ち込み始めていた表情を花が咲いたような笑顔へと転じさせてから、彼の隣に寄り添う位置を陣取って彼女たちの待ち人がいるオカルト研究部の部室へと向けて歩き出した。
その距離感は傍から見れば恋人の様にも見えるが、先も記した通りそこに恋愛感情が存在しているわけではない。少なくとも、柊史の方には────
此より綴られるは
あ、こっちは天都君いませんので悪しからず。